19.蝕み進み近づく
インゼルへの便が旅立った後、陣の繋ぎ替えが行われる。
今回はサルトゥス王国の視察団に対応するとのことでヴェステ王立魔石研究所の所長である第2王女サンティエルゼ・レクス・ドンジェ殿下が隠者サーラを伴い現れた。
アルバシェルが恭しく礼をとり挨拶する。
「この度はヴェステ王立魔石研究所にご招待いただいた上にサンティエルゼ第2王女殿下のご尊顔拝し奉ること叶い恭悦至極でございます。新たなる転移陣運用を見学する機会を頂けた事も有り難き幸せに存じます」
王女殿下は優雅に挨拶を受けると返事を返す。
「こちらこそサルトゥ王国の名だたるムルタシアの闇神殿が転移陣管理者の方々にご挨拶出来るとは、望外の喜びじゃ」
王女殿下は意味深な笑みを浮かべて続ける。
「サルトゥス王国も何やら色々と騒がしきことがあったようだが、お力になれるような事が有るならば何時でもお声がけ頂きたい」
そして更に艶やかに微笑みアルバシェルの視線を捕らえ絡め述べる。
「得に大賢者様には是非ともお会いしてお話ししたい…と思っておるのでな…」
全ての素性を知り敢えて話題に出す。痛い腹の探り合いをする王宮仕様の会話が続くが、どの顔に浮かぶ表情もどこ吹く風と涼しげな様子。
「えぇ、引きこもりの大賢者様が神殿に現れるようなら是非とも伝えさせて頂きます」
余裕の笑みでアルバシェルも答え、お互い見える尻尾を掴めず尻尾取りは引き分ける。
そして陣の組み替えを行う隠者サーラが魔物魔石を活用し回路を速やかに繋ぎ替える。
ここは実際にサルトゥス視察団の興味のある事柄。皆、真剣に観察する。
「魔物魔石を使った回路繋ぎの方が遥かに繋がり良いようですね…」
「えぇ、鉱物魔石の様な単一の構造から導き出される魔力と違い、最初から複数魔石を組み合わせたような構造である此の複雑さが何らかの影響を及ぼすと推測されます。魔石の魔力として比較した時の強さは確かに劣るのです。しかし、効率で考えると魔物魔石使用時の方が通常魔石で陣の組み替えを行った時の十分の一の魔力消費で済むため、魔力回路の負荷軽減構造がその中に潜むと…おっと、失礼致しました。つい研究の話へ行ってしまい…」
流石、研究所員…熱く語る。
「いやぁ、実際に見学してお話を聞かせて頂き、その大いなる可能性に感服致しました。今後ともよしなに我が国とお付き合い頂きたい」
心から敬仰できる技術を目の当たりにし、サルトゥス側も手放しの称賛を送る。
一応和やかに視察は終了となり、サルトゥスの者達は速やかに国へ帰る事となった。
そしてサンティエルゼは王宮での会合へ赴くため、サーラが再度繋ぎ替えた陣で王宮へ赴く。
一連の業務は完了となったが転移陣の運用を熱心に見入る少年がそこにいた。
サーラはその見覚えのある顔を見掛けて思わず声を掛けた。
「お久しぶりでございます」
今まで転移陣の間で陣の組換え作業に勤しんでいた…隠者…と思われる落ち着いた年配の紳士が声を掛けてきた。
陣の運用を見学していたエシェリキアを認め、満面の笑みを浮かべ近寄り挨拶してきたのだ。
全く面識を持った覚えの無い者だったので一応丁寧に対応する。
「父のお知り合いでしょうか?生憎今回父と同行しての旅では御座いませんのでお名前を頂ければ伝えさせて頂きます」
「いえ、私は貴方と共に有った者で御座います」
そう言われても全く思い付かない風貌の男。時々存在する様な、名を騙り近付く者の雰囲気を感じエシェリキアは話を切り上げ立ち去ろうとした。
「あんなに鮮烈な日を共に過ごしたのにお忘れとは心寂しく感じます…」
あまりにも怪しい男に怒りを感じるが、ふと何処かに懐かしさを漂わせる部分があり気迷う。
「相変わらず可愛らしいいお方だ…国のためになることは出来ましたか?クックックッ…」
皺の入った口元を押さえ笑う姿が、かつての見知った顔に酷似していた…。思わずその者の名を口にしてしまう。
「…サラン…ラキブ…」
「はいっ、お懐かしゅう御座いますエシェリキア様」
「!!!」
思わず口から出た名ではあったが、其所に居るものは似ても似つかぬ風貌の老年…と言ってよい年代の男だった。
「…そんな!!」
「まぁ諸事情あって、この国に戻る途中でこの様な容姿を得てしまいました。ですが、今では結構気に入っているのですよ!なかなか威厳があって便利なのです」
一見穏やかそうな笑顔の中に老獪さを秘めた油断ならなさを隠している。
「エシェリキア様は現在満足した生活を送っていらっしゃいますか?ご不満があるようなら何時でも手をお貸ししますのでお言いつけください」
本物の古参の執事と言った風情の礼をして立ち去ろうとする。
その余裕の後ろ姿に向けてエシェリキアが呟く様に述べる。
「お前のせいで辛酸を舐めることになったが、私だって自分の手で掴んだモノが既にある…」
自身の足にて動き、手に入れた場所の居心地は格別である。しかし、幼き頃より刻み込まれた思いが消えない。
『無益な者は国のため排除すべき…』
その思いが心に鋭く刺さり疼き血を流す。
「…手に入れようと思う者の近くに不要な虫が居る。お前にとっては有益かもしれぬがゆえ、良ければ取り去ってくれ」
真っ直ぐな思いに心入れ換え、良心に従い手に入れた立場だった。
だが疼く痛みに欲望を刺激され…良心を切り捨ててしまう。
「インゼルへの陣の中にエリミアの第6王女がいたはずだ…ただし伝えたことモモハルムア様に悟られる様なことはしてくれるな」
願いのような要望を出し、エシェリキアは足早に立ち去った。
残されたサランラキブは微笑ましい者を見送るような笑みを浮かべたまま…嫌悪の情を込めて宣う。
「相変わらず可愛いらしいお方だ。可愛らしくて可愛らしくて…捻り潰したくなる」
そして浮かべた笑みを嘲りで彩り、得た情報を吟味する。
「情報はとても、とっても有効ですので活用してあげましょう。…さて誰に売るのが面白くて役に立つかですね…」
ヴェステの魔石研究所より黒い手が延びていく。
豪奢な造りの商会建物の最上階、窓辺に立ち来客を待つ人物。浮かぶ船を眺めていると…硝子に映り混むその者自身の姿が目に入る。
リャーフ王国のアスマクシル商会の商会長エルシニアがそこに佇む。
砂色の髪と砂色の混じる碧い瞳…そしてエリミアの大賢者と似た甘い容貌。似ているようで似ていない。似てないようで似ている。
幼き頃から言われ続けた言葉。
その表面上の類似点と持っている能力の相違点。それによって勝手に期待され持ち上げられ…掌を返す様に奈落の底へ落とされた。
「どれだけ、このせいで不快な思いをしたことか…」
自分の容姿への嫌悪感を顕にしながら呟く。
既にそれはエルシニアの中では大賢者によってもたらされた弊害でしか無かった。
被った不利益の数々を思い浮かべて考える。
『1つ特をしたとしたら、あの国を容易に捨て去る気持ちをくれたことか…。お陰で今のこの立場と地位を手に入れることが出来た…』
叔母に連れられリャーフへ入りこの場所へ来た。
「…フエル・リトスなんぞ糞くらえだ…」
唾棄せんばかりに強く思い呟く言葉に嫌悪が宿る。
こうして築き上げられた内面だが、他者を顧みず切り捨てられる強靱さと狡猾で残忍なところは自身で気に入っている。
「この内面は恐ろしく似ていると言われますが、持っている者と持たざる者が類似するとは何たる皮肉でしょうか…」
独り言ちながら、再度硝子に映る自身の姿を眺める。
その微妙に似た内面を表すような酷薄に笑む様は、とても大賢者リーシェライルに似ていた。
いつもの様に、いつの間にか人形を貸し付けてくれた者の使者が入室していた。
待っていた来客だ。
「お久しぶりです。この前は失敗しちゃって残念でしたね!」
その者は軽い口調で明るく話す。まだ少年と言った感じの使者は勝手に椅子に座り、用意してあった菓子を貪る。
「あぁ、折角人形を貸して頂いたのに申し訳無いことをした…」
苦笑いしながらエルシニアは使者を見るが瞳の奥に笑みは無い。
「御屋形様から、まだ必要としているなら…新たなる情報を持っていくように…と言いつかって来たのですが必要ですか?」
「えぇ、是非とも頂きたいです」
その言葉に意外そうな表情を浮かべ使者は答える。
「未だ諦めていないんですね…その不屈の精神、敬服致します。情報が有益に使われ我主もお喜びになると思いますよ」
投げ槍な、どこか気の抜けた様子だが感嘆の言葉は本心のようだ。
「…して、情報とは?」
エルシニアは気にせず問う。
「もう標的は目的地手前、あと2~3日で到着だから急いだ方が良いって事でした」
「もうそこまで…大変有益な情報だ!」
目を輝かせ喜びの笑みを浮かべる。
「そこまで手に入れたいものですか?」
エルシニアの目に浮かぶ狂喜が入る笑みを確認し、思い入れの強さをその少年の様な使者は訝しむ。
「えぇ、私にとっては見返したい者へ見せつけるための戦利品の様なもの…だからこそ価値がある」
「何にしても早めに手に入れた方が良いですよ。御屋形様は気が変わりやすいですから、気になれば勝手に自分で動きますよ…」
「…なれば、今、動こう」
そう口に出すとその場で呼び鈴を鳴らし呼び寄せたものに伝える。
「転移陣の準備に動け」
目標に向かって時を刻み始める。
いつの間にか使者は消え、商会長のみがその場に残る。そして甘美で残酷な夢を思い描き悦に浸るのであった。




