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ブーケのようなご褒美を  作者: 津々井サクラ
14/31

真夏の暑さ

 次の日、イベリスの一年で一回だけある定休日。これ以上ないほどの快晴。春や秋だったら嬉しいのだが、夏の快晴ほどしんどいものはない。

 それでもこの日はお出かけをしなくてはいけないのだ。

 目的地に行くまでに日葵ちゃんのお店による。いつもは届けてもらうから私がこのお店に来るのは稀。

「いらっしゃいませ」

 感じのいい女の人が奥から出てきてくれた。この方が日葵ちゃんの口から時折出てくる奥さん。

 このお店は夫婦で切り盛りしており、奥さんが接客、旦那さんが仕入れを担当しているらしい。そこに配達担当の日葵ちゃんがいるという構図だ。

 日葵ちゃんも最近は少しだけ接客をやらせて貰えているみたいだ。

 私の顔を見るなり奥さんは顔をパッと明るくして

「久しぶりね!すみれちゃん!」

 と奥から日葵ちゃんを呼んだ。

「あれ!すみれさん!今日はどこかにお出かけ何ですか?」

「うん、おばあちゃんの命日だから、お墓参り」

「そうなんですねぇ」

 日葵ちゃんは奥さんの手元のお花を見て「これなんのお花ですか?」と聞いた。

 お店だったなら私が答えるのだが今日は奥さんが答えていた。

「これはスターチス。そろそろ終わりの季節だけど、すみれちゃんは毎年このお花ね。仏花でもないけど、どうして?」

 包み終わったスターチスの花を私に手渡してくれる。カスミソウがおまけされている。奥さんのご厚意だ。

「スターチスは花言葉が『記憶』や『変わらない』『永久不変』だからです。私のおばあちゃんへの感謝の気持ちや愛は永久不変という事を伝えたくて」

 絶対に揺らぐことのない心の陽だまり。変わらないということもあるが「変わってほしくない」というのもあるのかもしれない。

「すみれちゃんはおばあ様の事が本当に大好きなのね」

 奥さんは優しい顔をして笑った。私も釣られて微笑んだ。

 日葵ちゃんと奥さんに手を降って駅を目指す。ふと後ろを振り返れば、いつの間にか出てきたらしい旦那さんと三人が幸せそうに笑いあって話している。

 胸の奥が少しざわついた。

 寂しいわけでも辛いわけでも虚しいわけでもない。

 ただ、あの時おばあちゃんの家に行かずに母親と再婚相手の人と暮らしていたら、ああなっていたのだろうか。血のつながりが無くても家族と呼べる関係になっていたのだろうか。

 わからないけどそれは想像できなかった。

 もし、私が必死に我慢して耐えたとしてもいつか限界が来ていたかもしれない。

 もし、2人に子供が出来て私に妹か弟が出来たら私は優しく出来なかったかもしれない。

 もし、2人の間に私が入ることが出来たとしても、家族の形にはなれなかったかもしれない。

 たらればを上げだしたらキリがない。どこかの偉い人が「人生とは選択の連続、選んだ道が正解か不正解かを決めるのは自分だ」みたいな事を言っていた。

 だから、私はこの人生が正解なのだ。他の道を選んでも正解になったかもしれない。

 でも私はこの人生が正解だと思いたい。


 駅までの道のりは短い。にも関わらず額から汗が流れ落ちる。

 梅雨のムシムシとした暑さよりも私的には楽だったが、それでも暑い事には変わりない。

 私は駅のコンビニに寄りお茶を買う。この短い時間外を歩いただけで音を上げてしまっては今日一日が持たない。

 これから私はおばあちゃんのお墓に行って、雑草を抜いて墓石を綺麗にしてお花を生けて手を合わせないといけないのだ。自分の店から駅までの何倍もの時間を外で過ごす。

 毎年のことながら結構しんどい。でも、欠かしたことはない。

 私が心から家族と呼べるのは、もうそのお墓で安らかに眠っているおばあちゃんだけなのだ。

 電車に乗れば冷房の冷たい空気が頬を撫でる。幸いなことに席はそれなりに空いている。周囲に年配の方がいないことを確認してから席に腰を下ろした。

 おばあちゃんのお墓までは電車で一時間。一度の乗り換えでたどり着く。

 電車は問題ない。ただそこからが問題。

 墓地なのでかなり町の奥地にある。つまり最寄りの駅から歩いて30分かかるのだ。バスに乗るという手もあるのだが昔から車にすこぶる弱く、乗った瞬間から気分が悪くなってしまう。それからそれに15分間耐えないといけない。

 ただでさえ真夏で外に出ても爽快感よりも暑さが来て、外にいるだけで滅入ってしまいそうなのに、それじゃあ体調不良のダブルパンチだ。

 ということでバスを使うことは諦めた、から駅に着くと30分のウォーキングが始まるのだ。

 去年は連日雨が続いて当日も曇りだったのでそこまで暑くなかった。

 けど今年は残念なことに連日雲一つない快晴。今日も快晴だ。汗だく待ったなしだ。それを見越してちゃんと通気性の良いものを着てきたのだが、今度はそれのせいで汗が冷房で冷えて寒い。

 こんなことなら上着を持ってくるべきだったかもしれない。でも荷物になるんだよなぁ、なんて思っていると乗り換える駅に到着する。

 触るだけで肌が冷えてるのが分かるほどだったので、今は外の暑さがちょうど良かった。

 この駅が私は好きだった。駅周辺に高い建物が無いおかげで遠くまで広がる空。私のスカートをほのかに揺らす風。何もかもがちょうどいい。

 ずっとそうしていたいのは山々なのだが残念ながら次の電車に乗らなくてはいけない。

 私はポニーテールが引っ張られる感じがしながらホームを後にした。


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