16.一つ進んで休み
転移陣は繋がった、フレイリアル達の転移は確かに完了した。
暗闇の部屋の様な場所に転移陣の青白い光が浮かんでいる。
「とりあえず宙ぶらりんな状態でも無いよな…でも、見えた気がした子が居ない…」
一人訳の分からないことを言っているミーティを放置し、フレイが皆の安否を確認する。
「みんな大丈夫だよね…」
「あぁ…」
「問題ないです」
「キュイー!」
クリールまで返事をくれた。4人と1頭、全員問題ないようだ。
外から差し込む光を頼りに、その部屋の様な場所から脱出する。
フレイリアル達が居るのは砂の中だった。
エリミアの荒れ地に近い感じの場所だが周囲に瓦礫とか草地が全く無く、強いて言えばこの陣のある建物が既に瓦礫だった。
平地では無く窪地のような砂地のど真ん中の瓦礫の中に居るのだが、小高い砂の山に囲まれている感じであり今一つ場所が把握出来ない。
「どこかは不明ですが、転移陣が繋がってバラバラにならなかっただけ有り難いですね」
「そうか!陣が繋がらなきゃ身体が四散していたかも…って事か」
タリクの言葉に返事したモーイは勿論、それ以外の者も危うかった状況を想像し冷や汗が流れる。
「まず場所を確認しましょう」
こう言う時、神殿で大勢を取り仕切ってきた経験のあるタリクは上手に指示する。
手分けして確認すると、この窪地の端に上に続く階段があった。
ここから脱出する事最優先なので、探索をかけながら慎重に最上部まで登る。
結構な階段の数だ。
フレイリアルは一人でへたばっていた。
「何で…みんな平気なの?つ…疲れない…の?」
一人で最後尾のクリールに支えてもらいながら、息を切らせ上ってくる。
「えっ?自力で上ってたのか?」
振り返る皆が不思議そうな視線を送る。
「愚かさの改善がみられないとは残念です」
タリクがいつものようにフレイを切って捨てる。
「訓練の時、使っただろ…」
手に握っている魔石を示した。
「…あっ」
皆、魔力を纏い足元を強化していたのだ。残念そうな目をしたモーイがフレイに声を掛ける。
「うんっ、丁度良いからそのまま訓練で補助なしで上がれ! 体力は大切だぞ」
厳しめのモーイ教官が久々に現れフレイをしごくのであった。
最上部まで辿り着くと想像はしていたが砂漠の中だった。
一面広がる砂地だ。
だが目の前に広がる砂地の中に一本の石造りの道があり、道の端にある大きな石に彫り込んだ表示がある。
"王都ランサまで10キメル"
「ヴェステだったんですね…」
タリクが呟くその微妙な位置に、皆の顔が曇る。
「とりあえず王都まで行って考えよう!」
フレイの掛け声に特に異論もなく、取り敢えず歩みを進めてみることになった。
「…あの遺跡は遠い上に壊れているし、周りに何も無い。微妙な所を選んだねぇ」
砂漠の集落へ商品納入で行った帰りの荷車に乗せてもらえた。
「あぁ、確かに何にもなかったっすね。よい場所だって紹介されたんだけどなぁ。まぁ酒の席での話だから~」
ミーティは適当に合わせ話を盛る。
設定は旅芸人一座が王都に行くつもりだが、その前に観光で遺跡に立ち寄った。行くにも帰るにも予想外に遠く困っていた…と言う設定だ。
微妙な設定だ。
しかし遺跡に立ち寄った上に、この面々を一括りにする妙案が思い付かないのでしょうがない。
王都に入る前に情報を集めたかったので同行者を得ようとしたら、荷車が止まってくれた。納品後で積む荷が無かったと言うことで、偶々乗せてもらえたのだ。
「ほぅ、旅芸人の一座とは…少し人数が少ない気もするが…」
「オレら立ち上げたばっかりの路上芸人の一座だから少数精鋭なんだ」
そんな一座も確かにあるので、違和感は無いはずである。
「そうか…。でも、大人が…」
「オレ18だし親方は後で合流なんだ」
色々痛いところを指摘されるがミーティは切り抜ける。まぁ、ミーティの年齢に関しては嘘の方が妥当と思われた。
「そうかぁ、頑張ってるんだなぁ」
納得した商人は少し考え込んだ後、提案をしてくれる。
「よしっ、おっちゃんの知り合いに紹介してやろう!」
多少無理が有る設定だったが、面倒見の良い商人の手助けで興行する場所と宿の紹介を受けてしまった。
本物の一座ではないので、ありがた迷惑な申し出ではあるが断れる訳がない。
町外れの酒場兼宿屋の夕時3つから…酒のつまみ…と言う感じの時間帯で興行を依頼された。
おっちゃんの商店近くにある酒場に出演していた一座が契約終了で次の場所へ移動してしまい、酒場の主から今後の相談を受けていたそうだ。
興行は有っても無くても良いのだが、有る方が華がある。
金は出せないが食事と場所の提供は保証すると言う微妙な条件で紹介を頼まれていた商人のおっちゃんは、該当する者が居ないか頭を悩ませていたらしい。
紹介された酒場の主は若い小集団を見て一瞬躊躇したが、とりあえず2日…と言うことで了承した。
早速今晩からの興行となるが、即席一座であり内容は今から決める状態だ。
「何が出来る?」
「アタシはナイフ投げなら実際の興行に出たこともあるよ~」
モーイの予想外の申し出で、主な内容は即決定。
「オレは周りで曲芸でもやるよ」
そう言いミーティはその場で連続宙返りしてみせた。
「歌ぐらいなら歌いましょう」
タリクも申し出る。
その横でフレイが目を輝かせながら申し出ようとする。
「私は…」
「ボロはナイフ投げの的か道化ですね…」
タリクがフレイの言葉を遮るがフレイは諦めない。
「私は…」
「的だな」「的以外無いな!」「的に決定ですね」
フレイの意志に関係なく3人からの裁定が下る。
「何で私の言うこと聞いてくれないの!」
フレイは文句を言うが、やりたがっていた内容は皆知っている。
「あのな、魔石使った見世物出来るような奴がいたら目立っちまうんだよ」
モーイから止めを刺される。
フレイはボルデレを出てからずっと魔石を使う訓練で幻想奇術が出来ないか試していた。モーイが時の巫女に教わった訓練の中に、色々な魔石から様々な輝きを導き出すような訓練もあったので一緒に行っていたのだ。
その成果もあってかなり上達したし、樹海のような魔力の豊富な場所だと魔石無しでもできてしまう。
大賢者しか出来ない様な事をやっている。
流石にそれはモーイに禁じられたが、魔石を使っての幻想奇術の披露は諦めていなかった。
ダメな理由は分かって居るので、むくれてはいるが納得はしている。
演目は決まったのでソレゾレの部屋で準備するが、モーイが手にした衣装をみてフレイが絶句する。
「何でモーイこの服を持ってるの!!」
「えっ!フレイがなかなか良いって言ってくれたからニュールの前で披露しようと持って来てるんだ!」
モーイが久々にニュールを熱い思いで語る。
「だぁって~ニュールがぁ、アタシにクラクラでメロメロになってる所を想像したら手放せなくなっちまったんだよぉ~」
思い込み全開で語るモーイらしいモーイになっていた。
「まぁ、ほぼ布でしか無いから、何か役に立つかと思ってさ! 更に一着巫女さんに頼んで譲ってもらったんだ…」
そう言いながらフレイを着付けていく。
「まぁ目立つ役所だし、印象変えるためにも髪は短いから布で巻き上げちまうか」
モーイ自身が仕上げ完成させたフレイを見て言う。
「アタシってこう言う才能も有るのかもしれねぇ…鼻血もんの出来上がりだぜ!」
着付けてくれたのはサルトゥス王宮仕様の薄布仕上げのヤバい物の方だった。
身体に張り付くように纏わり付く布は、全ての身体の線を露にし見る者の目を釘付けにする。
今回は髪が短く布で全て上げられている為、首の細さが際立ち思わず首から背中への流れるような線に手を添え滑らせたくなりモーイは思わずやってみた。
「ひゃぅぅ、止めてよモーイ!」
叫びながら仰け反るフレイの肢体は、モーイでも思わず抱きしめてみたくなるドキドキ感があった。
そのモーイも細身の体を飾る布を纏う姿は豪奢であり、サルトゥスの神殿に描かれていた金の髪なびかせる戦女神のようであり神々しく恐れ多い美しさだった。
再び2人の女神顕現...となる。
更にタリクが同じような衣装を着ていた。
部屋のシーツを着付けた様だが全くそんな風には見えず、短めの裾が華奢な脚を彩り可憐さに磨きをかけているし、輝く新鮮な銅色の髪から覗く顔は照れていつも以上に愛らしかった。
モーイとフレイはタリクのその姿を見て動きが止まる。
「「可愛い~」」
思わず2人してタリクに駆け寄り、嫌がるタリクを抱きしめた。タリクが女子3人状態になっているのを羨ましそうにミーティは眺めていた。
その後舞台袖へ移動したが、フレイにモーイが凄んでいる。
「いい加減そのマント脱ぎな」
「ホントにこの格好で大勢の前に出るの?」
「諦めな!」
そう言うとモーイはフレイのマントを剥ぎ取る。
ミーティはその直前にタリクから忠告を受ける。
「直視しない方が身のためです…」
なんの事か分からずフレイとモーイのやり取りを見ていると剥ぎ取られたマントの中からフレイの、あの誘うような艶やかで婀娜っぽい肢体が現れた。
薄布から形そのままに現れる程よい大きさの胸が動く度にぷるぷると揺れる様と、上から覗ける谷間の柔らかそうな素肌。首筋から背中に続く滑らかで艶麗な線と、その先に続く程よく引き締まった尻と腹まで両脇に伸びる衣装の隙間から見えるすらりとした脚。
『あぁ…メチャクチャに好き放題撫で回したい!』
ミーティは瞬間頭に血が登る。
「だから直視するなと言っていたのに…」
タリクの忠告は届かなかった。
ミーティは鼻血を出しつつ倒れていた。
脳裏には過去最高のハッキリと記憶に残る映像が刻まれた。
「此のまま舞台に立つのは影響が強すぎます」
モーイの不満の声を他所に、タリクの一言で部屋のシーツをもう1枚借り受けマントにしてフレイは隠された。
若くて綺麗に着飾った女子3人が出るナイフ投げ。
程々盛り上がる演目。
だが、夕時から宵時の演目としては…真面目すぎて時間と共にだらけてくる。
機を見るに敏なモーイは決断し目指す…最終演目での披露を。
『せーっかく、アタシっが最高~に着付けたんだから見せつけないとな~』
最後のナイフ投げは目隠し&ミーティが肩に担いだ状態のフレイが持つ果物への投擲。
目隠しは探索魔力でズルしてるし、フレイは身体には防御結界を纏わせている。
安全は大胆さを生む。
投げたナイフはフレイのマントをしっかりと剥ぎ取り、小悪魔的肢体を満喫できる衣装が晒される。場内にどよめきが上がり、心撃ち抜かれた人々の感嘆の溜め息が漏れる。
最後の出し物は大盛況で、拍手喝采のうちに幕となった。
演目終了後、此方の戦力も知らずに欲に駆られた輩が光に群がる虫のように、女子3人居るように見える舞台へと集まってくる。
そんな無遠慮な輩が集まってくる中へ、顔半分しか見えない商人風の優男がしっかりと攻撃用魔石を見せながら近づいてくる。
「我が座の看板娘達にお手出し無用でございます」
口元しか見えないが絶対に引かない強い笑みを浮かべ、手にした魔石で脅しながら不埒者を退けていく。
そして舞台で一礼をすると、そこに崩れ座るフレイを抱き上げ抱き締める。
「婚約者殿のこの姿は我が目にのみ入れたいものなのだがなぁ」
「アルバシェルさん…」
アルバシェルは、相変わらず垣根をなぎ倒す様に懐に入り込み積極的な包容をする。
少し前の事なのに相変わらずの力強さとベッタリぶりを、懐かしく嬉しく感じる自分にフレイは驚いた。
「遅くなったが約束通り来たぞ」
フレイだけに向けた思いこもる笑顔でじっと見つめる。
そして、久々の出会いに思わずその衣装の薄布の感触を楽しみながら再びフレイを抱きしめるアルバシェルだった。
演目終了後。借りている宿の一部屋に集まる。
「アルバシェル様一体どの様に…」
タリクは強く問い質す…アルバシェルへのお説教の時間となる。
「普通にボルデレの転移陣からだぞ。破壊された転移陣の修復確認と転移陣の新たな運用についての視察と言う事で来た」
もっともな理由だが、とてつもなく怪しい。
「アルバシェル様がですか?」
「あぁ、ボルデレ転移陣管理責任者アルバだ!よろしくな」
タリクの予想通り偽装してか、成り代わっての訪問だ。
「…やっぱり! 大殿司様にご迷惑をかけないで下さい」
「今回は協力的だったぞ! 早く嫁かタリクかどっちか連れ帰れ…と言っていた」
大殿司はアルバシェルが神殿に留まっているためお守りに疲れて許可したのだろう。
「いつサルトゥスへ戻られる予定ですか?」
「多分明日だ」
全く悪びれず自由気ままに行動しているように見える。
「多分じゃあ無いです。此のまま抜けて留まるつもりでしょうが、そんな訳にいかないのはご存知でしょ?」
「…かもしれん」
「では何故!」
タリクの問い質しに今度は真剣な声でアルバシェルが返す。
「インゼルへの道が必要なのだろ?」
皆、タリクとアルバシェルの遣り取りを半ば呆れつつ見守っていたので核心に触れる話題がいきなり入り驚き注目する。
そしてアルバシェルは、途中で曲げられてしまったインゼルへの道を指し示す。
「この近隣にヴェステ王立魔石研究所がある。そこが今回の視察先だが、サルトゥスへもそこから戻る。そして今回は陣の繋ぎ替えの実地見学と言うことで、同じ陣で一度インゼルへ向かう者達が飛ぶのを見せてくれるそうだ」
そして告げるべき事を伝えるために続ける。
「姉上から…時の巫女リオラリオからの伝言だ。白の塔で少しずつ魔力が変異してきているので急げ…とのことだ」
「「「………」」」
残された時間が少なくなってきているようだった。




