6.手掛かりを掴むべく流れを変える
「確かこの街だったはずだよな…」
ニュールは思わず呟いていた。
ドリズルの街を出てから5日程、隣のスウェルの街まで辿り着いた。
この街もやはり魔石に関連した仕事に就く者が主であり、店も道行く人もいかにも魔石拾いか鉱山関係と言うような物や格好で溢れていた。
ドルズルではアリアの鉱床近くの家と、街外れの森付近のアルバシェルの家ぐらいしか行き来しなかったので街中の活気にフレイもニュールも当てられそうだった。
しかもフレイは、エリミアでの感覚が抜けずフードを手離せない。
『今なら普通の暮らしに近付けるのに…』
ニュールは、普通を求めているのに普通を恐れるフレイに一瞬哀れみを感じた。だが街や道行く人に興味津々でワクワク顔で過ごしているのを見ていると、十分逞しくやっていると思え安心できた。
この街での目的。
ドリズルの街に居る時、アリアから聞いた特別な魔輝石の話をアルバシェルにも尋ねた。
すると、その情報を教えてくれた。
「天輝と地輝を共に浴びた魔石は存在する。一度だけ見たことがあるが、あれは不思議な魔石だった。一つの魔石の中だけで世界が完結しているようで…見事だった」
その事を思い出したのかアルバシェルの顔に歓喜が浮かぶ。
「両方の輝きが、魔石の回路の中でゆっくりと循環し巡っているのは、とてつもなく美しい…」
その後少し残念そうな顔になった…が、その理由も語ってくれた。
「その魔石の中の熱量が半端ないんだ。だから採掘されると殆どヴェステが買い占めて持って行ってしまったようだ」
その話を聞いた時、ニュールは自分でやったわけでもないのに何か申し訳なさを感じた。
そしてアルバシェルはもう一つ教えてくれた。
「小さくて大魔力の使用に耐えないような物はごく少数だが産出地のスウェルの魔石協会が管理する資料館に置いてあった…はずだ」
何故だか確定…では無いよう。
「訪れたのがかなり前なのだ…不確かな情報でスマン」
それでも大体の場所も教えてくれてたので、その情報に従って訪れてみた。
しかし、全くと言って良いほど痕跡が無い。
街の人間との接触を減らすためにも、自力で辿り着きたかったが背に腹は変えられぬ…とそこら辺の人を捕まえて聞いてみた。
人はそれなりに通る道だった。
だが、何人かに尋ねてみたが情報に行き当たらず、アルバシェルに聞いた情報が少し違っていたのかもしれないとフレイとニュールは思い始めた。
最後にもう一人聞いてみようかと、少し離れた斜向かいの民家入り口で日向ぼっこをするジイサマに尋ねてみた。
「そりゃ、懐かしい話じゃの…ソレがここに有ったのはかれこれ50年前の話じゃ」
「「?」」
ジイサマがモウロクしてるのか、アルバシェルがトボケタ謎人物なのか判断しかねているとジイサマが続けた。
「当時は金にもならんのに魔石の展示なんて変なことするもんだのぉ…と思ったけど、アレで商談が成功した事もあったようだからチットは役にたったのかのぉ」
そう言うとまた日向ぼっこに集中し始めたが、ふと思い出したように教えてくれた。
「ここにあった魔石の展示場は鉱山入口に移設したよ…最も、移設先の鉱山も10年前に閉鎖されちまったけどな…」
少しだけ得られた情報の時代が現在に近づいた。
「ありがとう!」
フレイも見たかった魔石達に近付けたので、跳び跳ね其処いらを走り回っていた。激しく喜びを表すフレイにジイサンが目を白黒させてるが、年寄りの心臓には悪そうだ。
こう言うときだけは素早いフレイ。ジイサマからその廃坑の場所を聞き出していた。
「でも既に閉鎖されているなら、まずは管理者に…」
ニュールが組もうとする段取りをぶち壊し、既に100メル先で手を振り叫んでいる。
「ニュール遅いよ!急いで!!時間は限られているんだから!」
もうニュールは両手を上げて付いていくしか無かった。
情報を教えてくれたジイサンがフレイを追いかける前に付け足しで情報をくれた。
「鉱山を監理してた村がその手前にあるぞ。最もその村も廃村寸前じゃてどうなってるかはわからんがな…」
そして徐に立ち上がりニュールの肩を叩いて言う。
「…かわいい娘のために頑張れよ。あっという間にデカクなっちまうからな」
ジイサンには、ニュールが娘のワガママに付き合うオヤジに見えたようだ。
『いやっ!ジイサン!当たり前のように言っちゃってくれるけど、オレはオヤジじゃないから!!オレは本当に生まれて26年しか過ごしてないんだぁ!』
ニュールそんな思いが相手に届く事は毎回無かった。
廃れた廃墟の様な場所。
廃坑の近くにある村だったようだ。
ジイサンの情報も、やはり少し時間経過がずれているようだ。
管理人は既に居ないだろう状態の家屋。
『少し先に見えるのが鉱山の入口…か』
ニュールとフレイは足元の状態を確認しながら鉱山入り口まで進んでみた。
完全に閉じられている。
「今日は諦めて、明日、街でココの管理者を見つけて話を聞きに行こう」
ニュールが大人な提案をする。
だが、閉鎖された鉱山入口の区画内側に古びた看板が落ちていたのを二人は目にした。
経年変化で見えなくなっている部分もあるが読める部分だけ読む。
“ ○ウェル○○鉱○ 魔○展示○~───魔○研究○監修~ 入口横 ”
『何か嫌な単語が見える気がする…』
その文字が示す嫌な予感がニュールの背中に手を伸ばし近付いてくる様な気がした。
そして、看板を認識したフレイから歯止めが…消えた。
フレイは設置してある侵入防止の門を揺らし、辺りを探り、侵入できそうな所を必死に探る。しかし、一応、魔石による結界まで施してある場所。容易に侵入できるわけが無い。
だがフレイは施してある結界の中心部を見つけると使ってある魔石に手を伸ばした。
流石に結界に直接手を触れ壊そうとすれば、結界が機能し反撃を受けるはずである。大した結界では無さそうなので、チョットした怪我程度だと思うが避けられるなら避けた方が良い。
「おい、フレイ止めとけ!」
ニュールの制止は少し遅かった。
結界が輝き、侵入者を弾く音と衝撃が…来なかった。
そこに現れた光景は、伸ばしたフレイリアルの手に魔力が吸い出され魔法陣の効果が消えてゆく瞬間だった。
魔法陣の解除は、一度だけ使用予定のものなら使ってしまうのが一番早い。連続使用を目的としたモノは物理か魔力かで無理やり破壊するしかない。
魔力喪失により陣の無効化…。
「…それは以前から出来たのか?」
「うん。リーシェに教えてもらった。だけど本当に困った時以外使っちゃダメって言われてるんだ」
ニヘラっと微笑んでいる。
『今が本当に困ったときか??それに、この技使い放題なら稀代の大盗賊ココに誕生…って感じだぞ』
金銭等を扱う場所や国の機関など各重要施設は必ず魔法陣による結界が施されている。
利便性に長けている事と安全性の高いことで使われているのだ。
ニュールにはフレイの師匠である大賢者様が、どんな仕様でこの娘を育てようとしているのか謎だった。
とりあえず結界は無効化されたので門自体はニュールが地味に叩いて鍵を破壊した。
少し時間は食うが、一番地味で安全な方法だ。
廃坑の入り口の雑然とした区域を抜け、その看板が示していた場所へ近づく。
年数を経ている入り口が、雑然としているのは納得できた。しかし、街の展示場跡地で老人が言ってた目標としていた場所は整理整頓されていて何もなかった。
そこが、まるで最近まで使われていたように…。
「…チッ、囲まれている!」
ニュールが呟いた時には、既に8人程が建物外の探査がかけづらい場所でシッカリ結界を張りながら、一番殺傷能力の高い紅玉魔石を手に持ち、導き出した魔力を集約し纏めあげ一点を狙っていた。
ニュールの頭部目掛けてソレは発せられた。
確実に標的部位に当たり爆散した…ように見えた。
しかし、8人ごときで集約した攻撃魔力ではニュールの結界を破壊する事はできなかった。
ニュールは、相手方が発射した魔力と同時にフレイを拾い上げ結界を全包囲で展開したのだ。
目論みとは違う結果が有ることに、その者達は歯噛みした。
『あぁ、びびった!一瞬、間に合わないかと思った…』
ニュール本人の心の叫び。結構、冷や汗ものの瞬間であり肝を冷やすこととなった。だがポケラっとしているフレイを目にするとニュールは心の中でさえ溜め息しか出なかった。
『…はぁ…』
お気楽に、行きたい所に向かってみたら怪しい人達に大当たり!
ニュールは素敵な運をお持ちのフレイさんに拳固を食らわせてやりたい気分になった。
だが呑気に浸っている場合では無かった。
初発の攻撃を防いだからといってその者達が諦めるでもなく、失敗に気付くと距離を詰めて近距離の攻撃に切り替えてきた。
人一人を抱えたままでの戦いは困難だが、この状況で自由に付いてい来させるにはフレイは未熟だ。
結局防戦一方で結界を展開したまま坑道内へ逃げ込む。ここなら双方ともに下手な攻撃は自らの首を絞めることになる。
相手もそれが理解できたようだ。
「でも一体何者…」
坑内で音が響きニュールの呟きが相手にも伝わる。
「何を白々しいことを…お前らヴェステの者がここから全てを持ち去ったのではないか!」
全く身に覚えの無い事だった。
ヴェステにはニュール自身がお近づきになりたくない。
聞く耳が残っているならそれに超したことはないので自分たちの状況を相手に伝えてみる。
「オレたちは特殊な天輝石を探している。その手掛かりになるんじゃ無いかと思って隣町で聞いてここに来たんだ!勝手に入ったのは済まなかったが話を聞いてくれ」
問答無用の攻撃が飛んでくる。
「そんな嘘くさい話を誰が信じるか!」
坑道に音が反響しお互いの位置が解りづらい。その分、地の利がある分向こうの方が優位だ。それでも説得が一番得策であり、ニュールは続ける。
「子供も居るんだ!攻撃は止めてくれ」
「そんなでっち上げが通用するか!!」
全く信じてくれる気配が無い。坑道の奥に入ることで殆ど明かりが届かない状態となる。探索で分かることは限られる。時々遣り取りする攻撃魔力の明かりで一瞬周りを確認するしか出来ない。
足下を狙った攻撃魔力が飛んでくる。フレイの足下が一瞬結界から外れ無防備に晒される。それを庇って体勢を崩すが、立て直そうと手をつくと…地面がない。
『坑道内とは言え、こんな所に縦坑があるなんて!』
「ニュール!!!」
フレイはニュールが落ちる瞬間、手を出来る限り伸ばし叫ぶ。
だが、手は届かなかった。
ニュールは垂直落下しながら相変わらず巻き込まれている自分にため息をついた。足に魔力を纏わせ強化する。真っ暗闇のなかで着地は成功するが滑る滑る…まだ滑る。
遙か彼方上空と感じるような場所で何度も叫ぶフレイの声が聞こえる。
そして滑り続ける足下を気にしていると次の瞬間、頭に衝撃が走る……ニュールは意識を手放してしまった。




