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10.澱む流れ

「アルバシェル様、予定されていた橋ってこれですかね?」


「あぁ、結構大きいな」


旅支度を整えニュール達より5日程遅く出発した。今はテレノ側の境界壁大橋管理事務所にて通過処理待ちの列に並ぶ。

サルトゥスはこの渓谷の向こう側に境界壁が敷いてあるので実質ここが国境となる。


「もう出来ていたんだな…ニュール達に悪い事をしてしまったか」


呟きながらアルバシェルは先に出立したニュールとフレイを思い返す。



ニュールがフレイを迎えに来た時の事だった。


「この一帯は樹海に覆われていて大変ですね」


「そうだな。都市同士で移動出来る別のルートがあれば良いのだけどなかなか難しいようだ…」


「この道を進むしかないのは難儀ですが色々見て回るには良いですね」


軽い世間話程度の会話だった。

あの時はフレイに押し掛けられて3日目だった。弾丸のように魔石関連で質問攻めにするフレイにたじたじとなり少々他のことが御座なりになっていたようだ。


『ニュールが酷く申し訳なさそうに自分の子供の様に叱っていたな…』


あの二人のやり取りを思い出すだけで何故か笑みが漏れる。


『こんな会話をした覚えがあるが視察の帰りならば、敢えてその難儀な道筋を通らなくても良かったのでは無かったか…助言してやれば良かった』


タリクは何事かに思いを馳せ笑みまで漏らすアルバシェルに顔をしかめる。


「またボロと雑魚の事ですか?気にし過ぎです」


アルバシェルは二人が出立した後も度々フレイとニュールの事を話題に出していた。



久々に近付いた、纏う空気が新鮮で異なる外の人々だった。



大地の色した豊かな髪と青葉の瞳をした少女は、いつの間にかアルバシェルの心の暖かい所に居た。

自分の興味に邁進する姿は痛快で面白く、時に見せる大胆さや剛毅な部分。アルバシェルの動かなくなっている時を少しだけ回してくれるような気がした。


守護者の者も表に出ている強さ以上のモノが秘められているのは分かった。

柔和な中に、目的のためには手段を選ばないという覚悟した事のある者が持つ強さを持っていた。

しかも内に抱えるものが同じ様な気がして、会うたびに覗き込んでしまった。だがその先にある黄緑色の光に遮られ接触を阻まれる。


この二人はアルバシェルにとって興味が尽きぬ者達であった。

もし、彼らが偽りの身分を申告していたとしても…だ。



通過処理待ちの列に並んで半時ほど。

やっとアルバシェルの達の順番が回ってきた。

認証確認窓口へ誘導され、認証魔石の提示を求められたので指輪型の認証魔石を提示する。すると其が蒼玉魔石で有ることで門兵達にざわめきが走る。

更に目をやったマントの中の旅装束は神殿のもの。

門兵の一人が口走る。


「殿下…」


口にすることが罪であるかのようにタリクが殺意を込めて睨み付ける。

青くなって口を嗣ぐんだ門兵の横を通り抜け、アルドへ渡る。

そして、そこから境界壁内の辺境都市ボルデッケへ向かった。

アルドからボルデッケは大獣視猟犬(サイトハウンド)の引く客車でおおよそ半日である。

そして神殿はボルデッケの東、ムルタシア樹海渓谷に面する場所にある。



「闇の神殿祭主アルバシエル・サニ・ルヴェリエ様……殿下」



5年ぶりで辿り着いた神殿で一番会いたくない者に見つかってしまった。

大殿司イレーディオは荘厳な風体の恰幅良い老人である。社交辞令的な定番の挨拶の後、恭しくも事務的に申し出る。


「仕事が溜まっています…」


「我に御霊を食らえと?」


「はい。5年程いらしてないので少々多くなっています」


古参の大殿司はてらい無く伝える。


「…分かった」


アルバシェルは応じるしか無かった。



《死者の弔い》



辺境にある闇の神を祀るムルタシア神殿の主な仕事だ。

辺境神殿とも闇神殿とも言われるが、死を司る尊き神を祭る神殿であり、死の穢れそのものを閉じ込める場でもあるので辺境にある。


サルトゥスに存在する賢者の塔は不完全だ。


主が存在しないのに機構が一部使用されている。


魔力循環無くして立ち行かない塔の機構を使用するには代価が必要だ。

それが死者達の残留魔力を地輝石を使って循環へ帰着させる事だった。


本来、完全な状態の塔ならば死者が持つ残留魔力は放っておいても循環へ戻るので、その様な仕事は必要ない。

塔が無ければ残るほどの残留魔力もなく霧散するだけだ。

有るような無いような信仰の為の神殿が存在するのは、連面と続くこの国の王家の矛盾を補うためのものだった。


ただ、賢者の石として存在していた地輝石である暗黒緑石をアルバシェルが取り込んでしまってから状況が変わった。

今まで賢者達の命を糧に賢者の石にて行っていた行為が、アルバシェル独りの手に委ねられことになったのだ。


欲しくない、求めてもいないものを手にしてしまった代償は、自分と姉と姉の婚約者だった。



祭主であるアルバシェルは正式な祭司服を纏い4人の禰宜に囲まれ儀礼の間へ赴く。

何時ものような快活さや豪胆さは見えず重々しく暗き道を行くものの目をしていた。


到着した部屋は厳重な結界と重厚な守りの魔石のみで出来上がった空間だった。

其処には大殿司と3名の小殿司が闇石を入れた箱を中央の祭壇に据え四方から結界を張っている。

礼をする禰宜を扉の外に残し、その空間にアルバシェルが入り儀式が始まる。


四方に控える殿司達は自身の持てる最大の結界を王から預かりし金剛魔石にて展開する。

ソレを確認するとアルバシェルは中央祭壇に赴き闇石を持ち上げ魔力を動かす。


すると空色だったアルバシェルの瞳が、深い暗緑の闇を孕む瞳へと変わる。


それと共に闇石から寒気がする様なドロドロとしたおぞましい魔力が絶望の際で足掻く念と共にアルバシエルの中の魔石へと向かって行く。

アルバシエルの心が、入り込む死者達の渇望に引きずられそうになる。

歯を食い縛り耐えていると夜空に広がる星の輝きの様な光がそれを和らげる。


「…ありがとう」


包み込んだ光に礼を告げる。


『今回もここに残ったか…』


アルバシェルは、毎回のように心ごと流れに引きずられ自分も循環の中に帰れるのなら…と切望していた。だが叶うことは無かった。

儀式が完了し瞳の色が戻る。

ただ、瞳の色が戻っても癒しきれない闇がアルバシェルの心にまた一つ広がる。

儀式部屋を退出すると無意識に光を求め、中庭へ出る。日の光と匂いを感じ自分自身を蘇らせる儀式のように深呼吸する。


「あぁ、あの子に会いたいな…」


声に出して呟いていた。

アルバシェルは新緑の瞳した大地の申し子のようなあの子に会いたいと思ったのだった。




坑道で地輝に遭遇し、魔力あたりで意識を失っていた医務室に運んだ人々は、皆フレイリアルの暴走を知らない。

ニュールとフレイは偶々訓練で魔力慣らしを受けていたため比較的軽傷で済んだと言う事にした。皆を最下層から運び出した後、イラダが何かしているのを見かけたがニュールもフレイも意識を失い以降の事は解らない…と言う感じだ。


イラダとベルク爺は少し疑問を持ったようだ。


何せフレイも魔力当たりを起こしたと言ったのだが、現在はっちゃけている。

…元気すぎるのだ。


坑道は過去に起きた事故を教訓として、地輝が湧いてから2日は坑道に立ち入らない規則にしていたので明日出立予定のフレイが展示場にあった魔石を見ると言う願いを叶える事は難しかった。

そして、フレイが激しく落ち込んだ。

見るに見かねた鉱夫達が、皆で手持ちの珍しい魔石を持ち寄り見せてくれると言うことになった。

その為、気分最高潮のフレイリアルが出来上がった。


何とも言えない淡い疑問は疑問のままとし、問い質す様な事はしないでくれた。


フレイが魔石に夢中な時、ニュールはミーティや外部で活動する男達と話しをしていた。

ボルデッケへの道のりの確認等も行う。


「樹海を川沿いでボルデッケだと2の月って長いよな…」


あやふやに何とでも取れるようニュールは話を降る。


「あぁ、まだ橋は使ったこと無いけど、ほんの最近まで樹海経路しかなくって辛かったよな~」


「本当だな~」


「でも値段がなぁ」


「時間には変えられ無いよ!」


皆が口をそろえて言う橋が、一体何処の事を言ってるのか不思議そうにしているニュールにミーティが言った。


「ボルデッケまでならここからなら、今は半月弱あれば着くようになったぞ」


「??」


「以前は渓谷に降りて樹海を渡って、また渓谷を登らなきゃいけなかったから2の月掛かったんだ。今は橋がテレノからアルドに繋がってるから旧道を行く者は少ないぞ」


「まぁごく最近のことだし、橋は有料だけどな~」


「樹海経路でこっちまで来て更にドリズルまで行ったんなら知らないかもな」


ここ1の月の間の出来事だったらしい。

以前からほぼ出来上がってはいたが、色々な調整で国の認可が先送りになっていたとのことだ。

青の間で得た情報を更新しなかった事はニュール自身の痛恨のミスであり、単純に手抜かりだった。


自身の行く方向や経歴の詐称をしてるが故に周囲に確認出来なかったとはいえ、出来る事を怠ったのはニュールだ。

無意識に寄せる眉間の皺が状況の不味さを物語っていた。

影はそのミスを見逃さないであろう事をニュール自身が一番理解していた。


『予定を早急に組み換えなければ…』


この出遅れが命取りにならないように…。


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