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26.内に抱え進む

転移陣に乗るモモハルムアが動かした蒼玉魔石の魔力に包まれる感覚を味わう瞬間、そこは既にインゼル共和国首都ボハイラだった。


男はモモハルムアにも隠蔽魔力を纏わせ周囲を警戒し、到着した先の状況を確認する。この転移陣の周りには誰一人居ないような感じだ。


だが、角隅に敷かれている豪奢な敷物の上に人形のように転がる影がある。


モモハルムアが気付いた時、陣に居た男は既にその場所へ向け歩み出していた。

その男は足早に近付き人形の様な力入らぬ影を抱き起こすと、強く強く思いを籠めて抱きしめた。


「フレイリアル様…?」


モモハルムアにも分かる場所まで行って確かめたその人形のような影はフレイリアルだった。

だが全く生気無く、本当に人形のようであった。


モモハルムアが近づいても、その男は関係なく抱きしめ続けた。良く見ると魔力を微量流し入れ、状態を確認している様である。


「回路が塞がれているのか!…タラッサの研究…何て酷い…クソッ」


アルバシェルは余りある時間を魔石の研究に費やすことも多く、各研究機関の最新の情報も得ている。

タラッサの研究所にて、動物実験で行動を制御する陣と薬の開発が成功したのは知っていた。

だが人間へ…しかも大切な者へ…この陣を使用した鬼畜な所業行いし者に対し、燃え上がるような怒りを感じるのであった。


「確か…何処か体に陣を刻むと…それを消さないと…」


アルバシェルは呟くとフレイリアルの纏っていた上着を剥ぎ取り、からだの状態を確認し始めた。

モモハルムアには男が必死に何かを探す様子は分かるが、それ以上の状況を把握できなかったので戸惑う。両の腕を手の先から腕の付け根まで隈無く確認し、その次は足の先から足の付け根まで…確認する理由が分からない。


顔を近付け確認する様はまるでその場所に口付けていく様であり、見ているモモハルムアは思わず赤面してしまった。

探すものが見つから無かったようで、次に頭から顔へと確認する場所を移していく。


確認作業が止まる。


「…見つけた…」


青紫の指の先ほどの…極小さな円形の陣の様な印が、丁度衣服に隠れる様に背側の首筋にあるのがモモハルムアの目にも確認できた。


それを見つけた男はその陣の様な跡残すフレイリアルの首筋に…吸い付いた。

その躊躇いの無い男の行動に、モモハルハルムアは視線外すことも出来ず思わず見入ってしまった。

記された首筋の陣を消すため、その上に唇で印を刻む。

フレイリアルは一瞬苦悶の表情を浮かべるが、先程と違い少しだけ人の意思宿る動きになってくる。


「アルバシェル…さん…」


そして抱きしめるアルバシェルを認識し呟ける様になっていた。

それでもまだ半分意思無き状態だが、アルバシェルは先程以上の熱い包容をフレイリアルに捧げていた。

今まで会えなかった分を取り戻すかのように撫で擦り抱きしめ無事を確かめる。


その度にアルバシェルは思いを籠めた魔力を循環させ、繋ぎ癒す。

横で見ていたモモハルムアは、そのあからさまな情の示しかたに赤面し固まるしか無かった。


行動を制御する陣が破壊され、体の動きを取り戻しつつあるフレイ。


だが、心を示す瞳は固まったまま動かなかった。

魔力の循環で癒されて尚、自身で鍵をかけるように心閉じていたのだ。

その様子を心配し、モモハルムアもアルバシェルに抱えられたままのフレイリアルに声を掛ける。


「フレイリアル様、大丈夫ですか? 皆は…一体何が…」


「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい………」


声掛けの答えとして返ってくるのは謝罪の言葉だけだった。


「一体何が…」


そのモモハルムアの再度の問いかけにフレイリアルが苦しそうに答える。


「…私のせいで皆は囚われたし、私が迂闊で愚かなせいで…失われた…人生が…ある」


フレイリアルの目の奥底に闇が揺蕩うている。

だが、モモハルムアは自身をも奮い起こすように声を掛ける。


「フレイリアル様…しゃんとなさいませ!! 私だって自身の弱さや浅慮に情けなさを感じてます…皆…同じなんです…」


モモハルムアは自身の不甲斐なさを思い出し、俯き自責の念に駆られ唇を噛む…。

だが、それでも真っ直ぐモモハルムアは前を向く。


「立ち止まっていれば起こしてしまった何かが消え去るのですか?」


フレイに問いかける。


「私は取り返すために進みます。フレイリアル様は進まないのですか? そのまま起こってしまった事を放置しますか?」


厳しめの言葉が止まっているフレイの思考を…口を動かす。


「私なんかが…進んでもよいのか分からない…」


「フレイリアル様はどうしたいのですか?」


更に厳しく、モモハルムアは判断を促す言葉を続ける。


「進むのが良いか悪いかは自分で決めること、立ち止まるとしても其れを決めるのは貴女自身です」


そしてモモハルムア自身の決意をフレイリアルに告げる。


「皆が止まったとしても、私は進みます」


人を動かす力籠る言葉をモモハルムアは紡ぎ出す。


「私の後ろには置いていく者達が連なるでしょう。私の前には私を置いていく者達が先を進むのです。私は私の場所を作り進みます」


その力強いモモハルムアの言葉にフレイリアルの瞳に少しずつ意思の色が戻る。


「そうだ…ね…自分で遣れることは遣らないと。自分が起こした事の始末はなるべく自分で…結果から逃げちゃいけないよね…」


内に籠ったまま立ち止まっていたフレイリアルが取り敢えずとは言え、言葉を取り戻していた。


その時、建物の外で大きな魔力が動く。

強大で重苦しく、嫌悪感湧き上がる忌まわしき魔力が流れているのが感じられた。

辺りを警戒していたアルバシェルが告げる。


「ここでも闇石が使われた様だ…」


その言葉にモモハルムアもフレイリアルも魔力が向かう先を感じ取り動き始める。





ヴェステ王国軍赤の将軍旗下、影部隊。

攻撃的魔力操作可能な内包者で構成される部隊であり、ニュールが所属させられていた場所。


その中で燦然と輝く激烈なる忌まわしき3つの殲滅と語り継がれる《三》の所業。

暴走したとも、制御できなかったのでは…とも言われている《三》の大魔力の行使による結末。

だが、実際は《三》になる前の話であった。



1つ目はヴェステ東側の国境砦ニエンテへの、プラーデラ王国雇う傭兵が所属する辺境部隊による街への侵攻を撃退したものである。


現在その場所は遺跡のように何一つ残さぬ瓦礫の山。

街を蹂躙し仲間を踏みにじった敵への怒りに駆られ、爆発的魔力で第二の故郷である懐かしの町を完全消失させた。

初めての大魔力の導き出しにより…この場所で次の段階へ進んでしまう。


これは影にさえなって居ない時の話である。



2つ目はヴェステより独立を企てるブロキソルの街。砦攻略のための掃討戦。


影に押し込められて間もない…未だ自身で自身を受け入れられない様な…曖昧な存在であった頃の任務であった。

砦を起点に巡る防衛壁は石造りなのに燃え、黄色く輝く巨大な魔力で砦の中を飲み込み全て焼きつくし無へと導いた。

まるで天から降りた御使いの如き、壊滅的な攻撃をもたらしたと言われている。



3つ目はヴェステ王国に隣接するプラーデラ王国の街シェルテの征伐である。


この指令は指名である。

旗下にある面白き噂持つ者の存在…興味を示した赤の将軍からの名指しであった。


この街は、ヴェステ国王が欲するプラーデラ王国リネアル汽水湖へ至る道程の上にある。


赤の将軍と2人での単独班として街を一つ潰す予定であった。

ここは普通の人住まぬ無頼の輩集まる街だった。盗賊などが主な住民であり、裏からの依頼請け負う傭兵などの根城でもある。

そうは言っても、動ける大人の数として300人は居るであろう街。戦えなくなり街に居つき、商売始める者なども含めれば500近いと思われる人数。

其処には歪んでいるが街として機能する生活があった。


だが赤の将軍は善良な庶民に対しては慈悲溢れる面も有るが、犯罪者と正統な理由無く逆らう者達には容赦が無い。

正統な理由と言っても、あくまでも赤の将軍にとって…だ。

一応下調べのような潜入調査も行うが、今回は赤の将軍自ら共に潜ると言う。


「実情知らぬものが上に立つなど片腹痛いわ!」


そう言って調査に出る事の多い赤の将軍であるが、単なる気晴らしでもあった。

黙って華やぐ衣装纏えば深窓の令嬢にも見えるような容姿持つ赤の将軍であるが、中身は実力至上主義の苛烈な戦闘狂である。


赤の将軍は、獣の上位種と言える魔物の如き観念の持ち主だった。

白か黒、敵か味方。

全ての中間は黒…敵と見なす。

故に潜入調査による結果もこの街は黒だった。


顔を晒し闊歩する将軍は、ならず者多き街では見た目だけで人が群がる。

艶やかな朱入る薄茶の髪と妖艶で誘うような容貌、女性らしくメリハリ効いた肢体は、誘蛾灯の様に不埒な輩を呼び寄せる。

ただし中身は修羅であり、近づくものは完膚なきまで滅される。

貪り楽しむ様に無頼の輩を斬り尽くし、剣戟を嗜み十分味わった後に将軍は述べる。


「この街は救いようが無い」


その赤の将軍の言葉に、無表情で《三》となる者は尋ねる。


「どの様な処置をお望みでしょうか…」


「大した者も居なかったし、抹消で良いんじゃないか?」


手応え無さに、街中での戦闘には既に興味を無くしてしまった様だ。



中心地から5キメル離れた小高い丘の上に立ち、赤の将軍と共に眼下に街を収める《三》となる者。

外部の光を全てを飲み込む様な灼熱色の瞳で無表情に魔石から導きだした魔力を手に収束する。

他の者が通常攻撃に使う紅玉魔石だが掌に乗り収まるその魔力は別物だった。

一ヶ所に納め集め凝縮したそれを軽く指差した町の中心部へ導き…落とす。

街ごと光が包む。

だが爆風も爆炎も爆煙もあがらず…なのに其処には何の反応もない風だけが吹き抜ける廃墟が出来上がっていた。

完璧な魔力制御が導き出した街の殲滅…。


赤の将軍の目に映る《三》となる者は正しく別の生物であった。

歓喜が沸き上がる。


『この者を従え、進むべき道を指し示し導く高揚感たるや!』


「お前は我が連れ行こう」


そして首閉めるほどの枷をはめられ、特殊数《三》を与えられ、連れ歩かれる事となるのであった。



そして今回、4つ目の所業が刻まれてしまった。

指令でも不可抗力でも無く、制御を失い、手放し、暴走し、ニュールとして自ら明け渡し非道に手を染めた。

3つ目までは1つ目の暴走での影響下、言い訳のしようが無きにしも非ずだった。


だが今回は自らの選択の結果での行い。


閉じられていた過去の記憶への扉開き辿る事で、心なき自身が行った無慈悲な行動を目の当たりにする。自身で自身に課す罪が増し、心沈み込む。


そして表に立つ魔物は、思索無き思考で続きを導き出す。

白か黒かなら全てが黒であろう…と。

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