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春の推理2022『桜の木』

桜の木の下で会いましょう。と書かれた手紙のようなもの

春の推理2022 参加作品です!

テーマは『桜の木』

 朝一番に起きて雨戸を開けて、新聞を取りに行く。

 それが俺の朝の日課だ。


 いつものように郵便受けを開けると、新聞の下に複雑に折り込まれた白い紙を見つけた。

 宛名がない手紙のようなものだった。


 差出人は分かっている。

 立花(たちばな )美代子(みよこ)からだ。


 彼女とは、友人に紹介されて知り合った。


 映画を観るのが好き。

 そんな共通の趣味を持つ俺達は、休日に一緒に出かけるようになった。


 もちろん映画を観るためだ。

 そして、映画を観た後お互いの感想を話し合うために。


 それまで映画は一人で観ていた。

 誰かと映画を観て感想を言い合うなんて、考えてもいなかった。


 けれど、彼女に映画に誘われて、観た後の帰り道で感想を話してみれば、俺はいつもより饒舌になり、とても楽しかった。


 その日から、度々一緒に映画を観に行くようになった。



 明日も彼女と映画を見に行く約束をしていた。

 この手紙が来たという事は、日時の変更があったのかもしれない。


 彼女と俺の家は、そんなに遠くはないけれど、なかなかお互いの時間が合わず約束変更の連絡はポストに手紙を入れる事にしていた。


 と言っても、俺から手紙を出す事はない。

 なぜなら、家が農家で親の許可さえもらえれば、いつでも抜け出せるからだ。


 けれど基本休みはない。

 田畑の他に、鶏や豚などの家畜の世話もあるので年中仕事がある。

 休みは自分で作るしかなかった。


 だから、彼女の休みに合わせて日曜日に野菜を市場に(おろし)に行き、そのまま街で映画を観に行く時間をもらっていた。

 それが、俺の休日だった。


 新聞を脇に抱えて手紙を開く。

 そこには、こう書いてあった。


 ◇◇◇



 桜の木の下で会いましょう。


 明日、いつもの時間に待っています。



 ◇◇◇


 待ち合わせ場所の変更だった。

 しかし、"桜の木の下"とは?どこだろう。


 いつもは、映画館の前で待ち合わせをしていた。

 映画を観た後は、映画の感想を話しながら帰るだけ。

 今まで桜の木が話題に上がる事はなかったと思う。



 俺が市場に寄ってから映画館に向かう事は彼女も知っている。

 だから、市場から映画館までの間に指定された待ち合わせ場所はあるはずだ。

 けれど、桜が咲く季節にそこを通るのは初めてで、先月映画館に行った時も、桜の木がある事に気付かなかった。


 野菜の花は分かるけれど、その他の花は咲いて初めて気付く程度の知識しかない。

 蕾の状態でも桜の木など見分ける事はできなかった。


 今の時期なら、花が咲いているのかもしれないけれど。



 それとも、これは暗号文なのか?

 彼女は推理小説を好んで読むと言っていた。

 "桜の木の下"か……。


 桜という字を崩すと、『木』と片仮名の『ツ』と『女』に分ける事ができる。

 この手紙の桜という文字の、木の下にあるのは、二行目に書かれた『明日(あした)』の『(あき)』の字だけれど、桜を分けるのなら『(にち)』と『月』も分けた方がいいのかもしれない。


 仮に『木』の下の文字が、『(にち)』だとしたら……。

 連想出来るのは、日の丸、朝日、日曜日。


 日曜日だと、待ち合わせの変更が無い事になってしまうので除外する。


 という事は、待ち合わせ場所の近くに『(にち)』を連想させるような目印でもあるのか、それとも……。



 この日、一日中手紙の事を考えていたけれど、明確な答えが出ないまま眠りについた。



 ◇◆◇◆◇



 朝一番に起きて雨戸を開けて、新聞を取りに行く。

 郵便受けの中に手紙はなかった。


 待ち合わせ場所がよく分からないまま、市場での仕事を終えて映画館に向かう。



 桜の木を見つけた。

 花は八分咲きで、とてもわかりやすかった。

 けれど……。


 ーーこんなに桜の木があったのか。


 映画館に近付くにつれ、薄桃色の花が目の前に広がった。

 道沿いにある木は全て桜の木で、大小様々な背丈の桜の木が花を付けていた。


 ーーこの中から、待ち合わせ場所を探すのか……。



 そう思いながら、一本の太い桜の木の前で足を止めた。

 大きな桜の木を見上げて、やはりあの手紙は暗号文だと結論付ける。

 でなければ、待ち合わせ場所を探し出すのは難しいだろう。


 とりあえず昨日推理した『(にち)』の目印を探してみようと辺りを見回すと、遠くから淡い桃色のワンピース姿の彼女が歩いて来るのが見えた。



「こんにちは、待ち合わせ場所、分かったんだね」

「いや、分からなかった」

「この桜の木で合ってるよ? 偶然?」

「あぁ」

「そっか、覚えていたのかと思った」



 何を?と言いかけてやめた。

 目の前の大きな桜の木の下で、桃色のワンピースを着た彼女の姿に何故か懐かしさを感じたから……。



「子供の頃、父と映画を観にきた事があるの。場所は、この桜の木の向かいにあった映画館」

「そうか」

「映画を見終わった後にね、この桜の木の下で、男の子とお話したの。映画の感想を語り合ったのよね」

「え?」



 そういえば、俺も叔父に連れられて子供の頃、映画を観に行った事があった。

 その映画は、子供には難しい内容だったけれど、大きな画面の中で動く人や景色に感動して、演者の台詞の一つ一つに心揺さぶられた事を思い出した。


 そして、映画館から出ると叔父が知り合いと偶然会って立ち話を始めたんだ。


 その時、桃色のワンピースを着た女の子と一緒に桜の木の下に座り込んで、映画の話をしながら叔父を待っていた。



「まさか……」

「お互い初めての映画に夢心地で、名前も聞いてなかったよね」

「それで、何故俺だと分かったんだ?」

「あの後お父さんに、あなたの名前を聞いたの。でも、また会えると思ってなかった。まさか私の従兄妹の友達だったなんて驚いたよ」


「昨日の手紙は?」

「私と昔、桜の木の下で会った事を英治(えいじ)さんは覚えてるかなって気になったから」

「暗号文かと思った」

「そうなの? 覚えていなくても、待ち合わせ場所が分からないなら手紙が貰えると思ったのに」

「手紙が欲しかったのか?」

「いつも私からだから……。英治さんから手紙を貰いたいなって思ったの」



 そう言って少し恥ずかしそうに頬を染める彼女は、桜の花のように綺麗だった。




 その後、予定通り二人で映画を観て、映画の感想を話しながら帰路についた。

 いつもと同じ道を歩いているのに、いつもと違う景色に見えた。



 家に着くと、自室の机の中から一冊のノートを取り出した。

 まだ何も書かれていないノートの後ろのページに、昨日受け取った手紙のようなものを貼りつける。



 表紙には『昭和二十二年』と大きく書き込んだ。



 そして、ノートの一行目には、



 四月五日、桜の木の下で会いましょうを読んだ。



 と書いた。


 いくつ歳を重ねても、この日の事は忘れない。

読んでいただき、ありがとうございました!



前作『桜の木』短編タイトル


桜の木の下で会いましょうを読んだ。から始まる日記のようなもの


の関連作品でした★


前作の感想で

『桜の木の下で会いましょう』の意味を、英美はおばあさんに聞いてみなかったのか?というような気になる点をいただきまして。


設定では、英美は祖母には確認していませんでした。

そして、もし祖母に確認してもこの手紙はただの待ち合わせ場所の変更を知らせるだけの手紙なので、覚えていないだろうと返答しました。


でも、本当にそうだったのかな?

と後から疑問が湧き上がり、このお話が出来ました。


いくつ歳を重ねても、この日の事は忘れない。


きっと、この美代子さんなら、孫に『桜の木の下で会いましょうって何の事?』って聞かれたら答える事ができると思います。


◆◇◆◇◆


この物語はフィクションです☆


時代背景などは、多少調べていますが、だいぶボカしてキレイに書いています。


例えばリアルに書くと……。

映画館→バラック建の屋根も椅子もなく立見な映画館。

市場→闇市


がリアルな時代背景。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実は昔会っていたというシチュエーション、好きです! ☆⌒(*^∇゜)v
[一言] 前作があると思わずに読んでしまって消化不良になって、もう一つを読んで、なるほどと気持ちのいい読後感になりました。 家族のルーツをめぐるお話でよい発想で誰も傷つかないとてもやさしい気持ちにな…
[良い点] 主人公の寡黙で朴訥とした雰囲気と彼女との恋が始まる感じが素敵でした! [一言] 作者さまのお名前を確認せずに読み出してしまい、あれ?なんか似たような雰囲気の作品を読んだような…と思ったら、…
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