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6.本格的に巻き込まれつつ

王都に来た時には毎回立ち寄ってる食堂で、いつものメニュー頬張りつつ…エールで喉を潤す。

今ではすっかり周囲に馴染み…気を抜きつつ人々に溶け込み暮らすニュールだが、エリミアに来たばかりの頃は相当に緊張していた。


隊商で過ごす2の月程の間に、ある程度…かつての自分が送っていた生活と現状の辻褄合わせは完了する。

其れにより、自身の中でも他者からも…違和感は少なくなったと思う。


『自分でも良く馴染んだと思うよ…』


サージャの計らいで無事エリミアに入国出来たニュールではあるが、何だかんだと驚きの連続だった。


生まれた村で過ごした9歳までの生活が、文明的な生活と切り離され…少し遅れていたのかもしれない。

はたまた…囚われた場所が普通の町と隔離されていたからなのか、エリミアの生活が他国と違い過ぎたからなのかは解らない。

いずれにせよニュールが出会ったのは、其れまでとは大きく異なる生活。

任務で他国訪れる事が無かった訳でもないのに、其処には未体験の出来事が溢れていた。


エリミアに来てまず戸惑ったのは、渓谷橋を渡り…国境門をくぐり…境界壁を越え…完全に入国した瞬間に変わる気温。

隣は砂漠であり…大した距離の移動でも無く…橋の向こう側も見えると言うのに、国内に入っただけで摩訶不思議…一気に気候が穏やかになった。


「こりゃあ…何だ!?」


思わず口に出る程の違和感を味わう。

更に…水の管理機構…と言われるものが、異様に発達している事も驚きであった。


「…何で水がこんなに溢れ出るんだ?!」


国境門内近くに作られている水呑場兼…鑑賞用の噴水に、ニュールは驚嘆の呟きを漏らす。

隊商で親しくなった面々は、其の驚きを…ニヤリとしながら見守る。


特にエリミアに入る前から、食事内容には混乱した。

学んだ知識の中にも生活全般に関する情報は少なく、口にした物が何なのか理解するだけで時間が掛かる。見た事も聞いた事もない野菜や香辛料の存在は、ニュールを途方に暮れさせた。

だが砂漠を渡る道中…口にしていたエリミア陣営の食事で、相当に耐性…は付いたかもしれない。


「果物や野菜を多用する…必ず出る苦甘い飲み物、砂漠なのに凄く贅沢…だよな。其れに…食後に出る香辛料の効いた激甘い茶も、なかなかなっ…ふぅ…」


言葉濁しつつ、溜め息を漏らす。

滅多に弱音吐かぬニュールだが、隊商に加わってから…唯一溢した愚痴。

もっとも…ニュールを追い詰めたのは、エリミアの食事と言うより…隊商の料理を担当する者と…隊長の好みによるのかもしれない。


隊商に拾われた時から感じてたが、エリミアの人々の気安さに驚嘆する。

閉じられた国…限られた者にのみに開かれたエリミア、普通なら…滅多に見ぬ自分達と他国の者に対し…用心深く警戒感持つのが当然の反応。

だが入国して…人々の中に入り混ざり感じたのは、部外者に対する敵意ではなく…強い好奇心。

今まで対峙したどの国の者より…開けっ広げな態度で興味示し、異国人のニュールに好意的に接する。


『何なんだ…』


其の奇妙な人懐こさから生まれる違和感は、ニュールの心を戸惑わせた。


言葉や文字については…共通言語の地方版といった感じであり、国変わろうとも…生まれた村や其の後過ごした砦と変わらず…若干の違いしかない。

国の機構や機能なども、過去に詰め込まれた知識と大差無く…実際暮らしてからも困る事はなかった。


『そう言えば、石授けの儀もここでは石樹の儀と言うらしい…』


空になり掛けたエールの器を最後まで傾け、過去の検証から今現在へと…心戻す。


明日の祭りは、此の王都王城にある賢者の塔が…儀式執り行なうのを祝わう為に開かれるもの。

儀式のため催される祭だが、年1回の賑わいとなり…王都の街は華やぐ。


此の国では石樹の儀に参加する子供は、各都市から集まり王都へと向かう。

其の儀式で石を授かり…体内に魔石を所有する内包者(インクルージョン)となった子供も、選任の儀を受ける年の頃に達した時…塔で儀式受けるべく再度王都を訪れる事が義務付けられる。

ちなみに…魔石内包の有無に関わらず、王族の儀式は全て賢者の塔で執り行われるらしい。


1人飲みをしながら…此の国について取り留めのない思い巡らせ、明日の賑わいを何処か懐かしい気持ちで待ち望むかの様に…ニュールは祭り前の喧騒を楽しむ。


「あの…、ニュールさん」


ふと背後から、大きなずたぼろ布が近付き…声を掛けてきた。


「結構遅い時間だけど大丈夫なのか? 子供は寝る時間だぞ。周りに心配されるような事はするなって言ったよな…それに、また何だってそのマントなんだ?」


ニュールは再開したマント姿のフレイに微笑み向けつつ、軽口混ぜながら御小言を並べてしまう。


「子供だってまだ流石に眠くない時間だよ。マントなのは、これが仕事着なんだ! ぼろいけど魔石の粉が混ざってて、隠蔽魔力だって導けるんだよ! まぁ…自分で操作するのは難しいけど…」


「ぷっ…」


少し頬膨らませ口突き出し抗議するフレイの表情は…クルクルと小器用に変化し、ニュールは思わず吹き出してしまう。

すると、今度は本格的にむくれ始めるフレイ。

其の表情は余りにも無邪気で可愛らしく、今度は声をあげて笑ってしまった。


「ハハハッ、ゴメンゴメン。笑って悪かったよ」


「手伝ってもらったお礼の1つとして…許してあげる」


むくれながらも許しを与えたフレイは、ニュールの座る席の向かい…同じ様な高めの椅子によじ登り…目線合わせ対峙する。

透輝魔石の如き緑の瞳が…真剣な面差しの中で輝き、何かを訴える様に…ニュールに向けられた。

其の空気感で其の "何らかの含み" を察したニュールは、咄嗟に表面だけ取り繕う乾いた微笑みに切り替え…それ以上の申し出を断ち切る。


「お礼として、既に高額な振る舞いを受けた。もう今の受けた許しで十分…」


如何にフレイが子供であっても、ニュールの思い無き笑みと言葉の意味が…関わり断つべく示されたもであると理解する。

流石のフレイも、俯き…固く強ばった表情浮かべ押し黙る。

其の姿を目にしたニュールは何とも言えぬ苦い思いに囚われ、つい…真逆の行動…手を差し伸べるかの様な声掛けをしてしまう。


「あぁ、…さんは…敬称は要らない。ニュールでいい…」


フレイは其の気遣いを…藁をも掴む気持ちで掴み、心底しょぼくれた様子で小さく謝罪の言葉を呟く。


「…ごめんなさいニュール。巻き込んでしまって…本当に…」


巻き込まれ被害を被ったのはニュールであり、元々少しも悪くない。

だが…小さな子供に意地悪している気分になり、何とも言えぬ罪悪感がニュールを責め苛む。


『7歳ぐらいか…。子供ひとりで行動するには、相当に勇気のいる年齢…か』


ニュールは、自分が1人生きねばならなくなった年の頃を思い出しつつ…フレイの素性を考える。


『王城関係者…って事は確からしいし、砦門に来たときの豪奢なマントの作りから考えると貴族…下手すりゃ王族の遠縁って感じか。あれっ、此の国に貴族制度ってあったっけか? まぁ相当に自由に育ってる感じだから、中枢…有力筋からは離れてるんだろうし…問題は少ないか…』


ニュールは自分の中で納得の行く答えに辿り着き、今までのあれこれを取っ払い…普通に接することに決めた。


「…此処に来た事で、周りを心配させるようなことは無いんだよな」


「うん。一応…すっごく身近な人には伝えたから、内緒…では無いよ」


微妙な笑顔でごまかす感じ、怒られ案件であることをひしひしと感じさせる。


「フレイ?!」


少し咎めるように名前を呼ぶが、怯むことなく真っ直ぐに向かってきた。

そしてニュールの目を捕らえた瞬間、唐突にフレイは申し出る。


「明日…明日1日、一緒にいて助けて!」


差し伸べられた慈悲の手に、ガシリと纏い付き…取り縋るかの様に願う。


『散々迷惑被った怪しい願い事の再現か? 騙されるのは真っ平御免だぞ!』


心の中の警戒感高まり…小さな子供の些細な願いだと言うのに、ドン引きしてしまう。そんな卑小な自身に、後ろめたさを感じるニュール。


「いやっ、確かに休みになったし時間は有るけど、此れ以上巻き込まれて仕事場に迷惑かけちまっても困るし…」


「お祭をね…自由に巡りたいのだけど、流石に一人だと駄目かなぁって思って…。心配させちゃ…いけないんだよね??」


瞳をキラキラさせ、おねだりするフレイ。

オッサンの庇護欲逆手に取った悪い子供だ…。


「…あぁ~、もおホンット敵わん。良いよ! どーせ、俺も祭を楽しむ予定だ」


頭をクシャクシャと掻きむしりながら…溜め息をつき、女・子供・動物に弱い…と自称するお人好しニュール。

結局フレイの願いを引き受ける事になる。


フレイの本来の願いが "祭を共に巡る" だけでは済まないと理解しつつ、助け手となることを了承してしまった。



慣れない高級宿…少し早めの時間に目覚めてしまったニュールは、快適だが居心地の悪いベッドから抜け出す。

そして宿自慢の…王都中央広場に面した部屋一番の大窓へ、ゆっくりと近付く。

寝起きで働かぬ頭のままに窓際に立ち、眼下に広がる祭り当日の準備風景を眺め…其の慌ただしい人々の動きを目で追う。


ボーッとしていると施錠している内扉の外から、扉を叩く音と共に、部屋入り口にある控えの間に食事が乗せられた配膳台を用意したと告げられた。

結局夕食は馴染みの場所で済ませてしまったので、朝食が此の宿での初の食事。

高級宿の飯、ちょっと楽しみでもあるニュール。

だが内扉開け…配膳台に積まれた料理を眼前に、少し気が遠くなる。


『朝飯…なんだよな…』


全て食べたなら2~3日食事が不要になる量と内容で、 "此れでもかっ!" と言う位に並ぶ。

朝はゆっくりしたかったので、食事の世話を断ったが…大正解。

此の高級大量の食事に加え…上品な給仕まで付いてきたら、お腹も気持ちも一瞬で満たされ…胸焼けを起こしそうだ。


「…ったく、一体何なんだ!」


呆れる様な驚きと共に、自嘲系雑言が溢れ出す。


「そもそも誰がこんなに食うんだよ! オレはバケモンか? どぉ~見ても1人寂しーく仕事する気の毒なオッサンにしか見えんだろ! 仲間呼んでドンチャン騒げってか? …気軽に呼び出せる奴なんざぁ居ねーよ! 姉ちゃん達連れ込めってか? …楽園作る甲斐性も体力もねぇ!!」


思わず声に出してしまった独り言、自分の耳で再確認し…虚しさ増す。


気を取り直し…窓辺でゆったり朝食摂る事を思い描き、山積みの料理乗る配膳台を部屋へ引き入れる。

だが目的地…窓辺のフカフカ長椅子の上、奇妙な光景を目にする。

奇っ怪にも…其処には、ずたぼろ布の塊が躍り跳ねていた。


必死に声押し殺し…堪えきれない笑いを動きに変え、手足バタつかせる子供…其処にはフレイが居たのだ。気配なく部屋に居てギョっとしたが、マントから漏れ出る隠蔽魔力の痕跡を感じ…納得する。

密かに魔力纏い、部屋に忍び込んだよう。


「上手く出来ない…と言ってた割に、魔力導けてるじゃないか?」


エリミアに入国して暢気に暮らしてはいるが、滅多に隙を突かれる事の無い…元々は訳あり職業のニュール。

其のニュールを欺く魔力引き出せるマントは、相当に優秀で希少なもの。


「出来る時と…出来ない時が…あるんだけどね。でも成功すれば、リーシェだって一瞬ごまかせるんだ!」 


取り縋り願ってきた子供とは思えぬ…大胆なフレイ、油断してたとはいえ…完璧に気配消す道具にしてやられたニュール。


「まぁ、リーシェからもらったんだけどね。ふふっ、お陰で大笑い出来ちゃった」


フレイは得意気に説明し、つい調子に乗ってしまう。


「おやっ、フレイくん。昨日のお願い断る口実を作ってくれるのかい? 」


「ゴメン、ニュール! だって大声で一人ボケ突っ込みしてるから面白くって…。本当にごめんなさい。だから、お願いはそのまま宜しくっ!」


昨日の少し思い詰めたような表情は欠片もなく、屈託なく笑い続ける。

その姿にニュールは、少し安堵する。


『子供は楽しげに過ごすのが一番』


特殊な境遇下で過ごす事になった…自身の子供時代を振り返り、此の年代の子供には…つい甘くなってしまうようだ。


まずは出発するため…高級朝食片付けるべく、大食いに挑戦する。

勿論フレイにも協力してもらい、大量の食事をある程度片付けるが…暫く食べ物は見たくない気分になった。

そんな満腹で動きたくない気分のニュールを…急ぎ身支度させるフレイだが、昨日の服を其のまま着ようとしたニュールに対し…物申す。


「今日は祭でみんな着飾ってるから、程々の格好をしとかないと…無駄に怪しまれると思う!」


今までになく、強気の意見。


「それに此の階級の宿だと、宿に出入りする時の服装も小綺麗な方が迷惑にならないよ。宿に用意されたものを適度に利用するのは、不満無く宿泊した証しにもなるんだから…宿のためにも用意してある服を使わせてもらおう!」


勝手な見解にも思えるが、子供とは言え高級に慣れてる感じのフレイの助言に従い…至れり尽くせりで用意されていた着替えなども使わせてもらうことにした。

但し主張するフレイ自身のマントは…ずたぼろ布であり、今一つ説得力に欠ける。

ニュールは敢えて矛盾は口にせず、気楽に穏便に遣り過ごすのだった。



街中の活気は、前日とは比べ物にならない賑やかさを持つ。

あまり他国の品を目にする機会の無い此の国でも、年一回の王都での祭には珍しい物がちらほら見られる。


この国の大半を占めるのは砂色の髪と砂色…若干の金色の目の人々だが、今日はちらほらと違う髪色の者も混じる。

ただ、フレイ程のはっきりした色合い纏うモノを見かけることは無い。


王族やその縁戚は確かに一般の人々より他国の血を取り入れることも多く、金髪や銀髪…水色など様々な色合いが存在した。

目の色については石を授かる事で変化する者も多く、王城門より内は多種多様な色合いに富む。


「スゴいよ、この魔石見て!!」


これで11店目。全て魔石の露天だった。


「こっちは、鉱石由来の魔石みたいだけど随分と深層にあったなかな~。普通のより力が有りそうだし、見てるだけで癒されるぅ。一家に1個…う~ん5個…6個は置いても良いんじゃないかな」


ニュールは沢山の魔石に触れ興奮し暴走するフレイを前に、 "どうしたものか" と悩む。だが…もう手出しできぬ…聞き入れる耳持たぬ、心の中でしか突っ込みを入れられない状態だった。


『いや、普通の人はこの魔力で其の数…ちょっと家に飾れないと思うぞ。魔力で酔う奴が続出して、大問題になっちまうぞ!』


ニュールは困り顔だけ示し、口開かず見守る。


だが魔石から漏れる魔力で意識失う者まで出る…と知ったのは、ニュールも昨日…砦門で起きた騒動が切っ掛け。

魔力酔いの知識こそ持つが、魔力導きもせぬ魔石で…其処までの影響が出るとは思いもしなかった。

魔石の性能への誤認…と言うより、一般の人々への認識が甘かったのだ。

まぁ…結局声に出し伝えたとて、無我夢中のフレイの耳には何1つ届きはしない。


中心地から離れた路地裏、魔石の原石のみを扱う露天巡りに強制参加させられてから…4の時程は確実に経過する。

露店の準備がまだ整わぬ様な朝から巡り、既にあと半時程で…昼。


「表通りに、珍しい…タラッサの海鮮揚げの屋台が出てるらしいぞ」


「もう一本向こうの道に、アカンティラド産の魔石が出てるらしいの!」


「中央広場でインゼルの舞踏が披露されるらしい。随分と華やかなようだぞ」


「さっきの道で見逃しちゃった魔石があるの!」


散々、祭の華と言われるような他の露店や中央広場での出し物等に誘導してみたが…徒労に終る。

成功しない努力の虚しさに、身も心も疲れ果ててゆくニュール。


自身が実際重ねた年月より、時を早回しされ…ガタがきている身体。


『自慢じゃ無いが、目だって霞むし…小さい文字は見えにくいし…簡単に胃モタレもする身体。酒も疲れも翌日まで確実に残るんだぞ! 小僧が持つ無限の体力や…尽きぬ好奇心に付き合う程、小回り利く若さは無い! 労ってくれ! 』


色々とお疲れの限界が近く、素に近い心の雄叫びが…ニュールの中で溢れ出す。

だが…此の駄々漏れな雰囲気には一向に気付いてもらえず、仕方なく自主的棄権…一時退却を申し出る事にした。


「フレイ、今のところは問題も無さそうだろ? 俺はあっちの店でちょっと一息入れてくるけど良いか?」


" 一緒に過ごし助ける " と言う願い。

堅苦しい警護の者に代わり…気楽に楽しめるよう軽く守りつつ祭りに同行する事だと解釈し、一応…荒れ地を渡って荷運びする時ぐらいの警戒は続けてた。

だが特に悪意ある者が近付く気配もなく、安心し気が抜けた状態のニュール。


「こんな機会はないから、もうチョットだけ見せて」


フレイは露店に並べられた魔石から離れず、引き続きキラキラした目で物色しながら答える。


魔石の露店の集まる辺りから…100メルぐらい離れた飲み物の露天、エールを買い一息つくニュール。まだ少し肌寒い時期だが、疲れた身体に染み渡る。

引き続き楽しげに店渡り歩くフレイの姿は、少し離れて眺めるのならば…げんなりした気分洗い流され微笑ましい限り。


『夢中になれるって良い事だ…』


特殊な環境で過ごしてはいたが、まだ年齢通りの外見だった頃の事を思い起こす。

懐かしく思える程の思い出は持たぬが、感傷に浸れるぐらいには鮮明な記憶。

細部ではなく…感情に起因した思いに揺り動かされていると、フレイの居る路地の奥…ギリギリ視界に入る場所で強めの魔力が放出されるのを感知する


ニュールは一瞬で…隠し持つ魔石から魔力導き、足に跳躍用の魔力を纏わせ一気にフレイの近くまで辿り着く。

目に映るのは…露店の店先に置いてあった雑魚魔石が散らばり、人々が避けるように囲み立ち止まる光景。

そして其の中心に視線移すと、隠蔽の魔力を込められたフードを跳ねあげられ…エリミアでは異端とされる髪と瞳を曝したフレイが呆然と立ち尽くしていた。


「さぁ、少し疲れてるだろ。お前も少し休んだ方がいいぞ…」


ニュールは何事も無かったように…ゆっくりと近付き声掛け、フレイの頭にフードを被せ…取り敢えずその場から離脱しようと試みる。

だがフレイの手を引き移動しようとしたが、騒ぎを聞き付け集まった人々が壁となり…進路を阻む。

明らかに魔力を使って意図的に起こした…と分かるのだが、悪戯に近い…ただ注目を集めただけの出来事。

ニュールには、フレイの姿を曝させた人物の目的が読めなかった。


だが其処でフレイの姿を見た人々の中で、囁きが広がっていく。


「「取り替え子…」」


「「取り替え子が何でここに…」」


何処からともなく聞こえてくる、小さな呟き。


無関心なのに…歪な気持ちが込められた、偏狭な視線と話し声。

一人一人の悪意は僅かなのに、集団になった時の…凶悪で陰湿な…仄暗い思いが押し寄せてくる。


隣国から来たニュールには、周囲の口々から漏れ聞こえる囁きが…何を意味するのかさえ解らない。

しかし、明らかに蔑みの言葉である事だけは理解出来た。

此処に留まるのなら、小さな悪意や自覚無き害意持つ人々の…容赦なき言葉と鋭き視線を更に浴びる事になるであろう。

目に見えぬ刃研ぎ澄まし、意味も意図も無くただ突き刺してくるのだ。


一度隠蔽が解けて顕になったフレイの姿を再度隠すためにも、此の場からの離脱は必須。ニュールは最初から纏う軽い隠蔽を高出力なものに切り替えて、横並ぶフレイにも纏わせる。

外界からの認識を完全に遮断し…固まるフレイを小脇に抱え、手持ち魔石で強化した足で一気に人々の頭上超える跳躍をし…人混みから立ち去った。


そのまま少し離れた路地に入り、抱えたフレイを下ろす。


「…ごめんなさい」


項垂れ立つフレイの口から出る言葉は、何度も聞いた其れ…自己の存在意義を極限まで貶めたかの様な謝罪であった。

折角祭りを楽しむために街に繰り出して来たのに、何だか少し不穏な感じです。

そして、少女の境遇が少しずつ明らかになって来ますが…救い出したい大賢者様も登場します。

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