7.巻き込んでしまう直前
エリミア辺境王国王城内…賢者の塔・中央塔。
青の塔とも呼ばれ…文字通りエリミアの賢者の塔の中心に立ち、偉容を誇示する。其の最上階には、地上俯瞰する…賢者統べるモノが在る。
未だ昇らぬ日の薄明かり朧気に空照らし始める刻限…時告げの鐘さえ鳴らぬ早朝、転移陣で上った18層から一気に駆け上がり…特別な部屋の扉前へと息切らし到達するモノ。
活動する者がまばらな時の頃だと言うのに、容赦なくバタンッと大きな音をたて扉開け放つ。
躊躇無く開け放たれた扉の内も仄暗く、白み始めた山々の峰越えて射し込む清涼な青灰色の光が僅かに室内に届く。
そして…薄青く光放つ魔石で出来た堅牢な柱に囲まれた中央…樹木型の天輝石が、周囲と同じ青持ち輝く。其れは生きているかの様な…脈打ち煌めく虹色の最上級の魔力放ち、静謐の中…強い存在感を示す。
エリミアの中枢維持する高濃度魔力導き出すべく機構に繋がる、並外れた魔力許容する…要となる特別な魔石。
自らも鮮烈な魔力発し輝く魔石は、来訪者が場に相応しき者かを選別する。
だが此の高濃度魔力の洗礼をものともせず、更には出迎え待つ事もなく…ズカズカと不躾に入り込む小さきモノ。
「リーシェ! ちょっと探索させて」
「…フレイ…君は相変わらずだねぇ…」
リーシェと呼ばれたのは…銀糸の如く輝く髪と…星宿す宵闇色の瞳持つ、天上の美を集めたかの様な麗しき青年。
窓の外一瞥し…目に映る星を記憶から消去し…諦めの溜め息と共に、最奥の窓辺に作られた仮眠用のクッションの山から…気だるげに起き上がる。
「だって力集まる感じがあるから、降ると思う! だから場所を知りたくって…」
言い訳をするフレイ。
つまり…本来は人が出入りするような時の頃でない事、十分把握しているのだ。
更に言えば…自由に出入り出来ない特別な場所へ勝手に入り、滅多に相対せない様な人間にポンポンお願い事を述べている…と言う事も理解する。
それでもフレイは…作法も遠慮も一切気にせず、真っ直ぐに青年の下へと駆け寄り抱き締めた。
気だるげに奥から現れた美しき青年は、完全に受け入れ…ただ微笑み迎える。
元気有り余る悪戯な若木の精…と言った雰囲気持つフレイの自由な暴れっぷりを、包み込む大気の如く…見守り愛で楽しむリーシェ。
一般的には非常識な子供の困った行動に見えるのに、批難する思いは欠片も見えない。むしろ其の美麗な顔に恥ずかしげもなく愛しむ表情浮かべ、リーシェ自ら全てを叶えるべく…即断実行しそうな勢いだ。
「自分でやるかい?」
一応…確認の言葉口にするリーシェに、フレイは無言で頷く。
何故か…残念そうなリーシェを他所に、フレイは目を閉じ…此の特別な場に満ちる魔石の魔力を取り込み始めた。音を立てそうなぐらい一気に集束した濃密な魔力を、然り気無く調整し…扱いやすくなるようリーシェは補助する。
青く輝く光と虹色の煌めき…此の場ならではの高濃度魔力が、フレイに集められ…取り込まれていく。エリミア全土を包み込めそうな程の膨大な魔力が、身体の内で輝き…光増す。
フレイは気にもせず…集めた魔力を細糸状に編み上げ、荒れ地方向へ…ゆっくりと放射状に広げていく。四半時程で…目に見えない魔力の網が膨大な魔力を消費し、王都から先の荒れ地を満遍なく包み込んでいた。
其の先端が第一都市に届きそうになった時、リーシェはフレイの腕を掴み…魔力を拡散させ強制的に遮断する。
「此れ以上は必要ないよね…。自分の身体とか…街とか、色々と支障出る可能性だって有るんじゃないのかな?」
優しいリーシェの厳しい叱責顔と…冷静な指摘を受け、フレイは目を逸らし…言い訳を始めた。
「でも…天輝降りそうな時だし…降っちゃったかもしれないけど、でも…きっと凄いのが見つかるし…探し損ねたら悔しいっ…からっ…ぐっ…ゴニョゴニョ」
此の子供ゴニョった。
「フレイリアル、僕が教えてきた事は役に立ってるのかな?」
敢えて丁寧に名前呼び、緊張感高める。
至極優しい…柔らかな笑顔を向けられていると言うのに、フレイの視線は逃げ惑うかのように…方々へ泳ぐ。
「相変わらずの魔力扱いだよね、下手…と言うより大雑把過ぎるんじゃないの? 力任せに魔力集めて消費しても駄目だよ…って、何度か伝えたと思うんだけどな。適切な運用…要不要の判断、加減ってとても大切なんだよ…無茶はしないで…」
言い訳を受け付けぬ堅固な態度で…注意すべき点指摘し、リーシェは反省を促す。
何処までも穏やで和やかな表情とは裏腹に、言葉に伴う圧は半端ない。
だがフレイリアルは注意された内容ではなく…怒られている事にしか意識向かず、気持ちは既に興味のある方へ移動してしまった。
「そうだよね…。広範囲に探索魔力広げたから、魔力の高まりがある場所と大きめの魔石が有りそうな場所は分かったけど…もっと方向定めて密に探索した方が効率が良かったかもしれないね。今度はもっと頑張ってみる!」
「…………」
「いつも行く範囲よりは少し遠いけど、行けない場所でも無かったよ。でも方向は絞れたから、大物見つけてくるよ!」
意気揚々、今出発するかの様に宣言する。
"注意" した意図は汲まれず、フレイリアルに全く反省の色は無い。
「…はい、色々と話が聞きたいみたいだね」
「えっ?」
そして魔石の場所は大体把握出来たと言うのに…鐘鳴らぬ未だ静寂さ保つ薄暗がりの中、目の前に立つ麗しき銀の月の化身の如きモノの口から…永遠に終わらぬ説教が流麗に降り注ぐのであった。
フレイリアルが賢者の塔・中央塔へ初めて入ったのは、石樹の儀の時であった。
此れは他の王族も同様であるのだが、石樹の儀を迎える日まで…入る事・近付く事すらならぬ…と戒めを受け育つ。
儀式を終えたとて…賢者として所属するのでも無い限り、王さえも許可を得て訪れるべき…膨大な魔力扱う滅多に近付けぬ特別な場所。
今は何故か頻繁に出入りするフレイリアルだが、其れは…塔統べる最高位の存在に導かれ…許可を与えられたからだ。
「フレイは、いつ来ても大歓迎だからね」
柔和な表情で、心からの接遇を約束する。
塔の主は厳しくも優しく…親身に誠実にフレイリアルに接し、心許せる場を初めて与えてくれた…唯一の存在。
フレイリアルが生まれてから…ずっと1人過ごす王宮に用意された部屋は、驚く程に高級な物が溢れる…必要以上に飾り立てられた…完璧に整う…隙の無い空間。
但し…其れ以上でも以下でもなく、何の思いも入らぬ…誰の為に用意されたかさえも曖昧な…味気無い場所。
周囲と異なる部分を持つが…間違いなく高貴な血を有するフレイリアルに対して、王宮に仕える全ての者が…規律に従い丁寧に接する。
しかし…其れだけであり、フレイリアルに対する好意は…欠片も示さぬ。
ただ…樹海の色持ち生まれたが故の結果。
エリミアの民が忌み嫌う…樹海に住まう森の民と同系色の濃い色の髪と瞳を持つ為に生じた、謂れ無き遺恨。
エリミアの境界壁の内に住むものに共通する、憎悪に近い…畏怖のような嫌悪。
何かあった訳でも…何をした訳でも無いのに、根深く蔓延る…忌避感。
フレイリアルに何一つ罪は無くとも、ただ単純な理由で背負わされた運命。
王家にあるまじき色合いとして…生まれた瞬間処理される可能性さえもあったが、フレイリアルは国統べる者の体裁と欺瞞により…善良さ誇示する為の "材料" として活用される道を得た。
だが…ただ其れだけの存在であり、普段卒なく仕える者達も…物質的な願い以外は一切聞き届ける事は無い。
1歩離れたなら 《取り替え子》 と露骨に蔑み、根拠無き嘲笑を率先して送る。
全てから向けられる…間接的だが取り繕いようのない完全な拒絶は、フレイリアルの年齢に関係なく…実情を理解させた。
5歳になってやっと石樹の儀が執り行われる事になったフレイリアル。
通常3歳程頃に行われる儀式だが、遅い年齢で行う。
様々な魔石を手にし、取り込み内包するかを試す儀式。
偶々…同年代の王族が他に居なかったから…と言う事になってはいたが、王家直系子息が存在する年としては…異例の措置。
其の結果、今までの待遇に拍車が掛かる。
「有り得ない事にフレイリアル様は、取り込んだのに…内包出来なかった様です」
儀式を監督する王宮付き賢者達からの、明らかな蔑み入る視線と態度での報告。
フレイリアルが手渡された魔石は体内に取り込まれ…消えたが、身体に留まり放出されるべき魔石の魔力は…導かれなかった。
魔力扱いの軸となる魔石を…体内に宿すか否かで、操れる魔石の種類や質…魔力量に変化が出る。
魔石内包せぬ者は、攻撃や防御担う高位の魔石を取り扱うことは困難であり…生活に必要な程度の魔力しか導けぬ。
王族は、魔石身に抱く内包者…となるのが常。
稀に取り込み内包出来ない者も居たが、大概は王城から離れた地に住む傍系王族であることが多い。
「取り込んだのに内包されないなんて…、前代未聞の事態です」
「通常の常識では考えられません、異常です。やはりっ…樹海の!」
今までに無い事例に、辛辣な評価が下る。
現象のみを問題視し、正確な原因を探ろうとする者は存在しなかった。儀式完了できぬ中途半端な状態に、周囲の視線が棘のように刺さる。
そして、根拠無き言葉が繰り返される。
「やはり《取り替え子》、森の民がすり替えたのだ…」
内包魔石を得られず…中途半端に石を取り込んだ事が公表され、隠れて噂したり…貶める…と言った表立たぬ気遣いさえも減る。
直接聞こえるような距離にいても、皆…気にせず嘲笑う。
『私は《取り替え子》なの?』
フレイリアルの中に、言葉と共に…劣等感が刻まれていく。
石樹の儀以降…元々仕える者の少ないフレイリアルの周囲から、更に人が消えた。
見て見ぬふりをされる事や、仕える者を自室に呼び寄せた時以外…無視される事が増える。
魔鈴鳴らしても、誰1人来ない事さえあった。
用事が頼み辛くなり…困る事も増えたし、儀礼的とはいえ構ってくれる者が減り…寂しさは増す。
だが、余計な気遣いを必要とする場面も少なくなり…気持ち解放されたのも真実。
『部屋を抜け出しても気付かれないし、庭を走っても怒られない。気分最高!』
嘆くより…楽しむ事を優先する。
最初から欠けて手に入らぬものを悲観するより、新たに手にした自由を喜ぶ方が…何百倍も何千倍も有意義な気がした。
フレイリアルが放任と言う名の下で…自由謳歌する中、突如眼前で手を差し伸べるモノが現れる。
賢者の塔・中央塔の裏庭を探検中のフレイリアルの前に、満面の笑みを浮かべた…大賢者リーシェライルが立っていた。
《大賢者》
賢者の塔の主であり、賢者の石と言われる魔石を継承し…体内に保有する。
其の中に含まれる代を重ね得た大賢者達の知識と、賢者の石により増した制御力を手にしたモノ。
継承には膨大な魔力要するが、足りぬ魔力は自動的に補われ…不足分の代償として肉体への経年変化をもたらす。
但し…見た目の変化は継承した時点で止まり、得た魔力で常人より長き命持つ。
今代の大賢者であるリーシェライルは、継承年齢が若年時であり…未だ20代半ばと言った感じの見た目。
銀の月の如き輝き放つ髪と…薄青紫の宵闇の瞳に彩られた柔和で端正な顔立ちと、艶やかではあるが物静かで流麗な姿を持つ。だが美しき姿に反する…年月を重ねた存在であり、身に纏う魔力の質と量は人とは思えぬ域に達す。
其の柔和な雰囲気以上の力孕む…侮れぬ存在であると、周囲も認識する。
石樹の儀…儀式ある広間にて、フレイリアルに優しく微笑みながら…右手を大人の拳程の大きさの天輝石に導き…左手に取り込む魔石を手渡してくれたモノ。
フレイリアルの儀式は中途半端に終わったが、唯一其の場で愛しみ哀れむ様な瞳を与えてくれた大賢者と呼ばれる存在。
目の前に居るのが何者であるか、瞬時に理解する。
フレイリアルは幼いながらも…取り替え子と囁かれ蔑まれる自分の様な王族より、大賢者の方が尊きモノであると自身の頭で判断した。
其の場で片膝つき…頭を垂れるが、流石に挨拶の口上述べる程の対応力など無い。
そもそも突然やって来た大賢者に "跪く" と言う対応が出来ただけでも上等だ、其の上…告げられた予想外の申し出にフレイリアルが混乱するのは当たり前。
無言で固まるフレイリアルの手を、リーシェライルが優しく掴み…声掛け導く。
「そんな事どうでも良いから一緒に来て!」
「??? 」
其れでも訳が分からない…と言った様子のフレイリアル。
リーシェライルは、半強制的にフレイリアルを移動させる。
優しくはあるが…否応なしの強引な行動、半ば引きずるかに見えるが…負担かからぬ様に魔力用い…細心の注意が払われていた。
向かう先は、儀式を行った大広間ある…賢者の塔・中央塔。
其の様子を…手を止め注目する者も居たが、連れてかれるのがフレイリアルであると分かると…見なかった事にして各自の仕事に戻っていく。
持っていても悪意とは気付かぬ、だが恐ろしい影響力を持つ無関心。
其の究極の害意が、既に王城に蔓延っていた。
リーシェライルの方は隠蔽魔力を纏っていたので、誰であるのかは…認識さえされなかったようだ。
中央塔に入る時は…流石に賢者相手であり、気付かれ確認されたが…塔の主の所業であると分かると…黙認された。
手を引かれるがまま抵抗せず、リーシェライルに付いて行くフレイリアル。
「…どっ…何処へ行くの??」
「18層に上がろうか」
無理矢理同行させるような形で連れ出しはしたが、其のおずおずした質問に対し…リーシェライルは優しく笑顔で答えるのだった。
賢者の塔の中…目的地を目指すべく、まず3層にある転移の間へ移動する。
2層にある大広間前の中央階段が地上階から繋がっていて、其のまま3層へ上がれる構造。
3層にある謁見の間横の部屋が、転移の間だ。
部屋前に辿り着くと、入り口には普段見られぬ程の衛兵が控え…更に部屋の中には厳しい表情浮かべた者達が立ち並ぶ。
そして、転移陣の前を塞ぐ。
執務中行方不明になった大賢者リーシェライルを追いかけ、大賢者付きの賢者と…西ノ塔の筆頭賢者…そして中央塔管理者…合わせて7名程が其処で待っていた。
「大賢者の御役目放り出し消えたと思えば…」
何か意に沿わぬ事あるかの様に、聞こえよがしに囁く者が現れる。
「あぁ、席を外して済まなかったね。22層に戻ったら続きは遣っておくよ」
リーシェライルは穏やかに謝罪し…歩みを進めようとしたが、行く手を阻み…更なる苦言呈す者が現れる。
しかも…リーシェライルに対してではなく、フレイリアルの同行について…。
「転移陣を使うのは危険伴う行為であり、賢者の塔に所属する者のみ可能となります。王属を伴っての…しかも内包者とならなかった様な者の同伴、決して認められません。塔へ上る…資格が有りません」
中央塔管理責任者が淡々と述べる。
其の意見に同調し、怖い顔作り…同意する様に頷くお歴々。
「…資格…ね」
其の呟きと共に…リーシェライルが感情の無い瞳で冷たく其の者達を見据えると、集まっていた偉そうな人々の…無駄に開く口が一瞬で閉まる。
大賢者による、威圧と言う名の…ちょっとした魔力回路への瞬間的干渉。
視線で制された西ノ塔の賢者は納得がいかないようであり、力振り絞り…強制的に塞がれた口を開きかけた。
刹那…今度は柔らかな笑み浮かべた大賢者リーシェライルが、慈悲与えるかの様に新たなる選択肢を…寛大に示す。
「納得できないなら、君たちも付いておいで。資格とは何か、其の身をもって体感し…其の目でもって確認すれば良い…」
そう告げると、フレイリアルの手を引き転移陣へ移動する。
温情与えられた人々は…苦虫を噛み潰した様な表情をしながらも付き従い、結局…其処に居た人々全員で18層へと向かう事になった。
賢者の塔・中央塔、青の塔とも呼ばれる往古より存在する塔。
地上界から3層までは各塔との連絡通路がある、王城と同じ様な豪華さを持ってはいるが普通の作りの建物。
17層までは階段で上がれるようになっているが、4層から17層までは…各階に3部屋だけある作りになっていて、役職と共に上層階へ住まう事が出来るようになっている。
18層から21層は各層2部屋あり…22層のみ1部屋で成り立つが、下層同様の階段移動だ。
ただし、17層から18層へ直接の移動は出来ない。
転移陣により…3層から18層へ直通転移してからでないと、踏み入る事叶わぬ…特別な空間。
場所を区切るのは、18層より上はおびただしい量の魔石を使用している為。
上層に行く程に使う魔石の量や質が上がり…魔力導かずとも魔石の共鳴で魔力誘発される状態にまで至り、濃厚な魔力満ちた空間が作り出されていた。
最上階22層・青の間に至っては、大賢者級の魔力回路持つモノのみが辿り着ける…魔力濃き…常人踏み入るべからざる場…と言われている。
実際…過去数多の賢者達が18層より上層へ挑むも、志し半ばで諦める。
大量の魔力による過負荷生じ、魔石扱いに優れた賢者であっても魔力酔いの症状が出るのだ。
軽ければ目眩、重ければ意識混濁。
最悪は、魔力の強制流入による回路の破壊が起こる。
此処まで行くと、回復しても魔石無しの一般の者と同様の生活魔石程度しか扱えなくなってしまうが…其れ以上の最悪も起こり得るのだ。
故に今の所…最上層の部屋へ出入りするのは、結局大賢者のみなのであった。
全員が乗り込んだ転移陣に魔力が込められ…其の瞬間、陣の上に立つ全員が18層に達した。
初めて18層に入ったフレイリアルにとって、其処は…身体を通り抜ける澄み渡る鮮烈な魔力を体感出来る…思わず気分高揚してしまう様な場所だ。
其の快適な清々しさに、思わず笑み溢れ…無意識に深呼吸までしていた。
一方…先程苦言呈してきた者達の内…上位賢者以外、18層に着いた瞬間青ざめて呼吸乱す。
フレイリアルを見下し…資格云々と申し立て、憤懣やる方無いと言った表情見せていた者達。其れなのに、今はただ…自身の中で湧き上がる苦しみに困惑し身悶える状況に変わっていた。
「やっぱり管理者じゃ19層が限界かな」
リーシェライルが呟く。
管理者は下位賢者や賢者補佐、高濃度魔力に対する耐性は少ない。
20層階段扉に向かうまでの短い道程の間、大量の冷や汗を流し…蒼白な顔で両手両足を床に付け…点々と留まる管理者達。
先を進むリーシェライルは一瞬振り返るが、後方の床に転がる其の者らを冷ややかに見下ろし…黙殺する。
そして余計な者達は最初から存在しないかの様に、其のままフレイリアルを導き…次の扉…上層へ繋がる階段へと歩みを進めるのだった。
西ノ塔の筆頭賢者は、醜態曝す事を恐れ…21層への扉前で意見することを諦めて自主的に其処へ留まり見送り役となった。
そして最上階への階段扉前で、大賢者付き賢者が立ち止まる。
22層へ至れると思われるシッカリとした足取りだが、今回は公式儀礼に基づき…見送り留まるようだ。
結局2人だけで、階段を最後まで上る事になった。
手を繋ぎ無言で進むリーシェライルを、フレイリアルは時々チラリと見上げる。
黙々と進む姿を確認し、其のまま壁や天井…色々と周囲を見渡す。
王宮の豪奢な雰囲気とは掛け離れた、華美な装飾少ない質素で古めかしい空間。
其れなのに技術の粋集めたかの様な魔石細工が方々に見受けられる、著しく均衡が欠けた…不可思議な場所。
狭い階段の壁面に付いている明かり取りの窓は薄青く光り、其の魔力から魔石を利用している事は分かる。
だが、外が見える程の薄さで加工した魔石など…他では見かけぬ。
壁も魔石を利用していると分かるのだが、魔石自体で出来ているのか…表面を魔石で加工しているのかさえも分からない。
何であれ…階を進む毎に魔石の含有量が増えるのか、身体を通り抜ける魔力が増していくのは鮮明に把握出来た。一歩進む度…フレイリアルの日常に溜まる諸々の…納得のいかぬ気分は浄化され、不快さ吹き飛ばし心癒す。
最上階に辿り着く頃には…戸惑いや気の重さは消え、フレイリアルは久々に新しい事に巡り会うワクワクした気分を味わっていた。
そして…最期の扉を開け放った大賢者リーシェライルが、フレイリアルを迎え入れるべく告げる。
「ようこそ、フレイリアル! 青の塔・最上層…青き天空の間へ」
許されたモノだけが至る…特別な部屋に踏み言ったフレイリアルは、キョロキョロと見回しながら…其のままを問い掛ける。
「天空の間?」
「そう。此処は外から見ると青く光ってるから、来たことないモノは青の間って言うんだ。だけど実際来てみると空と繋がってるみたいでしょ?」
リーシェライルは子供の様に目を輝かせ、静かで落ち着いた雰囲気とは正反対の…無邪気で嬉しそうな様子を見せる。
そして心からの笑顔浮かべ、フレイリアルだけを見つめ…伝える。
「君を…見つけたから…君が…此処に居てくれたから、僕は僕を始めよう…って決断したんだ。だから…此れから宜しくね」
20代後半…27の歳…と言った感じのリーシェライルだが、大賢者就任後…深層から抜け出し自身で歩んだ時の流れは…数年程。
長きに渡り器の内にある代理…に任せていたので、大賢者と言う蓄積された経験値を持つが…心はフレイリアルと大差無い。
未だ羞恥を知らず、素直に思い伝えられるのだ。
リーシェライルから真っ直ぐ告げられた言葉に、フレイリアルも正面から返す。
「うん! こちらこそ宜しく。此処に居て…貴方と一緒に居て良いんだね」
「勿論だよ! 居てくると嬉しいよ」
「居るだけで価値があるんだね…。とても…嬉しいなっ…ありがと…う」
5歳の子どもが当然向けられるべき…思いと支え、其れを空と繋がる此の空間で…リーシェライルとの間で初めて得たフレイリアル。
今やっと手に入れた…心からの安心と喜び、其の満たされた心で笑みの花咲かせ…嬉し涙溢し…喜びを存分に噛みしめ味わう。
其の後も…周囲から貶められ傷つけらる度、フレイリアルは塔へ…リーシェライルの下へと赴く。
ただ其れだけで、憂鬱さが吹き飛ぶのだ。
「フレイ。君の大地の髪と青葉の瞳は…確かに森の民に似合いそうな色合いだよ、実際には…森の民の肌の色と違うし髪や瞳だって森の民は闇色が主だから異なる。それに…子供を取り替えると言うのは現実的に考えて不可能だし、森の民の利点が無いじゃないか」
「ありがとう…、リーシェはいつも欲しい言葉で慰めてくれるよね。人使い粗くて辛辣だけど、素敵な私の伯父様だよ」
「確かに少し遠目の血縁…伯父様…って立場に近いかもしれないし、お祖父様よりはマシかもしれないけど…何か嫌だな…」
「ふふっ。血縁的な関係性を伯父様…って表してみただけで、実際にはリーシェはリーシェだよっ。だから気にしない気にしな~い!」
「うーん…納得は行かないけど、フレイだから許そうかな…」
お互いにお道化て、軽口交わす。
遠い遠い親戚ではあるが、過去何代か前に遡る血縁者。
遠くて近い間柄であり、出会った瞬間から…いつ如何なる時も…何処までも許容する笑みでフレイリアルを見つめ…受け入れてくれる唯一無二の存在。
「最初…私を塔に連れてきたリーシェって、今の私以上に行動が子供だったよね」
お説教を聞かずに呑気に昔を思い出していたと思われるフレイを前に、お手上げ気分になるリーシェライル。
「確かに否定は出来ないけど、君の場合は何年経っても変わらなそうだよ…」
切り上げ時だと判断した。
太陽はしっかり顔を出し、始まりの鐘が鳴る。
「探してくる!」
フレイは今がチャンス…と脱出した。
目的は告げたけど、目的地は告げずに…。
するりと元気に立ち去るフレイを、優しく見送るリーシェライル。
「…そうだね、全てを可能にすべく…私の天空の天輝石を…手に入れないと」
陽の光を浴び、美しく艶やかに微笑むリーシェライル。
ただ…其の瞳の中にある仄暗い何かが、理を乱し…何かをザワつかせるのだった。
塔に繋がれし麗しの大賢者様が登場しましたが、美しいモノにはトゲがあります。子供の素性も明らかになってきましたが…騙されて巻き込まれたら気の良いオッサンだって怒っちゃうんです。