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ブーケのようなご褒美を  作者: 津々井サクラ
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僅かに残されたもの

 次の日の夕方ごろキヨさんがサシェの作り方を教えに来てくれた。

「いいかい?まずは作りたいサイズを二倍にするんだよ」

「二倍…」

「そうしたら、半分に折って両脇を縫うのさ。この時に1番上まで縫っちゃいけないよ。紐を通す分空けておくんだ」

 私はまずキヨさんが持ってきてくれた練習用の布で作ってみることにした。おばあちゃんがキヨさんにあげたレース布はそこまで大きくなくて、せいぜいサシェを作れて五個か六個くらいだった。そんなに多く作る予定もなかったがせっかくのものだから無駄にしたくは無くて、作り方を教えてもらう時は別の布にしたのだ。

 キヨさんは理解の遅い私にゆっくりゆっくり教えてくれた。丁寧に縫っているつもりでも真っ直ぐに縫うことは難しい。それに比べてキヨさんの作る袋は綺麗に縫い目が揃っている。

 いざ完成してみたものの私の不器用さがものすごーくみじみ出ている。私がうまくいかないとしょんぼりしていると、キヨさんは豪快に笑って「慣れだよ、慣れ」と言った。

「お、お裁縫教室かい?」

 そういってお店に来たのは柳じいさんだった。

「あんたようやく起きれたのかい」

「なんだい、前の雨の時はあんたの方が遅く回復したじゃないか」

 この二人は…小学生じゃないんだから、と思いつつお互いの体を気遣ってのやり取りなので無碍に口を挟むようなことはしない。

「すーちゃん、どんなのを作ったんだい?」

 正直見せたくない。なんて言ったって縫い目はガタガタ、おまけに布の端も合っていない。人に見せられる代物じゃないのだ。それでも柳じいさんに手を差し出されたら自分が今作ったものを乗せるしかなかった。

 柳じいさんは私の作ったものを見て大笑いした。キヨさんはそれを見てかなり不愉快そうに眉間に皺を寄せて、文句を言おうとした。けど、キヨさんは口を噤んだ。柳じいさんが笑いながら泣いていたのだ。

「いや、すまない。笑ってしまって」

 柳じいさんは私の手に拙い私のサシェを返した。そしてポツリと「娘も裁縫が苦手だったんだ」とこぼした。

「いっつも手を血まみれにしながら、嫁に出来ないと嘆いていたのさ。昔は今と違って女性は裁縫ができて当たり前だったからね」

 柳じいさんはいつも杖につけているマスコットを撫でた。

「これはそんな娘が必死に作ってくれたものさ。見てごらん」

 柳じいさんに差し出され、手のひらに乗せたマスコットはお世辞にも上手とは言えなかった。私のサシェと同じように縫い目はガタガタ、布と布の端は合っていない、それに玉結びも縫い終わりからかなり離れてしまっている。

「下手くそだろう」

 そういう柳じいさんの手のひらに私はマスコットをお返しした。気がつくとキヨさんは柳じいさんの背中をさすっていた。

「でも、あの子が一生懸命作ってくれた、そしてあの子が唯一残してくれたものなんだよ」

 おれの嫁さんは何も残してくれなかったからなぁなんて天を仰いだ柳じいさんの目にはいまだにうっすらと涙が残っていた。

 娘さんが作ってくれてどれくらい経つのだろうか。きっともうずっと昔のことなのにまだ柳じいさんは持っている。大切に大切に。自分の手の1番近くに。

「なぁ、すーちゃん」

 柳じいさんはキヨさんから受け取ったハンカチで涙を拭きながら私を真っ直ぐに見つめた。

「なぁに?柳じいさん」

「このサシェ、おれにくれんか?ポプリが出来てからでいい。おれはこのサシェがいいんだ」

 ただの練習用。かなり拙いものだったから捨ててしまおうと思っていたもの。それを柳じいさんは欲しがった。本当はちゃんと綺麗なものをあげたかったけど、柳じいさんがこれがいいと言うなら

「うん、いいよ」

 私は頷いた。本当に愛している家族を失って二度と会えなくなる感覚はきっと想像よりも遥かに辛い。私の拙いサシェで柳じいさんが喜ぶのならいくらでも。

 柳じいさんはありがとうと言った後に「歳を取ると涙もろくなって困っちまうな」といつも通り豪快に笑った。キヨさんもそれに負けじと「本当だよ、今度はすみれちゃんが転んだだけで泣くんじゃないかい?」と揶揄っている。

 ふと、私のお母さんはどうしているのだろうと思った。おばあちゃんの家で暮らすようになってから連絡をとっていないから、高校生以来連絡を取っていない。今の私のことも何も知らない。おばあちゃんのお葬式で会ったし話しかけられたけど私は無視をした。いや、したくてしたわけじゃない。自分の無力さと悲しみと喪失感で誰の言葉も耳に入らなかったのだ。

 お母さんの事だ。きっとあの再婚相手と幸せに暮らしている。きっと子供なんかも出来ているんだろうなぁなんてわかりもしない相手のことに想いを馳せた。


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