12.逃れて進む
王城の外門から外国の使者の方1名とお付きの者として少年2人が自国へと向かう。その確認をした門番の男の1人は選任の儀の日にフレイリアルを通した門兵だった。
『森の民と思われる色合いの子供は、《取り替え子》と同じ色合いに見える。だがあの鬱々とした雰囲気で闇の底から這い出てきそうな姫と違い、新緑の瞳がクルクルと動き輝き何と元気で生き生きとしてるんだ…』
エリミアで忌避される森の民の特徴持つ少年であったが、その新緑の瞳は美しく元気さは微笑ましいと門番の男は思った。
「確認終了しましたのでお通り下さい」
何の問題もなく通過できた。
入るときの確認は厳重だが、出るときの確認はどこの国も同じで有って無い様なものだ。
「第一関門は突破だな」
「やったね!」
「こんなモノ関門でも何でもありません」
いつもの様に冷淡に答えるタリクが居た。
サルトゥス王国からの婚姻の使者として現れたのがタリクだったのだ。
だがフレイ達は最初知らなかった。
使者と共に正式な婚姻申し入れの書状が届き、王妃は予告通りフレイリアルが賢者の塔に立ち入る事を一切許さなかった。実力をもって阻止してきたのだ。
部屋の出入口に王妃の私兵が4名ずつ立ち、出る時にはその内の2名が付いてくる。
何処に行っても、何処まで行っても付いてくる。
狭い小道だろうと厨房を通る抜け道だろうと一切逃げ果す事を許してくれない。
塔に一歩入るだけで引き留められ、部屋へ連れ戻される。
かなり優秀である。
モーイの手を貸りることは出来なかった。
フレイが賢者の塔に入る手助けをしてしまったなら、知られれば立場の弱いモーイは王城から直ぐ追い出されてしまうだろう。
それが分かるのでフレイリアルも下手に頼れなかったのだ。
これ以上周りから王城や国の思惑と対立してでもフレイの側に居てくれる人を失いたくなかった。
それでもリーシェライルに会いたい…近くに居たい…と言う思いを、フレイリアルは捨てられ無かった。
その思いに紐付けられる情は、師弟の様な信頼の情であり、子が親へ求める慈愛の情であり…淡く淡く育つ恋情である…かもしれなかった。
此の地で全ての情を持たぬフレイリアルにとって、それは唯一深い思い交わす情で有り、決して無くせない心の拠り所であったのだ。
抜けだそうと何度も挑戦するフレイリアルの部屋へ、サルトゥス王国の使者より謁見の申し入れがあった。
だが、不満が溜まりまくったフレイに道理は通じない。
他国の使者の申入れなのに、お構いなしにずっと放置していた。
いけない事だと分かっていても正式な謁見の申入れでも無かったので、使者からの使いを仮病を使ったり不都合を装い何日間か避けていた。
そして痺れを切らした使者自身が、お見舞いに直接来訪すると聞き…窓から逃げようとした。
『其処までする程へそ曲がり状態か…』
見守るモーイは頭を抱え溜息をついた。そして立場上、手伝って遣ることも出来ず何ともして遣れない自身が歯痒かった。
だがサルトゥス王国の使者は優秀だった。抜け出そうとした小窓の下…王妃の私兵さえ見逃すような場所に待ち構えていた。
「こんな事だろうと思いました。いい加減子供な対応はお止めなさい、守護者救出と言う目的はどこへ行ったのですか!」
その優秀な使者はタリクだったのだ。
予想外でタリクが現れた事と、気持ちが入った叱責を聞き…フレイリアルは嬉しさや色々な感情がごちゃ混ぜになり、小窓から飛び降りると同時にタリクに体当たりし抱きつき大泣きした。
最初フレイに体全体でガッシリと抱きつかれた時、タリクは両手を上げた上に「ウゲッ」て声を出し動揺しまくっていた。
そんじょそこらの女などお呼びでない程美しい美少年タリク。
そのタリクにさえ、フレイリアルの無自覚に誘惑するような容赦無い抱擁の破壊力は有効であるようだ。
その様子を小窓の内で、しらっと見守るモーイはしっかりと確認していた。
タリクはフレイをアルバシェルの相手としては役不足であり、納得いかない者と判断して遠ざけたかった。
だがタリク自身として考えるなら、決してその無邪気さも感触も…嫌い…では無い感じだった。
モーイの観察眼は鋭くあばく。
裏腹な態度で助けてしまう何とも不器用で器用なタリクの行動がモーイに色々と見透かされるのだった。
「こんな事をしていても時間は過ぎていきます。自分の手で掴み取りたいものがあるのなら進むべき方向に進みなさい」
全ての動揺を拭い去り、怜悧なタリクが戻ってきた。
「大賢者様と会える手筈はつけます。本気でインゼルに行く気があるのなら準備なさい」
タリクは宣言して手筈を整えてくれた。
そしてタリクは脱出するフレイ達と共にある。
外門からの脱出時の会話に、フレイリアルはリーシェライルを想いその貢献を口にする。
「内門はリーシェが何とかしてくれたしね…」
内門の防御結界による監視は、あの事件の後から恐ろしく濃密で執拗な魔力の網となり個人を特定確認してくる。持ってる認証魔石との差違や、許可なく認証魔石を複数持つ場合など入出城関係なく引っ掛かる。
「君たちが通る一瞬だけ流れを変えるから纏まって手早く通ってね」
最後に転移の間で宵時に会ったときに言われた。
タリクも同行した宵時の会合。
まずリーシェライルがタリクを見出し声を掛ける。
「実際に会うのは初めてだね…君の御主人は来ると言っていたと思うのだけど、どうやら無理だった様かな…」
転移の間にある高窓から差す月の光を浴び、宵闇の中で天から射す光と共に舞い降り輝くように存在するリーシェライルがタリクに告げた。
リーシェライルの存在感は前に居る者に畏怖の念を抱かせ、自由な動きを封じる事が多い。
しかしタリクは動じなかった。
タリクは挨拶の口上をリーシェライルに手を上げ表情で制止されたので、本題の答えのみ返す。
「…謀略などに馴染まぬ純粋な方ですので…横槍の入った国内の諸事に少し手間取って居る様であります。2度の礼儀知らずは働かぬよう心配らせて頂きますのでご容赦ください」
タリク的には来させてなるか…と言う表情と表現で伝えたようである。
あと、貴方に対応出来るほど此方は狡猾で狡っ辛い者じゃないと遠回しに嫌味返しを言っているように聞こえた。
「くくっ…従者の君とは話が合いそうだよ…まぁ、君の御主人にも楽しみにしていると一応伝えておくれ」
息を飲むような美しい面差しをタリクに向け、魅惑的に誘惑するように鮮やかに微笑む。
一瞬だけ鉄壁のタリクの表情に亀裂が入るが、気持ちを建て直し元へ戻す。
「言伝て受け賜りました」
タリクが美しく礼をとる。
透かさずフレイがリーシェに話し掛ける。
「リーシェ、これ受け取って…」
今まで散々王宮の者に邪魔されて会えなかったリーシェに抱き付きたいフレイであったが、此処で縋ってしまうと2度と外へ出られないような気がして我慢していた。
フレイは懐にしまっていた灰簾魔石を手にするとリーシェに差し出し渡す。
アルドであの日で手に入れた魔石だ。
そしてその続きの動作で自身の腰まである豊かな大地色の髪を掴み、魔石と一緒に用意してあったナイフを取り出し…ザッパリとうなじより下の髪を切り離した。
驚く周りを気にせず、切り離したフワフワで豊かな髪をリーシェに渡す。
「此で少し寂しくないでしょ? 私もリーシェと一部でも一緒に居られると温かい気分になれる。だから…此れだけでも此処に居させて…下さい」
モーイと同じような長さになった髪から、前よりスッキリ見えるようになった顔に満面の笑みを浮かべ伝える。
リーシェライルも一瞬驚くが、差し出された柔らかで豊かな髪を受け取り大切そうに抱きしめ口付けた。
そして今度はフレイ本人を抱き締め、リーシェを嬉しそうに見上げるフレイの唇にその綺麗な唇を落とし…口付けた。
タリクもモーイも固まった…そしてフレイ本人も硬直した。
リーシェはその長い一瞬の後、フレイの耳元で囁く。
「魔石もありがとう。でも此れはフレイが持っていて…僕の代わりにきっとこの魔石がフレイを守るから。その代わり君の持ってた緑柱魔石を頂戴…」
そしてフレイが胸元に下げていた魔石を持ち上げると、其にもリーシェライルは口付けた。
肌に触れていた其は仄かに温かくフレイの肌の一部のようだった。
腕の中のフレイは、最後のリーシェの魔石への口付けで自身の肌に直接口付けられたような感覚を味わっていた。
直前まで触れていた魔石と無意識に回路を繋げていたフレイには、その唇の感触が全身に熱く広がり伝わったのだ。
悪戯っぽく微笑んでいるリーシェライルは分かっていての行動だった様で、惚けて力の抜けた様なフレイをしっかり抱き支えている。
「ちょっと無防備な子だから、皆で支えて上げてね…」
極悪だけど憎めないようなお茶目で美しい笑みを浮かべ、リーシェライルはこの一連の場面展開で固まっているモーイとタリクを再起動させた。
そしてタリクを通してその御主人へ、見事な牽制と仕返しと宣戦布告を送ったようだ。
『ニュールぅ、アタシにゃ此の大賢者様の相手も、コノ間抜け姫のお守りも荷が勝ちすぎるよぉ…』
モーイは悲嘆に暮れるのであった。
以前はニュールのぼやきだったモノがモーイのモノになってしまった。
フレイ抜きでほぼ計画の話し合いは修了したが問題なく境界門まで突破していた。
「当たり前の事です」
自信満々に告げるタリク。
「そんじゃ~先へ進むかぁ~」
コノ数日のエリミア滞在で精神的に疲れきったモーイは気の抜けた様な態度で道を促した。




