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2.流れに流されて

次の日、フレイの鎧小駝鳥(アマドロマイオス)クリールは朝から絶好調だった。


まずはフレイを朝の鐘が鳴るより前であろう夜空が白み始める頃から嘴で噛みつき、突ついて起こし、次にニュールの髪を痛いぐらいの強さで引っ張り起こした。


『大切な髪に何しやがんだ!少なくなったらどうしてくれる!?』


心の中で大声で叫んだ…大切なことだ。


クリールの主であるフレイは、昨日の疲れが出ているのか少し動きが散漫だ。予定より大分早く起こされてしまったがそのまま進んで行くことにした。

昨日に続き今日も問題無い天気だが、この時期なのに寒々とした空だった。


生活魔石の屑石榴を袋に入れ魔力を動かし暖めて持ち歩く。フレイのボーッとした目が輝く。

生活の常識だが、フレイにはそんなことでさえも新鮮なようだった。


そもそも、境界壁を出るまではエリミアで天気や気温の心配をしたことがなかった。ニュール自身、その見えない恩恵に気付かぬうちに相当楽をさせてもらっていたと言うことだ。

エリミアの大多数の者がそうやって甘やかされ、そこでしか生活できないように導かれているようだった。


甘やかされると言えば、出立前の準備や情報集めでも大賢者リーシェライルにフレイは相当甘やかされていた。


勿論、その分はニュールに皺寄せが来た。


「ニュールに後の細かい情報は伝えておくよ。フレイはそろそろ戻って休みなさい」


事前確認のための何度目かの話し合いと学習を、青の間で行っていた。

そろそろ宵時と言う時間。大きなあくびを重ねるフレイリアルに見かねてリーシェライルが声をかけた…と言った状況を口実にした大賢者様の無言の意図を感じたのでニュールはフレイ共に退出することを諦めた。


大賢者はニュールだけを残した。


『差しで尊きお方の対応をするのは本当に勘弁してもらいたい。それにこの方、絶対フレイが居ないと別人になる…』


ニュールは顔には出さず心の中で呟いた。


「さっき、サルトゥス王国の概要はフレイと一緒に聞いてもらったけど、ここから先は保護者…いや、守護者としての注意も聞いてもらおうかな」


リーシェライルは黙って座って居るだけで高価な美しい1枚の絵画のようだ。

今も下を向いている時の睫毛の長さが強調され、性別を越えた美しさを醸し出していた。

だが、中身まで同様だと思って油断してしまえば、骨の髄まで養分にして吸い尽くす美しい毒花なのだ。


「君は基本的に立場は違うけど似たような視点を持ってるから安心してフレイを任せられるよ」


誉め言葉とも受け取れるような言葉をもらうが、ニュールは裏がありそうで素直には受け取れないし…何か怖い。


「余計なモノからフレイを守ってほしい…」


このリーシェライルのフレイを庇護する思いだけはいつも本気だと感じられる。


「僕はフレイを失うなら、この世界を滅ぼすことは出来なくても人間が今の生活を維持できないぐらいにしても良いかな…と思うぐらいには悲しんでしまうかもしれないからね…」


憂い顔で此方を見つめるその美しい人は、欠片の冗談を挟む余地も無くガチで脅してくる。

しかも、本気でそれが出来てしまうだろうと予測できる所が、ニュールの背筋を寒くした。


「それとちょっとした親切な注意なんだけど、君…主の居ない塔には近づかない方が良いよ。僕と同じところに墜ちたくないでしょ?」


「??」


笑顔の中の毒の濃度が増し、楽しげな笑顔を見せる大賢者様。だが、ニュールには理解できない内容なのでそのまま聞いている。

 

「僕としてはそれも楽しそうだと思うけど、フレイのお守りをしてもらいたいから今は不味いからね…」


今ひとつ理解が及ばなかった。だが、大賢者様の口から出た言葉をニュールはしっかり心に留めた。



そこから先は、かなり意地悪なリーシェライル先生の長い長い講義の時間が始まった。



そのお陰でちょっとしたサルトゥス通になれた。


一度フレイとざっと聞いた内容だが復習を兼ねて再度話してくれた部分もある。


まず、サルトゥスの国の規模はエリミアの10倍程度。ヴェステの3分の1と言った程度。


エリミアの近隣の国の中ではヴェステに次いで比較的近いが、そのエリミアに近い樹海側はサルトゥスにとっての辺境である。

本拠地となる中央は海側となり、エリミア近郊の辺境側の街から8の月ほどかかる。

砂漠側から行ってもヴェステの辺境部の都市まで4の月、そこを経由してその後3の月ほどかかる。


どちらから行っても同じだがサルトゥスの辺境神殿に王都の神殿への転移陣があり、辺境神殿までならエリミアから通常2の月ほどで着く。

今回は大賢者様の勧めもあり、今回この経路で赴くこととなった。


「一応、神殿への使いは出しておくよ」


手伝って下さるようだ。


サルトゥス王国の主要産業は辺境では魔石拾い、魔石の採掘・加工。中央ではやはり魔石及び宝石の加工販売など。勿論海沿いでは漁なども行っているようだ


『魔石って…フレイが離れなくなりそうな場所だ…』


それがあるので先程は説明から敢えて省いていたようだ。さすがフレイの習性を把握している大賢者様である。一気に頭が痛くなった内容に、対処法を含めて御教授頂きたいと思うニュールであった。


サルトゥスは自然信仰的多神教が存在し広がっている。


王都の神殿には時の巫女がいる。時を司るため年齢不詳。王族でもある。

現在の王はその子孫と言う噂も。時の神殿の元で辺境にある闇の神殿も管理されている。

その説明を大賢者様から受けている時、珍しくその巫女様の人となりに言及した。


「余計なことを煩く言う嫌な女さ!」


その言い様は余程嫌な思いをしたのか、リーシェライルの美しい顔を嫌悪の表情で曇らせ言葉使いを荒くしていた。

ただ、その話し方から大賢者様が巫女様と直接面と向かって会話されたのは確かなようだった。

一瞬出したニュールの訝しむ表情を捕らえ、大賢者様は説明する。


「奴は賢者の塔を使うから見知ってるんだよ…」


賢者の塔が持つ機能は色々あるが、映像を伴う相互間通信ができるとの事。


「転移陣から移動しないで動く鏡像だけを相手に送って話せるんだよ」


今一つ理解に及ばないニュールに噛み砕いて説明してくれた。ただその時浮かべていたリーシェライルのちょっと残念そうな憂い顔が頂けない。


『くそっ、オジサンはしょうがないな…って顔してるけど、見た目は47歳だがオレは26歳!まぁちょっと峠は下りつつあるけど…見た目は若くても200歳越えるジイサンにそんな風に思われたくないゾ!』


ニュールは今日も悲憤を胸に抱き、心に涙するのであった。


最近リーシェライルと差しで話していてニュールはフレイリアルから聞いた内容に納得がいくことがあった。


「リーシェは7歳で大賢者になったけどその後は殆どレイナルで居たんだって。最近になってリーシェ自身で過ごしているから実際は17~20歳ぐらいなんだって」


フレイが話す大賢者様の情報だった。


確かに、その幼さと言うか純粋さの残る言動はニュール自身より遥か下の年齢に感じることがあった。

そうかと思うと、熟練した知略と先読みを操り完全無欠な老獪さで隙を攻めてくる。

子供と青年と老人が混ざったような違和感。

その歪みの影響が少し心配になった。


更にサルトゥスの説明が続く。

辺境の闇の神殿が管理するのは睡眠を司った神だったり、死者の弔いと言う尊き行いを取り仕切る神だったりを扱う。


「あまり人は多くないけど辺境部もしっかり中央の力が及んでいる場所だからしっかり注意してね」


リーシェライルからの注意だった。


「あと、1ヶ所になるべく長期で留まらないで…1ヶ所に最高で5日まで、出来たら3日」


リーシェライルが念を押す。


「君にも手が延びつつあるから気をつけて…エリミア国内に留まる程、甘く過ごせないのは良く知ってるでしょ?」


老獪な方の大賢者様が、綺麗な笑みを深めて語る。


「今回の色々でヴェステが新な影を放ったようだよ。新しくなったと言う《五》と、あと《7》と…《30》って言ってたかな」


「???!」


予想外の詳しさにニュールはリーシェライルに対しても警戒感が及ぶ。


「僕に警戒したってしょうがないよ」


鮮やかな微笑みに愉悦が混ざる。


「僕がこの情報を得ているのは、僕のお人形達が動いているからだよ。ヴェステだってお人形ぐらいもう用意できてたよね…」


過去の文献にある “心なき器を操りし御業” 、ヴェステ王立魔石研究所でもその成果は得ていた。


「この場から動けない僕には必要なんだよ…」


自嘲を含む声色に悔恨も含まれているのが、同様の思いを持ったことのあるニュールには良く解った。


「もし…君が全てが嫌になってしまったら何時でも言ってね。君みたいに優秀なお人形なら何時でも大歓迎だよ…」


男なのに華やかで妖艶で全てを飲み込むような笑みを浮かべ、ニュールを深い闇の底へ魅惑し誘い込もうとする。

ニュールは頭をフルフルと振った。実際に頭を振る様な動作を伴わないとその誘惑を断ち切れそうも無い。


『恐ろしい…まだヴェステで開発できてない精神誘導系の魅了魔力か???』


リーシェライルが近づきニュールの手に触れる。

ゾワゾワと何だか今まで感じたことのない心底身が縮む寒気が襲う。


「ねぇ大丈夫?ニュール…?僕、そんな趣味は無いから実際に来ちゃっても困るから、もう揶揄うのは止めておくね!」


悪戯っぽい目をして楽しそうに微笑む大賢者様。


『おいっ!揶揄い遊びかよ!心底怖いから止めてくれ!!!』


口に出して言いたいが、心の中で叫ぶしかなかった。


ニュールはとうとう大賢者様に手玉に取られる様になってしまった。




ニュール達が移動してるのは樹海だが、まだここは完全にサルトゥスではない。

厳密に言えば、境界壁外のエリミアだ。

最もサルトゥス側にも樹海に国境を設置してないので、樹海は樹海の民の物と言った感じが正解のようだった。


エリミア国民は樹海側を嫌悪しているため、そこに住む民との交流は無かった。せいぜい魔石拾いや近隣の猟師が出入りするのと、樹海の民が時々物品の販売に境界壁砦門に訪れるくらいだった。なので国として考えても、気持ち的に考えてもエリミアの境界壁から向こうすべてサルトゥスである気分でいるのが誰にとっても都合良く納得がいく答えになると思われる。


今日は川沿いへ移動し、そこから川下へ移動すれば辿り着くはずの辺境都市ボルデッケを目指す。

そこに辺境神殿があり、そこから王都の神殿に飛べるはずである。


朝の肌寒さは昼過ぎになると快適な温度になっていた。

活動至適温度になったフレイは絶好調となり、星がチカチカと瞬くようにあっちに行ったかと思うとこっちに行くと言う感じで目まぐるしい。それが朝から絶好調のクイールと同期し、ハチャメチャ感が数倍に膨れ上がる。


『もう、その川にコイツら纏めて投げ捨てて良いだろうか…』


あとちょっとで口からそのままの言葉が出そうな時それは起こった。


フレイとクリールが川に落ちた…。


いくら保護者が注意してたってある程度育った子供の制御は難しい。

強制的に停止しても猿知恵使って脱出してくる…。

特に自ら事件を引き寄せる部類の奴には保護する手さえ及ばない。


『まぁ浅瀬…やってみて学ぶことも必要だろう…』


…と、思っていたらクリールは余裕で立ったまま其処に残ってるのに、フレイだけ流されていく。


慌てるのは保護者のニュールの方だった。


溺れてもいないし、流れもさほど速くないし見える範囲にいるので急いで追いかけると、丁度、川中にあった岩に捕まっていた。


「おい!フレイ大丈夫か!?」


「うん!ビックリしたけど面白かったよ!…だけど、チョット流れが速いから自分でそっちに行くとまた流されそう」


「…面白かったって、…ちょっと待ってろ!そっちに縄を送るから」


その時ニュールの背後の森から、輪になったロープが飛んできてフレイの身体に巻き付く。


「この流れだからって甘く見るんじゃ無いよ!子供と一緒に川を辿るならロープぐらい手に持っとけ!」


怒声とともに森の中から小柄な感じのマントを被った女の人が出てきた。投げた縄を引き戻し、手早くフレイを助けてくれた。


「ありがとうございます」


お礼を言うニュールに引き続き罵声が飛ぶ。


「オヤジだったらチャント面倒見ろ!!」


ニュールは思わずゲッソリした表情になる。


「オレはコイツのオヤジじゃない!!況してやコンナ歳の子を持つ歳じゃない~!!!」


『あっ…声に出して言っていた。ヤバイ!』


究極の思いは遂に表出してしまったらしいが、この後どう納めるか悩ましかった。

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