はじまり(2)
いや、なんで植物なんだよーーーー!!!!
叫んだところで口がないから誰にも届くことはない。だけど、叫ばずにはいられない!!
なぜ!? よりにもよって植物!?人でも虫でもモンスターでもなく!?植物!?しかも生まれたばかりの新芽!?
おかしい。確か俺はいつも通り、塾から帰って、少し勉強してからちゃんと寝たはずだ。危険なことをした覚えもなければ、事故に遭った記憶もない。おかしなものを食べたわけでもないのに……。
なのに、死んだ?
折角、中学で立ち直って、高校に入れたのに……これから必死に勉強して、いい大学に入って、いい仕事に就いて……迷惑をかけた両親に恩返しするはずだったのに……。
ごめん、父さん。ごめん、母さん……。
あれだけ迷惑をかけたのに……励ましてくれたのに……応援してくれたのに……結局、俺は何も返せなかった。最後まで親不孝だった……ごめん……ごめんなさい。
理不尽な死への怒り、未来を失った悔しさ、両親への申し訳なさ。様々な感情が心の中に渦巻いているのに、この身体じゃ涙すら流せない。それが余計に俺を惨めにさせ、心の中で泣き叫ぶしかなかった。
どれくらい時間が経ったのか。ここはずっと暗いので時間の感覚が掴めないが、体感では数日くらいは経過した気がする。さすがに泣き疲れた。
未だに死んだことへの後悔は尽きない。だが、悲しんでばかりいても何も変わらない。
ならば、前を向くしかない。
もしかしたら、急死した俺を哀れんだ神様が二度目の人生を与えてくれたのかもしれない。
……いや、植物だけどな。しかも生まれたばかりの新芽。
神様の嫌がらせか? なんて思ったが、きっとこれは試練だ。母さんもよく「神様は乗り越えられる試練しか与えない」と言っていた。
それに、サボテンのIQは2しかないらしいが、俺のIQは……多分100くらいはある。つまり、植物界では超エリートだ。
将来的にはこの森の管理を任され、多くの雌しべから受粉を求められることだろう。所謂ハーレムだ。
ともかく、俺はこの新芽として生きていかなければならない。ならば、現状をもっと把握する必要がある。
改めて周囲を見渡すと、不気味なほど薄暗い。周りの木々がどれも高く、日光がほとんど届かない。特に俺のすぐそばにある巨木は異様に大きい。植生は日本に近しいような気もするが、確信は持てない。ただ、時折見かけるアリのような虫が異常にデカい。俺が小さいことを加味しても、人の足くらいのサイズはある。
……もしかして、ここってアマゾン並みの魔境なのか?
よくこんな環境で芽を出せたな、俺。
日光は乏しいし、下手すれば虫に踏み潰されるか食われる可能性もある。軽くめまいがした。
そして、自分の状態についてだが……目覚めたときは無かったが、ここ数日でどういうわけか身体の感覚が蘇った。おそらく、栄養が足りていないせいで、常に飢えを感じている。なぜか視界があるし、風で葉が擦れる音もわずかに聞こえる。つまり、聴覚もある程度は機能しているようだ。
そして何より——俺はただの雑草のように見えるが、自分が樹木であることを何となく理解している。
まとめると——
激ヤバ環境で奇跡的に芽吹いた、栄養不足のエリート樹木がこの俺、というわけだ。
……詰んでないか?
とにかく、少しでも日光の当たる場所を探し、そこを目指して成長するしかない。
一日中周囲を観察した結果、隣の巨木とは反対側に、朝方少しだけ日光が差し込む場所を発見した。
さらに、自分の身体を動かせることが判明した。さすがに根を引き抜いて歩くことはできないが、葉を揺らせるし、根もある程度自由に伸ばせそうだ。
よし。現状を打破するために、日光を目指して成長しつつ、身体を動かす訓練だ!
俺は、小さな葉っぱを拳のように揺らしながら意気込んだ。
どれほどの時間が経ったかは分からないが、あれから毎日根を伸ばし、数ミリずつ日光に近づきながら、身体を斜めに成長させた結果——ついに、葉の先が日光に触れた。
あぁ〜生き返る〜。
いや、本当に文字通り生き返る気分だ。
日光を浴びると身体がポカポカと温まり、ようやくまともな食事を摂れた気がした。例えるなら、昼夜何も食べずに勉強していた時に、母さんが作った夜食を食べたような感覚だ。
——この、目標に向かって一歩ずつ前進していく快感……。
前世でも、大きな目標を立てて、一つずつ課題をクリアしていくのが楽しかったな。
……待てよ? 今の俺の目標って何だ?
前世ではエリートになり、親孝行することが最終目標だった。
じゃあ、今は?
樹木のトップ?エリートってどんなのだ?高さ?大きさ?年齢?
うーん……
そういえば近くの神社にも大きな木があったな。受験のお参りに行った神社にも。ご神木っていうんだっけ。
ご神木……。ご神木か。
いいかもしれない。確か世界樹なんてものも聞いたことがある。
……よし、決めた。
この世界での俺の目標は——「神樹になること」だ!!
こうして俺は、神樹への道を歩み始めたのだった。