おまけ10 切っ掛けは些細なこと 11
ヴェステ国王と大賢者キミアリエ、公然とではあるが…一応お忍び状態での遭遇。
いきなり謁見の間とは程遠い小机で向かい合い、まるで仲良きモノであるかの如く茶を飲む現状ではあるが…究極に馴染まない。
"恐悦至極" とか言ってる鯱こばった距離からは外れているのに、親密度が上がる要素が欠片も無いのだ。
目の前で優雅に笑む高貴なるモノ、それはキミアリエにとって…何を考えているか読めぬ…面倒臭く煩わしい人物でしかなかった。
だが今以上の厄介事背負わぬよう…子供らしさを維持し、何処までも…白切り通すつもりで慎重に対応する。
「あのぉ…大変失礼ですが、一体どの様な御用件で御声掛け頂いたのでしょう?」
恐る恐る尋ねる子供を、上手く…演じる。
「今回はね、君んとこの商会長から連絡をもらったんだ」
「えっ?!!!」
滅多に驚かないキミアリエだが、予想外の場所からの導きに…動揺を隠せない。
思わず表情が揺らぎ、思考先走る。
『挨拶や顔繋ぎを仕事に含める…って此の事か?』
望まぬ出会いは、サージャによって仕組まれた必然だった。
『サージャに謀られ…嵌められたって事か?!』
「うーん、我が願ちゃったせいなんだけどね」
『まったく…上手いこと使おうとしてくれる…』
「まぁサージャだから仕方ないでしょ! 我も踊らされてる事もあるからね」
『んっ?? やけに此方の思考に被る絶妙な1人語り…』
沈思していたと言うのに…呼応するような言葉が耳に届く。
キミアリエは少し訝しむが、確証も根拠も無く…未だ偶々としか言いようがない。
『一致するが、まぁ偶然。勝手に伝わる事など、ほぼ無いからね…』
目の前に在るモノは、回路繋げたモノでも…共感共有成り立つ関係性のモノでも…大賢者と言う同じ括りに入るモノでもなく、意識繋がる条件満たさぬ。
双方の同意無く、勝手に心読む読まぬは…お伽噺の域。
関わり無きモノと、無意識に意識共有実行出来るとは考え難い。
勿論キミアリエは、推論出来ぬ事象を安易に信じるつもりなど無かった。
だが目の前のモノは、容赦なく切り込んでくる。
「偶然…って思えば気楽だけどさぁ、続く出来事は必然…だと思わない?」
『納得出来る理屈持たぬまま信じるは、酔狂でしかない!』
信じないと言いつつ…会話として成り立っている時点で、既に納得している…と言う事ではないだかろうか。
「まー論より証拠…になってるでしょ? 此れで文句は無いんじゃない? 流石に此処まで言えば、いい加減受け入れる気にもなるでしょ…」
『まさかっ!』
「まさかだよ」
『!!!』
端から見れば、子供を前に1人語りをする国王に見えるであろう。
だが全ての応答が自身の思考と同調していると確信し、キミアリエは驚愕する。
ヴェステ国王を前にして感じたのは、大賢者達と類似する在り方。
キミアリエが得意とする内包魔石の看破…を行ってみたが、内包魔石を確認出来ても…其れは賢者の石では無く金剛魔石であった。
大賢者でも…巫女でも無いと分かったが、何モノであるかは分からない。
何の媒体も…特別な繋がりも無しに、意識下で同じ領域共有する能力を持つ存在。
半強制的に意識共有させられる状態を解除せずにいると、大地創造魔法陣を止めるために機構へ接続した時に感じ取った魔力と同じ波動…其の後に対峙した存在に対するに近い…畏怖とも憎悪とも呼べぬ感覚が押し寄せてくる。
ふと思い至った其の存在に、吐き捨てる様にキミアリエは呟く。
「何で…こんな所でっ…遭遇するはずの無い存在に会ちゃうんだろ…」
「我の方は、実~に皆さんに…お会いしたかったんですがねぇ」
優美だが胡散臭い微笑みが、其の国王の仮面を被る妖しのモノの面で輝く。
此のモノが持つ内在する力、其れは…対峙する相手に危機感抱かせる…此の領域を超越した絶対強者のもの。
嬉々とした虚無と怠惰な喜悦を有する、世界の外…領域外の存在感。
内側に詰まっているのは、禍々しさ纏い粟立ち止まぬ程の厭わしさ持つ…自身の欲に忠実な無垢。
其の圧倒的存在の片鱗を肌で感じたキミアリエの背筋を、冷たいモノが流れる。
キミアリエの前に居るのは、あの時…大事変の後…大賢者と巫女が集い至った場所に在ったモノ。
同じでは無くとも、限りなく類似する存在。
理不尽な影響力を排除すべく…理を変える選択をした日に出会った、世界の外側…無限意識下集合記録と言う概念に伴う意思なのだと理解する。
無言のまま…強張る笑顔浮かべ、菓子を頬張り続けたキミアリエ。
驚愕の事実を取り敢えず其のまま飲み込む。
そして、相手の独壇場となっている現実に一石を投じるべく口を開く。
「何故…なぜ此処に居るんだ…?」
過去…現在…未来…全て含め、まるごと理由問い質す。
「うーん…我が此処に居るのは視察…観察するため? もっと心情として語るなら、居たいから…望んで此の場に居るんだ。今…在る…時と場を、楽しんでる感じ…なのかな」
可愛らしく小首傾げる国王姿のモノは、何の意図もなく…気軽に答えていく。
緊張感溢れる思考の中に身を置いていたキミアリエ、此の現実感無い呑気な感じに…思わず全く関係の無い方向へ思い飛ばしてしまう。
『あぁ、僕ってば子供姿だったっけ。素のままの喋りだから、失礼な言葉使いになっちゃったけど…良いんだっけ?』
国王に対する…と考えると、無礼千万…と言った状態。もし国王の周りに侍っていた…睨みを利かせる狂信的側近や護衛が知ったなら、即刻排除されたであろう。
だが、周囲からの反応は一切無い。
見えるのに…いつの間にか、音も気配も感じなくなっていた。
余計な思考と共に、呟きまで漏れてしまう。
「静かだが、静穏の魔力…とかでは無いようだ…」
此処に陣や魔道具は存在しないと、キミアリエは魔力の流れで覚る。
勿論…此の思考や呟きにも、気軽に親切に答えが返る。
「コレ? 少し異相に移してあるだけだよ。まぁ見えてる分、周りも騒ぎ立てずに大人しくしててくれるから便利なんだ。認識も曖昧になるから、余計な干渉も防げるし…勿論音も聞こえない。だから…無粋な茶々が入ることも無く過ごせるから、喋りの方も気にしないで!」
だが…事も無げに世界の理から外れた事をこなす存在を目の当たりにし、隠しきれないウンザリ感が…キミアリエの表情に露になる。
善良なモノの如き丁寧な対応、其れはキミアリエに対する挑発…なのだろう。
キミアリエが不快そうにしてる雰囲気を十分に察し、気軽に楽しそうに笑い飛ばしてくる。
「ふふふっ…折角用意した場所なんだから、そんなに嫌がらないでよ。此所は安全だし、何モノであるか理解しやすいし…色々と聞きやすいでしょ? 其れに別に我のみ可能な技でなく、巫女や管理者なら可能なはずだよ」
何やら余計な情報を混ぜ…気を散らしてくるが、善良さ纏う悪意を気に止めるほど暇じゃない。
今大事なのは只1つ。
「御健在とは…驚きの粘り強さですね。貴殿方は新たな理に縛られ、此の世界から消滅する…と理解してたのですが…」
若干の嫌味を混ぜ込みつつ、キミアリエは申し出に従い聞きたい事から尋ねる。
「必要無い質問だね! だって我は此処に在るのだから」
悪びれず宣う。
「それに、理に抵触するような危険性持つ…世界への大胆な干渉はしていないよ。そんな事やらかしたら、一瞬で器から引っ剝がされちゃうからね」
余裕持ち、心から楽しそうに答えるヴェステ国王の中身。
「では…再度問う。何故此処に在る!」
キミアリエの中で、怒りと憤りが沸き上がる。
「あー現状に至った理由ねぇ~」
其の超越するモノは、あっけらかんと…何の思い抱くこともなく淡々と語る。
「我は彼の存在の端末として内側に取り残されたモノだけど、此の器の主と契約を結び留まったから…盟約に違反しない限りは自由なんだ。勿論…我自身も、此の世界の理に支配されるけどね」
結んだ盟約で縛り、完全に遠ざけたはずの…理不尽な存在。
多大な苦労して排除したモノが、堂々と世界に入り込み自由に活動してると言う…此の無様で片手落ちな現状。
一種…徒労感の様なものが、キミアリエの心に押し寄せる。
「約束は…僕らの…大賢者の選択に…意味は無かったのか…」
下を向き…独り言とも言えぬ呟き漏らすキミアリエに対し、ヴェステ国王の器に入るモノが反応する。
「まぁ効果はあったんじゃないかな…」
其の異質な存在が…まるで心配する様にキミアリエを覗き込み、言い訳…の様な慰めを口にする。
「一応…我と…此の世界の理の外…彼の地との繋がりは無く、影響及ぼせない程度…非干渉の状態だよ。完全に切れちゃったら、此の世界の生命が維持出来なくなっちゃうからね。今の我は、情報以外…シュトラが持っていたものしか持ってないかんだ。君ら大賢者より、脆弱な存在だよ」
更に、励ます様に声を掛けてきた。
「だから我らの干渉による…面白さ求めただけの、大どんでん返しとかが起こる事は少ないよ。それに、不幸に不幸が重ね掛けられるような状況も少なくなったと思うよ」
更に安心させるような微笑みまで浮かべる。
「皆が安心して過ごせそうな…順当に物事が進む…理不尽が少ない世界に、少しは近付いたんじゃないのかな」
「だが…お前が此処に残っていること自体、契約不履行…って感じじゃないか!」
それでも納得いかないキミアリエは、此の地に留まる理不尽な存在に不満をぶつけた。
「うーん…我は既に此の地の生命体の1つと、完全に融合しちゃってるからねぇ。巡りが世界の内側に在るんだよ。由来が何であっても因果に収まる順当な存在だし、今の理の中で残ってても…何ら矛盾の無い存在だからねっ」
「……」
徒労…とも言えそうな現状に、キミアリエは脱力する。
そして…子供姿に似合わぬ恨みがましい表情を、目の前の怪しげな存在に全力で差し向けた。
「質問…他に気になる事は無いのかな…」
気落ちするキミアリエを労るかのような表情浮かべ、ヴェステ国王の内なるモノは…優しい声で…だが面白そうに次の展開を促す。
キミアリエは気力振り絞り、曖昧さを消していく。
「いつからお前が…何で…」
「あー我が我になった日?」
ヴェステ国王の姿するモノが、嬉々として語る。
「勿論…大事変の後、理の書き換えが終わってからだよ!」
キミアリエは苦々しい表情を作りながらも、不快感煽り立て興じる其のモノの話を…黙って聞く事になった。




