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3.何処まで流れても

フレイを川の中から救ってくれたのは樹海の民だった。


「親父じゃないって事はじジイサンか?」


ニュールの心に再起不能の攻撃が加わった。精神的に口から血飛沫吐き出す気分になった。


青の間での話し合い時、あらかじめ何種類かの設定を作っておいた。

神殿に着くまでは実際の身分は伏せておく方が無難であるため、親子、叔父と姪、姫と従者、お嬢様と下僕、サルトゥスの王族と守護者等の設定を用意した。


さすがにお姉さんに言われた、祖父と孫設定は無かったのでニュールの衝撃は大きかったようだ。


『親父から…お袋に来て、とうとう爺さんか…オレ、もう立ち直れないよ…』


ちょっと傷つきぎみのニュールであった。


そんなニュールの姿にはお構い無く、その姉さんは尋ねて来る。


「じゃあ、お前ら何なんだ?」


ニュールとフレイはあらかじめ用意しておいたサルトゥスの王族と守護者設定で説明した。


サルトゥスは大賢者は存在しないが、賢者の塔が維持されていると言う珍しい状態だ。

賢者のみでも王城壁の維持ぐらいは可能であり、比較的内包者も多く生まれている。そのためエリミアと同様、王族に守護者が付くと言う制度が未だ残っている。


最も現在の設定と近いので一番ボロが出ないと判断し、今回の旅では親子設定か王族と守護者設定を基本選択すると打ち合わせていた。

だが親子設定は早々にニュールが潰してしまったので、今回の選択肢は一つとなってしまった。


第15都市オイセレの領主一族の末端に属する王の血縁で、今年選任の儀を受けたと言う設定にした。

この辺境がサルトゥス東の末端ならオイセレは中央から見て南にあり、山を間に挟んでいるため簡単に情報のやり取りが出来る場所では無い。だから、その設定を語っても比較的安全と思われた。


「こっち方面の視察が当たるとは難儀だったね」


サルトゥスでは今年、各地の視察を選任の義で選定し与えていたようで、すんなりとその設定を受け入れてもらえた。

ただ、このお姉さんが思った以上に中央の情報を持っていることが気がかりだった。


このお姉さんはこちらの素性を確認すると、濡れた衣服を乾かす場として石拾い小屋へ案内してくれた。

樹海では石拾いを生業としている者達が使える様に、点々と森の中に小屋が用意してある。


「あんたが内包者(インクルージョン)って言うんなら、この魔石の魔力を辿れば色んな所に同じような小屋があるよ。分かるんなら、これから先も使うと便利だよ。まぁ、内包者じゃなくても登録すれば誘導用の藍玉魔石が買えるけどね」


小屋の入り口に、地面に触れるよう埋め込まれた藍玉魔石があった。それが導く様に地を伝って透明な魔力を発しているのが感じられた。


「助かるよ」


ニュールは礼を言った。


お姉さんは案内ついでに小屋の中の説明や決まりなども教えてくれた。

基本、利用は自由である。かち合うなら譲り合い、余った魔石や保存可能な余剰食材などがあれば、次の者のために置いて行く…互助の精神に則って使えば良いらしい。


小屋の中に入ってからお姉さんは被っていたマントのフードを外した。


フレイがエリミアで散々言われた森の民…本物の樹海の民が其処にいた。


それまで、ずっと小屋の中に残る魔石や道具にばかり注目していたフレイが、お姉さんの容姿を凝視していた。


その姿は、黒に近い濃い茶の髪と艶やかな琥珀魔石の色した肌、濃い茶の瞳。小柄だが豊満であり力仕事もこなせるような筋肉もしっかりついているような体躯。


ニュールもフレイと共にまじまじと見ていたら、顔をしかめニュールとだけ違う方を向いてしまった。


『ハイハイ…ご婦人の扱いは慎重に…だったな』


これもエイスでの友人ジェイダの教えであった。


一方、森の民との取り替え子とまで言われていたフレイは、赤みがかった波打つ大地の色した豊かな髪…葉っぱ付きでぐしゃぐしゃになっている状態…と、青葉の瞳…は取りあえず文句なく綺麗であり、肌は透き通るような薄桃色…だが今は泥で汚れて小汚ない小僧のよう…だった。

間近で客観的に見ればお姫様らしい外見のはずなのだが、今現在はとても屋敷などに招き入れられることの無い風貌をしていた。


森の民とフレイは違った。


近いのは濃い茶色の髪だけだった。

フレイはまじまじと見ていたが、森の民であるお姉さんが自分の容貌とかけ離れていることで一気に樹海の民との繋がりが切れてしまった気がした。


『私の色合いは一体何処から現れたのだろう…』


自分探しの手掛かりが途切れることでフレイリアルは少し気分が落ち込んだ。


だが、更にそのお姉さんに止めを刺されてしまった。


「あんた、小さいのに早めに選任の儀を受けるなんて偉いね~。今年は最年少が7歳って聞いたけどあんただったのかな…」


「…7歳?!…では無いです!!」


確かに11歳も終わる頃だと言うのに7歳と言われても納得いく小柄さだ。

お姉さんから地味に痛い拳を食らってしまったフレイだった。


でも予想外のお姉さんとの出会いで色々得たものはあった。

お姉さんは基本、この川のもう少し上流にある鉱山の街で過ごしているらしい。

お姉さんの喋る単語にフレイが食いついた。


「鉱山!!」


今までと打って変わって目が煌めき…血走り、お姉さんをうっとりと見つめる。

お姉さんがたじろぐ。


「是非一緒に行きたいです!」


確かに、この旅はサルトゥス王国への友好使節としての使命がある。ただし、何のための旅かと言うと”天空の天輝石”の手がかりを掴むためであった。


『寄り道ドンと来い…か』


ニュールは単純に覚悟を持って諦めた。


そして、お姉さんとも何かの縁…と言う事で、今後ともお見知り置きと言うことになった。


お姉さんの名はアリア。樹海の街ドリズルで石拾いをしているそうだ。

ニュール達も家や身分は省かせてもらい自己紹介した。


「まぁ色々見て廻るってのは今後の勉強には良いと思うよ!街まで案内してやるから安心しな」


旅の道連れが出来た。


ドリズルの街まではそのまま行けば1日。だがアリアは石拾いに来たばかりだそうなので拾いながら戻る予定だったとのこと。

そして勿論フレイは当然の様に喜んで付いていく。


石拾いのアリアは説明してくれた。

ここでは黄玉魔石がまれに採れるが基本は蛍魔石が主である。もちろん山の鉱床では水晶魔石が採れるし硬玉魔石も川原に無造作に転がっている事さえある。

今回アリアは、転がっている魔石を主に探して拾っていく予定だったと言う。


「ここら辺は時々天輝が降りる時があって、その後の魔石は屑魔石でも極上のモノに変わっているから値が付くんだよ」


「この時間じゃあ、もう抜けちゃっているんじゃないの?」


「ははっ、天輝の特性を良く知っているね。勉強しているのは感心!」


アリアに誉められてかなり嬉しそうなフレイ。


「だけど此所は樹海なのさ!樹海が魔力を溜め込むのは知っているだろ?」


無言で頷くフレイ。


その真摯な瞳に出会いアリアは今までにない優しい微笑みでフレイを見つめて言葉を続ける。


「樹海はその分、魔石に天輝を留め、宿らせやすいのさ」


納得顔のフレイにおまけ情報をくれた。


「天輝と一緒に地輝を共に浴びる事もあって、特別な魔輝石となる事も有るんだよ」


「「!!!」」


フレイとニュールは顔を見合わせた。

天空の天輝石に近づく一歩が其処にあるかも知れなかった。





ヴェステの砂漠、反乱軍の鎮圧と言う名の虐殺の現場。


「お嬢、ちょっとオイタが過ぎやすぜ!」


一人前線で戦う者が傷つくことを…ではなく、歯止めを失うことを心配して声が掛けられた。


「私は嬉しいんだ!奴が見つかったそうだ!!」


そのお嬢と呼ばれた女は巧みな剣捌きと魔力操作で敵をなぎ倒している。

しかも敵と交戦する顔にはキラキラした笑みを溢している。

いつものように、その女は被る飛沫に鮮やかに染まり戦場の中に浮かぶ。

天上の御使いの如き笑みに動揺し、状況を悟れず覚束ない中、敵はかつて人であった者達の山の中へ自ら望んだかのように一人一人沈んでゆく。


「奴一人でそんなに嬉しいですかい?」


「あぁ、嬉しいぞ!奴は特別なんだ!!」


赤の将軍。

このヴェステでは比較的人道的と呼ばれている将軍だが、その本性はやはりこの国に巣食う魔物の様な一族の一員。


「奴を人形にと、青の所の狂姫に請われたこともあったが奴を人形にするなど勿体無い」


その辺り一帯を攻めてきていた残兵の名残は既に見当たらず、屍の山にその逞しくも優美な人は立つ。


「奴はそのままで魔物の王と成れる器ぞ!」


そのとき飛んできた遠距離攻撃を顔色一つ変えず見事な結界を展開し弾き、それと同時に魔力の飛来元を絶つ。


「奴は我が元にあってこそ輝く。我の足元に連れ戻し今度こそ逃げられないようキッチリ教育し直さないとな…」


その者こそが魔物の王であるかのような風情で、築き上げた屍の平原で美しく残忍に笑みを溢す。

その側に控えている者は、この場に居ないかつての同僚である奴に憐憫の情を抱くのであった。





フレイリアルの魔石への執着はお姉さんでもおったまげ…だった。


昼過ぎから始めた石拾いだったが、結局アリアのフレイへの講義のようになってしまった。結局先へ進む目処も立たず、最初の石拾い小屋に戻り休むことにした。

アリアがフレイの面倒を見てくれているので支度が恐ろしくはかどった。

余った時間で軽く鳥を捕まえ、野草も採取出来たので、ニュールはしっかりした料理を作ることにした。


アリアはニュールの器用さに感心していた。


「あんたオッサンの割に働きモンだし、猟師になれそうな腕前持ってるし7番目の婿にならしてやっても良いよ」


「「!!?」」


ニュールとフレイは驚きで顔を見合わせた。


サルトゥスやエリミアには無いようだが、樹海の民は一妻多夫も一夫多妻も有るようだった。稼ぎがある奴が養うと言う、合理的に考えられた仕組みらしい。

アリアは鉱床持ちで稼ぎが有るため、鉱夫として雇い入れのための結婚をしているようだ。

純粋にモテてお誘いがかかったかと思ったら、労働力としてのお誘いだった。

説明された内容に横で無慈悲に笑い転げるフレイ。

本気で蹴りを入れたくなるニュールだった。



次の日は、前日の話し合いで決めたように朝から動く事にする。アリアより先に起きて朝食の支度をしていたニュールにフレイが近寄ってくる。

今日は早起きだ。


「ねぇ、ニュール!探索かけても良い?」


「良いんじゃないか?」


ニュールは軽く考えていた。


「それじゃ…」


フレイがその場で直ぐに魔力を動かし始める。

最初は少しずつ身の回りがざわめく。それは小屋どうし繋ぐ誘導用の魔石から森へ広がり、この一帯全てに駆け巡る……その前にニュールは止めた。


恐ろしい量の魔力が動く所だった。

ニュールは自分を落ち着かせてから、制止をされて不満顔のフレイに伝えた。


「おまえ、この一帯吹き飛ばして賢者の塔でも建てるつもりか?」


隠蔽と静穏は軽く使ってあるが声を潜めて話す。


「さて、此所は魔力溢れる樹海です。魔石も拾えるぐらい落ちています…無制限に魔力を取り出したらどうなるでしょうか?」


「…あっ!」


わかってくれた様だ。


ニュールは石拾い小屋に無造作に落ちている屑魔石を一掴み拾い、フレイに渡す。


「おまえが使って良い魔力はコレだけ…分かったな」


フレイは納得して頷き、今度はその魔石の魔力のみで探査をかける。

ニュールはその魔力の広がりに同調してみたが、その屑魔石だけでも結構な広範囲の探索だ。


守護者になって回路を繋ぐことで出来る様になった同調。


発する魔力の広がりを共有したり、魔力を発する者に辿り着くことができる。

回路が繋がってれば魔力が動くので生きている限り見つけ出すことが出来る。


「天輝……」


フレイは呟くと探索していた魔力をいきなり切り、いつものボロボロのマントを羽織ると小屋の外へ駆け出し、鎧小駝鳥のクリールを呼びつけ走り去った。


「あの馬鹿!!」


ニュールは起きてきたアリアに大まかに説明し、フレイとの繋がりを保ち追いかけた。


アリアの話だと、夜が明けきらない位の時間に川原に天輝が降りていることが多いようだった。

回路の繋がりは、最終的には目的の者へ導くが魔力の干渉が多い樹海では時間がかかる。


決して不穏な区域では無いがニュールの顔に焦りの色が浮かんだ。

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