【短編】歌姫
作者的には、現実の戦争を茶化すつもりも反戦を訴えようというつもりもなく、今までに書いたSF的ブラックユーモアの同一線上のものとしていつも通りの感覚で投稿したつもりです。
西暦✕✕✕✕年。
この時代でも、 人類は終わりのない兵器開発に明け暮れていた。
A国が核兵器を開発すると、 敵対するB国も核兵器を開発してそれに対抗する。 すると、A国はそれさえも玩具に思えるような新兵器を開発してそれに備えた。
誰しもが、 内心で実際に使われる事はないだろうと思っていたその兵器のボタンは、 ある日あまりにも呆気なく押された。
地表は瞬く間に汚染され、 何とかそれを生き延びた者たちは地下へと生活の場を移した。
しかし、 地下へ潜った者たちも少しずつ命を落として行き、 ついに人類は滅びの時を待つだけになったのだった。
地下のシェルターの中。
集まった人々に向かって1人の科学者が告げた。
「みんな、 これを見てほしい」
科学者が指し示した先には、 にこやかな笑顔を見せながら歌を歌う少女の立体映像が映し出されていた。
「これは地球のエネルギーによって半永久的に動き続ける。 人類は取り返しのつかない過ちを犯してしまった。 我々は遠からず滅びるだろう。 だが、 これがあれば、 もし遠い未来に知性ある宇宙人が地球にたどり着いた時、 例え言葉は通じなくとも、 争いの道具だけでなく平和的な文化とそれを遺せる技術も持っていたという事を証明できるだろう」
「それは良いですが」
1人の男が科学者に問いかけた。
「この少女はいささか古めかしい名前ですが、 一体どんな意味が?」
「何でも、 『私の国』で一番世界に知られていた女性名らしい。 宇宙人に対する窓口としてはふさわしい名前だと思ってな」
科学者と周りの者たちは、 しばし映像の少女の優しい歌声に聴き入った。
「それにしても、 こうしているとあの争いの日々が嘘のようですね」
「うむ、 願わくば、 これを聴いた宇宙人たちは我々と同じ過ちを犯さないでほしいものだ」
人々は、 滅びの前に訪れた束の間の平和に酔いしれたのだった。
*
*
*
それから、 長い長い年月が経った。
知的生命体がいる惑星を探して宇宙を航行していたウルラス星の調査団は、 知的生命体が存在し得る条件を満たしていたことから、 そのかつて太陽系第三番惑星と呼ばれていた星に降り立った。
瓦礫の山を掻き分けて入った地下室で、 にこやかに笑いながら歌う少女の立体映像を見た一同は驚愕した。
地上の荒れ果てた大地は、 遠い昔にこの星の文明が滅んだことを示しているのに、 その映像はまるで今作られたばかりのように新鮮に彼らの前に飛び込んできたからだ。
それは、 旅立ったときの彼らの星では考えられない技術だった。
だが、 彼らはすぐに悟った。 このような物まで作れる技術力を有していたから、 彼らは滅びへの道を歩んだのだろう。 きっと、 この歌にも彼らを争いに駆り立てた何かがあるのだろうと。
映像の少女はにこやかに笑いながら言った。
「はじめまして。 私の名前は『ヨーコ』。 この星にようこそ。 ぜひ私の歌を聴いていって下さいね」
…と、こんな話を書いているうちに現実の世界情勢がシャレにならない事になって来てしまいましたが、(繰り返しになりますが)この作品に現実の戦争を揶揄しようという意図は全くありませんし、作者は戦地に一日も早い平穏が訪れることを願っています。
ちなみに、ウルラス星人は人間よりずっと長い寿命を持っていて(それゆえに死生観も人間とかなり異なる)、母星には帰らないつもりで片道の調査に出たという設定です(本編には入れるスペースが無かった…)