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31.巻き込まれ起こった結末

転移した18層は相変わらず澄んだ魔石の魔力が心地良かった。


リーシェは魔力循環領界に入ることで少し安定したようだが、境界壁破壊による循環の滞りは体の中を蝕む病魔の如くその身を苛む。


「リーシェ…」


心配そうに覗き込むフレイの頬に手を伸ばすように動くが、力なく途中までしか上がらない。

フレイはその手を両手でしっかりと掴み、自分からその手を頬にあてがい獣の子供の様にすり寄る。

すると触れた手から回路が繋がり、フレイの中へ溢れ高ぶり滞っていたドロドロとした魔力の塊が波打つように流れ込み吸収されていく。

フレイを安心させるために浮かべられていたリーシェの苦悶を秘めた微笑みが、少しだけ解放された微笑みへと変わった。

リーシェは身体の中で渦巻く魔力が少し解放されることで挙がるようになった腕を広げ、フレイを包み込み抱き締めた。


「…フレイリアル、ありがとう…」


心からの情愛が籠っていた。




地上階、中央階段登り口。ニュール達は待ち構えている砂漠王蛇と正面から対峙する。


『何だかいつもコイツが側にいる気がする…』


ニュールは半ば諦めながら自分の腹を擦る。

叔父から引き受けた砂漠王蛇(ミルロワサーペント)の魔石…それが以前からコイツらに繋がり、呼び寄せている気がした。

そしてコイツらを殺れば殺るほど、重なっていく野生の記憶のようなものが自分の内に広がるのを感じた。

その本能として記されている様な記憶は、ニュールに働きかけ相対するモノ全てを殺る事へ強制的に赴かせる。

ギリギリのところで黄緑の光が制止するが、それが無ければとっくに魔物の頂点に立っていたのではないかと自分で思う。

本能の赴くままに任せてみると言う甘美な誘惑は、ニュールの中で見てはいけないもの…鍵をしておくべきものになっていた。


『運命と言うか因縁ってやつか…』


砂漠王蛇がニュールを呼び寄せてるのではなく、ニュールがコイツを呼び寄せていることに少し申し訳なさを感じた。

対峙するコイツの中には、出会ってしまったからには戦うと言う覚悟が見えた。

今、手持ちの魔石は何もない。コイツと本当に対等な勝負をすることになるようだ。

最も此方には仲間が存在するが…。


「ニュール様、防御はお任せ下さい」


「助かる」


「私も用意はできている」


先程、足を撃ち抜かれたと言うのにフィーデスは顔色一つ変えず戦闘に加わる。


『なんと言うと根性…本当に騎士の鏡だな…』


ニュールも舌を巻く騎士っぷりである。素直に感嘆の表情を向けるニュールを、鼻高々に見下してしまう所がちょっと残念な所だった。

砂漠王蛇が転移陣で運び込まれ室内に入り込んでいる…と言う状態であるが、建物自体の倒壊を防ぐためにも大出力の魔力は使えない。そのため小火力で鱗を剥がし剣で致命傷を与える作戦で挑む。


ニュールは体内魔力を使い砂漠王蛇へ攻撃を仕掛ける。


今までコイツと戦う時は手元に魔石がある状態の時ばかりだったので、この戦い方はコイツとは初めてだ。

向こうも死に物狂いで暴れ、魔力の攻撃もしてくる。モモハルムアとフィーデスも的確な攻撃と防御で相手の消耗を促し隙が出るのを待つ。

ニュールは攻撃を当て、攻撃が還ってくる度にコイツの中の真理が見えてくることに気がついた。


『純粋で綺麗な殺意…生き残るための大切なもの…』


見えてしまった。

ただ、それが見えるのと一緒に絶対的なニュールの優位も見えた。

それは自然の中にある強者が持つもの。

そして相手にもそれは伝わり立場が決まり、その時点で勝敗は決した。

抵抗をやめた砂漠王蛇は最初と同様にニュールと対峙し、死に場所を此所に定め自ら降るように攻撃を受け止めた。


有りの儘を受け入れたソイツは次の瞬間、激しく黄色く輝き消滅した。


消えるとき、光の中の何かがニュールに入り込み力の一部として組み込まれた…。


あっけない幕切れに3人は顔を見合わせた。

ただ、これがまだ終わりでは無いことは分かっていたが、今出来る自分達の使命は一段落ついた事に安堵した。



「後は、あいつら次第か」



18層転移の間へ移動した二人は、とりあえず追っ手が入り込みそうな場所から、選ばれた者しか到達できない、元々の最終目的地である青の間を目指すことにした。


大分回復したとは言え、体内の回路(パス)にかかる負荷で損傷したリーシェライルの内側が、直ぐに元に戻るわけではない。致命傷に至らなかったと言うだけで失った命の息吹は甚大であった。


「何で転移陣を22層に作らなかったんだろう」


リーシェを支えながらの移動に難儀していたフレイが呟く。


「入る者を選別するためと…侵入者の保護のため…かな。青の間はいきなりだと危険だから…」


途中、息を切らしながら歩きリーシェは答えた。

少し体力は回復したが、未だ苦しそうな汗が出て来るので、ゆっくりと一歩一歩踏みしめながら階段を昇るのだった。


「私はいきなりリーシェに22層まで連れてかれたよね?!」


フレイは連れてこられた時、全く危機感を持たなかったので驚いた。

リーシェはフレイのその疑問に、肩を借りている状態からそのまま横を向き微笑みながら答える。


「だってフレイは特別だって僕には解ってたんだ…」


弱っているのに輝かしいほどの笑顔の破壊力は健在だ。フレイリアルは思わず何だか恥ずかしくて下を向いてしまった。




かなりの時間を掛けて22層・青の間まで二人は到達した。


そこの空気は相変わらず鮮烈にして爽やか。

流れ込むのを受け入れれば揺蕩う波の一つとなり消え去るまで留まることが出来る…そんな場所だった。


ただ、現在の青の間は地上階にあった蠢く魔力の高まりの影響を受け、この部屋事態が苦しそうにうねる魔力の中心地となり、破滅を迎える一歩手前であった。


「ごめん、フレイ。少しくっついて居て良いかな…」


リーシェが苦しそうに胸の下辺りを抑え、足下にうずくまる。


「リーシェ!」


いつもの空間に少し安心していたフレイを現実に引き戻した。

リーシェが苦しさにうずくまり無防備に晒す背中を、両手を広げて包み込む様に抱きしめた。


『ほんの数時間前にはそこで普通に気楽にやり取りしてたのに…』


その一瞬の運命の変転に、やり場の無い憤りを感じた。

今まで何もないと思っていた中にも、大切に思っているものが有ったと言うことに気付いた。

そしてこの状態から脱出するためにも行動しなければならないと決断した。


「リーシェ、どうすればこの状態を戻せるのか一緒に考えて!」


フレイは自分も行動し考えることを選んだ。




「フレイはこの先が続くことを望むんだね…」


リーシェライルは確認するように問う。


「続かなくて良いって、いつも思っていたよ。でも実際無くなっちゃうのと、思うのとじゃ違うから…今はもう少しだけ続いて欲しいと思う…」


「そうだね、まだもう少し楽しいことが有るかもしれないからね…君の守護者候補さんとも話してみたいな」


「うん。リーシェとおんなじでニュールも温かいよ」


「楽しみだな…」


そしてリーシェライルは改めてフレイリアルに伝える。


「フレイ…この先を続けるためには遣らなきゃいけないことが有るんだ…」


リーシェは真剣に語り始めた。


この国の機構は全てこの塔と大賢者の身体で基本管理されている。


現在、境界壁が内部から何ヵ所か破壊されていること。

そのため、境界壁に使ってある魔石に築かれた魔法陣の回路が連携しなくなり、その事で魔力が滞っていること。

制御弁として働いていた大賢者が塔中心部からいきなり連れ出され、その連携が途切れがちになったことで本来循環し巡るものが途絶え歪な魔力配分になっていること。

様々な事が絡み合っていると教えてくれた。


「多分、街中も水の機構が暴走したり途切れたりで国中大変なことになってると思う…」


リーシェは憂いに満ちた表情で外を見やった。


「各都市の防御壁も機能してないだろうし、機構の魔力が溢れているところは魔石も使えないかもしれない…」


「壁が機能してないなら魔物も入ってくるの?」


「入ってくるし、そう言う所は特に内包者(インクルージョン)でも無い限り、魔石での攻撃はできないかもしれない」


「……どうしたら元に戻せるのかな…」


「機能異常を起こしている魔法陣を、回路も含めて再構築するしかない…。再構築するためには一度塔の魔力を限界まで減らし、今までの機構を停止し、更に国全体に及ぶような魔法陣を築き正常化し、魔力分配を整える必要があるんだ」


なぜ魔法陣が必要なのかも説明してくれた。


「確かに、魔力や魔石だけで個人同士の様に回路を繋げることも出来るんだ。だけど、陣を築く事でより広範囲に効率的に影響を及ぼすことが出来る様になる。ただ、一気に魔力を消費するため魔力を溜めてから放出する必要があって、ここにある天輝石でもある程度備蓄はできるんだけど、国全体に一気にその陣を行使すると全然足りない。…だからフレイ、君の力が必要なんだ…」


リーシェライルはフレイリアルに後ろから抱えられている状態を振りほどき、振り向き顔を見て問う。


「凄い負担がかかるかもしれないし、失敗するかもしれない…何が起きるか全くわからない…それでもやる?」


「道が有るなら進んでみたい…たとえ先がどうなっていても。…でも、リーシェは大丈夫なの?」


今現在、弱り儚げな状態であるのにリーシェに問題は無いのかフレイは心配になった。


「僕は君が側に居てくれれば大丈夫だよ…」


リーシェはフレイの瞳を捉えて素直な思いを語った。

魔力のみで上空に陣を描くことは、魔力の問題が無くとも技術と集中力と知識、全てを必要とする大技である。だが、横にフレイリアルが居ることでリーシェライルにはそれが色々な意味で容易になるのがわかっていた。


フレイリアルは大賢者リーシェライルの言葉に従い魔力操作を始める。


魔力を取り込む訓練の時のように二人で並び立ち、自分を解放し青の間…天空の間の魔石や天輝石に繋げる。


そして地上や地下で行き場をなくし蠢き暴れる魔力を、少しずつ自分の中へ導いて行く。


導かれた力は少しずつ勢いを増す。

行き場の無かった膨大な魔力が方向性を得て集まり、フレイの体の中にどんどん納まって行く。その力は国中の魔力を全て引きずり出し連れてくるように止めどなく流れ込んできた。

フレイ自身が魔輝石となったように、大出力の魔力を自身の体内に溜め込み輝きを帯びていく。

その力は体の中を、弾け、飛び回り、巡ることで増幅して行くようだ。


押し止めるのが難しくなるほど膨れ上がりフレイの小さな体にとっては限界であった。苦しそうに自身の手で身体を押さえつけ魔力を留める努力をするが、全身が悲鳴をあげる…そして青の間の天輝石も明滅する。


「リーシェもう無理…」


苦悶の表情を浮かべ助けを求めるフレイをリーシェは労い、優しく両手で頬を包んだ。


「頑張ったね」


頬に当てた両手は少し冷たく、フレイが魔力を押し留め踏ん張り赤らめた顔には心地よかった。

そして、フレイの手を掴み繋がる回路を深める。


そして青の間にある樹木型の天輝石に、掴んだフレイの手を添えさせる。そして、それを覆うようにフレイの手の上にリーシェの手を重ねる。


フレイの中に集められていた大量の魔力は重ねられた手から、今度はリーシェの中に流れる。それを塔の天輝石を通し王城の上空へ導き、巨大な魔法陣を形成展開させて行く。


苦し気な表情を浮かべながらもリーシェは大賢者の記憶に記された知識を引き出し操作し、確実に上空に必要な陣を描いて行く。

創世のお伽噺に出てくる、祭りの舞台で見た光輝く虹色の幻想奇術のような光景。

暮れた夜空に大規模で美しい光が陣を描き煌めき広がって行く。

その何重にも色々な効果を重ねられ複雑に広がる魔法陣は、賢者の塔を中心に城を覆い、更に王都スフィアの空全体を覆い、どんどん展開していく。

一つ陣が完成する度に、一段と輝きを増していく。

自動的に端に描かれた陣が、その陣を何度も繰り返し描き広げているかの様に、国全体へと光を拡散して行く。


広がった魔法陣は途切れた境界壁や王城の魔石や陣の回路に降り注ぎ再構築していく。地下を巡る水の循環網の魔力回路にも、降り注ぎ、染み込み、修復していく。そして、それらの魔力が安定すると地上の環境も連動し、いつもの穏やかなモノとなっていった。

リーシェライルはフレイリアルには黙っていたが、正当な手段で国内に入ってない魔物…そして同様の人間もその陣の魔力で排除した。

フレイの中に溜め込んだ魔力は全て使いきった。

その光が消えた瞬間、青の間の魔力も一瞬切れ、リーシェライルが足元から崩れ落ちる。


「リーシェ!!!」


フレイは自分の足元に崩れ落ちたリーシェを泣きながら抱きしめた。


繋がった回路から、リーシェの中にフレイの新緑色の魔力が心地よく流れ込み満たしていく…。


青の間の魔力も、既に地中から供給されたのか復活していつものように青く輝いている。


「リーシェ大丈夫?」


先程、崩れ落ちたリーシェの体を膝にのせ心配そうに覗き込むフレイ。


「ありがとう…もう大丈夫だよ」


「…大丈夫じゃない!」


青の間に入ってから必死に我慢していた涙が、フレイの頬を止めどなく伝い落ちてくる。

リーシェライルはフレイリアルの流れ落ちてくる涙を指で押し止めるため、頬に手をのばし小さく呟く。


「…天空の天輝石、手に入れたいな」


フレイはその言葉にキッと顔を上げ、力強く宣言する。


「私が必ずリーシェのために見つけてくるから待っててね」


リーシェは少し苦笑いを浮かべたあと、フレイの膝の上で見上げるような体制のまま蕩けるような、華麗に花咲く微笑みを浮かべ答える。


「期待しているよ…」


その言葉と同様、真っ直ぐで甘い思いのこもった瞳を向けられ、先ほどより恥ずかしさが増すフレイリアルであった。





王宮で王が御座す広間に報告が届く。


境界壁と王城壁、及びエリミア国内の機構が再構築され復旧したと…。


「そうか、状況は収まったか」


王は言葉少なに、その報告を受け取った。

隣に控える王妃が冷静な鋭い目で遠くを見つめる。

そこには噂のような捕らわれていた痕跡は無かった。冷たい微笑みで状況を分析し、冷静に次の判断を下す。


「直接がダメなら、絡め手で参りましょうか…」


フレイリアルの瞳の色に国を象徴する様な砂色を混ぜた王妃の瞳が、強い眼差しを持ち切り捨てるように語る。


「この国が、いかな状況になろうとも要らないものは要らないのです」

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