おまけ3 サランラキブのその後
サランラキブは転移陣で18層へ飛んだフレイリアルとリーシェライルを追った。
『後少しだったのになぜ…』
失敗したものが呟きがちな言葉を呟きながら未知の場所へと赴く。
初めて踏み入る塔の高層は魔石の魔力に満ち溢れ、吐き気と目眩が波打ち襲ってくる。辿り着いた18層の転移陣から両の手をつき動くことも出来ず、ただ留まるしかなかった。
「クソッッ!! こんな所で終わる訳にはいかないんだ…あの御方の望みのために」
声に出して呟いていた。
魔力溢れるその場所では満足に魔石や魔力を扱うことは許されず、全ての手段が封じられていた。
とどのつまり進むことも、ただ戻ることさえも出来ない状態だったのだ。
旋転する時の中で、自身の至らない点を…講じるべきだった手段を…後悔と言う名の下、サランラキブはあの御方へと心の中で懺悔を捧げた。
暫しの時の経過の後、18層転移の間の扉から人が現れる。
「!!!」
サランラキブはその動けない体から殺意をもって無理矢理に体内魔石を呼び起こし、気力を振り絞り現れた人物へ魔力を放った。
渾身の魔力を込めた…しかし、その攻撃魔力は届くことなく霧散した。
現れたリーシェライルは少し疲れた様子ではあるが、心底楽しそうに冷えた笑みを浮かべて立っていた。
そして酷薄に告げる。
「随分と頑張ったんだね…今も相当頑張ってみたのかな? 残念だけど、ここから上の層で僕に攻撃魔力は通じないよ」
霧散した魔力は空間を漂い全て吸収されていく…この建物とリーシェライルに。
「紛れ込んだ卑小な者は可哀そうだから、外に逃がしてあげないとね…」
その端正で優しげな顔に極上で甘い毒のような笑みを浮かべながら近づいてくる。
サランラキブは先程の最後の攻撃が霧散した後も、魔力が抜け落ちていくのを感じていた。
「繋がっちゃったから、ちょっと苦しいかもしれないね…」
憐れむように見つめてくる。
疑問を含んだ表情を浮かべているとリーシェライルは慈悲を与えるかのように答えてくれた。
「さっきの攻撃魔力が回路を繋いじゃったから逆行してるんだよ、魔力が導き出されて暴走し流出してるんだ…君の命を魔力に変えて…」
リーシェライルの説明が事実で有ることは、自分自身で解った。
身体の中から魔力だけで無く、何か大切なモノが溶け出していくような感覚が四肢の末端から感じられる。
そして、その部分が仄かに輝いているのがサランラキブにも視認できた。
その輝きと共に、命がじわじわと削られているのを時間と共に身体がしっかりと把握した。
干上がるような、疲れ切るような、眠ってしまいたいような感覚。
しかし、そんなことよりサランラキブはあの御方の希望に添えなかった事だけが無念だった。
『あの御方に、あの御方に、あの御方に………あの、御方に』
「あの御方に万物全てを捧げよ!!!」
心の思いが声になり、叫びになり…魔力となった。
転移陣が煌めき、転移を開始する。
リーシェライルは一瞬、不思議そうな顔をした。だが、その後に納得した表情を浮かべた。
「余程、思いが強かったんだね…」
サランラキブは自らの思いと、自ら生命力から導きだされる力を糧にその陣より飛んだのだ…サランラキブが崇め奉り求める者の下へ。
「…流石に回路が結ばれていない陣から飛ぶのはお勧め出来ないんだけどなぁ…リスクが高いよ」
少し呆れ顔になりながらも、小さき者の片付けをしなくて済み面倒が減ったことを喜んだ。
そしてリーシェライルを救い出し更に解放までしようとしてくれる勇敢で優しい者…小さな愛しの姫君の下へ戻ることにする。
膨大な魔力の導入・放出操作で負荷のかかったフレイリアルはその後昏倒し、青の間で休んでいる。
「頑張ったあの子の名残の力を、あの子の知り合いとはいえ些末な者のお片付けになんかに使わずに済んで良かった…」
美しく甘い極悪な笑みを浮かべながら満足そうに立ち去った。
サランラキブは猛烈なだるさの中で起き上がることもできず目だけ覚めている状態だった。
そこは見覚えある景色が広がり、懐かしい香りのする久方ぶりの…夢にまで見た場所であった。
『あの御方の近く…』
ハッキリしない思考の中でそれだけが鮮明に思い起こされた。
転移陣が運んだ先はヴェステ王立魔石研究所の転移の間であった。
そこに突然、見知らぬ風体の年かさの男が現れたため騒ぎになり捕縛された。だが、身元が判明した後は丁重に扱われた。
意識保てるようになり、周りをしっかり確認しようとサランラキブが首を少し動かした時に目に入ったのは、何年も焦がれ…焦がれ続け…サランラキブが夢にまで見た御方の尊きお顔だった。
『あぁ…この御方が心配そうにこちらを見て下さるとは…何たる僥倖…』
「申し…訳…ありません…」
喉がくっついてしまったのか、絞り出しても声が出ず嗄れる。
「よい、其方は頑張ったぞ。それに謎を解く鍵と新たな謎を持ち帰った。重畳じゃ! 良くやった!!」
『失敗したのに、あの御方は寛大なお心で許してくださる。しかも賞賛までして下さった…』
動く事も出来ないぐらい辛い状態だったが、頬を涙が伝う。
あの御方の許しを頂けたこと、お褒めを頂けたこと、そしてお顔を拝見出来たこと、声を聞けたこと、サランラキブの気持ちはもう思い残すことが無いと言う状態だった。
ヴェステ王国の第二王女でありヴェステ王立魔石研究所所長であるサンティエルゼは歓喜した。
『手に入ったぞ! 赤の将軍から奪えなかったサンプルと同じような状態のものが!』
サランラキブが転移の間でリーシェライルを攻撃した時から奪われ始めた生命力は、見た目として既に40年近く魔力に変換させられたのでは無いかと思われる風貌となっていた。
だが本人は気づいていなかったが、完全に途切れてない繋がりは引き続き砂時計の砂のように少しずつ流れ生命力を奪っている。
研究所が得た生きた確証であるサランラキブは、生命エネルギーの魔力への変換と言う前代未聞の課題を浮き上がらせる。そしてサランラキブを検体とし、実験・検証へと至らしめる事であろう。
どんな苛烈なものになっても…どんな結果を生むとしても…。