おまけ10 切っ掛けは些細なこと 6
「聞いてくれよ! オレは前の嫁が居なくなってからはスッカリ意気消沈してたんだがなっ、こいつのお陰で新しい嫁さんと…孫と同い年の娘まで持つことになっちまったんさ! 良い歳だと諦めてたから驚きさや!」
「はっ?」
船長の話にキミアリエが固まる。
「こーんなお宝、気前良くくれちまうんだからなぁ。太っ腹だよなぁ~」
ホクホク顔の船長が持ち出したのは紫砂蛇の酒。
滋養強壮に長けた高級酒。
だが10年物になると幻の一品…と言われ、扱いが変わる。
ただ高級なだけでなく…金を積んでも伝無くして手に入らぬ、やんごとなき方々の子孫繁栄にも貢献する効果保証された…垂涎の品。
語りだす船長が止まらない。
「国王様はオレより10ぐらい下だろうし、相当に若い嫁さんもらうみたいだし…こんなん無くても楽勝でイケちゃうかもしれんがなぁ! まぁ其れ以上にイカす男にならにゃぁイカンからなっ!」
豪快にゲハゲハ笑いながら、其の後も親しげに…様々な赤裸々を語る船長。
突然飛び出す艶話に、思わずキミアリエは自身の年齢設定を顧みる。
『いやいや…僕の見た目は確か7の歳くらい…だよね? 其れ聞かせる話し?』
流石に話の内容が見た目年齢を越えているような気がするのだが、田舎ジジイの常識恐るべし! 良いもんもらった喜びなのか…天晴れを完遂した幸運のせいなのか、何も気にせず自慢気に…当然の様に語り尽くす。
たとえ大人であっても、ジジイの睦事の詳細など聞きたくもない話。
キミアリエはゲンナリした表情で適当に聞き流す。
呑気な船長の気遣いの無さ…が問題なのであるが、キミアリエの中でモヤモヤっとした始末のつかぬ思いが渦を巻き始める。
『…此処でも…子供姿のボクよりも、彼ってば人気モノ…って感じで優位だねぇ。良き隣人…って以上の繋がりが直ぐに作れちゃうって、まったくもって凄いな…』
船長に此の酒を流した件についてはモーイのせい…と言えるのだが、キミアリエが詳細な事情など知る訳がない。
キミアリエの顔に、本来の姿で浮かべるような…皮肉げで酷薄な笑みが作られる。
『行く先々で人を垂らし込むとは、少ーし罪深さ甚だしいんじゃないのかな? 僕の努力が霞んじゃうよ…』
小さな羨望と嫉妬。
其の何気ない事象は少しずつ降り積もり、折り重なって重さを増していく。
「じゃあな坊主。此の先の道中も気を付けてくんだぞ!」
「船長さんも、お達者で! 色々と有難うございました」
船旅は恙無く終了した。
「こっちこそ、あんがとな。何か今日は王都方面の岬で御偉いさんの視察が入るらしいから、混雑してるみたいだぞ。お前さんも気ぃ付けろな」
「了解しました。また荷を依頼すると思いますが、其の時はお願いします」
「あぁ、任せとけ!」
最初の時の無愛想さが思い出せぬほど相好崩す船長、キミアリエの挨拶に…目尻に涙宿し大声で答える。
自身の孫に対するかの様に…子供姿で頑張るキミアリエに、船長は慈愛を向ける。
だが其の温かな思いに、キミアリエが気付くことは結局無かった。
到着後の手続きを完了し、船上から地上に降り立つキミアリエ。
直接プラーデラの地に足を付けた瞬間、何処か懐かしく…だけど瑞々しく新しい…強大な魔力の流れを感じる。
長きに渡り地を巡る魔力途絶え、表立つべき力が奥底に溜め込まれ…封印されたかの如き状態だったプラーデラ。
完全に魔力枯渇したかに見える大地は、祝福失いし忌むべき地…と言われてきた。
ニュールが賢者の塔を活性化させた事で、再びプラーデラの大地の隅々まで魔力が行き渡る。
皮肉にも…世界が閉じられた事で、人々が暮らす此の世界の中…一番魔力乏しき地が…一番魔力溢れ満たされた地へと変化したのだ。
サージャに経由地として組み込まれた、プラーデラの王都ポタミの中心部。
其処へ向けての荷車を引き連れ、キミアリエは大叉角羚羊もどきが引く客車に乗り出発する。
口実になる仕事を請け負い、ちょっとした気分転換のつもりで…旅を楽しむつもりだった。
其れなのに…何とも言えぬ不快な思いに囚われ、キミアリエは一歩ずつ…見えない深みに引きずり込まれていく気分になる。
『何故…?』
客車の中、自問自答する。
原因と思える事…其の嫌な気持ちが、他者とのほんの些細な関わり…何気ない会話によって導かれたものであるとは思い至る。
だが…直接何かの損害を被ったと言う訳でも…不快な言葉投げ掛けられたと言う訳でも無く、其れなのに気持ちの歪さが恐ろしく増しているのを実感する。
『自分に直接関係のある話しをした訳じゃないし、世間話として…偶々話を聞いただけ。何故こんなにも…焦燥感に駆られるのだろう…』
自分でも理解及ばぬ。
存在している年数も…立場も…何もかも違う、関係性の薄い相手についての話。
其れなのに自分の中にある何かが刺激され…疼き、心の痛みが強くなる。
客車の中…あまり動かぬ景色に視線送り、キミアリエは沈む心を抱え思い悩む。
答え見つけられぬままボーっと過ごしていると、外から声を掛けられる。
「スマンですなぁ。チョット道が混んでるんですぁー」
留まりがちな道行きについて、客車操る者が説明に訪れた。
船長が話した通り、港から王都ポタミへの道は大渋滞のようだ。
港から1キメル程王都寄りにある岬の先端、新たに築かれた商業組合の王都直通…隧道型短距離転移陣が稼働する。
その為の視察があり…わざわざ城から現王周辺の者が遣わされている…と、渋滞する荷車や客車等から漏れ聞こえてきた。
其れを客車操る男が、直接言い訳すべくキミアリエに伝えてきたのだ。
「いやぁ~何か…短距離隧道って言う転移陣の設置を祝う、開通式ってのをやっているらしいんですぁ。そんで道が半分、半の時程止められちまう様で…」
男は申し訳なさそうに状況を説明するが、チョット落ち着きの無い感じで話を続けていく。
「此の国の王様は、最近変わったんすがね…何と今回来てるそうなんすわ!」
珍しい状況に興奮ぎみのよう。
そして…何故か誇らしげにも見える。
「今の国王様んなってから、以前色々と計画倒れになってたもんを…ドドーンと進めてくれたんですわ。魔力ってのは特別過ぎてピンッと来なかったけど、其れを使って作ったもんが役に立つっつーんならアッシらも大歓迎っすわ」
顔を綻ばせ、好意的に語る。
今まで土地を巡るべき魔力が枯渇していたプラーデラでは、大規模魔術の使用は難しかった。だが塔の復活と共に…国土の魔力循環再開したプラーデラの大地は、様々な制限を消し去り…可能性を拡大したのだ。
「此の少し先に岬の先端が見える場所があるんっすが、どうせ暫く動きそうもないっすから…直接御覧になりませんか?」
「……」
現状説明に来た御者に誘われ、キミアリエは客車を降りていた。
自分でも其の行動の不可解さに首を捻りたくなる。
そして言われるがまま、無言でついていく。
其処は魔石多く含む地盤なのか…濃厚な魔力を感じられる場所であり、転移陣など陣を設置するには調度良い場所と思われた。
男の案内で少し歩き、岬が直接見える場所へ移動する。
岬の先端部分は、少し小高い所にあるが…広々とした場所になっているようだ。
今までいた客車ある街道からは…丁度見えなかったが、街道から繋がる道と…簡素だがしっかりした造りの建物が確認できる。
そして其の建物沿いには道より細いが…客車乗り入れてる屋根付き回廊があり、そちらから何種類かの魔法陣が敷かれている気配を感じる。
『転移陣なのに隧道…と命名され回廊状になっているのは、低価格で陣を利用できるようにするための工夫か…』
思わず新しい形の陣に好奇心をくすぐられる。
豊富な魔力を大地から吸い出し集めるための仕組み、空間系の魔石から魔力を導かず転移陣動かす技術であろう。
キミアリエは大賢者として、其処に築かれている転移陣と新たな工夫に軽い驚きを覚えた。
「此処は以外と穴場の様っすね! 転移陣は見えんですが、あっちの端に王様が見えるですよ」
回廊の方に注目していたが、男の言葉に視線を移す。
光り当たる建物の入り口から、モーイとミーティを従えたニュールが現れた。
御者が案内した人々が集う場所から高低差はあるが…50メル程の距離、表情まで読み取れる近さ。
大事変から1の年以上。
ニュールの顔に、王として気負う様子は既に無い。
自然体で過ごす様に見えるが、威厳在る態度で応じる。
仲間に見せる表情は緩やかであり、人々に忠誠捧げられつつも和気藹々と共に在る様子は以前と変わらぬ距離感保つ。
集う民に軽く手をあげる姿は、国王と言う存在そのモノ…に見える。
建物から出て来た…キミアリエの見知らぬ者達が、其処に合流する。
フレイリアルと同年代の可憐な少女や…美麗な女騎士まで加え、荘厳優美な集団を引き連れたニュールは…輝かしき光溢れる回廊へと進んでいく。
街道から集まった人々は、新しき王を見つけると熱狂し…喜びの歓声上げる。
そして復興しつつあるプラーデラに、更なる未来へ進む道を与えた国王に向けて…心からの感謝と祝福を送るのだ。
其の一体感築き上げられる光の中、人々の背後に影が生まれる。
集まる人々で溢れる中…誰も振り返らぬ場所に立つキミアリエは、無表情に逆流し客車に戻る。
一瞬目にし…其の存在を認識しただけだというのに、心の中に…やるせなき苛立たしさと…淡い羨望が入り交じりグシャグシャに広がっていく。
華やかに祭り上げられ…憂い無く一歩ずつ足跡残し、着実に前へ進んいくかの様に見える旅仲間の姿。
通常より長い時を過ごさねばならぬ…共に流れゆく、運命共同体…のような存在。
奥深い繋がりを持つのに表立つ接点は少なく、仲間以上の存在であるはずなのに…仲間であるのかさえ疑わしい…知人。
国王として職責をこなすニュールを見て、最初に得た感慨は…懐かしさと親しみ。
だが其の後訪れた…キミアリエが一瞬支配された衝動は、憎しみとも何か異なる…存在ソノモノを忌避する様な根深い嫌悪。
正を凌駕する負の感情…。
思いも考えも介在しない、厭わしさ。
「何故なんだろうな…」
輝かしき場を後にしたキミアリエは、客車の中…1人脱力し空虚の中に身を浸す。
暫し後…動き始めた道の流れ、窓の外へ向ける顔に浮かぶ虚ろさの中に険しさが刻まれている。
漏れだす呟きと共に押さえきれぬ思いが蠢き、理解及ばぬ感情が心の平安を掻き乱し…気持ちささくれ立たせる。
「能力も…境遇も…何一つ劣る部分無いと言うのにな。むしろ勝る部分だって多いと思えるし、経験だって凌駕してるんだよ?」
声に出した自問。
理論的に判じてみるが…目にした御仲間に対し、自分でも持て余してしまう程のモヤモヤとした陰鬱な葛藤が…腹の底から込み上げる。
同じモノ求め…せめぎ合う経験共有した大賢者達にさえ抱かなかった、複雑なのに卑小で強力な思い。
此の不明瞭な悪感情は、キミアリエの心をジワジワと侵食していく。
まるでズルして後から最上の手札出されたかの様な、納得がいかない気分。
だが侮る相手に貶められた不快感…でも、手痛い仕打ち受けた無念さ…でもない。生み出された拒絶感により思考矯正され、頭ごなしの否定からしか入れないようになっていく苦しさ。
微かに残る善良さが、自身の意思に反し消えていく。
「あぁぁぁぁぁぁ…」
表現できぬ衝動と…未だ名付けられぬもどかしさで心塞がり、解析できぬ屈辱と共に…分類できぬ悲痛さ押し寄せ、隙間から呻きとなり漏れる。
キミアリエは自身の中で、渦巻く思いが…徐々に加速していくのを感じた。




