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7.流れは様々な場所で進む

「ここからヴェステの王都にある王立魔石研究所の転移陣へ跳びます」


モモハルムアが第3都市トレスを案内させて頂いた、あのお偉いヴェステの貴族であると自身で語って下さったボレリアブル・スピリルム様がモモハルムアの留学の出迎えに来てくださった。

全くもって有り難い事だ…有り難くて、眉間に皺が寄るのを防ぐため心を無にする手間がかかるとモモハルムアは思った。


その為、モモハルムアの表情は始終色無く遠方を見つめるだけであった。

しかし、その表情でさえ周りの者に賞賛される美しさであった。

エリミアの民が持つ色合いよりかなり薄色でしかも輝きを持つ銀の髪を持ち、砂色の混ざる明るい紫水晶魔石の色持つ大きな瞳と細かく細工の整った目鼻立ち。

どこにいても注目を受ける容姿である。


『もう2の月前、フレイリアル様とあの方は出立したのよね…』


あの選任の儀を行う予定だった日…記憶から決して消し去れない様な鮮烈な1日だった。

その翌々日から色々な準備をし、友好使節のみで出立予定の者達は早々に数週の間に出立した。

フレイリアル達の様な遅めに出立した者達でも1の月経つ頃にはエリミアを出ていた。

留学が絶対条件に入るヴェステを希望したモモハルムアだけが其れより更に1の月遅れての出発となったのだ。


それでも出立してから早1の月が経過し、少し砂漠の旅にも慣れてきた。

モモハルムアの同行者は気心の知れた者ばかりが選ばれた…なのに其処には何故かホクホク顔の伯父の姿もあった。


「いやぁ~モモハルムアがヴェステへの留学を選んでくれるとは嬉しいよ!」


「……」


モモハルムアは、叔父が前回の別れ際向けてきた捨て台詞のような脅し文句と鋭い視線を忘れなかった。

それなのに無理矢理に留学への道行きへと同行し、打って変わった様な媚びへつらう態度で纏わり付く。

もうモモハルムアの頭の中には、"うんざり” と言う言葉以外伯父の顔を見て思い浮かぶ言葉がなくなっていた。



「ヴェステのスピルリム公爵家の方々が、今度はお前をもてなしたいと仰って下さって迎えて下さるとの事だ」


モモハルムアはこの留学が決まってからの2の月、散々伯父から催促されているお偉い方々のお誘いへの返答を、心の中で何度も叫んでいた。


『慎んで御断りさせていただきます!』


だが其のままを口にできるはずもなく、何だかんだとお迎えは受け入れることになった。

最初は家に招待するから遊学中は是非滞在を…などと言われていた様だが…流石に無視した…伯父が余計なことをしていなければ多分意見は通っているはず。

そのため、留学中は研究所の職員宿舎に滞在する予定だ。


迎えはヴェステへの経路上、エリミアより1の月で通過するラウハの泉にて待っているとの事だった。

その泉には誰もが利用できる石造りの簡易な建物がある。

比較的大きな建物だった。

だが、豪勢な雰囲気のお迎え一行と思われる人々が、他の者達を気にせず占拠していた。

そして其処には、新たに作られたと思われる簡素だがしっかりした5メル四方の建物が作られている。


とりあえず到着しての一休み…とのことで屋外のテントに昼食が用意されていた。

砂漠のど真ん中、調理施設のない場所なのに全てが整えられ用意されている。

此れ見よがしな地位と財力の見せつけの様であるが、興味のないモモハルムアは素っ気なかった。

相も変わらず、自身の存在に矜持をお持ちでないボレリアブル・スピリルム様が何か色々と寝言をおっしゃる。


「私の事はボレリアとお呼びください…私も貴女の事をモモハと…」


背後で食器を用意してあったカートが倒れる。

周りには誰が居るわけでは無かった様に見えたが、モモハルムアの背後で給仕をしながら涼しい顔をしているエシェリキアの魔力の残滓が感じられる。

モモハルムアは困ったものだと思いつつも、そのモモハルムアの意を汲む優秀な仕事っぷりに賛辞の目を向けてしまう。

公明正大なフィーデスにとって、そのやり口は意に沿わない。

だがそれ以上に、この者が此の場所に居ること自体、フィーデスは納得いかないのだった。


あの事件によってエシェリキアに下された懲罰は、継承権の剥奪及び王都への1の年の立ち入り禁止令、そして身元引き受け人の下で王族の身分を捨てどこかの王族に従事する者となると言うものだった。

エシェリキアは今度は自ら動き調整し暗躍し、今の立場に転がり込んだ。

王族であった者への甘い処遇を最大限利用し、条件を満たし尚且つ自分が希望するモモハルムアの従者へと滑り込んだのだ。

そして、留学へ付き添うものにまで入り込み、今此処に居る。


昼食時の混乱の収拾に手間取っている内に、陣を繋ぐ時間が近付いた様で食事の先を促され閑話終了となる。


何もない砂漠への布陣。

最近ヴェステでは一つの陣をその都度回路を繋ぎ直す事で経費を削減し、繋ぐ場所を増やし利益をあげられる様にしたそうだ。

陣の運用方法の変更理由は、回路を繋ぐときに隠者の負荷軽減に使用する魔物魔石の効率的な採取方法が確立したため、惜しみ無く魔石を使用出来るようになった事が要因だそうだ。

だが今までと変わらず、起動用の蒼玉魔石を用意出来る財力のある者のみに許される移動方法ではあった。


この遣り方はヴェステ王立魔石研究所が確立したものであり、転移陣の維持管理も行っている。

研究所付属の研究者見習いの為の5歳~16歳までの修学所もあり、留学と言う形の友好使節として過ごす予定の場所でもある。


「期間は2の月より短くすることは不可能とのことです」


留学の説明をエリミアの外交担当者から話され、本当に良いのか確認された。


「えぇ、望むところです」


あまり短すぎても知識も情報も得られない。多少の危険が増すのは承知の上である。

当初の予定では5の月だったのでかなり短縮された。

修学所と言っても所属研究室を選び、そこでの研究に役立つような基礎力を上げるための学舎であるようで、基本的には自身の所属研究室の研究の手伝いを主に行う。


「私は色々な研究室を見て回りたいです。そしてエリミアがより良い未来を得るために必要な取り入れるべきものを探したいのです」


修学所に入るに当たっての希望を、留学前に述べる時にモモハルムアがヴェステ側に伝えた内容だ。

モモハルムアは、転移陣以外の陣の研究を行っている比較的穏やかで希望に沿った…窓際的研究室を…紹介され、同意選択した。

色々な研究室の見学を融通してもらえる予定だから、忙しすぎる研究室では難しくなってしまうので此が正解だと思った。


「ヴェステで様々な知識を得て役立つものを得る。あの方に宣言した手前、手は抜けませんわ」


小さく呟き、モモハルムアは転移陣に乗り次へ繋がる場へと立つ。

あの1日の実践で度胸はついた。

そして傲り昂らず堅実な観察者の目で状況を判断していけば得るものは大きいのではないか…自身の未来に思いを馳せ、あの方…ニュールを思い、モモハルムアはしっかりと前を見て進む。





今、様々な研究施設の研究内容で一番注目されているのが魔物魔石の研究である。


その原因となる "魔物魔石の取り出し方法の確立" の論文を発表したのが、所長サンティエルゼが室長でもある第1魔石研究室だ。

おかげで各地からの見学や来客、留学希望などが目白押しであり、通常業務に加えての様々な対応処理をしなければならない。

花形研究室となることで負荷が増し業務が滞る。


所長室中央奥に据え付けられた大きな執務机の上は山積みの書類で倉庫の様な有り様だ。

第1魔石研究室に入りきらない書類を此方へ持ってきているからだ。

周りに積み上げられた木箱の中にも、書類やら魔石やら怪しげな器具やらが、そのままの状態で入っている。その執務机の奥で、更に定期報告書の山に埋もれたまま黙々と重要書類を確認する人物がいる。


その御方は扉を叩く音に気付き入室の許可は与えるが、意識は手元の書類にしか向いてない。


「所長…所長、所長!…サンティエルゼ様!」


目の前で叫ぶ男の声で、やっと書類の文字から意識が浮上した。

その眼鏡をかけた美麗な才女がヴェステ王国第二王女等とは誰も決して思わないだろう。

今の状態でも美しいのだが身だしなみや手入れなど、どこ吹く風といった感じの研究一筋の才媛にしか見えない。


「何だ?」


書類からやっと目を放してくれた美しい人は眼鏡を外し疲れた目を押さえる。

ちょっと疲れ切った様子ではあるが、何をしていても美女は美女。


「少し休養をお取りください」


そこへ現れたのは、かなりの年配であり堂に入った執事のような動きをする男であった。そして、健康を害しそうなぐらい働き詰めのサンティエルゼを嗜めた。


「サーラには叶わないな…」


微笑みながらサンティエルゼは、サーラと呼んだその男が用意した飲み物と軽食を口にする。


「いえっ、サンティエルゼ様が健やかに過ごされるためでしたらサーラは何でも致します」


その瞳には以前と同じように…いや、それ以上に心酔する女神に仕える事で磨きを増した忠誠心が、分かり易いぐらいに溢れていた。


『今も昔もこの御方の為ならば、いくらでも非情になれるし全てを捧げられるであろう』


自分に酔いしれる。


エリミアでの謀略を組んだが失敗したサランラキブはヴェステへと帰りサーラへと戻った。

あの賢者の塔の転移陣を使って、ここへ移動できた事の行幸…この御方の側へ戻れるなら全てを失っても良いと思った…対価としての生命力。

魔物からの魔石取り出し実験の検証は無事終了確立し、既にその成果により多大な利益を得ている。

足掛かりとなった論文の魔物魔石から先に繋がる更なる検証も、着実に一歩ずつ進んでいる。

そして、自身の身に起きたこの生命力の魔力変換による年齢の上昇も、この御方の役に立っている。

そう考えるだけで身震いするような歓喜と、芯から痺れるような快感が立ち昇る。


「この論文を書いたのはニューロだったんだな…」


サンティエルゼが独り言のように呟くが、かつてサランラキブと呼ばれていた男は心酔する御方の一言たりとも聞き逃さない。


「お知り合いですか?」


「私に逆らった者だ」


其れを聞いただけでサランラキブは、未知のその者への殺気が湧きあがる。


「何たる不届きもの。天誅下り、果てるのも当たり前」


「フフっ、そう言うな。良き出会いではあったのだから…」


サンティエルゼが幼き頃、父に率いられ兄と共に来た魔石研究所で巡り会うこの道…探求する者となる道へ引き込んだ者こそニューロ…ニュロであった。

探求し辿り着くことへの喜びと、新たに探求する事柄に出会える喜び…そんな事を一時の邂逅のなかで学ばせ…且つ、思い通りにならぬ者があることまでも教えてくれたのである。


「今なら力ずくで手に入れたのだがなぁ」


サンティエルゼの呟きは、過去の自身の至らなさを一瞬省みていた。


「……」


サンティエルゼを崇拝するサランラキブにとっては、たとえサンティエルゼにとって良き出会いであったとしても至ら無さを感じさせるなど不届き千万、不快以外の何ものでもなかった。

サランラキブが醸し出すその腹立たしげな雰囲気を面白がりながらサンティエルゼは続ける。


「しかもニューロの甥が、赤の所に居た奴とは畳重よのぉ。しかも、今は大賢者に至っているとインゼルの白の巫女が認めて其処に居るそうだ…」


サランラキブには更に唇を噛みきるぐらいの無念に心えぐられる。


『あの時、この御方に捧げる事が出来ていれば…』


その気持ちを読みとったのか、サンティエルゼが労るように続ける。


「そう悔やみ嘆くな。今回、青がインゼルの白の塔へ出陣を買って出て赴くそうだ。つまり我々にも機会がある」


サランラキブの背に手をやり背中を軽く叩き言う。


「手に入れる手段なんてどうでも良い。手に入れた後、検証し其れを暴きつくすのが我々の領分だ!」

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