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おまけ10 切っ掛けは些細なこと 8

「そうだよね…。共に在るのは、生き残るため仕方の無い事だから…だもんね…」


キミアリエは、自身を戒めるべく呟いた。

カリマが傍らに留まる理由。

其れが命惜しさ故である…と、キミアリエから離れられぬよう究極の枷を其の身に刻んでいるからだと…十分に理解している。

心の中を巡り導かれた結論が、確かに持っていると思えたものを…否定し…壊す。


其れまで…愚痴を述べ発散し…無理矢理前向きに方向付けてきたキミアリエの虚勢は消え、隠していた弱さが表立つ。

臆病で後ろ向きな思いが…不毛な戯れ言を紡いでいた口を塞ぎ、心…手放したかの様に…キミアリエはただ佇む。


「…ったく、何ーんも分かっちゃいないんだからなぁ」


黙りこくったキミアリエを前にして、少しもどかしそうに…カリマが頭掻きむしりながら声を出す。


「オレ…別に仕方なく御屋形さまに仕えてる訳じゃ無い…ですよ」


カリマは…全てを諦めているかの様なキミアリエに、少し膨れっ面で告げる。


「嫌だったら命失おうが逃げるし、逃れられなきゃ手段を探すだけっす」


力強く断言する。

キミアリエと同じ姿のカリマ、キミアリエ自身では決して見せないような…渾身の腑抜けた変顔曝し…ニタリと微笑んでいた。


「だーからぁー、此処に居るのはキミア様の近くにオレが居たいだけなんで…ぜーんぜん気にしなーいで下さいねっ」


コテリと首傾げ、キミアリエ自身がいつも使う…企み持ち誘惑する…あざとさ全開の艶やかな笑みに切り替える。

そして獲物捕らえるべく、ふわりと包み込む様な声で囁く。


「少しは信用して下さい!」


大人のキミアリエの姿で、挑戦する様に揶揄い誘惑する。


主目的が愚痴り予定だった定期連絡で、カリマを呼びつけたキミアリエ。

鏡の中からキミアリエに向け媚びてくるカリマに、不意打ちを食らってしまった。

翻弄された事実に、何とも言えぬ…ばつの悪さが心の中を蠢く。

キミアリエは、自身の頬が随分と温かいものなのだと…実感する。


「あぁ~十分に理解したからさっ!! もう、良いってば!」


いきなり会話終わらせ、キミアリエは遠見の鏡との繋がりを切断する。


「まったく…ふざけた事ばっかりなんだから…」


口調は若干憤る様に聞こえるが、何に対して…なのかは語らない。

繋がり断ち…普通の鏡でしか無くなっている遠見の鏡を無表情に見つめる振りをするが、にやけた口元が隠し切れぬ。

カリマは何だかんだと、キミアリエの不満を希望通りに見事解消したようだ。



キミアリエの本来の目的は旅そのもの、インゼルへの向かう道程が重要。

其のために引き受けた仕事が仕事を呼び、立ち寄るつもりも無かったプラーデラの王都ポタミ…其の中心部まで行ってしまった。


キミアリエの表面上の愚痴の大半を占める部分だったのだが…、其れ以降は余計な足止めを食う事も無く…元々の仕事上の目的地・ヴェステ王立魔石研究所へ向かい順調に進んでいる。

旅の為の仕事が…仕事の為の旅に変化しつつあり、若干…本末転倒気味なのは否めないが…目的果たすべく行動する。


王都ポタミからは、盗賊や魔物などの襲撃を回避すべく安全性を考えて…頑丈だが簡素な作りの荷車を使うことになった。

森魔猪(ハーゲン)1頭立ての荷車、其処に同乗する。


若干扱いは難しいようだが、人少なな場所を…休み少なめで移動するには使い勝手が良く…更に言えば盗賊・魔物よけにはもってこいらしい。

猪突猛進…滅多な事では怯まない森魔猪は、襲撃者に敬遠されるのだ。

此の経路で行くことを…取り敢えず見逃してくれたポタミの支部長が、御者付きで安全第一に用意してくれたもの。

道中快適…とまでは言えぬが、若干旅らしくはなっている。


「どーせなら黄の塔にも入ってみたかったんだけどなぁ~」


御者に話しかける訳でなく、移動する荷車の上…景色眺めキミアリエは1人呟いてみた。

だが気の良い上に耳聡くお喋りな御者が、気軽に答える。


「いやぁ~残念ですがぁ、半径1キメル立ち入り禁止っす。入ると攻撃されるから気ぃ付けて下さい」


結構良く話しかけてくる御者だが、話しても話さなくても気にしない…勝手に喋りたい者のよう。


「まぁ…この道沿い通ってると丁度ギリ境界なんで、皆面白半分で試す奴がいるんですよ」


「へぇー、どうなるの?」


あまり反応を返さないキミアリエだが、塔に関しての興味で言葉返してみた。


「いやぁ、1キメル内に入ると自分だけに聞こえる嫌な音が鳴って…進んでいくと更に不快感が増して歩けなくなるんす」


「ふーん」


返事をした割には、素っ気なく答えるキミアリエ。

だが薄い反応など気にせず、御者は其れだけではない…という感じで続ける。


「自分達じゃ動けない…つーんで魔物をけしかけ、更に侵入させたヤツがいるんっすが…半径950メルになったら魔力攻撃が飛んでたようなんす」


「へぇー」


相変わらずあまり興味なさげなキミアリエだが、御者は続ける。


「そんで900メルになった時…魔物が潰れたんす…グシャって…」


若干青い顔をして呟く御者、どうやら此の者自身が試した事なのだ…と納得する。

だが…此の者の距離を刻む慎重さと…突き進む大胆さ、其の微妙な不均衡さに対し違和感を覚え…本来は何の仕事をしているのか気にはなったが…取り敢えず関係ないので放置する。


元々塔への侵入が叶わぬのは承知している。

周辺は明らかに広範囲の防御結界が築かれているし、許可無く近付けば秒でバレる上…自動的に攻撃体制に入るは必定。

見え見えの…見せる為の防衛。


「まぁ…普通、どんな家だって変な奴近付かない様するし…当然だよねぇ」


御者への返事とも、納得するための呟きとも言えぬ言葉を発しキミアリエは黙る。


自身の領域である水の塔にも…過剰な程の攻撃防御機能を付けているので、当然…他人の場所を悪くは言えない。

塔への訪問は…城に立ち寄りニュールに願ったならば叶うであろう願い、だが其れ以上にあの場所へ…あのモノ達へ…近付きたくなかった。

だから…道すがら、遠目での見学になったのだ。



無事にプラーデラの辺境都市…賢者の塔のある隣の街レミドーリへと辿り着き、其処からヴェステ側の都市ピエッツェへ渡る。


ヴェステ側の都市ピエッツェは、基点となる要塞でもあり…研究都市でもある。

黄の塔から3キメルの距離に中心部があり、レミドーリよりも若干塔から近い。


ヴェステ・プラーデラ双方で…賢者塔の周囲の直近に街が築かれなかったのは、塔が争いの種であったため。

ニュールが単独ヴェステ国王と話し合いに赴きに行き、口約束とは言え塔を手に入れ…其れを活性化させるまで…常に取った取られたの攻防続く場所だった。


ピエッツェは…塔と同様に砂漠化しつつある草原を含む…実り乏しき地であるが、塔を巡る戦いを支えた…塔の研究進めるべく存在する…賢者の塔ありきの都市。

其の他の特徴としては…研究都市である此の街は、王立魔石研究所と以前から転移陣繋がる数少ない場所。


最近は各国各所で一般利用出来る転移陣が増えてはいるが、ヴェステは其の中でも筆頭国と呼べる程…積極的に官民一体で普及に取り組む。

既に国内15ヶ所で…転移陣による移動が可能であり、規定料金納められる者は各商業組合の転移陣で…希望地へ飛ぶ事が出来る。


「此処から転移陣に乗って頂き、王立魔石研究所へ直通で御案内させて頂きます。ご準備整いましたら合図をお願いします」


勿論…今回は研究所へ直接繋がる転移陣を使うべく、此処に立つ。

大賢者であるキミアリエは、本来転移は自身で起点も終点も築き…行う。

滅多に人任せにする事が無いので、意外と緊張する。


「其れでは転移をお願いします」


「では実行させて頂きます。良い転移となる事を願っております」


『悪い転移が有るのか??』


思わず心の中で突っ込みを入れた瞬間、景色と転移を担当する賢者が変わった。


「…んっ?」


一瞬抜けるような喪失が感襲ってくるが、足元で床を踏む感覚が戻ると共に…消え去る。


「お疲れ様です、ヴェステ王立魔石研究所ようこそ。見学希望者は部屋を出て左の受付へ申し出て下さい。研究関連の御来訪者は部屋を出て右の受付へ申し出て下さい。その他の実務関連でのご来訪も部屋を出て右の受付へ、ご不明な点…更なる御案内を希望される方は部屋を出て左の受け付けに一度お申し出下さい」


にこやかに…だが事務的に迎えられ、一気に案内をされる。


「あのぉ…」


「部屋の外へお進み下さい。ご利用ありがとう御座います」


キミアリエと同時に他の陣で到着した者が質問をしようとする言葉を遮り、一切の質問を許さず業務を完了する。

質問しようとしてた者は諦め、部屋を出て左の総合案内へ向かったようだ。


「へー、賢者人形の使い道としては優秀だな」


キミアリエは見た目の年齢に対し、不相応な鋭い視線を送りつつ小さく呟く。


「何か此所ってば、長居したくなるような面白さが漂ってるなぁ…」


麗しいと言える美しい顔に満面の笑みを浮かべ、キミアリエは楽しそうに転移部屋を出る。


到着転移陣に居た賢者は、本人の回路が事切れた人形であった。

此の世から立ち去る瞬間…生物が皆等しく持つ回路が切れる時、他者の回路に繋ぎ命だけ残した器…其れを人形と呼んでいる。

器の命繋ぐ他者の意思に従い動く、意思無き傀儡。

詳細な管理は他者が意思を宿し操らねばならぬが、決められた行動は設定すれば繰り返す。


倫理的な問題も多く、表立って使うことは憚られているし…存在自体知れ渡っていない。だが此のヴェステでは、公然の秘密…と言った感じの扱いの様だ。

特に此の魔石研究所に限って言えば、人形だろうが魔物だろうが当たり前の存在であり…日常に溶け込んでいる。


「こう言う場所ってヤッパリ心踊るものに出会える…って言うか、凄っごくワクワクするよね!」


小さな呟きが独り言の大きさになっている。

目にするもの全てに喜びを覚えるキミアリエの表情に嘘偽りはなく、子供姿に見合う表情を作り出す。


意気揚々転移部屋を出て…迷い無く右へ進み、キミアリエは納品受け付けへ並ぶ。

そして周囲にある珍しきものを眺め…新たな発見を探し楽しむと言う、旅の醍醐味に近いものを味わう。

だが…珍しきモノとして、自身も見られている事には未だ気付かぬようだった。

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