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12.余計な流れが紛れ込み

ムルタシア樹海渓谷。

辺境都市ボルデッケと更なる樹海の街々の間に横たわる難所。

魔力濃度が濃く魔物化した生物が多く生息する。


その渓谷を跨いで橋を掛ける。

長年、ボルデッケ東側の樹海の街の人々が願い望んだ事だった。


計画を出し承認を得るのに10年。一番距離と深さが少ない場所…橋を架けるのに向いてる立地と思われるアルドとテレノを選び計画を建てるのに5年、実際に作り始めて完成させるのに7年。

そして、承認申請を出してから既に2年…。


『これ以上、時間が掛かると実際に作るのに費やした時間より、承認のために消費した時間の方が長くなってしまう…』


見習いの頃に計画を耳にして、遣りたくて希望して、途中からやっと関われた仕事。それなのに、完成しているのに開通までひたすらの足踏み状態。

それでも覚悟を決めて何十回目かの再申請書類を提出しようと窓口に向かう。


人とすれ違ったような気がしたのに人が居なくて、気になってそちらを確認していると、今度は気配のないところからスルリと手が伸びた様な気がして驚き大事な書類を落としてしまう。


「大丈夫ですか?お嬢さん」


今度は目の前から紳士的な青年がにこやかに現れ落とした書類を拾ってくれる。


「お役所に何度も書類を出しに来るって嫌ですよね…」


「…はぁ、そうですね」


いきなり話しかけられて戸惑う。


「今度は直ぐ通ると良いですね!僕がおまじないを掛けておきましたから大丈夫ですよ。頑張って下さい」


「ありがとうございます…」


解らないけどその青年はそのまま立ち去った。

何だか樹海で遭遇するという人を欺す魔物に化かされた様な気分になってしまったが、そのおまじないの御利益を期待して受け付けに赴いた。

何時ものように適当に方肘付きながら書類を受けとる姿に何十度と無く怒りを感じた事か…。

それでも預り証を受け取らねばならず暫し待つ。


受け付けられている何件もの書類を確認する受け付け内の人々。

何か揉め事なのか、普段は絶対受け付け区域に出てこないような偉そうな人達が慌てて出てきて確認処理している。

そして、ざわめきが広がる中で何故か呼び出される。


「境界壁大橋建設管理機構 様!」


予想より早い呼び出しに慌てる。


『書類の不備?!さっき落とした時に拾いきれてなかった?!』


心の声が焦る。


「「すみません!!」」


受け付けに着いた瞬間謝る。


だが声が重なり、自分と一緒に向こうも謝っていた。


「???」


頭に疑問符を浮かべていると説明がある。


「即日承認となりましたので宜しくお願い致します。ただ本承認確定の証書は申し訳ありませんが後日となります。すみませんが、今回は仮承認の証書をお持ち下さい」


深々とお辞儀まで付いてくる。

まさかの夢落ち…かと思い頬をつねってみるが…チャント痛い。

何だか解らないが前に進めるようになった。


「スゴイね!お兄さんのおまじないに感謝!」


全ての処理が終わった後、嬉しくて思わず声に出して言うと何処かからクツクツと言う笑い声…。

ちょっと怖くなったので先を急ぐことにした。


「たまには良いことするのも気分が良いですね」


高度な隠蔽と静穏の結界の中で笑みを浮かべる人物。


今回提出された書類に添付されていた推薦状、及び要望嘆願書。

まごうことなきヴェステ王国の魔石認証印付きの書類が紛れていた。


「さあこれで舞台は整いました。役者さんが橋を渡って登場するのを待つばかりです」





「あのチッコイのは何だ?」


情報収集もしくは捕縛と言う依頼を自らの行いで失敗し、窮地に陥っていたモーイを助けてくれたニュール。

心に決めた通り、モーイは助けてくれたニュールを追いかけていた。


ニュールとフレイ。


二人一組として情報や身柄確保に対しての報酬が出る事になっているので、連れ…と言うのはわかるが関係性が見えない。


樹海を進む中、その奔放なチッコイのはニュールの言うことも聞かず、木の根元に穴を掘ってみたり、川があれば突っ込んで石拾いをしてみたり、適当な木の実を口に入れようとして慌てさせたり…躾の出来てない獣の様な、幼児のような…。

どちらにしてもニュールの良き飼い主っぷり…イヤっ、父さんっぷりを見ることが出来た。


『…子供は3人ぐらい欲しいな…呼び方は…オヤジとお袋、いやっ、母さん父さんも有りか!』


ニヘラっとしながらモーイは激しく妄想を膨らませている。


モーイの凄い所は金にがめつい所と思い込みの激しい所…と程ほど強い所。

良い所じゃ無い事も多々ある気がするが、それらが何度も身を救ってきたのも事実。まぁ、前回のように欲をかいて身を滅ぼしそうになったことも無い訳じゃ無い。


その時モーイの更に後方で速度を上げて移動してくる気配があった。


見知った気配だった…闇組織の知り合いと言う程の知り合いでもない二人組の男達だ。

でもハッキリ言って弱い。

だからこそ、男達は相手の実力を読めない…。


「よお、モーイ!お前まだ獲物を眺めてるだけか?」


「いい加減諦めろ!今から殺るから俺達のやり方見て良く学べよ~!」


「……」


弱い癖に偉そうな事言う奴がモーイは一番嫌いだった。


『依頼の内容さえちゃんと理解できてない…情報、若しくは殺るんじゃなくて引き渡しだ』


モーイは心の中で指摘してやった…馬鹿はもっと嫌いだ。


「…なぁ、いつでも俺達が面倒見てやるぞぉ」


もう一人が厭らしい下卑た嫌な目でモーイ見つめながら手を伸ばしてくる…。


「あ゛ーっ、もう無理ー」


そう言いながらモーイは無表情な顔に怒りを宿し、手を伸ばしてきた男の手を取った。そして引き寄せると喉元に鋭い刃を突き付ける…男はバランスを崩し勝手に倒れ込み突き刺さる。

そのまま倒れてくるのを避けてもう一人の男の背後に回り…もう一本のナイフを突き刺す。

男達は唖然としたまま刺さったナイフに手を当て崩れ落ちる。


『殺っちまった…』


モーイは一瞬思うがすぐに考え直す。


『この土産を持ってあの人の所へ行こう!』


もういい加減遠くで見つめるのには飽きてしまった。だから、近くで直接売り込んで見ようと思った。

その切っ掛けを作ってくれた男たちに感謝しながら…。


モーイのもう一つの凄い所は、切り替えの早さだった。




ニュールは誰かに付けられてるのは分かっていた。だが脅威になるような実力には見えなかったので放置した。

一人はこの前見逃した少女。

そして途中から合流したのは見知らぬ男だが少女と同労者の様だ。

巧妙に隠蔽を掛け広げた探査魔力の網の中でその者達の動向は手に取るように見えていた。


「???…!!」


様子を見ていたニュールは絶句した。


実力はその少女の方がソイツらに比べて上なのは予想できた。

だから見知った少女が安全に過ごせるのも予想していた…だが一瞬で2名消えた。


『仲間…では無かったのか?!』


少女がソイツらを消してしまうのは予想外だった。


そして思い立ったら即行動のモーイ。

一目散に楽しそうにニュールに向かってきて、その襲撃予定者達を差し出してきたのは更に予想外だった。

小首を傾げて目の前にチョコっと座る姿は、捕れた獲物を持って来て自慢する子獣の様だとニュールは思った。

良いことをしたと思って目の前に居る。


『…叱れない』


ニュールはため息しか出なかった。



「アタシはモーイ。アンタに助けられて惚れた。戻る場所も、もう無い。連れてってくれ!」


昼時に現れた、珍客のモーイと名乗る娘は頭の痛いことを言ってきた。

その健気さと可憐さを醸し出すモーイを見て、フレイは何故かニュールの方を胡散臭い目で見てきた。

そして、その目を察知してモーイは更に儚げに悲しむ美少女を演じる。


『何か、オレが悪い人みたいになってますけど全く悪くないですから!濡れ衣だ!!』


濡れ衣ではあったが弁解することは難しく、まるで責任逃れをする悪者へ向けるような目をされ…諦めた。


モーイの素性は察しが付いてる。裏組織の依頼で生き延びる裏の人間。確かにあの状況や今回遣ってしまった事を考えると元の組織に戻るのは難しいだろう。

だが、一緒に来る道が安全だとも思えない…巻き込んでしまうことが容易に想像出来た。


「オレたちが追われているのは依頼を受けたお前は知ってるだろ?」


「あぁ、ヴェステがいい値段で依頼を出してたよ!」


モーイはまた依頼内容を口にしている。


「…依頼内容は口にしないのが常識だぞ」


『口が軽すぎる。この子はこの道に向かないのでは』


…と思うニュールだった。


依頼内容に素性はあまり添付されることが無いのでモーイに対し本当の詳細は伏せておく。

一応、一貫した設定が必要かと末端王族と守護者設定を話そうとするが…フレイがあまりにも森の子過ぎる。

フレイを見て悩んでいるとモーイが言う。


「アタシ細かいことは気にしないよ。アンタと一緒に居られればソレで良いから」


何だがニュールはジンとした。


「アンタが奥さんに逃げられて子供押しつけられて困ってても気にしないから!アタシ面倒見も良いんだよ!」


「!!!」


ニュールはどこから出てきたんだと言う設定に絶句して久々に思う。


『オレはチョット疲れちゃいるけど26歳だ!どんなに見た目が47歳だって、逃げた連れ合いも無茶苦茶な子供も持った事無いから!!』


モーイの思い込みにその現実が受け入れられることは絶対に無いだろう。

そして、ニュールの方が大きな溜息と共にモーイの思い込みを設定として受け入れるしか無かった。

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