8.緩やかな流れもあります
ニュールたちに謝罪に来たお布団なお姉さんと襲撃者の二人は鉱山主の縁者である。
顔立ちが似ているとは思ったが、予想外にも親子だった。
樹海の民でもある母親のイラダと、息子のミーティと名乗った。
この鉱山の街に嫁いできたが、鉱山主の一人だった旦那は10年前のヴェステとの契約の件でゴタゴタしている時に亡くなったそうだ。
ミーティは落ち着いているけど15歳だった。イラダは20歳代前半に見える均整の取れた美しい肢体を持つ美女だが、30歳代程ほどの様だった。
その母親の程ほどの歳をミーティがそのまま口にしようとして強烈な鉄拳制裁を受ける事になった。
他人事ながらニュールは思う。
『女性の歳は見ない聞かない言わない…ソレ常識』
またもやエイスの友人ジェイダの教えだった。
ニュールがベッドでイラダに抱き抱えられてたのは、樹海の民に伝わる治癒を促す為の魔力移譲の方法だったそうだ。
「まぁ、お兄さんは魔力も体力も補充が必要無いぐらい十分元気だったよね!」
この見た目になってお兄さんと言われたことと、先程の埋もれていた時の状態を思い出し、イラダの言葉に何だか恥ずかしくなるニュールだった。
もう宿に戻れるぐらい元気ではあるが、この街に滞在するのが後2日ほどと言うとイラダ達の勧めとフレイリアルの熱心な薦めで、坑道の層にある居住区で泊めてもらう事になった。
ここに住んでいるのは13世帯ほどで、この層で皆で過ごしている。
クリールも一緒に部屋で過ごして良いと言われ、フレイもクリールも大興奮だった。
魔力の多い樹海や鉱山だが、ドリズルでアルバシェルに教えてもらった魔石による魔力吸収を定期的に行う事でクリールはその後問題なく過ごせている。
ただ、フレイの場合魔石は当てているだけで実質は本人が魔力を動かし吸い取っているようなものだ。
フレイは案内された部屋で安全のため、先にクリールの魔力吸収を行うことにした。
「それってエリミアで襲撃受けたときにやったのと同じ事なんだよな。その時と一緒で魔石なしでも出来るんじゃ無いのか?」
まだ2の月も過ぎてない頃の、ごく短期間に起きた濃い出来事をニュールーは思い出して聞いてみた。
「うん。やることは同じなんだけど調節が難しいんだよね…でもアルバシェルさんに教えてもらった遣り方だと上手くいくんだ」
アルバシェルの事を思い出し、ほわほわと嬉しそうに笑うフレイに何だかニュールは少し腹がたった。お父さん気分のニュールは色々面倒くさい人になるようだ。
「色々試してみるのもよいんじゃないか?」
ちょっと捻くれてアルバシェルの遣り方以外を勧めてみる。
「…でも何か全部吸っちゃいそうなんだよね」
怖いことを言う。
鎧小駝鳥の干物は拝みたくないので、フレイにはやり易い方法で続けてもらうことにした。
その間に、ニュールは宿で荷物を受け取ったり精算したりするため街に出ることにした。
ニュールが街まで戻ると、もう夕時二つ。丁度、鐘が鳴っていた。
辺りの店や家々からの色々な夕食の匂いが立ち上る。
時告げの鐘は基本どの国でも同じように鳴るが、この地域ではエリミアでは鳴らさない宵時の三つ以降の鐘も鳴るらしい。
この時間、足早に家路に急ぐ人々が増える。
此所はもうサルトゥスに入っているがエリミア同様、樹海に国境を設けていないためこの場所の所在がひどくあやふやだ。
この樹海自体が本当に一つの国の様だが、実際に組織として機能している国とは別物であり、守る力に雲泥の差がある。国と言う大きな組織の守りが無いと言うことは、鉱山を食い物にしたヴェステの様な別の国にまた付け込まれる可能性が高いという事だった。
サルトゥスは、この一帯を自治と言う名の元に放置することにした様で、他国の横暴でさえも一切関知するつもりは無かった。
そして、そういった場所には何処にも所属出来ないような半端者も集いやすい。
「噂の標的、発~見!」
自身が展開した結界内で叫んでいるが、音漏れも気配漏れも無い。魔力操作がかなり優秀な様だ。
ヴェステのお歴々は用意周到抜け目がない。
他を使うことに躊躇は無い。
其がもし弱味となり敵に回るのならば、力で捩じ伏せるだけ。
なので躊躇なく裏組織に依頼を出す。
情報だけなら、50グリの紅玉魔石。身柄の引き渡しなら100キグリ。
『この値段が付くって結構大変なのかな…』
そう感じつつも機会は逃せない。
「でもセットでの価格だった気がするなぁ」
一人呟く。
「まぁ安全に情報売るのも有だからもう少し様子を見ようかな…」
普通の街の人々と一緒に足を早め夕暮れに紛れていく。
ニュールは宿の処理を終わらせると、手土産を買って戻る。
フレイが ” 山?… ” と言ってたそこは洞窟であり、鉱山のある山の麓だった。
ニュールが落ちたのがここから700メル地下だ、この上300メルの所に旧鉱山入り口がある。そこがミーティ達に襲撃された場所であり、魔石の展示場跡がある場所だった。
現在はここの斜面にある洞窟状の入り口を使うのだが、なかなか複雑だ。
入口は何ヵ所もあり、複雑に絡み合い滅多に産出されない緑尖晶魔石の魔力を認識し辿らないと抜けられない迷宮のような場所だ。通常は1回案内してもらっただけで行き来することは出来ない。
ただ、ニュールとフレイは普通に出入りしてしまいイラダ達を驚かせた。
それはニュールに張り付いていた裏の者も同様で、消えたニュールに辿り着けず歯噛みしていた。
「くそっ!こんな事ならダメ元で挑戦してみればよかった…」
だが、変わり身の早いその女は早々に諦めて情報を売る方へ方針転換した。
戻ってきたニュールはフレイと共にイラダ達の招待に応じて、夕食の場へ赴く。
フレイリアルとニュールの関係の設定は、ドリズルでアリアやアルバシェルに話した様に第15都市オイセレの末端王族と守護者。
視察の任務に当たってしまい南の外れから東の外れへ赴く事になったと言う感じの目的も設定した。
食堂に行く前にフレイに余計な事を言うなと散々言い含めたが、魔石狂いにその心配は無かった。
多分普通の人間が聞いてたら、食事無しでお腹いっぱいになるぐらい魔石話にまみれていた。
今回は坑道の居住区で過ごす者全員が参加していたので、魔石に詳しい鉱夫が居ることにフレイの目はキラッキラだ。
「お爺!ここで一番珍しい魔石は何?」
フレイリアルはお爺と言われる古参の鉱夫を捕まえ聞きまくる。知らないうちに何か凄く親しげだ。
「ここで一番珍しいのは緑尖晶魔石だ」
「普通の尖晶魔石も採れるの?」
フレイは目をまん丸にしながらお爺の話を聞きどんどん質問して行く。
「そうだな、赤とか青とか採れるぞ」
「類似した鉱石も?」
「…紅玉魔石と蒼玉魔石も採れる…だから狙われちまったんだな…」
一番年長の先代の時から鉱夫をやっていたお爺ことベルクが俯き呟いた。
「さぁ、あんまり魔石の事ばっかり話していると食べ物が冷えちまうよ」
雰囲気を変えるためイラダが食事を勧める。
フレイも俯くお爺を見て悪いことをしたと思い、別方向の魔石の話を振る。
「天輝と地輝、両方を浴びた魔石ってどんな感じなの?」
元々得ようと思っていた内容の話ではあるが、離れようとしていた魔石の話に戻った上に微妙で繊細な話題にフレイは直球をぶつけてしまった。
再度不味い方向に話が傾いた。
だが、フレイは状況を読むような高等技術は持っていなかった…。
一瞬、イラダとミーティはフレイの質問に警戒する。
しかし、本来の目的である ”人を救うために大魔力の魔石を必要としていて探している” と言うことをニュールが伝えると少し納得してくれた。
更にフレイが際どいところまで説明した。
「リーシェはね、必要な力ある魔石を手に入れないと、決まった所でしか生活出来ないの…でも色々なものを実際に見てもらい楽しませてあげたいんだ。だから、動けないリーシェの為に私が探してくるって約束したんだ…」
だが、その話をすることによって予想外の情報が出てきた。
「その人は、縛られちまったのかね…」
イラダが不思議な事を言った。
疑問を含んだ瞳でフレイが見つめ続けると続きを話してくれた。
「…いやっ、言い伝えみたいな話なんだけど、場所や魔物や物等と回路を繋ぐ方法があってソレを実行するとその繋がったものに縛られちまうって樹海での言い伝えにあるんだ」
衝撃の内容だった。
ニュールも思わず尋ねてしまった。
「ソレを解消する方法は?」
「それは聞いたことが無いな。実際にそんな事実があるとも思ってなかったよ」
手懸かりはそこで止まってしまったが大きな一歩だと二人は思った。
「うちの実家の村なら語り部が色々残していると思うけど、語り部が持っている記憶は集落の者にしか伝えられないから…」
申し訳なさそうにイラダは言った。
「さっきのみたいな村全体に広がってた昔話みたいなのは教えられるから、また何か思い出したら教えてやるよ…」
先程のフレイの質問への答えは、" 天輝と地輝を共に浴びた魔石は今は存在しない "との事だった。
どんなものかと言うのはアルバシェルに聞いた内容と変わらなかった。
情報は得られたような、得られなかった様な微妙な感じだった。




