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10.甘美な毒へ進み入る

モーイはエリミアの王城に到着後、共にフレイの私室まで辿り着く。

だが入った瞬間速攻でフレイに声を掛けられた。


「行ってくるね!」


その声掛けが終わった時には、既にフレイリアルはモーイを置きざりにして入った扉から出て行った後だった。


何処へ行ったかは自明のこと。

旅の中で散々言っていた事をを実行したのだろう。


「エリミアに着いたら一番にリーシェに会いに行く!」


その言葉通り賢者の塔へ向かったであろう事は予想できたが、モーイは放置された。


『アタシって置いてかれる運命持ち?』


ニュールに置いていかれた事を思い出す。


あの時、クリールが一緒にいてくれて心強かった事を思い出す。

チョット前の事だが懐かしい…そんな事を思いつつ旅の疲れの中で休んでいると、扉を叩く音と共に王からの言伝てを侍女がもたらした。

書状と共に、明日昼時丁度の謁見を指示されるが、本人不在とも言えずモーイは取りあえず受け賜る。


「まぁ今日中には帰って来るだろ」


モーイはフレイリアルの呑気さを甘くみていた。



『夕時過ぎているけど、まだ話し込んでいるのか…』


夕時も終り、宵時になっても…帰ってこない。


朝時の時告げの鐘が鳴る時に扉がカチャリと開き…帰ってきた。

モーイは扉の前に仁王立ちで立ち塞がり、問答無用でフレイに拳固を食らわした。


「連絡もせずに朝帰りたぁ、随分と大人な行動じゃないか!!」


モーイはそれから1つ時程の間、フレイリアルを正座させ説教した。

女子たる者の心得を…モーイなのに語る。


「良い年齢の男がいる部屋に転がり込むには、アンタの年齢が赦してもアンタの体が赦さない! 獲物を持った低俗魔物が大型魔物に其のまま食ってくれと腹出して転がってる様なモンだぞ! 自分の体を真っ裸で鏡の前で良く見てみろ!!」


何だか聞いてて恥ずかしくなってくる話だったが、怒られた…と言うことだけは頭の隅に書き込んだフレイだった。



実際は宵時まで話していたら其のまま大賢者様の膝の上で寝入ってしまっていたので、其のまま布団へ運んでくれた様だった。フレイが最後まで腕を離さないので大賢者様も其のまま横で休んだそうだ。

気づいたらフレイは大賢者様にガッツリと抱きついて寝ていたらしいが、明け方に起こされる。


「フレイ、お早う。少し早いけどもう戻らないと目立つよ…本当は昨日、無理にでも起こして帰せば良かったんだけど…僕も寂しくなっちゃったから起こせなかったんだ。ごめんね…」


フレイは寝ぼけたまま、未だ巻き付くように抱きついていた。


共に寝転び至近距離で仰ぎ見るリーシェの美しい面差しと、優しく限りなく甘い微笑み。耳元で囁くだけで体の中を抜けるように響く優しい声は、流石のフレイリアルにとっても大魔力爆発級の破壊力だった。


一瞬で飛び起き、飛び退き…クツクツと楽しげに笑むリーシェを残し飛んで帰ってきた。

フレイは、思い出すだけでアワアワしてしまいドキドキし赤面している自分に驚く。



大体の内容を聞いたモーイは紳士な大賢者様に感謝しつつ溜め息をつくしかなかった。


ただ、目ざといモーイは見つけてしまった。フレイの胸元に所有の印が刻まれている事を。


『ヤッパリ紳士じゃねぇじゃねぇか!』


モーイ母さんの中で獣2号の認定を受けるリーシェライルであった。




フレイリアルは指定の謁見の刻限に間に合った。

3の月ほど前に謁見の間でお会いした時と同様、王は変わらず無関心で無気力な目をしているし、王妃は何を考えているのか分からない目で此方を射貫く。


お二人並ぶその御前で、フレイリアルも前回と同じような挨拶をし、同じような社交辞令を述べ、やっと本題へ入る。


「短き間ですが見聞を広めること叶い行幸でありました。これも陛下の温情有っての賜物であります。ここにサルトゥス王国より預かりし書状を届けさせて頂きます」


恭しく近付き側近へと書状を渡す。

余計な儀礼で大分長くなり嫌になってきているフレイリアルは、あちらこちらと端折った文章へと変換し時短を図り報告する。

しかし何時ものように王妃がそれを許さない。


「…あなた、サルトゥスの継承権持つ王族より求婚を受けたそうね…」


王妃の言葉に吃驚したフレイリアルは一瞬動きが止まる。

フレイリアル自身にとっては、どさくさの中での思い付きで発せられた様な言葉に聞こえる既に1の月前の事…単純に忘れていた。

印象深い内容ではあるが戯れ言に近い内容でもあり…思いが無い…と言う訳ではないがアルバシェル本人が近くに居ない事もあり、他の物事も目白押しでスッカリ意識から消えていた。


「婚約及び婚姻へ向けての打診の正式な書状は届いてます。近々正式な使者も下さるそうです。構いませんね!」


有無を言わせぬ強制に近い言葉であった。


「私は…その様な事を受ける以前に、私の守護者を取り返しに行きたいです…」


フレイリアルにとって一番に取り組むべき課題は、婚姻などでは無かった。其が片付いても天空の天輝石を探すと言う元々の目的がある…今遣りたい事、遣るべき事はそんな事では無いのだ。


「その必要は無い。そちらは国として対応する。大賢者は国の財産。お前が守護者の結びを大賢者との間に得たことは手柄であるが、これ以上この件へ関わることは禁ず」


今まで無言で応じていた王が口を開いた。


「何故!!此れは私の責任であり仕事です!関わらない訳には行きません」


「貴女は婚姻へ向けての準備に入りなさい。正式な使者の方がいらして婚姻の契約内容が確定したのなら、賢者の塔への立ち入りも禁止します…あのような場所への出入りは本来すべきでは無いのです」


王妃が目を細め楽しそうに告げた。


「それならば婚姻はお断り下さい!!」


「貴女は…既に婚姻の約束を受けたと書状にありましたが偽りですか?王子との婚姻の約束を取り消すのならサルトゥスの第四妃になるつもりですか?」


「!!!…」


言い逃れるための取りあえずの言葉が自身を縛り動けなくする。


「王より御沙汰は下された。疾く従え」


謁見は終了となった。


王家と王家の婚姻は契約である。


仮であっても約定が交わされたのなら有効となる。

色々と入り組む周りの思惑がフレイリアルの足を掴み離さない、其のまま怨霊の妄執に引きずられ連れ去られそうな気がした。



モーイは正式な任命を受けていないため、謁見の間の控え室で待つ。

謁見の間から出てきたフレイは部屋へ戻ると荒れ捲っていた。


「何でそんな事を決められてしまうの!」


賢者の塔への出入り禁止に不服のフレイ。

モーイは謁見後、王からの沙汰に憤慨しているフレイを諭す。


「そりゃぁ当たり前の事だぞ!」


王家が婚姻の契約を交わしたならそれは絶対的な契約となり契約の不履行は許されない。


「だって考えてみろ!旦那は一応2位の継承権持ち。それを捨てるとは言ってたけどサルトゥスは継承権順位は変わっても子供に権利は継がれるんだぞ。もしエリミアの大賢者とのアンタの間に子供が出来ちまって生まれる前に旦那と結婚とかになったら、全然違う王家の者が継承権を持つことになるんだぞ!」


具体的で何か嫌な話にフレイは耳を塞ぐが、そう言う問題なのだ。

フレイはその状況に納得できず不貞腐れてしまった…こう言う処は完全にお子様だとモーイは思う。

図体ばかりでかくなった子供だ。


「一度アタシもその大賢者様にお会いしてみたいもんだよ!」


軽く言ったつもりだったのにフレイはこう言う時ばかりは動きが早く翌日に会う段取りをつけてしまった。





「君がモーイかい?初めましてだね」


転移の間と同じ層にある、謁見の間横の応接室で初めてリーシェライルと対面する。


流れる様な繊細な銀の髪を婉美な動きで耳にかけ、宵闇色に光差し込む艶麗な瞳をこちらに向け優しげに微笑む様は、万人を跪かせる威力があった。

思わず見入る美しさであり少なくともモーイは体が硬直して動かなくなりそうだった。

心に強くニュールを思い描き、底の無い即死級の甘い毒の沼から抜け出す。


「初めまして、第六王女フレイリアル・レクス・リトス様の護衛を拝命致しましたモーイです。今回拝謁賜り行幸で…」


「堅苦しいのは良いよ!」


フレイリアルは一生懸命取り繕うモーイの挨拶をぶった切る。


「フレイ、それじゃあ折角挨拶してくれてるモーイに失礼だよ」


しっかりと嗜める保護者リーシェライルだが、フレイの頭の中は通りすぎた些末なことを検分する機能は付いていない…。


「もぅ~こんな機会少ないんだから楽しもうよ」


頭の中は、もう次へ進んでいる。リーシェライルはモーイに声を掛ける。


「…多分、旅の途中もこんな感じで大変だったろ?…苦労かけてすまないね」


労ってくれる良いヤツだとモーイは思った。


お茶をしながらフレイの希望通り、楽しみながら旅の報告をした。大賢者様は、モーイへ賢者への訓練のアドバイス等もしてくれた。


礼儀正しく優しげな男…であるが尻尾は掴ませない。奥底に流れる狡猾さと周到さ…そして酷薄な残忍さをモーイは感じとるが、その魅了して止まない心を絡め取る引力に引きずれれてしまいそうだ。

流石ニュールをも籠絡?…した大賢者様だった。

フレイが港で会った商人に似ている…と言ってたが、実物は段違いだった。アンナ商人とは、雲泥の差があるし、モットモット激しい差が有り、神と塵芥ぐらいの違いが有る気がした。


『ヤバイ度が半端無いぜ』


心の中で冷や汗が流れる気がした。


『間近で見たら、そんじょそこらの女より綺麗だしニュールがそっちの道に落ちかけてもしょうがない…』


そんな風に思ってしまうほどの衝撃的な美しさであり、兎に角危険…と本能が警鐘を鳴らす。


それなのにフレイは気にせず無邪気にベッタリと恐ろしいほどの密着度で始終腕に絡み付き、くびに巻き付きアノ体を気にせず纏わり付いている。

大賢者様も涼しい顔で受け流している。


だがモーイは、その大賢者様に欲が有ることを知っている。


朝帰りの日、フレイの胸元に付いていた印は明らかに所有印であった。あの端麗な唇がそれを刻んだと思うと他人事ながらドキドキしてしまい、つい大賢者様の唇から目が放せなくなってしまった。


モーイは心の中で唱える。


『アタシはニュールひと筋、アタシはニュールひと筋、アタシはニュールひと筋…』


ニュール直伝の余り効果は無いけれど…と言う、秘技呪文詠唱で精神的障壁を展開したつもりになり自身の心を守るモーイであった。

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