34.次に向かって巻き込みます
11年ほど前、魂が留まる静寂な世界を揺り動かす力を感じ、長い眠りから目覚めた。
大賢者となってから200年を超える日々。ほとんどの時間を大賢者の統合人格レイナルと融合し過ごした。自分自身…単独の状態を取り戻す気は無かった。
自分であっても無くても、人々の手も思いも通りすぎるだけ。狂気の世界から差し出された欲しくもない手は、取る気にもならない。
半覚醒の微睡みの中で感じる世界は、薄色で味気ないものだった。
その中に走る衝撃。
『取り戻すための者…天からの癒し』
その啓司に《興味》を持った。
『 《力の共鳴》か 』
過去にも何回かあった目覚めを促す力。今回の力は新鮮で未知の感覚であり、何かに繋がり愛しむような気持ちが芽生た。
『とてもよく眠れた日の朝の様にスッキリした』
今まで過ごした微睡みの中では決して手に入らない、循環し力増すような暖かな感覚。生まれてから自分自身として7年過ごした世界でも感じ得なかった気持ち。
実の親兄弟にも感じたことのない気持ち。
継承後、自分自身で過ごした数年の間にも感じたことのない気持ちであり、生きている間の全ての時間を掛けても持ったことのない気持ちだった。
《執着》が芽生えた。
その繋がりを感じ手繰り寄せるための手をかければかけるほど、引きつける力が強く働くのを感じる。
『手に入れたい』
《欲》がハッキリと目覚める。
『あれは僕のもの』
リーシェライルとしては初めての、レイナルとしては各々が遥か遠くに置いてきた懐かしい疼き。
微笑み、手を広げ待っていれば手に入る?
自由と見せかけ優しさのみで包むように閉じ込めるか、追い詰め恐怖を見せて逃げ惑い助けを求めるのを待つ?
どの道を行くにしても、逃がさないし、逃げられないようにしなければ。
リーシェライルとしては初めての気持ちであり、レイナルとしては思い出してしまえば手に入れずには居られない気持ち。
『誰にも渡さない…』
虹色に輝く光射し込む青の間で、レイナルから主導権を返却されたリーシェライルが行動を始める。
その行動や思いを包み込むように大賢者統合人格の助言者レイナルが見守る。
『天空の天輝石』
「壊れないようにするための緩衝材も手に入れ大切に採取しなければ…。良質な素材を得るためにも少し楽しくしていこうかな。質を上げるための手立てが必要だね」
リーシェライルとして久々に声を出す。
青の間で控える金目金髪の無表情な大賢者付き賢者が片膝つき頭を垂れる。大賢者リーシェライルの発する言葉に無言で反応し、その時より意図を汲み取り動き始めた。
3層の転移の間には、入り口に管理者が2人ほど立っていた。フレイは顔見知りのようで、特にとがめられることもなく入れた。
ここを使う物は一部の者に限られていて、それにフレイも含まれているようだった。
転移陣に乗るとフレイが魔力を動かし始めた。フレイが戦ってたとき以外で普通に魔力を使うところは初めて見た。
『確か、マントの隠蔽魔力は自分じゃ起動出来ないって言ってた気がしたが…』
「これの操作は出来るんだな…」
何気なく口に出して言うと、嬉しそうにフレイは答えた。
「うん。いっぱい練習したんだよ! 魔力込めすぎた時はリーシェが何処に行くか分からなくなるって言ってあせって部分的に調整してた事もあったなぁ~」
あっけらかんと怖いことをカラカラ笑いながら言うフレイ。
指定方向に既に開かれた回路が有るのに、別空間に向かう回路を開きそうな魔力と言うのは相当な魔力量だと思われた。
『…ソレができるなら、違う世界にだって繋がりかねないんじゃないか?』
フレイの魔力は少しニュールの考えていたモノと異なる方向性があるような感じだった。
とりあえず転移は無事完了し、18層に着くことが出来てニュールはホッとした。
《18層》
ニュールにとって、そこは透明で綺麗な魔力が渦巻く世界だった。
「…ニュールはそう感じるんだね。私は清々しい魔力が突き刺さって浄化していく感じかな」
ニュールが感じたままを話すと、フレイは人によって違って感じられる事を説明してくれた。
適応力が無ければ、かなり苦しい世界になるらしい。
18層から1層ずつ上がる毎に魔力は鮮烈さを増していくが、更に心地よさを増し、ニュールはその快適さに囚われてしまいそうな気分になった。
22層へたどり着くとそこには美しく煌めき舞い踊る魔力が散らばり、其れを身に纏い艶然と佇み迎える大賢者リーシェライルが存在した。
「やぁ、フレイにニュール、よく来てくれたね。予想通り大丈夫だったね!」
「うん、私も大丈夫だと思ったよ。ニュールもリーシェと一緒で温かいからね」
「???」
ニュールは会話に付いていけない。会話が繋がっているのかさえ理解出来ない。
「そうだね、賢者だと22層は厳しい者がほとんどだからね…」
謎が深まると言った顔をしているニュールにフレイが答える。
「人によっては18層より上は魔力回路に異常をきたして、魔力暴走みたいになっちゃったりするんだって」
ケロリと笑い話のようにフレイは話す。
「おいっ! それは説明なしで、いきなり連れてくるって怖いじゃないか」
「えっ、でも大丈夫だったから良いよね。私もいきなりリーシェに連れてこられたんだよ」
「大丈夫だったから良いんだよね」
フレイの言葉に気軽に返すリーシェライル。
『この師弟? むちゃくちゃ緩くって怖すぎる…』
ムチャクチャな子の師匠はヤッパリ無茶苦茶なのだとニュールは深く理解した。
そんな中、一人雑用をこなし動く人影があった。
大賢者付きの賢者のようだ。
「あの方は?」
ニュールはそのままを聞いてみた。
「あぁ、グレイシャム? ここのお人形だから気にしないでくれるかな。今日は君も来るから一応来てもらってるだけだから…」
“お人形”…ヴェステで聞いたことのあるような怖い話を、さりげなく聞いてしまった様な気がしてニュールは流すことにした。
やはりこの塔には近寄ってはいけない闇がある…と本能が警鐘を鳴らすのを感じた。
「あのねリーシェ、今回使節としてサルトゥスへ行ってみようと思うの」
いきなり今日ここに来た本題をフレイが話始めた。
『この前も思ったけど、コイツ直球過ぎる』
ニュールはフレイの言葉で表情を無くした大賢者を見て少し動揺した。
『フレイの奴問題ないって言ってたのに…』
とりあえず半分以上部外者なニュールは、二人のやり取りを見守るしかなかった。
表情に色を失っていたリーシェライルがその白皙の頬に煌めく一筋の涙を流した…。
「「……!!」」
「すまないね…僕のためって分かっては居るのだけど、少し寂しかったんだ…」
儚く消えそうに美しい者が悲しそうに流す一筋の涙… " ドコカヘイク " って前言を撤回して更に100万回謝りたい気分になったニュールだった。
「大丈夫! 直ぐに天空の天輝石そのものを持って戻るから」
根拠無き自信を大いに振りかざしフレイは力強く伝えた。
大賢者様の素直な思いは、ニュールを何かチグハグとした出来上がりそうで出来上がらない絡繰り箱のおもちゃで遊ぶ様な気分にさせた。
リーシェライルはフレイリアルを抱きしめ、咲きこぼれる花の様な笑みで伝える。
「待つしか出来ない僕を解放してくれるその日が来るのを、楽しみにしているよ」
ニュールはその解放される日を何故か少し恐ろしいと思うのだった。
『あぁ、あれから仕事場に直接連絡できてない…ちゃんと自分で挨拶をしに行きたいな…』
昨日もあれやこれやで国王への拝謁叶ってしまったり、大賢者様にお会いしたりと、怒濤の1日だった。
エイスを出てから5日目。何だかこの短期間で恐ろしく時間を重ねてしまった気がした。与えられている部屋や食事は今までに手に入れたことの無いようなモノばかりでエイスで手に入れた部屋が懐かしかった。
そんな事を思い微睡んでいたが、まだ完全にそこから脱出できない様な起き抜け…と言った時間だった。
ふと気配がある気がして、眠い目を擦るとそこに人影があった。
殺気は無かったが一瞬警戒する。
よく見るとそこに立っているのは、うねる黒髪をきっちり束ねた艶やかで匂い立つ豊満な美女が側仕えのお仕着せ姿で控えていた。
「おはようございます守護者様。朝のお世話をさせていただきますので失礼致します」
いきなり美女が近づき不用意なほど密着し上半身を起こしてくれた。更にベッドの上でそのまま顔をぬぐい髭を整えてくれる。
『何これ?』
寝ぼけ眼のまま受ける予想外の過剰接待。
更に、今までに無い年齢層と好みのド真ん中なお姉さん。
その理想的な境遇に夢の延長かと思い、思わずニュールは手を伸ばしてしまう。
…が確かな手応えある感触がそこにあった。
「!!!」
「全身隈無くお世話するよう王妃様に申し使っておりますがご希望されますか?」
そう言って美女は艶やかに怪しく微笑みながら伸ばされていたニュールの手を取り、更に自身の手をニュールへ伸ばし足にそろりと触れる。
全身が一気に目覚めてしまう!!
…がハッキリと目覚めたベッドの先に目を向けると、そこには朝から怒り顔の女騎士フィーデスと、顔を赤らめ視線を逸らすモモハルムアの姿があった。
『いやっ、この場面、不可抗力ですから』
心のなかで何故か言い訳を山ほど並べるニュールであった。
夢の名場面から目覚めたニュールは朝食を3人で共にしていた。
悪いことは一つもしてないのに街中で憲兵にいきなり声を掛けられたときの様な気分だった。
「あらためて、おはようございますニュール様」
モモハルムアが場の空気を変えるため声をかけてくれた。
「おはようございますモモハルムア様。先ほどはお見苦しい姿を見せてしまし申し訳ありませんでした」
ニュールは平常心で返せた…がモモハルムアは未だ上気した頬に名残を残し、フィーデスの怒りの形相は保たれたままだった。
「お怪我の方は大丈夫ですか?」
肩の傷を心配しモモハルムアが尋ねてくれる。ニュールは魔石を内包してから、魔力貫通創ぐらいなら重要な器官に及んでなければ3日程で閉じてしまう魔物並みの体力を持つようになっていた。
「ええ、問題ありません。お二方とも大丈夫ですか?」
「私もフィーデスも体力は戻りました」
モモハルムアは通常の状態に戻り、フィーデスはいつもの不機嫌に戻っていた。
「ふふっ、お互い何日か前にあんな事に巻き込まれたばかりですのに元気でいられるのは何よりですわ」
モモハルムア様がご機嫌に対応するようになってくるほど女騎士の睨みがキツくなる。
「貴方は、フレイリアル様の守護者としてサルトゥスへ向かわれるのですね…」
その微妙な言葉の濁し方とうつむき潤んだ瞳が面映ゆくて、ニュールは思わず窓の外に目を遣る。
賢者の塔・中央塔が目に入る。その姿には3日前に起きた事の痕跡は、ほぼ残されていなかった。
お嬢様の守護者の任に正式に着任した女騎士は、その目に見えるモモハルムア様の様子と言動に煽られ、内に秘める怒りが表出してくる。
此のままでは問答無用で剣を取り出し勝負を挑まれそうな気がした。
更に、お嬢様のさりげなく赤く染まった頬と微妙に反らした視線が目映い程の初々しい慕情をニュールに届ける。
『だめ…こういう感じの犯罪者にはなりたくない!!』
ニュールは心を落ち着かせ、自分に言い聞かせ無難に対応する。
「モモハルムア様もヴェステに向かわれるんですよね」
「えぇ、国外に出て少し学ばせていただきこの国の役に建てるような人となりたいと思います」
それまでの、対応に困る思わず赤面し目線を反らしたくなってしまうような表情から一変し、そこには確固たる意志を持ち挑む者の瞳があった。
頼もしく真剣に前を見つめる表情に出会い、目線を思わず合わせてしまったがニュールは後悔した。
再びそこに宿る思いを察知し逃げ出したくなったのだ。
「ニュールさん。貴方が何者でどのような状態で存在するものであろうとも、私は貴方が私と共に人生を送って下さることを願い待ちます」
聞いてはいけない言葉を受け取ってしまった。
守護者の女騎士の怒りの威圧が炸裂している。
この少女はフレイリアルと同い年より更に一つ下。
なのに、醸し出す雰囲気はニュールよりずっとウワテで、初対面の時同様、逃げるのが大変でなぜか捕まってしまう…。
更に困り果てたような顔をして居るであろうニュールをモモハルムアは気遣ってくる。
「そうですよね。今言っても何も行動できませんもの…。10年、いえっ5年お待ちになって頂ければ確実に一緒に来て頂けるようになりますわ」
獰猛で美しい肉食獣が再び現れ、輝かしい笑みを浮かべ獲物を追い詰めていた。
そしてモモハルムアはフィーデスに目配せすると、持参していた袋から何やら取り出させた。そこには、先日久々に手に取ることになったモノに類似しているが、微妙に違う手甲があった。
「これはニュール様にとって鬼門…なのかもしれません。だけど身近な者としては最善の手札を持っていて欲しいのです。だから、私が似せて作らせました。此方を身に付けて頂けると良いのですが…」
ニュールを気遣い心を寄せるモモハルムアが健気だった。
最良の魔石が装備された懐かしくも忌まわしい形状のそれを、ニュールはありがたく受け取った。
「無事のお帰りお待ち申しております」
目的を達し、美しく礼をして席を立ち颯爽と退出していくモモハルムア。
数年後、ニュールに首輪を付けるために忍び寄るだろう美しき肉食獣。それを退ける自信がその頃まだ残っているかは疑わしい。
状況は変われど、いつもの様に日常は進む。だが、少しずつ進む方向が定められていくのをニュールは感じた。
それが示す先が安寧ではなく波乱であることだけは諦めと言う名の覚悟で受け入れるしかなかった。
「駄目なら逃げる。それさえ諦めなけりゃ何とかなるさ」
『逃げに逃げて今がある』
呟きながら基本の気楽さを取り戻し前を向くニュールだった。
読んで頂きありがとうございました。一応、エリミア辺境王国編は完了です。
少しでもこの世界でワクワク気分味わって頂けてたら嬉しいです。
次は、サルトゥス王国編です。
やっと、ぐるぐる巡っていきます。
一部の人々のその後の行方など、少し短めで入れてから次へ進んでいく予定です。
この先、毎日先へ進むのは難しいかもしれませんが、続きも楽しんで頂けたら幸いです。
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