28.新たな流れが襲いかかる
皇太子が転移の間を襲撃するため引き連れてきた近衛兵は、皆総じて魔力あたりを起こしていた。不明の者から軽傷の者まで様々だがとりあえず生きてはいた…。
一旦落ち着きつつある状況だが、混乱の残る部分をアルバシェルとタリクが神殿の者達を使い収拾している。
「ごめんなさいニュール…私の魔力を吸収して助けてくれたんだね…」
状況をアルバシェルから聞いてフレイは謝る。
「まぁ、守護者で保護者の義務だな…だから気にするな!」
オヤジスマイルでニカッと笑うが、モーイに寄りかかったままで何とも情けない。
「…クリールは状況次第では処分が必要になってくるのはわかっているな…」
「……わかってる」
厳しい現実を突きつけるニュールの言葉に、今度こそフレイはしっかり答えた。
自身が不明になって引き起こした出来事で恐ろしい事態になりそうだった…それをニュールがギリギリの所で救ってくれたのは十分理解したのだ。
それでもフレイはクリールを諦めてしまうのは嫌だった。
「…っでも!…」
言葉を飲み込んだ。
自身の希望や行動がもたらす他への影響、それが危険を孕むと言うことを身をもってフレイは学習したのだ。
「…それでも今はまだ望みは繋がっている!先を悲観しすぎるな」
ニュールは力の弱る腕を無理やり上げ、フレイの頭に手を置く。
フレイの目から再び涙がポロポロと流れ出す。
「ちゃんとお前は頑張ってるぞ!」
「うんっ!!」
その言葉にフレイの新緑の瞳が落ち着き輝く。
「アルバシェルさんにニュールの状態を伝えてくるね!」
少し元気を取り戻したフレイの姿に少し安堵した。
フレイがアルバシェルの元へ向かった後、その安堵したニュールを支えるモーイの腕が背後からニュールを包み込む。
「ニュールもアタシ達を救うため凄く頑張ったんでしょ…ありがとう」
背後の頭の上で囁かれる甘い感謝の言葉と、包み込まれる柔らかな感触は体力気力共に限界のニュールには刺激が強い。
この体制から抜け出そうとすると、今の非力な状態だと益々埋もれてしまう。
底の無い沼に片足突っ込みもがくような気分になった…しかも年齢的にモーイの方がモモハルムアを前にした時より罪悪感が少ない分、余計に不味い。
そんな気分を察知したのか、こんな状況なのにモーイが攻めてくる。
軽く抱き締めていた状態から更に一段力を入れて抱き締め、口を耳元まで近付け吐息と共に告げる。
「アタシはいつでも側にいるし、アタシを捧げるために待ってるよ…」
ニュールは逃げるか落ちるかの瀬戸際的状態に立ち向かう事になった…が物理的には逃げられない。
ある意味、絶体絶命の危機?年貢の納め時的危機?…であるかの様であった。
その時、視界の中に違和感が混ざった。
この場で今まで見かけなかったはずの子供が、明け方ちょっと手前の様な時間帯に4階転移の間であるこの場所を歩く…と言う見えない者をを見てしまった様な怖い状況。
その子供がニュールの方へ近づいてきた…しっかり人間の姿であり、幽鬼の類いでは無いようだ。
間近で見る子供は幼い少女であり、白い豪奢なローブを纏い白い髪に金色の瞳の可愛らしいと言うよりは綺麗で精巧な作りの飾り人形のような整った顔をしていた。
「あなたが大賢者」
その幼い少女はニュールに問いかけたのか、確定した事を伝えたのか、どちらとも判別のつかない呟きを漏らした。
返事の仕様が無い。
子供は隠蔽の魔力を展開するでも無いのに、誰にも警戒されずにニュール達の目の前に立つ。
そして掌の上に既に魔力を動かし高めている鉄隕魔石を示し、いきなりニュールへ攻撃…ではなく魔力そのものを注ぎ込んだ。
攻撃では無い魔力の流し入れ…その状況にニュールもモーイも咄嗟に対応できなかった。ニュールの今の身体の状態では拒絶することも出来ず、魔力の流れを受け入れるしかなかった。
しかし、新たなる魔力の取り込みはニュールの受け入れ魔力の許容量を越え、身体の中を責め苛み内側から魔力攻撃されたかのように痛めつけ意識を沈める事となった。
モーイは、腕の中で意識を失うニュールに必死に呼び掛けた後、その子供に向かい問う。
「一体何をしたの!!」
「貴女、関係ない。邪魔…」
少女はそう言った刹那、モーイを吹き飛ばした。
魔力の高まりを感じる事なく一瞬で吹き飛ばすような魔力。やはり魔力そのもので有り、攻撃とも言えないような直接の魔力の流れに吹き飛ばされニュールから離されてしまう。
白い幼い少女はその場に倒れているニュールに近付くと。床に燐灰魔石を置き呟く。
「大賢者を手にした。ディリ行ける」
そしてニュールの横に跪き、意識を失っている身体に触れる。
「解放」
少女が小さく切っ掛けとなるような言葉を呟くと自身から魔法陣が浮き上がり頭上で展開される。その魔法陣に呼応するように床に置いた燐灰魔石より魔力が引き出され、その魔法陣に魔力が供給される。
その時足元にもう一つ頭上に有るのと同じ魔法陣が浮かび上がり、陣の中に居る人間を包み込み輝きながら上下双方ともに近づいて行く。
その光景を目にしていた全員、唖然として、何が起こるのかさえ分からず固まっていた。
輝く魔法陣は徐々に近付き頭上のものと足元のものが重なる。そして一瞬の激しい輝きと共に……消え失せた。
其処に居たニュールは、その幼い少女共々消えた。
フレイがニュールの事を報告しに赴いた場は、アルバシェルが神殿関係者と話し合い対処している。転移の間入り口付近の中心部であり、混み合っていてなかなか近付けない。
真剣に話し合い最適に対処しようと働く人々を割って入るのはフレイの気が引けた…。
だがアルバシェルは一瞬で気付きフレイの所へ歩み寄る。
「ニュールは大丈夫そうか?」
そう言いながらフレイを無意識に抱き寄せる。
何だか大勢の人が居る中で照れるのでフレイは少し距離を取ろうとする。その行動に少し顔を曇らせ悲しそうな雰囲気を一瞬漂わせるが、諦めないアルバシェルは一層力強く抱き寄せるので…フレイは為すがまま受け入れた。
その頬擦りせんばかりの距離感のまま仕事をこなす姿に、周囲は呆れつつも皆で見ないふりをすることにした様だ。
最後に近づいてきた大殿司のみ、フレイに明確に視線を向けた後アルバシェルに述べた。
「今回は取り敢えず事態は収束しそうですが、こう言う事がある度に神殿が巻き込まれるのは御免被りたい。以前からお話しているように、なるべく早く継承権を無くされる努力をすべきです。その方が今後も無為な争いが避けられます。特にお相手が定まったのなら、出来るなら草々に子を為され継承権を次代へと継ぐ事をお薦めいたします」
直接的に腹に溜めること無く、巻き込んだ事への非難と今までの対応の不備を責める言葉を向けてきた。
アルバシェルはその非難混じりの直言に仮面も被らず笑顔で本心から言う。
「承知した。なるべく意見を取り入れ励むこと努めよう」
思わず顔を背け何だか良く分からないが赤面してしまうフレイと、眉間を狭め片眉上げて背後に控えるタリクと、両者共に思いは違えども溜め息が出てしまう二人なのであった。
微妙な感じで和む空間が出来上がっていたが、ニュールが居た方で大きめの魔力の動きがあった。
振り返り確認した時には、ニュールが完全に横たわっている姿があり、ベタベタしまくっていたモーイが端に飛ばされ、其れに代わって幼い白い少女がニュールの横に立っている状態だった。
「「!!!」」
いきなりの状況展開に愕然とする。
更なる魔力の蠢きと共にその幼き少女の頭上と足元からも陣が現れ、その間に居る者を展開された陣が輝きながら飲み込んでゆく。
ニュールを飲み込みつつある時点でフレイはニュールの元へ駆けつけようとしたが、アルバシェルに抱き締められ拘束され駆けつけることは叶わなかった。
「…っ何で!」
引き留めたアルバシェルに行き場の無い怒りをぶつけるフレイ。
「ニュールでも止める…あれは指定対象のみ移動させる転移陣だ。対象以外は回路の無い陣で飛ぶのと一緒の事が起こる!」
予想外の説明だった。
「何故ニュールがインゼルに…」
アルバシェルはその転移陣を見て事を起こした者の検討が付いたようで呟く。
「アルバシェルさん!知っている事が有ったら教えて!!」
この予想外の状況に焦ったフレイは、アルバシェルの胸ぐらを掴む勢いで問い質した。
「…あれは多分、湖の国インゼル共和国のラビリチェル若しくはディリチェル…双子の巫女だと思う」
「インゼル…共和国…」
エリミアは樹海を嫌悪していた。故にサルトゥス方面以上に未開の樹海が広がり、其を挟むインゼルとは疎遠だった。
エリミアからインゼルに向かうには道なき樹海を抜けるか、砂漠から湖へ行ってから更に湖を渡りインゼルに入るしかないので、もともと閉ざしているエリミアには情報さえあまり入ってこない国交の無い国だった。
「あの国にも塔がある。塔の機能自体は、大賢者が潰えたため使えないはずだ。だが代々の大賢者が国のために情報を残すことに意義を見出し膨大な文献があの塔には蓄積されている様だ…」
フレイはアルバシェルの説明を真剣に聞く。
「あの陣も多分その文献から得た物だろう。以前からあの双子が普通の転移陣無しで、お互いの場所へ飛べるのは有名な話だ」
ざっと、説明してくれたアルバシェルがフレイをじっと見つめる。
穴が開くほど…。
フレイは心に秘めた計画を隠し通せず、思わず視線を逸らしてしまった。
「フレイ?…念のため聞いておくけど直ぐに助けに行こうとか思ってないか?」
「……」
バレバレだった…フレイは俯いてしまう。アルバシェルは教え諭す様に伝える。
「まず、ニュールは君の守護者なのだよな…繋がりを確認して問題は有りそうか?」
ふるふると頭を振って問題ない事を伝えるフレイ。
「大丈夫そうなんだな。なら、君はインゼルの場所や状況は知っているか?」
これにもフレイは頭を振るしかなかった。
「クリールの事だって心配だろ?」
はっとした目でアルバシェルを見つめる。クリールは神殿の厩舎で拘束し隔離しつつ、様子を見てくれている様であった。
「心配だけど。一つずつ片付けていこう」
ふわりと優しくアルバシェルが抱き締めてくれた。
「連れの方にも伝言しておくから君は少し休もう…」
そう言うとタリクヘモーイへの対応などの指示をし、部屋に戻ると告げる。
そしてフワリと抱え上げられた。
「!!!」
「そのままだと落ちてしまうといけないから、申し訳ないが首に抱きついてくれると有難い」
フレイはモーイから聞いていたお姫様抱っこをされてしまっている事に気が付き、此れがそうか…と納得した。今までニュールに荷物のように小脇に抱えられた事は有ったが此れは無かった。
気持ちの問題かもしれないがフレイとってアルバシェルにされる抱っこは破壊力が有った…。
『身の置き場に困る…』
だが疲れきった身体と夜中じゅうの怒濤の出来事は神経を高ぶらせてはいたが、安心できる場所の中で移動する間に眠りに落ちていた。
今回のこの件の首謀者であるサルトゥス王国フォルフィリオ皇太子殿下はフレイの拘束の継続に失敗した。その後、形勢逆転となり逆に拘束される身となった。
『…くそっ、何故!』
だが拘束を受けたと理解できる時間は殆ど無かった。
そんな事を考えている間にフレイが呼び寄せた濃い魔力が転移の間を覆う。
辺りの者は一様に強い吐き気と目眩と、症状の酷い者は自身の腹の内の焼けるような感覚を味わう。
ほぼ中心地と言うような場所ではあったが直ぐに魔力濃度を軽減させるような処置を取るニュールも居た。
だが、濃い魔力に晒されるような危険に出会ったことの無い皇太子にとって、それは致死にも近い一瞬の魔力であった。
慣れていない普通の人間にはソレが普通であったのだ。
魔力の中心になった場所にはお人形が出来上がっていた。
サルトゥス王国の皇太子の称号を持つお人形が…。
遠方から観察する者は決してそれを見逃さなかった。
その者は、細く精密に強固に編み上げた魔力に隠蔽の魔力を組み込み、対応する陣から壊れかけた陣を補強した。そしてソコから強く強力で決して切れない魔力を注ぎ込み回路を繋ぎ強制的にこじ開け…結ぶ。
同様に皇太子の精鋭も3名ほど手に入れ結んだ。
心が死んだものとの契約の様な繋がりは繋がった者をも飲み込み冷やしていく。
「これで重要な駒が手に入った」
離れた場所で寒々とした満面の笑みを広げるのであった。




