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9.小さな流れが持つ奔流

「まだまだお前には戦いが足りぬな…」


黒と赤に染まる大地で朝日を浴びながら真っ直ぐ前を向きその人は呟く。


「お前は我の側に控えひたすら戦いに赴くのが正解だ」


横で無感情に同じ方向を見据え立つ男。


「余計な事は考えるな…只々、戦いに酔いしれよ…其がお前のあるべき姿だ」




朝からニュールは不機嫌だった。


『何て嫌な夢で目が覚めるんだ!』


ニュールの朝からの仏頂面にフレイでさえ気付いたようで心配して声を掛けてくる。


「ニュール大丈夫?」


心配そうに覗き込む表情を見て何とか表情を整えたつもりだったが出てきた言葉に落ち込む。


「何か、あの時見た砂漠王蛇(ミルロワサーペント)が威嚇して周りをみんな食べちゃうぞって顔と同じ…かな」


微妙に心の傷に塩塗りつける様な表現だ。



先日の幸せな寝起きでも思い出して気分を整えようと思ったら本人が現れた。


「おはよう、フレイに、クリールに、ニュール!」


イラダはそう言いながらフレイを抱き締め、クリールを抱き締める。


樹海の民は距離感が近い。

何の気なしに触れられると近い距離の者が少なかったニュールは戸惑う。

イラダはニュールノ方へ近付き目の前に立ち見つめる。


そして、まだ夢の名残である殺伐とした雰囲気を纏うニュールの両の頬へ両手を伸ばし、無理やりニュールの顔をイラダの顔へ近づける。


目を合わせるしか無い状況に、ニュールはたじろぐ。


「もしアタシに相談に乗れることがあったら何時でも言ってね…」


そう言いながらイラダは、ニュールの不機嫌で思い詰めた様な拒絶する雰囲気の名残を包み込むように抱き締める。


ガツンと高ぶる様な思いがのニュールの心に湧き上がる。


『朝からキツイです…』


でも、その顔には先程とは打って変わって、いつものほほんとシブトク楽しく生き延びようとするニュールの顔があった。




今日は坑道内の案内と展示場に置いてあった魔石を避難させてある場所の案内を、ミーティがしてくれる予定だ。

半分以上フレイのお楽しみ会の様なモノだった。


「坑道内は魔力の流れが多いから、調子悪くなったら言えよ」


ミーティは、ぶっきらぼうだが気遣いの出来る奴のようだ。

フレイもニュールも上空には縁があったが、地下は始めてである。

だが、塔で高密度な魔力に慣れていた二人には少し拍子抜けする感じだった。


ここには、あの清々しさはあまり感じられなかった。


だが魔石に関われるせいか、岩全てに若干の魔力を含むせいかフレイは朝から必要以上に元気だった。


ミーティの説明だと今はニュールが落ちて辿り着いた最下層でしか採掘はしてないそうだ。

最下層の坑道で試掘場所へ行き、更に最奥へ赴くとお爺と何人かの鉱夫が話し合っている。


「今日はざわめきが有るから戻ってた方が良い」


「あぁ来るかもしんねぇ」


「今のうちに片付けるぞ」


皆が慌ただしく片付け始める。訳の分からないフレイとニュールだったがとりあえず片付けを手伝う。


ソレは、あと少しで片付け終わるという頃だった…。

ニュールは採掘済みの魔石を箱に入れる作業を手伝っていた。皆も、ほぼ仕舞い終わり立ち上がったときだった。


「来る…」


フレイが呟いた。

それと同時に全身、岩の中に埋められたかのような圧をニュールは感じた。


その圧が緩和されると、地の底から昇って来る魔法陣の様なものを感じ、それと一緒に其処にあるもの全てがさざめき輝き始める。


自身も周りも全てが粒で構成されているように感じ、その中に渦巻く魔力が回転するように存在し力を増していく。

押さえきれなくなった回転は増殖した魔力を放出しながら上昇し、何かにぶつかり跳ねる、跳ねてぶつかる。

繰り返すたびに更に力を増し究極に力を蓄えると爆散した。

その純粋で強烈な魔力は、自分を含む全てを破壊し無に帰し真っ新にし、その後新たに再構築し生まれ変わらせる。


再生を終えた魔力は全てを突き抜け最終的に地下へ巡る流れに乗る。


一瞬の出来事。呆気に取られている間に起きた出来事だった。


フレイは未だに輝いている。


「お前、まだ光ってるぞ…」


「ニュールだって同じだよ。それに少し若い!」


『何それ!!!』


思わずニュールは顔に手をやり確かめる。


「あっ!気のせいだった…」


無意識にフレイに近づき拳固を落とすニュールだったが致し方ない事であろう。


『人を年齢容姿でからかっちゃいけません!!』


ニュールは心で大きく叫び…泣いた。


『…チクショウ!』




地輝が湧く事で最下層に居たモノ達は皆軒並み魔力あたりを起こしていた。


坑道に居たミーティや、お爺と一緒にいた他の鉱夫3名と、あと同じ最下層ににいた他の作業をしていた者2名が意識を失った状態だった。


一刻も早くこの場から連れ出すため魔力を使うことにする。

手持ちの魔石が無かったので、ニュールはそこら辺に落ちてる屑魔石を掴み魔力を導き出した。


「…!!!」


予想以上の魔力量が流れ込み、想定してなかったニュールの目を白黒させた。


『地輝を浴びた屑魔石でこの状態…。では地輝と天輝の両方を浴びた高級魔石が存在するとしたら…』


自身の想像にニュールは背筋が寒くなった。


坑道は10層あり、最上層を居住区にしていた。

一応、その層の床は厚くしてあり魔石も床石として多用していた。万が一、地輝が湧き出ても居住区の被害が最小限になるように…。

魔石は常から魔力を放出しているが、天輝や地輝は無条件で吸い込んで行くので対策として魔石が使われている。鉱山自身が魔石で出来ているようなモノなので上層に行くほど問題無く過ごせる。

天輝も地輝も規模が色々ありそれによって影響範囲も変わるが、今回のは小規模だったと後からイラダに説明を受けた。


倒れた7人を医務室に運び込む。かなり苦しそうで直接強めの魔力を浴びたことが原因の魔力あたり。魔力過多による体内魔力の暴走状態だ。


他の層での影響は、数名が吐き気を起こす程度だったので自室で休んで様子を見ることになった。



イラダが医務室を訪れ、寝込むミーティの横に寄り添う。


「ここに居るのはこんなことになるためじゃ無かったんだけどね…」


愛情が込められた眼差しでミーティの髪を優しくなでつけ、沈鬱な表情で苦しそうに起こってしまった状態を悔いている。

イラダが、ポツリ…ポツリ…とその場で語る。


「この子の父親も同じ状態になったんだ…」


イラダの連れ合いでミーティの父親も同じ状態になって亡くなったそうだ。


丁度、ヴェステとの契約で鉱山自体を奪われそうになった時、偶々、地輝が湧いた所があったそうだ。

それで契約解除するための違約金をまかなえると採掘に及んだが、大規模な地輝が直後にもう一度訪れ、採掘していた者は全員ダメだったそうだ。

それでも、命がけで残してくれた鉱山を守り営むための努力をそれからずっと続けてきた。


イラダはニュール達に、自嘲の思いを込めてその話を語った。そして、話し終わると決意したようにミーティを抱きしめる。


フレイとニュールは一瞬何をしようとしているのか解らなかったが、その状態のイラダとミーティを見つめていると薄い輝きの流れがミーティからイラダに流れていく。


魔力の移譲が始まった。

ただし逆の状態。


ミーティが過剰に取り込んだ魔力をイラダに移している。

不足している人間に多少分け与える事は問題ないだろう。

だが、魔力が余って暴走している人間の魔力を受け取れば…受け取ってしまった方の魔力暴走が起きてしまう。


止めようとしたときには遅かった…一度始まった流れは止められない。

イラダが苦しみ始めると同時にミーティがぐったりと苦しみから解放された。


イラダの口から流れ出る一筋の赤い流れに、塔でリーシェに訪れていた光景がフレイの頭の中で重なる。


「…ダメ!!!」


脳裏によみがえる光景を拒絶するフレイは、魔力の奔流を引き起こした。

引き起こされた魔力の流れはフレイ自身に引き込まれていく。


魔石無しで行う魔力吸収の暴走…。

フレイ自身は底なしだから問題無いが吸収される方はそこまでの余力はない。


『体内魔石を持たない人間なら数分で生命力からの魔力変換が起こるだろう…』


ニュールの記憶に無い知識が頭の中に生まれていた。

一瞬戸惑うが、今は気にするべき事が他にある。


『このまま止まらないと、鎧小駝鳥(アマドロマイオス)じゃなくて人間の干物が何体も出来上がってしまう…』


何が起こっているか解らず呆然とするフレイに正気を取り戻させねばならない。


ニュールはまだ動けるぐらいの余裕はあるが他のものが非常に不味い。


『何か方法は無いか……っ!』


「フレイ!魔石だ!!魔石で制御するんだ、アルバシェルに教わったんだろ!」


思考と身体の動きが連動してないフレイがゆっくりと動き出す。懐にしまってあったクリールの魔力吸収を行う時に使っていた魔石を取り出した。


「…でもどうすれば…」


泣きそうな顔で魔石を握りしめる。


「お前はどうしたかったんだ?」


「ミーティやイラダさんや皆を助けたかった…」


「なら助けろ!アルバシェルはどうしろって言った?!」


フレイが動き始める。魔力あたりを起こしているイラダの所まで行き、魔石を当てて魔力を動かす。

その行動で過剰魔力が吸収し尽くされていると認識できたのか、フレイリアルの暴走が収まった。


『制御しきれない強大な力は脅威にしかならない…』


誰かが、そう断言していたのを思い出すが誰が言ったのかは思い出せなかった。


誰も知らない嵐の様な状態は過ぎ去り、そこには呆然としたままのフレイと疲れ切ったニュールが床に転がってた。

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