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28.近づき巻き込まれ

フレイの攻撃魔力は逆転の嵐となった。


行く手を阻んでいたサランラキブは、吹き飛ばされて何だかんだと行動不能となっていた。その隙にフレイはリーシェライルの居る賢者の塔・中央塔へ向かい走る。


東塔から中央塔への連絡通路までやっと辿り着くが、中央塔の入り口付近は城の兵士たちにしっかり警備されていた。


『それでも行く…』


フレイリアルに細かい魔石の操作は出来ない。

体内から魔力は導き出せても0か100かだ。それで入り口を突破し、中まで入り込むのは大変難しいというのは分かっている。

だが、そこを通り抜けなければリーシェライルの元へ辿り着くことは出来ない。


リーシェが以前話していた機構の一部である魔力循環領界。

それは、各塔の最上階の中央に有る魔輝石を連携させて作った結界内のことである。地下からの上昇する魔力の流れを制御するため、希少な魔輝石による結界が敷かれている…そう言う風に教わった。

結界で厳重に管理されている領界外の魔力循環は乏しく、その領界を越えてリーシェは生命を維持することは出来ない…と。


『自分の力が足りないとしても、それでも行かないと後悔する。絶対にリーシェの側へ行く!』


覚悟は決まった。


その時背後から手が伸びてくる気配。フレイリアルは知らないうちに敵の手が近づていたかと思い、身体を強ばらせゆっくり振り返る。


「そーんなポヤポヤした状態で、余裕なしの思い込み頭のまま真剣になっちまったら出て直ぐコケるぞ!」


ポスリと頭に置かれた手とその声。


「…来てくれたんだ…」


フレイの瞳が涙で潤む。覚悟は決めたつもりだった…だが、救いたい者に手が届かない自分の無力さに心が窮していた。振り返り確認出来たその顔に泣きたいぐらい嬉しさと心強さを感じた。


「ありがとう、ニュール…皆様も…」


ニュールの後ろにはモモハルムアとフィーデスも健在だった。


「フレイリアル様、大賢者様はあの塔に?」


「リーシェは居ます」


塔で一緒に過ごす日々が育んだフレイリアルとリーシェライルの絆。

それは守護者の儀式を行った者同士のように二人の間に繋がりを開いていた。フレイはリーシェがそこに居ると確信する理由と、予想するリーシェの行動を3人に説明した。


「…あの中に居る大賢者様は状況を安定させるために、必ず転移の間から青の間へ向かうって言うんだな…動けるならば…」


確認するニュールにフレイは無言で頷く。


「ではまず、あの建物に入って大賢者様が何処でどんな状況かを確認しないとな!」


気軽に先を語るニュールが頼もしかった。


『ヴェステの手の者がまだ他にも居るよな…』


ニュールはこの兵の中に紛れ込むであろう者達が気になる。


エリミアの兵は今布陣されている状態から、ごく稀に居る個人の能力として秀でた者が時々驚異となる程度であり、集団での恐怖は無いと思われた。だが影が兵の中に入り込んでいたとしたら…その人数によって状況は変わる。


影は個人の戦闘能力も優れているが、他者を利用し動かすことに優れている者が多い。ニュールの様に多大な一点に特化して特殊数を振られる者も居るが、大概は総合力に追加して個人で秀でた一点を持ち上へ昇ってくる。


特に《6》~《15》は《一》~《五》の候補であり、日常から殺りつ殺られつぐらいの感覚で果敢に攻めてくる。それ以下の者も、常に淘汰から逃れるため研鑽し殺るつもりで上を目指してくる。


但し任務下では下は上に従う一糸乱れぬ駒へと変貌する…全てを灰塵と期す様な熱風吹きすさぶ嵐の中であろうとも従う亡者の軍団のように。


『特殊数の《四》相手は、運で勝てた状態だった。もう一人《14》が存在していると《四》が言ってた。アイツらが仕えている奴は影では無いようだが、ある程度の訓練は受けているようだ…影が加わる毎に厳しくなってくるな…』


ニュールはフレイに気軽に状況確認をすると答えていたが、戦況が甘いものでは無いことは実感していた。

但し経験上ニュールの場合、把握できないことをそれ以上悩んでもドツボに嵌まるのは解っていたので気持ちを大きくする。


「さぁ、お嬢様方。そろそろ出発してみますか!」


ニュールが見回した者達に見られる表情は、影の者が任務時に見せるのと同じ、使命を帯び行動することに躊躇無き者達の顔があった。



賢者の塔の作りは、建てられている階層の違い以外は、各塔とも似たような作りをしている。

普通の王城建築物と特に大きく異なる作りをしている訳では無いが、賢者の塔では通常の1階を地上階(グラウンドフロア)と呼び2階を1層と呼ぶ。そのため、表示される層は実際の他の建物に1階分を足した高さとなる。


東西南北の塔は14層を最上層としている。各塔10層以上は魔石を大量に使用し建てられているため、体内魔石を保有しない者は魔力による影響に耐えられないため、10層以上に進入することは難しい。


中央塔は22層を最上層とし、最上層は全面魔石で出来た部屋を有しその色合いから "青の間" と呼ばれることが多い。


中央塔には地下から昇る魔力の流れが出来上がっているため18層より上を目指すものは塔自身に選ばれる。


そこからは一定以上の魔力を吸収出来る者しか先へ進めなくなる。


22層では大賢者並の能力が無いと溢れる魔力で体内魔石が消滅するとも言われている。



現在、リーシェライルの中を通過すべき魔力の流れは滞っていた。


境界外の驚異から守るための境界壁や王城周りの王城壁が部分的に破壊されることで循環が止まり、膨大な量がこの賢者の塔周辺とリーシェライルの中で渦巻き、溢れだし、決壊する手前になっていた。


その魔力を制御せずに吐き出したら多分、国内は勿論、比較的近場の三国ぐらいの領土にまで影響を及ぼすことになるであろう。


『それもまた一興よ…』


リーシェライルは身体のなかで起こっている溢れ出て押し寄せる波のような魔力をギリギリで押さえ込んでいた。

その不安定さとそれに耐える苦痛から、一瞬リーシェライルは自我を手放し大賢者統合人格である助言者(コンシリアトゥール)レイナルへ移行してしまいそうになる。

移行してしまえば、王城にアハトに起きた悲劇が再現される。

アハトの粛清は助言者レイナルの行いだった。

連面と繋がる大賢者達の意思は一定の方向に傾きつつあった。


『僕は失わないために、僕自身を諦めず最期まであがくと決めたのだ…』


リーシェライルは間断なく押し寄せる責苦に苛まれ、美しい顔に苦悶の表情を浮かべ歪ませる。だが、その苦痛を糧として自分自身であることを維持していた。


今は謁見の間から運び出されつつある。


気絶しているだけであろう塔長の賢者達は兵に抱えられいる。体内に甚だしい損傷を受けていると思われるリーシェライルは、深紅の花を咲かせたローブのまま椅子に座らされ椅子ごと運ばれている。

意識は保てているが領域外に運び出されて肉体と機構が破壊されるか、大賢者の統合人格へ移行し一帯を滅するか…の二択から抜け出せていない。


階段を下り青の間より距離が出来る毎に、自分が未だ生物であると言う証が吐き出され深紅の花が増えて行く。

遠くなる意識のなかでこの頸木からやっと解放される日が来るのでは無いかと思った。


そんな中で浮かぶ笑顔。


「私が、リーシェのために絶対見つけてきてあげる」


そう力強く宣言する少女の顔。

永久に続くと思われる日々の中で失った、人としての暖かい思いが生まれた瞬間。

絶対など存在しないのだと嫌になるほどに十分心得ている。

幾星霜を経たか分からぬその身に、希望を灯す深い感情。

涙と共に浮かび上がる思い。


「フレイ…近くにいて…」


一人で足掻き続ける決意をしたリーシェライルから寄り添い願う心が生まれた。



フレイリアルはニュール達と少しずつ移動し、比較的警備の薄いと思われる2層への連絡通路へ移動した。


一応正式に王が王宮へ大賢者様を招くと言う形にはなるが、王は既に3層より直接王宮へ退出した。王に続く形とはなるが、王との立場の違いを示すため地上階まで下ろし正面入り口から外へ連れ出すことになったようだ。


「4階…えっと、3層に謁見の間があって18層への転移陣もあるんだっけ?」


「そう3層に転移陣がある。リーシェが一人で辿り着けない状況なら、私が青の間に連れてってあげなきゃいけないと思う」


ニュールが確認した内容に答えるフレイが、リーシェのために導き出した答えを語った。


「何をするにしても時間が少なそうですわ…あの人波の感じだと2階…1層まで行ってしまってそうです」


モモハルムアは現在の状況を確認するため、中央塔の中を魔力で探れる場所を見つけ確認してくれていた。


探査魔力でフィーデスが探ってくれた状況は、王は人質となっているであろう王妃様の元へ既に向かった、そして大賢者様は地上階を経由し招かれた王の下へ向かう…と言うモノだった。


ただ、王妃が人質と言う、どこからとも無く湧き出た話の真意は未だ確証は取れていない。


人少ない2層へ繋がる連絡通路を、ニュールが作り展開した隠蔽魔力を皆で纏い移動していく。80メル程の渡り廊下を半分以上進んだ時、フレイは聞き覚えのある声を聞く。


「うわぁっ! ヤッパ凄い魔力操作技術ですね~。《四》から聞いてたけど、お連れ様が居なければ全く判りませんでしたよ」


隠蔽を解いた《14》が手放しでの称賛をニュールに送りながら、スルリと通路中央に現れ立ちふさがる。

一応フレイの事は見知っているはずだが《14》は今回は絡まない事にしたらしい。


『あのお嬢さんには個人的に近づきたくないから知らんぷりしましょう…』


そして興味津々と言った風でニュールに向かい、やけに礼儀正しく挨拶する。


「初めまして元《三》のニュールさん。まだ影に入りたての《14》です。若輩者ですがよろしくお願いします」


そして笑顔のまま殺気無く攻撃を仕掛けてくる。

ニュールは既に役立たなくなった隠蔽を解き、防御と攻撃に魔力を振り直す。

ありがたいことに、モモハルムアやフィーデスがフレイリアルを瞬時に結界に入れ守ってくれる。

最も、この《14》の標的は只一人、ニュールのみの様だった。


『さりげなさは熟練並…と言うか殺すつもり無く自然と殺せる一番ヤバイ人間に分類される奴だ』


ニュールは一瞬でそれを理解した。《四》よりも感情の起伏少なく動きが理路整然とした思考を示していて、既に特殊数を背負える域なのでは…と思われた。一瞬戦うことを主目的にしてしまいそうになるニュールだが、第一の目的は大賢者様の元へと辿り着くこと。


少しずつポイントをはずし予想移動進路を切り開いていく。


ただ、何か甘い気がした…。


『次の策の為の時間稼ぎ!』


思い至ったニュールは次の瞬間、力強く魔力を込め一気に進路を切り開くため攻撃をしかける。しかし《14》は余り気にしてない感じで勝手にしゃべる。


「ちょっと予定時間より稼げなかったけど、サランラキブ様もきっと大丈夫そうですね~」


良い笑顔でニュールに微笑む。全く悪びれない。


「…っんじゃ、頑張って下さい。また、落ち着いた頃来ます」


ほぼ一人で喋り一人で消えた。

そのホンノ一瞬の時間稼ぎが呼び込む不吉。

たとえ気づいたとしてもニュール達は進むしかなかった。

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