23.戦いへ進む
「さぁ、折角色々とお膳立てしてもらったのだ。これで落とせないのでは言い訳がたたない」
青の将軍フォルサム・グロンダビルは整えた陣営を前に号令を掛ける。
「作戦決行だ! 人々を縛る忌まわしき白の塔を落とし、友好国インゼルの一助となれ!!」
号令と共に隊が動き始める。
まず塔までの足場を作る。
角閃魔石から魔力を導きだし大地に多く含む石英魔石を隆起硬化させ、橋の土台を築く。
過去の塔攻めでは塔から攻撃されることは無かったが、今回は元《三》も居る。
エリミアの塔攻略が失敗したのも、突如涌き出る様に現れた元《三》の影響が大きかった。
『まずは白の巫女や、大賢者と判断された元《三》を誘き出すことが先決か…』
青の将軍は自身が取るべき戦術を再検討する。
前回の敗因を取り除くため、今回は恥も外聞もなく王より隠者も借りてきた。
「名目に見合う事より実をお取り下さい…さすれば盤石の地を得られましょうぞ」
アスマクシル商会の商会長エルシニアに掛けられた忌憚なき言葉に気付きを得たのかもしれない。
若輩である我身が将軍位を授かる事への反感を覆すため、今まで立ち位置を確立する事に奔走し名を上げ周りに一目置かせることばかりに目を向けていたフォルサムを嗜める言葉だった。
あの御方達の配慮に報いようと焦っている自分がいるのを、その言葉でフォルサムは自覚したのだ。
知見を得て、自身も清濁合わせ飲み綺麗事だけでない部分を受け入れる覚悟も出来た。今の自分が、気持ちの上でも能力としても今までの中で最強の状態であるとフォルサムは感じた。
気持ちの余裕は、本来の好戦的な挑戦者としての気概を呼び覚ます。
『この状態で衰亡の賢者と呼ばれるあの男と…3つの殲滅を行った元《三》と…是非戦ってみたい』
青の将軍は独りの戦士として目の前の塔の中に好敵手になりうる者が存在する事へ感謝し、身体の奥底から湧き上がる歓喜と興奮に打ち震えるのだった。そして相対する事を渇望した。
隠者達による一点集中攻撃は張り巡らされた陣そのものを破壊できなくても、その衝撃により塔内壁に損害を与える。
たび重なる衝撃による内壁への負荷は、塔の崩壊を促す。塔が崩れれば塔の外壁に刻まれた陣もまた破壊される。
自動修復による陣の再構築も塔への魔力的な負荷となっている。
フレイリアルによる塔周囲に施してあった陣の解除は、塔攻略の要所であり大いに有効だったのだ。
ニュールはディリとラビリに伝える。
「守るために出るよ…これ以上壊されたら大変だろ?」
完全な回路の繋がりを持つ前に塔から出陣する事は…脱出も可能にする。一瞬戸惑う2人だが、ニュールの静かな瞳に促され同意する。
「「ならば共に…」」
ディリとラビリがニュールと行動を共にすることを誓う。
「あぁ、勿論頼むよ!!」
略取と言う歪な形から始まった関係だったニュールとディリチェルとラビリチェル。だが理解が及び、そこには気持ちの繋がりがしっかりと出来上がっていた。
塔の外に出ると隠者達が塔の一角に集中的に攻撃魔力を当てて確実に塔の痛手を広げている。
「ラビリ達は崩されつつある部分の防御結界陣の強化防衛。俺は隠者を少し排除するよ」
ニュールは指示を出し、自身が相手する隠者へと向かい合う。
隠者と影はヴェステの防衛を担う影の双璧であった。少数精鋭で重要な作戦を担っていく。
だが正統な流れを組む隠者と、札付き者達の巣食う影とでは成り立ちが違った。
崇高な目的で動く隠者と、汚れ仕事が主な影。
遣っている事は同じでも雲泥の差がある…と隠者達は言う。
今回、青の将軍の依頼で王が送り込む隠者はⅢ~ⅩⅡまでの10名。
この糸目を付けぬ気前良さからも、王の気持ちを察することが出来る。
『王は生きた塔を欲している』
今回派兵された隠者の中で、最上位である隠者Ⅲはそれを感じ取っていた。
そして白の塔に影上がりの大賢者が居ると言う噂も勿論入手していたが、隠者?は作為ある妄言だと判断していた。
『隠者は能力を王家に捧げるために名を捨てる。それは下衆な影でも同じ事…それなのに捨てた名を取り戻すため大恩ある国王と連なる尊き方々を裏切り、高みである大隠者に至った等と片腹痛いことを語る不届きものを始末する機会を得たのは僥倖。見事引っ捕らえて化けの皮剥がして見せよう』
心に誓い、ここに居る。
隠者Ⅲは熱い人であった。
ニュールは赤の将軍のお供をする事も多く、王宮に出入りすることが多かった。
その為、隠者とも面識がある。自身の立場に思い入れが強い隠者達は、王宮に影が立ち入るだけで敵愾心を剥き出しに挑んでくる者が多い。
逆に影は立場に興味のある奴やソレに矜持を持つような奴は皆無であり、水と油の関係であった。
隠者?は出てきたニュールを見て勝負を挑む。
「尊きヴェステ王国軍隠者の名において貴様の嘘偽りを白日の下に晒そうぞ! 我と差し向かい、勝負せよ!!」
当然了承の返事があると思った隠者?だったが、ニュールから帰ってきた言葉は違った。
「力自慢の押し売りは結構、もう食傷気味だ。要らん」
以前から気にくわなかった男が気にくわない立場に立ち、気にくわない事に崇高なる挑戦を否定する。
「貴様に礼儀などは必要なかったか!ならば望み通り一撃で沈め!!」
憎々しげに言葉を送り、最高級紅玉魔石を使った隠者全員での連携多重攻撃を仕掛る。
一瞬で陽光の様に大きな爆炎に包まれ反撃さえ返って来ぬその場所を見やり、Ⅲはあっけなさを感じた。
炎の後には全く何も無かった。
その場所にそもそもニュールは既に居なかった。
「塔の周り、地点登録いっぱいある。ニュールも使える」
外に出る直前ディリとラビリから伝えられた事。
転移陣の地点登録の存在。
この塔に繋がりを持てる者のみが行える登録地点の把握。
塔の魔力が溢れるこの区域は、この空間に存在する目に見えない様な魔石も活性化しているので空間に陣を刻みやすい。
あらかじめ転移陣を築いた場所を、塔に繋がる者のみが認識出来る地点登録を行い使用するのだ。
勿論、発動点は自力で築く転移陣。
「以外と便利だ…」
ニュールは攻撃を受けた時点で逃げた。
「熱い奴の相手はまっぴら御免だ…」
普通に独り言ちた。
心をつまびらかにする塔の魔力に慣れたせいで、言わなくても良い事まで声に出す習性が身についてしまったようだ。
其れを聞き逃さず存在を察知した者が声を掛けてくる。
「久しいの!《三》よ!!」
敵意なき声掛けであった為、ニュールも一瞬動じるが直ぐさま体勢を整え相対する。
その泰然自若とした雰囲気の濃紺の鎧に身を包む豪奢できらびやかな容貌の男は、続けて声を掛けてくる。
男の周囲を守るもの達は気色ばむが男が其れを制す。
「今、塔の真下で隠者と対峙してる姿を目にしたような気がしていたが…とうとう陣無しで転移まで出来るようになったか?」
手にしていた遠眼鏡を周囲の者に手渡しながら、とぼけた風情で尋ねてくる。だが、男に一切の隙は無い。
「いえ、陣無しは流石に無理です…お久しぶりです青の将軍」
ニュールが珍しく礼儀正しく挨拶する。
「あぁ、ここで会えるとは思わなかったぞ」
「こちらこそ…あまりお会いはしたくなかったのですが…」
塔から一番遠い登録地点を選んでみたが、生憎と青の将軍の陣の前だったようだ。
何の前触れも無く、予備動作も殺意も悪意も躊躇も無く刃がニュールに振り下ろされる。
甲高い金属同士が当たる音が響き、双方に剣を持ち相対することとなっていた。
声を掛けながらも顔色一つ変えず青の将軍は攻撃してきたのだ。
「このような状況で手合わせを申し出るのも無粋故に控えていたが…とんだ場所で願い叶い、天が我に味方するのを感じるぞ!」
「ついぞ味方してもらった事のない私には羨ましい限りです」
将軍の言葉に笑顔で返すニュール。
お互いに和気あいあいと微笑みながら剣を交える。
間断なく切りつける力強き剣がニュールを少しずつ後ろに下がらせる。だがニュールも剣のみだけでなく魔力での攻防織り交ぜ応ずる。
青の将軍フォルサム・グロンダビルが伊達でないことをニュールは知っていた。
見目麗しく若く活気に溢れ、品行方正、公明正大…かといって強要するようなこともなく、少々加虐性が強く嗜好に走るきらいはあるが民を導く良き先導者になるであろうと思われる者であった。
影にさえ気軽に声を掛け手合わせを求める為、ニュールとも面識があったのだ。
「今からでも国に戻り、王の下にて大隠者として仕える気は無いか?」
余裕の表情崩さず、攻撃の手も緩めず声を掛けてくる。
「お誘いは有り難いのですが、私は穏やかに過ごしたいのです…」
「フッ、お前の穏やかは随分と激しいのだな…」
青の将軍も魔力を織り交ぜ攻勢を強めてくる。
以前のニュールなら少し息切れして来る頃だろうか…だが今の大賢者として覚醒し、塔に繋がりつつ有る者としてのニュールには魔力を行使した攻撃に切り替えてしまえば人一人を討ち滅ぼすことなど容易いであろう。
ニュールは予想外の邂逅となったこの場を辞する事にする。
塔が弾く攻撃の光が強まり、攻勢が強まっているようだった。
「突然お邪魔をして申し訳ありませんでした。次にお会いする機会が無いこと願っております…」
一方的に言うと、ニュールはその場に漂う魔力を瞬時に集め転移陣を形成し飛ぶ。
刹那、青の将軍が振り下ろした剣が空を切る。
既にその場からニュールは立ち去っていた。
青の将軍は中途半端となった闘いへの思いを切り捨て、状況を再確認する。
その直後から1キメル程離れた塔での交戦での魔力均衡の変化を確認し、青の将軍は次の策への指示を出す。
「アレを使え」
その指示に、戦いを見守らされていた者達が再び動き出す。
『従えること叶わぬなら討ち滅ぼすしかあるまい。あれは危険すぎる』
戦いが途中で終わったことを残念に思いつつも、青の将軍は排除する事を選択したのだった。
青の将軍の陣として用意された建物横に、新たに築かれたと思われる小屋があった。簡素だがしっかりとした造りの5メル四方の建物。商会で用意した建物らしい。
中に3室ほど小部屋があるようだった。
フレイリアルは一番大きそうな部屋に連れられ隅に敷かれた豪奢な敷物の上に座らされた。
未だ身体に刻まれた陣は有効なようで手足は何も動かないがそもそも動く気力が全く無かった。
何もなかった…。
「さぁ、しっかりお仕事をした御褒美ですよ…」
エルシニアは何も言わず表情も動かさないフレイリアルの横に座り背中を楽しそうに撫で付けると、お付きの者に指示し広々とした空間に被せてあった覆いを取り外させる。
其処には新たに刻まれたのであろう陣があった。
「これで家に返してあげましょう…エリミアにも陣を用意したのですよ。大嫌いなエリミアに戻るなんて素敵でしょ? その前にヴェステで婚姻の儀でも執り行いましょうか…その後に大賢者様にお会いしたらきっと悔し涙を流してくれるかもしれませんね…」
艶然と卑しめる笑みを浮かべながら、無慈悲さを楽しみ伝えるエルシニア。
いつの間にか人払いされた空間に残る2人。
エルシニアはグラスに用意されてあった何かを口に含むとフレイリアルに口移しで流し込む。
そのねっとりとした感触は前よりも長く続き重ねられた。
意思無き身体であるにも関わらず、その不快な感触が身体に巡り伝わり嫌悪で硬直するが抗えない。リーシェライルに何処か似ているエルシニアの狂気を含む瞳の中に、悪意持つ輝きが増し手が伸びる…。
フレイリアルは本能で危機を感じる。
扉を叩く音が聞こえ、人の気配が戻り危機を脱するのが分かった。
「予想より早く進むようです…お楽しみは後程」
首の魔法陣が記された印に手を触れ、魔力を流し拘束魔力を強化してエルシニアは立ち去った
『此処に居たくない。だけど、どこにも居られない…』
微かに戻る自我は、自身の存在を許容することさえ許せぬのであった。




