14.選択の時へ進む
樹海の集落から陣への立ち入りの許可をもらい、フレイリアル達は集落の外れにある館へ再び赴く。今回は修復も行うので陣の管理責任者でもある語り部の長アクテと、他の語り部2名が同行する。
ミーティの婆ちゃんであるアクテは、前回のチョットした顔を出し程度では孫を漫喫するには不十分だったのか、何やらミーティを構い遊んでいる様に端からは見えた。
遊んでいるように見えたその楽しそうなじゃれ合いの中でミーティは婆ちゃんから密命を受けてしまった。
「あの森の娘を本物の嫁にして連れ帰れ…」
「はあっ??」
「手段を選ばずモノにしろ…」
何だか婆ちゃんが物騒なことを言っているような気がしたので問い直す。
「はいっ??」
「分からんのか?お前が望んでいる様に押し倒―――――ムグムグムグ」
思わずミーティは婆ちゃんの口を塞いでしまった。
「何恥ずかしい事言おうとしてるんだ!!」
身内から聞きたくないような色々を言われそうになり、真っ赤になって動揺し叫ぶミーティ。
「お前が無理なら集落から別の者を送り込むぞ!」
ミーティは婆ちゃんの勢いにたじろぐ。婆ちゃんは本気だった。
「他の手の者に落ちて利用されるぐらいなら、我が地で管理して何が悪い!」
婆ちゃんから大らかなミーティの婆ちゃんとしての顔が消え、村を真に管理維持する語り部の長としての顔が前面に現れる。
背中に背負うものが大きく、背負う時間の長い者ほど大義名分に流され他者を踏みにじる事への戸惑いが減る。
「世界と樹海の存続のために気張りな!」
何だか望むような望まないようなこの指示に、ミーティは長く思い惑う事になるのだった。
館に到着して建物内に入り陣の前に立つが、やはり陣の活性は感じられない。
フレイリアルは陣の修復を試みる。
転移陣の上にスウェル鉱山でもらった蒼玉屑魔石をばらまき、陣の魔力を動かし引っ掛かりのある部分に魔力を寄せる。
陣の上に乗せた蒼玉の屑魔石からその部分へ更に力を送り込み、紐を編み上げるように結晶構造を丁寧に組み上げていく。
組上がると共に陣の魔力が回転し循環が構築され転移陣に輝きが戻る。明確に先に繋がっているのが分かるようになった。
「おぉぉ!」
横に控えていた語り部の長であるアクテ婆ちゃんが驚嘆の声を出す。
「確認してみてください」
フレイが声を掛けると、アクテが陣に手をやり魔力の動きを確認した。
「ちゃんと起動できるだろう。場所もしっかりとインゼルに繋がっているようだ…」
「良かった…」
先へ進む道は確保できた。後は進むだけだ。
白の塔で陣が繋がる気配を察知するディリチェルとラビリチェル。
「「この陣生き返った」」
気配を察知し塔の陣の前で佇む。
「此の気配、森から繋がる…」
「この気配要らない」
「要らないね」
2人の無表情な顔の中に浮かぶ不快感。
「でも断つの難しい」
「難しいなら変えちゃえ」
「変えちゃおう」
「何処へ」
「何処かへ」
どちらからともなく始めた会話の結末は一致し実行される。
ほんの少し前にインゼルへ飛ぶために用意された陣は、白の巫女によって未知の場所へと繋げられた。
「オレはこの塔と繋がるべきなのではないのだろうか…」
そこにはディリチェルとラビリチェルの機略により、繋がるはずだった外への道を閉ざされたとも知らずに最善の未来へ繋がる道を懸命に模索し続けるニュールがいた。
ニュールは文献を閲覧できる資料庫の様な部屋に籠り、真剣に悩んでいる。
この塔に保存されている過去の記録や文献をニュロと共に紐解き調べ学び、ディリやラビリの言葉を検討してゆくと辿り着く終着点。
もし、無限意識下集合記録により動く大賢者統合人格が既にリーシェライルの中での主であり、リーシェライル自身が従となっているなら…実行すべき行動。
決定打となる文献は大賢者付の賢者リベルザによる記録ではなく、その主となる本物の大賢者メインテの記録を見つけたことから結論に至る。
その文献は何らかの陣により守られていたのか一切の汚れなく保存されていた。
そこには眉唾モノだと思っていた大地創造魔法陣の概略と起動条件等が記されていた。
大地創造魔法とは各塔の最下層、物理で辿り着けない領界に展開された塔と連動した魔法陣。
その魔法陣は根元の石上部の不連続面に敷かれている。
橄欖魔石と柘榴魔石が天輝と地輝を帯び魔輝石化した物で陣は構築され、起動は大賢者の統一された意志であり、魔力は陣の下部にある根源石から供給される。
緻密な操作を行える様な能力が有るなら有益に恩恵をもたらす力となろうが、出来ないならば有害無益なモノでしかない。
こんなモノを悪意ある者が手に入れたなら、世界はその者のモノとなるであろう。
力は行使しなくても持っているだけで力となる。
同等の抑止力持たぬ限り所持する者の横暴を許すことになるだろう。
阻止するためには、自分がこの塔の主となるべきなのではないか。
そして今なら間に合う。
ニュールは予想外の結論に達してしまった事に思い悩む。
『だからと言って、ニュールが全部引き受けねばならない道理は無いんだよ』
ニュロは、そう言ってくれるが止めなければこの世界の喪失、または何者かによる世界の掌握へ繋がる可能性が高い。
ディリチェルとラビリチェルが久々に2人揃って最初の姿でニュールの前に現れる。
ニュールは手にした結論に疲れていた。
「ニュール疲れている。休む」
「疲れ、良くない…」
力入らず頭抱えるような状態のまま、寂しさに包まれた様な表情でニュールは2人を見上げた。
その姿を目にして、2人は心から心配そうに声を掛けたのだ。
2人ともニュールと言う人間を相手にする事で、お人形であるにも関わらず様々な気持ちが芽生えつつある。
“心配する” も、手に入れた気持ちの一つの様だった。
「お前らは魔力を導き出して補充する作業が無くなれば、今のお前らのままでいられるのか?」
「穴が広がらなければ飲まれない。今のままの中身続く」
「器の時は止まってる。中身の時だけ動いてる」
ディリもラビリも不思議そうな顔でニュールを見る。
「お前らは今の自分が続いたら嬉しいか?」
相変わらずニュールからの質問の意図は汲み取れないが淡々と2人は答える。
「嬉しい…まだ良くわからない」
ラビリは答える。
「嬉しいは嬉しい…。ディリ分かるようになった」
答えるディリチェル。
先日、覚えたのであろう笑みを浮かべ、ラビリチェルに伝える。
「ニュール教えてくれる。気持ち分かるのが嬉しい…事」
ラビリに説明しようと努力する。
「ラビリも分かるようになる…嬉しい」
「きっとなる」
既にそこには情報だけでなく気持ちの伝達としての言葉が介在しつつあった。
ニュールは大義の為に動ける様な殊勝な人間では無かった。
寧ろ、錦の御旗振りかざす様な奴には反抗したくなるような人生を送ってきた。
だがこの案件は、ニュール自身が情を抱く者達全ての今後へ関わる。
でも、そんな大きな事より心休まる小さな拠り所が欲しかった。自分の関わるごく狭い範囲で愛おしむ者達の為に動きたかったのだ。
手を差し伸べられる目の前の者の為に…ニュールは決意した。
「いいよ…」
「何、良い?」
「塔に繋がるよ…」
「!!!」
その予想外の言葉にディリチェルもラビリチェルも言葉を失う。
そして戸惑いの中確認する。
「「本当に良い?」」
ディリとラビリの確認する声に気遣いが入る。
「あぁ、お前らとはずっと一緒に過ごす事になるのかな…宜しくな」
ニュールの決意が確かで有ることを感じ、ディリチェルとラビリチェルが心から微笑む。
「ラビリ!それが笑顔」
「これ笑顔」
ディリの指摘にラビリが自分の顔に触れて答える。
嬉しそうにする2人を見ていたら懐かしい思いに駆られた…自分が守護しようとした者のことを…。
途中で放り出してしまうような状況だけが気がかりだった。
その子供が自分の思いを曲げる事少なく過ごしていくことを願い、その代わりに座った位置から丁度届くディリとラビリ2人の肩をニュールの両腕が優しく包み込んだ。
「「ありがとう…」」
するりと魔力を巡らせたディリチェルとラビリチェルが元々の姿から、それぞれ大人の姿に変化した。
両手で優しく包んでいた肩がなだらかな大人の線を持つものに代わり、ニュールは跪く美女2人を両手に従え両足に纏わりつかせている状態となる。
正真正銘、両手に花と言う感じで嬉しい状態なのだが、困った事に膝の上に半身を預けている様な形で寄り添ってくれているので暖かく柔らかなモノが乗っている…。
「おいっ!乗ってるぞ~逆上せるから止めてくれ~感覚さえも惑わせるこの魔力は卑怯だと思うぞ!」
勿論心のなかに留められない状態なので全て口に出る。
「「ふふふっ、我慢必要ない。解放は同じ感覚…」」
両側の足から其々が手を沿わせ這うように伸び上がり頬に口付ける。それと一緒にニュールにゾワゾワとした感覚が沸き上がり思わず振り払う。
「それでも自分の良識のなかで生きたい!」
「「ニュール、頭…硬い…」」
「余計なお世話だ!」
からかうように腹立たしいことを2人口を揃えて言うが、ふと表情に真っ直ぐな思いが混ざる。
「「もし、私たちが本当の大人の身体持ってたら真剣に相手してくれる?」」
「あぁ、いくらでも相手にしてやるぞ」
「「…嬉しい」」
2人の頬が仄かに赤らみ、本当に花が咲きこぼれるように笑う。ニュールの顔にも思わず一緒に笑みが溢れる。
「ディリ研究する、成長するための方法」
「ラビリもやる。大人の身体手に入れる」
2人とも希望を手にして前を向く。ニュールはそんな2人を苦笑しながら見守る。
この永遠に終わらぬ循環の中に在り続けなければならないのなら連れがいるのは有り難いと思った。
いつの間にか本来の7歳に戻ったディリとラビリの頭にポンッと手を乗せ、ニュールは尋ねる。
「さぁ出来ることから教えてくれ!」
意に沿わぬ決断で有っても、自身で踏み出したなら前へ進むニュールであった。
転移陣の準備が整い出発へ向けての挨拶がなされる。
「行ってきます。陣をお借りします」
「あぁ、気をつけて行ってくるだ」
フレイリアルの挨拶に笑顔で答えるアクテ。
樹海の寂れた家屋の中でひっそりと輝き出した陣の上に4人と1頭が乗る。
「それじゃあ行くよ!」
陣の上に乗った者達にフレイが声を掛け陣の魔力を動かし、蒼玉屑魔石から魔力を供給して起動する。
輝きが増し、転移の力が働き始めた。
その時、グニャリとねじくれた様な感覚が巡り、目的としていた先の白い塔の魔力が遠ざかり…繋がっていた陣との回路が…切り替わる。
切り替わった先が存在するのかさえ危うい状態。
「「「!!!!」」」
その場にいた全員賢者相当であり、その異変に気付くが既に動いて転移魔力を発動させつつある陣を強制終了させることも危険であり打つ手が無かった。
婆ちゃんが叫ぶ。
「ミーティ!座標を送る、そこへ回路を繋げ!!」
「えっ!オレ?遣ったことないし座標って…うぐっ!!!」
ミーティが頭を抱えてうずくまる。
「近くで開いてる陣がソレしか…」
婆ちゃんも陣の外で倒れ、他の語り部に抱えられる。
語り部の長アクテが自身の権限にて、語り部の記憶移譲を行使した。
本来は然るべき場所で然るべき時を選び、儀式を行い次代の語り部となった者へと行う技。
それを血縁による繋がりのみで行ったため、双方共に負担が大きかった。
特に送り手となったアクテが一方的に調整し繋ぎ魔力を注ぎ受け手の抵抗をねじ伏せ、尚且つ受け手の負荷を自身に吸収する。
アクテの受けた痛手は見た目以上に大きかった。
「意地でも繋げ!!繋がねばそこで人生終るかもしれんぞ…」
婆ちゃんの言葉にうずくまっていたミーティが陣に手を置く。
「ちっ!遣り方も座標も分かったけど、ぶっつけ本番で皆の命まで預かる事になるとは予想外だぜ…」
その時タリクが申し出る。
「補助します。回路繋ぎに立ち会った事はあります」
神殿で転移陣を扱っていたタリクは過去に回路変更に立ち会う事があった。そして陣に手を触れタリクがミーティに指示する。
「座標を思い浮かべたら、強くその先の繋がる空間を認識してください」
遣り方は理解しても初めてのミーティはタリクに従う。
「出来たぞ!」
「先を認識できたら、その先に見えた何か気になるものを何でも良いので更に詳細に見てください」
繋がる予定の先に銀の髪の綺麗な女の子が居た。気になりもっとハッキリと見たくてミーティの気持ちと魔力が伸びるような気がした。
一瞬陣の輝きが増した。
「…多分しっかり繋がっていると思います。だけど、この先の国は…」
陣の上のやり取りが掻き消え、転移が完了したようだ。
その陣の上に語り部の長アクテが手を置き先を確認する。
「無事繋がった様じゃな…」
付いてきた他の語り部に抱き抱えられ、魔力移譲を受けつつ意識を保つような状態。
「長、戻られて本格的な治療をお受け下さい!」
共にいる語り部の口調の強さと浮かぶ表情の切迫感が、アクテの状態を表している。
「あぁ…ここから先は…手助けしようも無いからな…」
途切れる意識の中で呟く。
「気をつけて行ってくるだ…」
意識の途絶えたアクテを抱え、語り部達は足早に集落へ向かうのであった。




