3.やっぱり巻き込まれ
「王都砦門近隣で、強力な魔力扱う不届きな所業行うは何者!」
王都砦門…通行許可受けるべき荷の検査場より100メル程手前、門兵に威嚇され…誰何受ける此の状況。
『結局、駄目じゃないか!!』
ニュールは、声に出し叫びたかった。
だが…大事にならぬよう、なるべく穏便に遣り過ごすべく…言っても仕方ない言葉は飲み込む。
そして白旗上げるかの様に両手上げ、無抵抗である事を示す服従の姿勢を取る。
フレイの無責任な "大丈夫" と言う言葉に反し、荷車に残された魔石は…案の定と言う感じで大問題だった。
ニュールが懸念した通りである。
『何で俺はこんな所で停められ…こんな事になってんだ…』
現状確認する思考が、虚しく頭の中を巡る。
ニュールが御す砂蜥蜴の荷車は、武器を向けられ…厳重に包囲されていた。
最初は…警戒網に触れたモノを確認すべく、気楽な感じで近付いてきた門兵。
だが其の者達が確認対象に近付き、集団で不調訴え始め…状況が一変する。
物々しさが増し、警戒以上…敵意と呼べそうな思いが確認対象であったニュールに向けられた。
『そりゃそうだ、俺だって此の魔力のせいで最初警戒したんだ。激しい不快感で、ヤバイもんに出会っちまったと思ったよ…だけど違うぞ!』
包囲網が築かれる中…思わず現実逃避したい気分に陥るニュールは、心の中でボヤき続けていた。
『元凶はオレじゃ無い。オレに害意は一切無い! 魔石のせい…コレを置いてった餓鬼のせいだ!』
遠巻きに警戒され…声届くはずも無く、口にしても意味の無い状況。
言い訳したい気分を多少なりとも納めるべく、ニュールの思考が無言の叫び声を上げるのだった。
此の騒動の中心に居る魔石、荷車の上で1つ時半ほど共にした道連れ。
ニュールはすっかり馴染んで気にならなくなっていたが、荒れ地でフレイに気付いたのは…明らかに此の魔石から溢れ出る夥しい魔力のせいだった。
だから当たり前の事だが、 "大丈夫" …な訳がなかったのだ。
「お前は何者だ? 何故あの様な物を持ってたんだ!」
「…だからっ、俺は荷運び中の配送屋で…途中で助けた子供が拾った魔石を預かっているだけだ…って何度も言ってるだろ?!」
同じ問い質しに、同じ答え。
結局…王都砦門に付随する小部屋へ強制的に連行されたニュール、如何にも定番…と言った問答が繰り返される。
「其の話しが、荒唐無稽な内容である事…お前も理解できるな? 此れだけの魔力含む魔石を、何の許可も取らず持ち込もうとした事自体が疑わしいんだ。しかも此の祭りの時期、何らかの悪意があると思われても仕方ないだろ?」
「でも、それ以外の説明は出来ないし、そもそも何か思って入り込もうとするなら隠しとくだろ! 」
ニュールは門兵に拘束されたまま重ねられる質問に…苛立ちを覚えつつ、なるべく冷静さ保つよう努力した。
確かに…此の虹色に輝く青い魔石は、魔力を導き出し使用すれば相当なもの…危険と言える程の力を保有する。
導かずとも魔力溢れ出る程の魔石だが、ニュールにはゾワリとした感覚程度だし…仕舞には其れさえも慣れてしまった。
だがニュールの此の感覚は、一般的では無かった。
巨大魔物魔石の魔力は…体内に魔石宿さぬ者には漏れ出た些細な魔力でさえ酷な程、内包者であっても回路脆弱な者には…相当厳しく感じるであろう強さ。
荷車を取り囲んだ兵達に、青ざめ…吐き気催し倒れる者が続出したのは当然だ。
「アレは危険だし、持ち歩く様なものでは無いのだよ…」
魔石の危険性理解せぬニュールに、審問官が深刻な顔で告げる。
そして、完全に意識失うものさえあったのだ…と教えた。
だからこそ…魔石は防御結界陣が刻まれた箱に納め早々に移送され、ニュール自身も陣が施された小部屋に押し込まれ…今に至っているのだ。
「普通に王都に入ろうとした…と言うが、近付いただけで倒れそうになる程の魔力持つ魔石を持ち込む理由は? 目的は何だ!」
「何度も言うが其れは途中で預かった物! オレは荷運び仕事で来ただけ」
「其の魔石を持ち込んで何をするつもりだった」
「何をする…って聞かれても、オレのもんじゃないって…」
堂々巡りの問答が続く。
ニュールに出来るか出来ないかは別として、一般の人間に此の巨大で強大な魔力持つ魔石から…魔力導き使用する事は不可能である。
ニュールの現在の身分は、商会勤めの一般人…只のオッサン。
しかも…拘束連行に一切抵抗せず、素直に従い…協力的とも言えるニュール。
魔石の持ち込みが…故意に仕組んだ事では無いと証明出来そうではあるが、モノがモノだけに…いつ解放されるかは微妙な所。
門兵は飽々するぐらい何度も問い…ニュールから返る答えが変わらぬことを確認すると、取り敢えず身元保証されるまで拘留する旨を告げ…ニュールを移動させた。
一応、人道的な取り調べであった事には感謝する。
だが新たに用意された…御丁寧な格子入りの、先程の部屋より更に簡素な小部屋を見て…ニュールは思わず声に出し呟いてしまう。
「…ったく、勘弁してくれよ…」
完全な犯罪者扱いだった。
ニュールの気持ちの下がりっぷり…げんなりした気分は、早くも最高潮に達する。
何とか執拗な尋問からは解放され、安堵するニュール。
移動途中得た情報も、少しだけ有益だった。
臨時雇い…とはいえ、一応大手商会の支部で働くモノ。
商会のものであると検問で確認された荷物と砂蜥蜴は、商会の荷下ろし場へ無事運ばれたと伝え聞き…少しだけ心の荷下ろしも叶う。
同時に…現状に1人取り残され、感慨深まり…思う。
『なんて久しぶり感あふれる場所だ…』
格子のある極小部屋に膝立て寝転がると、否応なく懐かしさが込み上げる。
思い出したくもない、嫌な記憶。
『こういう殺伐としたのが嫌だから、決断したんだけどなぁ…』
捕らわれるのも…捕らえるのも、揉め事…荒事…一切関わりたくなかった。
もっとも、現状がさして悲観的で無い事もニュールは知る。
『今日はどっかに宿をとらないと駄目か。でも、明日が祭本番だったよな。宿が無かったら、商会の仮眠室でも貸してもらうしか無いか…』
普通なら先の見えぬ現状に、不安持って然るべき。
其れなのに、暢気に先を考える余裕持つニュール。
『まぁ…そもそも此処から出られるのかさえ分からんが、出られなきゃ…宿泊場所は確保出来るぞ』
妙に前向きで楽観的な思考。
味わった事の無い状況なら…少しは慌てたかもしれない、だが…場数踏んだ慣れた場面には気楽に対応できる。
『其れよりこんな事になって、折角の仕事クビになっちまったら…』
むしろ、今後の展開予想出来ぬ雇用関係の方を心配するニュール。
とりとめもなく場違いな未来に思い馳せつつ、慣れた冷たい石造りの床に転がり…思わず微睡んでしまった。
「ごめんなさい!」
どこからともなく聞こえる声に促され目覚めるが、硬い床での寝起きは…節々の痛みを感じさせる。
『往復王都に追加での王都。此の道のりは…此の歳になると堪えるんだよ、もういい歳なんだから…って俺まだ20代だし!』
周りから認識されている見た目年齢が…真実である様な気がして、実際は其の半分程である事を忘れそうになる。
だからこそ、自分で自分に突っ込みを入れる事になるのだ。
そんな寝起きの混乱…など御構い無しに、神妙な雰囲気での謝罪の言葉が…何度もニュールの耳へと届く。
「本当にごめんなさい!」
格子の入った窓から射す光が橙色に輝き、極小部屋の外にいる子供…を照らす。
其処に居るのは、此の状況作り出した糞餓鬼。
魔石を置いていった張本人、フレイと名乗った子供だった。
夕日の光に照らされ輝く新緑の瞳が、今にも泣きそうに曇り…此方を見つめる。
ニュールは溜め息つきながらも表情和らげ、フードの下…此方の出方恐々と窺う瞳を見つめ返す。
「…今度は自分の行動が引き起こす影響を、良く考えてから行動しような」
徐に口を開いたニュールの発する言葉は、責め立てるものでなく…反省促す叱責。
ニュールの怒り含まぬ…静かな物言いに、フレイは素直に頷く。
散々な目に合わされたにしては…随分とお人好しな対応であるが、既に激しい後悔の跡が見えるフレイには…其れで十分だとニュールは判断した。
ほんの少し時の刻み共にしただけの…仲間とも言えぬ様な薄い間柄、其れなのに…何故か手を差し伸べてやりたい気分になったのだ。
其の時…気配を抑え背後に控えていた者が、割って入る様に前に出て…声掛ける。
「此の度は御迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした。此方より直接…商会へ連絡させて頂き、問題ないよう取り計らいましたので御安心下さい。御予定とは異なる状況となり、色々とお困りになるかと思いましたので…宿の手配をさせて頂きました。細やかなお詫びとはなりますが、そちらをご利用ください」
一切感情籠らぬ口調で、淡々と告げる。
「明日は祭当日となり、王都砦門から外への砂蜥蜴による荷車での出入りは禁止となります。重ね重ね申し訳ありませんが、本日及び明日は用意した宿を御利用頂き…祭りを楽しみつつ御過ごし下さい。何らかの不都合やお困り事等…御要望が生じる様でしたら、城門…若しくは砦門…に伝えて頂ければ対処致します。今後の対応も、砦門長が行わせて頂きます」
息継ぎしてるかさえ疑わしい程…一気に言葉並べ立てる様な、謝罪と説明。
一通りの対応が終わると、其の者はフレイの後ろに戻り…再び背景の如く従う。
其の冷ややかで無機質な表情で用件伝える様は…一方的且つ慇懃無礼であり、口にする内容とは裏腹に誠意を感じない。
フレイに近侍する立場の者であるかの様に振る舞うが、何処までも事務的であり…仕えるモノを尊重する雰囲気は欠片も見られなかった。
「本当に…ごめんなさい。ありがとう…」
少し諦めたような…悲しそうな表情浮かべ、色々な意味で謝罪を口にするフレイ。
去り際…フレイは振り返ると1人鉄格子に駆け寄り、ニュールに握手求める。
ガシリッと手を握り締め…力込めた視線でニュールの瞳捕らえ、フレイは再度感謝の気持ちを伝えた。
「ありがとう…」
思い伝え…控えの者が先行する出口扉まで小走りで向かい、共に立ち去る。
其の後は、先程伝えられた通りだった。
砦門長が丁寧に非礼への謝罪を述べ、更に謝罪金まで渡してくる。
其の上で…手続きのため…と言う、いくつかの書類に署名させられた後…宿までの道も砦門の兵士が付き添い案内してくれた。
すっかり暗くなっていたが、明日の祭の準備で未だに人通りは多い。
ニュールが案内されたのは、中央広場から直ぐの…国最高の一等地に建つ高級宿。
其の…余りの気前の良さに驚愕する。
『この宿って…俺の稼ぎの二十日分ぐらいが一泊って噂の? 食事は…外に行かないと…だよな…』
砦門の兵士が宿泊の手続きまで行ってくれ、其の後ニュールの世話が宿の案内係に引き継がれた。
「本日は当宿をお選び頂き、誠に有り難うございます。当方…お食事なども御一緒に用意させて頂いておりますので、ごゆっくり御寛ぎ下さい」
恭しく挨拶された上、まるで間違って口にしてしまった思考に答えるかのような…相手の思いに沿った対応に度胆を抜かれる。
そもそも現在の身分に分不相応な宿、文句つける部分も…其の度胸も無く言われるがまま…付いていくしか無かった。
案内された部屋は…最上階広場側、祭りの行進も花火も広場に設置された舞台上も全て見放題。しかも王城の夜景が綺麗に見えると言う最高級仕様。
「此方の部屋を御利用下さい。お洋服なども用意しておりますので、お好みの物が有りましたら全てご自由にお持ち下さい。勿論、外出も自由でございます。その場合もお戻りになられたら再度こちらからご案内させて頂きますのでお声掛け下さい。その他、御用があれば即伺いますので魔鈴でお申し付けください」
「ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくり御寛ぎ下さい」
『これって二十日分の稼ぎじゃなくて1年分じゃないか??』
思わずニュールは、心の中…この恭しい客対応の対価を計算してしまう。
思い返してみれば先程会ったフレイは、門で別れた時と同様にフード付のマントを纏っていたが、前のボロ布とは大違いの…光沢ある上質な生地のものに変わっていた。
縁には、金糸・銀糸をふんだんに使った手間のかかりそうな刺繍が施されていたような気もする。
ただ、豪華になったその姿はどこか窮屈そうで荷車の上で楽しそうに魔石を語る姿とは別のものになっていた。
案内の者が下がった後…フワフワの椅子に沈み放題沈み、寛いだ姿勢のまま魔石を使わず周囲の気配を確認する。体内魔石の魔力導いた探索の方が、微細な操作が可能なため…察知されづらいのだ。
そしてマント下…服の継ぎ目から、先程フレイが握手で手渡してきた小さな紙切れを広げる。
『「後でまたお礼しに行きます」ってもう十分だし厄介事は御免被りたいのだがな…』
全く面識の無かった…大地の精霊のような見た目のつむじ風のように突飛な子供に振り回されてる此の状況、何だかんだ楽しんでいる自分自身がちょっと愉快になるニュールなのだった。
昔も今も厄介ごとに巻き込まれ囚われる…既に御人好しオッサン青年の体質かもしれません。
ちょっとだけ、その昔がわかってきます。