5.巻き込まれる者は巻き込む
ニュールは商会から出ていつも王都滞在時使う食堂へ向かいながら、サージャに拾われてからの事を思い出し…思わず微笑んでしまう。
『遭難者に有料で施しを与える商会長って笑えるよな』
サージャとの久々の対面で、出会った時…数の月程前の自身の境遇を思い出す。
普通なら…単独で到達し得ない場所にて行き倒れる怪しげな男であったニュール、拘束されての連行…又は放置…と言う流れになっても仕方ない状況。
何としても同行願うつもりだったが、予想外にも…相手から先に申し出を受けた。
「魔石を使った治療をしてあげて…」
ニュールを発見後…其の意思を確認し、適切とは思えぬ大盤振る舞いな施し…魔石の使用を隊商の医療担当者に促した。
いつもの様に…其の体躯に合わぬ柔らかく緩い口調で、だが有無を言わせぬ程の…威圧感持つ指示を出し取り仕切る。
魔力活用した診断や…体内への水分導入を効率的に行うには、魔石が欠かせない。
病や体の損傷を一気に癒せる訳では無いが、保水や栄養補給…毒物の除去などには効果的。
使うか使わないかで改善具合大きく異なり、砂漠を渡る様な…早急な体調の回復が求められる場所では…大変有効な手段なのだ。
だが活用出来る魔石は貴重であり、雑魚魔石であっても…相応の値が付く。
其れでも…初めからニュールを見捨てるつもりが無かったであろうサージャには、躊躇が無かった。
料金云々でサージャが確認したのは、生きる為の意思。
生きる事呪いつつも存在続ける者を知るサージャ、人形の如く…執着無く長らえる度し難さも知る。
まぁサージャなら、大概の後ろ向く者を…言葉巧みに前向かせる手腕もある。
結局…何者であろうと手を差し伸べてしまうのは、サージャの習性…か。
「別に、慈愛溢れる程の善意を持ってる訳じゃあ無いよ。無理してまで全員救う気なんて、更々無いからね。拒否されれば助けないし、自分が気に入らない者の面倒まで見たく無いかな。誰かに手を差し伸べるのは…趣味とか癖に近いんだけどね、別に…恩着せがましい施しをしたくは無いかな。僕は、気分良く対等に過ごす事の出来る相手だけを…救いたいんだ」
此れがサージャの言い分。
聞いた者は皆…返答に困ることが多く、少し特異な…常識外れの感性を持つのかもしれない。
貴重な魔石用いた、早急な回復。
ニュールは純粋に脱水と空腹と疲労…による衰弱だったので、翌日には体調整う。
「助けて頂き、有り難うございます。おっしゃっていた通り、代金支払わせて頂きますが…どのように…如何ほどを…」
「勿論…手を貸したんだから、手で返してもらおうかな」
最初から有料…と言われてはいたが、対価として求められたのは労働力であった。
こうしてニュールは働き手として加わわり、隊商に同行する事になったのだ。
「いやぁ君、見た目年齢のわりに若いから覚えが良いね~」
体調が整って40代半ぐらいには見えるようになったニュールだが、サージャからの微妙な誉め言葉に苦笑する。
「一応、砂漠帯の生まれなもんで…」
「でも御実家って定住型の砂漠の民なんでしょ? 其れなら移動しながらの生活にも良く馴染めてるよ。うん、とても頑張ってるね」
「………」
会う度に…何と返したものか思案する言葉送られ、戸惑うニュール。
サージャは時々様子見でニュールを訪れ…声掛けをするのだが、本来の性質なのか意図してなのか…他者が読みきれぬ微妙な緩さ持ち対応がしづらい。
「隊長~。毎回其の喋りじゃ、オッサンが戸惑っちまうよ」
雑務共にする事で、数の日で隊員達にも馴染んでいたニュール。
何とも掴み所の無い声掛けに、隊商の隊員が突っ込みを入れ…軽く助力してくれるぐらいには親しくなっていた。
ニュールが砂漠で隊商に拾われ…意識朦朧とする中で、早々にサージャからの素性の確認は受けていた。其の後も会う度に…色々と聞かれはするが、何だかんだ大元の部分は有耶無耶にしてもらえているよう。
自称年齢も其のまま冗談として扱われ、周囲からは気の若い只のオッサン…と言う評価で落ち着いていた。
「そう言えば…オッサンが混ざった方は、何か収穫は有ったか?」
今日のニュールは、周辺の見回りと追加食料の確保に挑戦する組に入れられた。
「あぁ、何とか砂漠鼠が10匹かな」
「腹は膨れんが、ツマミぐらいにはなりそうだな」
「あぁ、飲む酒があるならな」
「ははっ、もっともだ」
気安い会話も成り立つ。
元々砂漠の村出身のニュールにとって、隊商で日々過ごす生活は苦にならない。
幼い頃受けた石授けの儀、ニュールは他の村の子同様…魔石の内包はしなかった。
故に、家族や親しい仲間達と…豊かでは無くとも平穏無事に暮らしていた。
偶然に魔石取り込む事になり…内包者であると気付いてからも、隠すと決めた。
公にしてもたらされる結果が、望むものでないと知っていたから…。
其れでも、真実は何処からともなく漏れ出す。
悪意か興味本意…はたまた使命感持つ善意…からか、小さな秘密は暴かれ…周知の事実となり内包者管理する役人へと伝わる。
内包者は召し抱え育てる…と言う王国の方針を大義名分とし、ニュールは9の歳…一番近い要塞から派遣された兵士によって捕縛された。
抵抗する家族も武力により制圧し、内包者家族用年金を無理矢理…握らせる。
そしてニュールは、内包者として召し抱えられる形で…家から連れ出されたのだ。
其れから5の年程の間、武術…戦闘訓練…魔石扱い…様々な基礎学習、各種教育が施され…其の後国境付近の砦へと送られた。
更に其の後…特殊な労役に加えられ身に付いた技術もあり、ニュールは隊商の一員として…即対応出来る程の能力を持つ。
エリミアの国内には魔物化した生物はあまり存在しないが、隣国へと渡る経路上の砂漠は…結構厄介な魔物跋扈する場所。
よって砂漠を渡る生活力や体力は勿論必須だが、隊商で重要とされるのは戦闘力と防御力…だった。
陽光を反射して輝く…見るからに硬い金属質な鱗、蠢くズシリとした音と共に複数の剣を弾く甲高い音が…砂漠の砂舞い上がる乾いた空間に響き渡る。
荷車2台並べて飲み込めるぐらいの幅持つ…巨大な鎌首もたげ、50メルは有るだろう極太の胴体うねらせ、隊商の前に横たわり…行く手を阻む大モノとの交戦。
其のバタつく長い巨体と…尻尾に付く棘により、挑む者達は少しずつ傷つけられ…血が滲み滴る…腕足の動かぬ者が増えていく。
時間と共に辺りに漂う鉄臭さと…戦闘で巻き上がる砂埃の混ざった不快な臭いが増していき、更に其の生物の口から漏れでる生臭き吐息と混ざり合い…鼻を突く吐き気催したくなるような悪臭となり辺りを包み込む。
「此処まで大きいのは久しぶりだねぇ、あんまり見たことないよね! ふふふっ、焼き物にしたら食べでがありそう…かなっ」
魔石から導き出した魔力を刀身と身体に纏わせ、波打つ巨大な胴体が襲い来る周期を読みつつ…巻き込まれないよう気遣いながらサージャは果敢に斬りつけ続ける。
「…ふざっ…けるな! 余裕でっ…分析できるようなっ…状況ではっ…ないっ!」
こんな状況でも道化た態度を見せるサージャへ、硬い鱗に力込め剣で切りつけながら…レガリスは憮然として言葉返す。
「そんな事言ったってぇ、焦ってもっ…良いことが起きるわけでもないよっ」
「待避経路の御検討を!」
ルシャが冷静沈着に叫ぶ。
「そうしたいのはっ…山々だけど、尻尾が邪魔してて道塞がれちゃってるからっ」
大きさの割に俊敏な尻尾に…幾度となく砂も人も鞭打たれる中、隊商で戦闘職兼任する20名程の者達のうち…無事残ったのはレガリスとサージャとルシャ。そして幾名かの戦闘特化要員だけが、砂漠王蛇と対峙する。
他の傷付いた戦闘職の者達や…隊商で働く非戦闘職の者達は、後方に展開した結界へと避難させた。
後ろの彼らを守るためにも、此れ以上は引けない。
砂漠王蛇…。
其の名が示す通り…蛇魔物の中でも最大・最強の種であり、魔物化した魔物ではなく…生粋の…生まれながらの魔物。
本来…魔物であっても累代魔物は知力高く、考え持ち行動する事が多い。
冷酷ではあっても無駄を嫌う事が多く、魔物であっても其の行動は合理的である。必要最小限の攻撃や、回避行動を取る事例が多い。
累代魔物は人よりも冷静…と言われる事さえあるのだが、砂漠王蛇は突然魔物化する遷化魔物並みに残忍であり…持っている知性で蹂躙を楽しむ素振りさえ見せる。
獲物を遊びの1つとして捕らえる、人の如き存在…。
今回…道を遮断しての襲撃も、明らかに意図的だと思われる。
「僕らってばっ…さぁ、此の蛇さんに弄ばれちゃってんのかなぁ」
「余裕あるなら、其の分…攻撃に力っ…入れろ」
「余裕は在るんじゃなくって、作るんだから…余分は持ち合わせて無いよっ」
朗らかに戦うが、限界は近そうだ。
今回の奴は砂漠王蛇の中でも、近年稀に見る大きさの個体。
一般の内包者が上位魔石の力引き出し攻撃に使っても、大きすぎるので思った程には効果が出ない。
防御に至っては陣を築かぬ限り、勢い消す事さえ困難であった。
其の上…此方からの物理力での対応は、強靭な鱗に阻まれ…剣の斬撃が通らない。
強力な魔石導く魔力主体での攻撃が必要なのだが、不意に現れた…予想外の強さの魔物に対し相性の良い魔力撃ちを扱える者は少ない。其の者達は今回既に傷つけられ、後方に避難している。
『仕様が無いから、身体を張るしかないかな』
満足のいかぬ…有効とは言い難い攻撃しか繰り出せずとも、サージャは隊商の主…責任がある。
戦闘職も兼ねる身としては、奴の気を引き移動させ…後方の者を守り逃がすと言うのは使命であり…唯一の選択。
サージャは覚悟を持ち、一歩踏み出す。
その時サージャの視界後方に、赤く大きな煌めきが生じる。
後に下がっている結界内の一団から、砂漠王蛇に向け一条の赤い光線が放たれた。
紅玉魔石から導き出されたと思われる火属性の赤く輝く光が暴れる尻尾を貫くと、音にならない叫びをあげ巨体がのたうちまわる。
砂煙が増し、一層あたりの視界を遮る。
そんな中…更にもう一発細く鋭い光が胴体に刺さり、鋼のように硬い鱗を吹き飛ばし肉を小削げ落とす。赤い光線に穿たれ傷つけられた体から、脈打ち流れる体液が増え…急速に弱っていく砂漠王蛇。
余裕持ち油断しているモノへと放たれた…予想外で強力な攻撃は、人々を追い詰める様を楽しむ…と言った風情の魔物に形勢逆転の妙味食らわす。
反撃は相手の意表を突き、見事致命傷負わせる事叶ったのだ。
それを機に…サージャ始め前線に残った者たち総掛かりで、剥き出しになった胴体に次々と斬りつける。
魔力纏い強化した剣と身体で繰り出す攻撃が、積み重ねられていく。
鱗が剥がれ…巨大な胴体から鮮やかな色の飛沫を飛ばし…激しくのたうち回った後、次第に動き鈍らせ…あっけなく息絶えた。
サージャはルシャに確認させ、この窮地を打破した恩人がいる方へと向かう。
後方に避難する者達を守っていた結界は、既に解除され…警戒と復旧…獲物の回収に別れ活動を再開する。
「やあ、ニュール! 大丈夫だったかい?」
復旧処理をする一団へとサージャは近付き、声を掛けた。
「結界内は問題なかったようです」
ニュールは普段と変わらぬ…其の辺のオッサン的緩い感じで、サージャに答える。
話を聞く限り、厳しい環境下にいたと思われるニュール。
行き倒れから回復して隊商の一員として働き始めてからも、見る限り…のんびりと穏やかに人当たり良く…周囲に馴染み過ごしている。
諸事情や年齢の虚実について…サージャは、敢えて確認をしなかった。
其の代わりに…度々時間を取り、ニュールを気に掛ける。
怪しい人間と言う立位置とは関係なく…1人の人間として心配してくれるサージャからの優しい感じ、ニュールは素直に嬉しかった。
見ため的には…心配されるより心配してやるような年代になり、気遣いを受ける…と言った状況を長いこと味わう機会が無かったからだ。
「それに、ありがとうね」
サージャは、当然の様にニュールに礼を言う。
誰が砂漠王蛇に攻撃をしたのかは、既に把握していた。
「たまたま手元にあった柘榴魔石が役立ちそうだったから使ったまでで…ちょっとしたお礼です」
「…柘榴?? …なのか。何にしても、とても助かったよ」
サージャはニュールの言葉から受けた衝撃を抑え、極力冷静に対応する。
ニュールの方も…一応隠すことなく自身が行った攻撃であると認めはしたのだが、結界内から砂漠王蛇に有効な鋭い魔力を放ち窮地挽回させた立役者としては…謙虚である。
どちらかと言うと…自分のやった事が通常困難であると言うことに、本気で気付いていないよう。
『使ったのは攻撃用に使う紅玉魔石でなく、生活に使う柘榴魔石…しかも結界内』
サージャは心の奥で驚嘆する。
他人が立ち上げる結界内からの魔力の放出は、威力が強ければ結界を破壊する。
逆に弱ければ、結界内に留まり…暴発してしまう。
其れを防ぎ…尚且つ攻撃力のある力にするには、結界を読み取り理解し…其の構造の隙間から魔力を通し結界外で再度魔力を収束して打ち出さなければならない。
尚且つ…魔力含有量の少ない生活用魔石からあの魔力を取り出すのも、尋常ではあり得ない事なのだ。
サージャは何事も無かったかの様に微笑み、手を軽くあげ…ニュール達後方を支援する者に去り際の挨拶をする。
その後、他の作業をする者達の状況確認へ向かう。
『アレは、どう運ぶべきなのかなぁ…』
ニュール達を背にし…一瞬鋭くなった表情は、表層の思考の更に奥で巡らせる思いによりサージャを困り顔にさせた。
人の良いオッサン青年ですが、ちょっと他と違う非常識な魔石扱う力を持っているようです。
力は有ってもお人良し…それ故、再度現れる訳あり子供に本格的に巻き込まれてしまいそう…。