25.結びを求む流れから
「アルバシェル様。少し礼儀を弁えて下さい!」
そこに救世主のようにタリクが現れフレイからアルバシェルを引き剥がしリーシェライルの映像へ向かい恭しく挨拶する。
「主人に成り代わっての挨拶で申し訳ありませんが、この度はエリミアの大賢者リーシェライル様にお目通り叶い主人共々僥倖であります。エリミアの第六王女フレイリアル・レクス・リトス様に対しの不調法…保護者代理様の御前にて大変申し訳ありませんでした…」
「いいよ、君に免じて許そう。君が主人を大切に思っているのは分かるからね…」
綺麗な笑みの奥でリーシェライルがタリクの顔色を読む。
「奔放な者を庇護下に置くと言うのはお互い大変だね…」
大殿司からの情報で焦って来てみれば凍える空間が出来上がっていた。
ある意味予想していた状況と同等の生命の危機が広がる様な緊迫した空間だった。
タリクは卒なく状況を読み立ち回り、後一歩で大爆発しそうな危機に陥っていた空間を救った。
一度事態の収拾に失敗していたニュールからは、その華麗な手腕に称賛の思い籠る視線が飛んでくる。
とりあえず話が丸く収まる所だった。
アルバシェルはタリクが既に把握しているのに、フレイ達の素性を報告して来ない事は分かっていた。
「…そう言う理由だったのか」
小さく呟く。
アルバシェルは王家の軛から抜ける条件をずっと探っていた。他国の継承者との縁組み、若しくは完全に神殿に籍を置くこと…この場合そこから出られなくなる。
自身が賢者の石としての役割から退くことは叶わぬが、他王家に組み込まれてしまえば継承権からは退くことができる。
それを叶えてくれる相手は、継承権はあるがそこまで上位でない立場の者だ。
サルトゥス王国の継承権は王が次世代になっても40歳になる時まで残る。
そのため年齢を重ねられないアルバシェルは、いつまで経ってもサニ…継承権第2位から抜けられない。
継承権は次世代に移動するので本当は子を育み、継承権を渡してしまうのが最善であるのだが…今までは執着を持てる者が現れなかったし、逆に執着を持たれても嫌悪の情しか浮かばなかった。
とりあえずフレイは他王家の第六王女であり、レクスを名乗る継承権を持つ者。
アルバシェルにとって、願ったり叶ったりな身分であった。
条件が整っている上に何とも離れがたい…と思える相手であり、そんな者に出会えたと言うだけで僥倖である。
アルバシェルはフレイが条件を満たすことを知って、全身から星が飛び出るような喜び溢れる気分になっていた。
思い立ったら即行動。
アルバシェルは、再びフレイに近づき手を握る。
そして行き成りフレイリアルの前に片膝つき、その空色の美しい瞳でフレイの新緑の瞳を捕らえ、この上なく優しく甘い微笑みを浮かべ下から見上げる。
周りもフレイもが何が起こってるか分からない一瞬でその言葉を口にした。
「エリミア辺境王国第六王女フレイリアル・レクス・リトス様に、私、サルトゥス王国先代王第二王子アルバシエル・サニ・ルヴィリエは婚姻を申し込ませて頂きたい」
「「「「「!!!!!」」」」」
場が瞬間凍結した。
「ちっ!」
タリクはまさかのコノ機会で即申し出るとは流石に思わず舌打ちする。
ニュールは唖然とする以外出来ない。
フレイは状況に頭が混乱の局地であり、言われた言葉と握られた手に反応し土に埋まった紅い花の様に髪の中に埋まり俯き固まっている。
そしてリーシェライル様は…ご自身が映像から飛び出しそうな位の殺気と魔力を発しながらアルバシェルを睨み付ける。
ある意味リーシェライルの素に一番近そうな獰猛で残忍な面を露にし、アルバシェルへ向かう。
だがその一瞬の昂りの後、美しく微笑む仮面の下に綺麗さっぱり隠してしまい、さりげない狡猾さだけを忍ばせ宣う。
「もし君が本気ならば、まず自身の身を安定させ、その後正式に国を通して申し込むべきでないのかな?」
リーシェライルはまるで獲物を罠に掛けるかが如く直接赴くことを要求した。
そして更に艶やかで酷薄な満面の笑みを浮かべ、人の運命に干渉しいたずらをすると言う神々の様に、穏やかに愉しげにアルバシェルに告げる。
「これからの時間を生き延びられるなら青の間で待っているよ…」
先を見越す神の目をお持ちのリーシェライル様はそう言うと、土に埋まったまま咲く花の如きフレイリアルに向かって呟く…。
「早くフレイに直接会いたいな…独りだと寂しくて凍ってしまいそうだよ…」
その言葉に、その一瞬の邂逅の貴重さを思い出し実感したフレイが力強くリーシェに叫ぶ。
「リーシェ!いつでも何処に居ても大好きだよ!」
リーシェライルの顔に本当に優しげで儚い笑みが浮かび映像が消えていった。
「リーシェ……」
フレイの口から切なそうな呟きが零れた。
後ろでフレイの元へ行けないようタリクに引き留められていたアルバシェル。
流石に今回は邪魔しなかったが、その別れの光景に不満を表し納得いかないと言う表情になっている。
アルバシェルは自身でフレイに対する思いはどんな情か未だ定まらず…と思っていた。
だが、リーシェライルとフレイの情の交換を目の当たりにし、今すぐにでもフレイを抱き締め、誰にも渡さないと宣言したくなる気持ちを持つ事に気付く…独占欲だ。
何の情に由来するものかは不明だが、判明するより先に欲が生まれた…欲が生まれるぐらいの情も育っているようだった。
モーイとクリールはニュールを追いかけて転移の間を目指した…だが場所を知らない。ニュールでさえ場所は見当しか付けていなかったのだから分からなくて当然である。
しかもモーイはどうやら方向音痴であるらしい?…と最近の判明した。
今まではいつも依頼を受けるペアを組んでくれたフユメが面倒見てくれたので全く気付かなかった。
中央塔に行って普通に隠蔽で階段を登っていくつもりだったのだが、何故か中庭から抜けられなくなっていた。
少し不安になったモーイはクリールに相談した。
「クリール…アタシ本当に全然わかんないや。もし分かるならクリールが案内して!」
モーイはクリールに予想以上に頼り丸投げしてみた。
クリールは長い首の上の方だけ傾げるとモーイの先に立ち、走り始めた。
かなり早足なクリールをモーイは追いかけるだけで手一杯だった。
『絶対に違うと思う!!』
モーイなら絶対に選ばない道ばかりが選ばれていた。
「クリール、はぁ…流石に…はぁ…この道は無いって!」
五千数える間の全力疾走の様な走りで、息を切らしながらクリールに追い付く。すると其処に広がる場所から見下ろす景色は今まで居た場所が小さく縮んで見える景色だった。
「…ココって…」
その時室内からの魔力の高まりと攻撃魔法が目標と干渉し、激しい光と衝撃が起こった。
知らないうちにしっかりと目的地に辿り着き、予想以上に渦中の一員になれてしまったモーイとクリールなのであった。
廊下の先にある吹き抜けになっている階段と踊り場。
階下からのざわめきと夥しい足音が上ってくる。
皇太子直属の第四騎兵近衛隊50名が皇太子に引き連れられ4階の階段踊り場に到着する。
「国宝たる王位の証の賢者の石を略取せし大罪人アルバシエル。その石を還すことで罪をあがないたまえ!」
そう皇太子が述べると階段踊り場に一列に広がり並び、問答無用の魔力攻撃をしかけてきた。
其処に残っていたニュールとアルバシェルとタリクは防御結界を築き、何一つ攻撃は届いて居なかった。勿論その後ろに守られるフレイリアルも。
「…巻き込んで済まない、此は私の問題の様だ」
アルバシェルは沈鬱な表情をして、いきなり遣って来て攻撃を加える理不尽なその皇太子直属の部隊を見据えていた。
ニュールは怒濤の如く色々と勝手に押しかけて来る状況を、自身で選んだ道以外は " 嫌なら逃げる " と言う方針で突破してきた自分の基本姿勢を取り戻した。
ほぼ気分全快…と言った感じに復活した。
自身が大賢者で有ると言う事実から生まれる、立場や境遇など取りあえず重過ぎるモノは半分流しつつ受け入れて見ることにしたのだ。
思い悩まず、時には逃げてしまう軽さ。
厄介事に巻き込まれ少し気落ちするアルバシェルを見ていたら、分け与えてやりたくなった。
ニュールは軽い口調で言う。
「お互い様だ…さっきは本当に助かった!ありがとうな!」
「…たっ、大した事はしっ…してないぞ!」
何故かどもりながらニュールのお礼の言葉に狼狽え照れまくっている様子だった。
同性の年上…とりあえず見た目が…と言う存在から疎まれる事はあっても暖かい声卦けをしてもらった事の無いアルバシェルは見事にニュールにツンデレてしまった。
このオヤジ無意識に人誑し…とうとう美男子まで誑し込んでしまった様だ。
ニュールが取るアルバシェルへの対応。
それを受けているとアルバシェルは遠い昔の懐かしい記憶が甦る様な気がするのだ。
アルバシェルは誰かの前で賢者の石に触れてしまったのは覚えている。姉の婚約者が、アルバシェルの存在そのものが流されて無くなってしまいそうだったのを拾い助けてくれたのは感覚で分かった。
その時向けられた思いや託された思いも感じている。
だが、そこから目覚める前までの記憶は無い。
『こんな扱いを受けるならば国など捨ててしまえば良い』
目覚めてから何度と無くアルバシェルはそう思った。
でもこの地を絶対に離れないであろう姉と、姉の事を頼んで逝った姉の婚約者の願いを捨てることは出来なかった。
その願いを託した姉の婚約者が、意思を持ちアルバシェルの案内者となって今もその中で助言者として存在している。
《大賢者へ至るために必要な条件》
賢者の石に成れる様な代を重ねた力強き魔石と、強力な魔石を取り込む者を魔石から保護する意思を持つ案内者の存在。
保護する意思持つ者が案内者となり導き助言者となるか、最初から助言者として現れ案内者となり導くか…。
どちらにしても、最終的に助言者を得て賢者の石の内包に成功した者だけが、大賢者へと至ることが出来る。
どんなに優秀な研究者が研究しても、それは大賢者へ至った者が明らかにしない限り解き明かせない謎となるだろう。




