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おまけ10 切っ掛けは些細なこと 5

プラーデラへ向かう商会の荷を載せた船に、キミアリエは予定通りの子供に擬態した状態で…商会長見習いとして乗船した。

そして仕事の一環として、船長への対応を行う。


今回はキミアリエの都合に合わせた臨時の物品の運搬であり、商会の持ちの船ではなく…個人船の用船契約による移動になる。

船主である船長の采配は、今後の荷の状態や…船旅自体の良し悪しを左右する。


「こんにちは! ナルキサ商会付き見習いのキミアリエです。今回は急な荷物の追加受けて入れて頂き、ありがとうございます」


「あぁ…」


背中を向けたままの船長が、無愛想に短い言葉で応じる。

もし此れが商会の専属契約船であっても、運搬船は上品さとは縁遠い場所にある…用船契約は其の場の限りでもあり尚更怪しい。

だからこそ、場の流儀に従わぬは死活問題。


「お礼を兼ねて、ご挨拶に伺わせて頂きました」


キミアリエは反応の薄い船長にトトッと近付き、大人顔負けの自然さで…進物の酒と共にスッと差し出すものを差し出し船長の懐へ突っ込む。

終始笑顔のままの行動は、どう見ても…7の歳の子供とは思えぬ卒の無い動き。

被る化けの皮が若干ズレ、老獪な大賢者の本性が垣間見えてしまう。


「見習いの身ですが、何卒今後とも御贔屓に…良きお取引お願い致します」


曇りなき眼持つ…美麗な少年の器で幻惑し、表立つ挨拶の品以外の無粋な痕跡など残さず…ただ機嫌伺いしに来ただけであるかの様に振る舞う。

優美な仕草には微塵の含みも感じさせず、何もしてません…と言う顔で堂々立つ。

何とも嘘臭いのに、自然な雰囲気で空惚けるキミアリエ。

振り返り唖然とする船長が、目を丸くし…ジッと見つめていた。


出港後…商会を代表する者として行った、船長への挨拶での一幕。

清廉潔白な見た目とは裏腹に、用船で罷り通る礼節をキッチリ守り…正しき挨拶をするキミアリエ。

其の完璧な対処に、船長は今までの仏頂面を覆し…ガハガハと笑い出す。

魔物の咆哮の如き大笑いが、船上に響き渡る。


「いやぁ~おったまげたよぉ。全くもって坊主は凄いなぁ~大人物さね」


キミアリエの挨拶は、十分…船長のお眼鏡にかなったよう。

手の平返しの態度で横並び、親愛の情を込め…背中をバスバス叩く。


「こーんな見事な挨拶をされたのは、久しぶりさや」


懐に感じる、程好き重みも気に入ってくれたようだ。


「そうかぁ…坊主は商人見習いの修行中か。まだチッコイのに、国を超えての仕事を任せられるたぁ信頼を得てるんだなっ。まぁ礼儀は十分に心得とるし、随分と頑張ってるみたいだ。此の先も期待しとるぞ!」


そう言って、今度は頭にバフリッ…と手を乗せ誉め称える。

屈強な船長の手が乗ったキミアリエは、一層小さな子供に見えてしまう。


「ありがとうございます!」


元気良く…礼儀正しく朗らかに、だが一切気負わぬキミアリエの挨拶。

もし見た目通りの少年ならば、船長の声を聞いた時点で…萎縮して固まってしまうとしても仕方のない状況。

だが中身は船長以上の齢重ねたモノ。

内の年齢に合わせた冷静さ用い、見た目年齢に釣り合う純朴さ装う。

そして周囲の好感度をジックリ上昇させ相手の心を侵食し、少しずつ快適な空間を広げていく。

出足快調な気分転換の旅が始まる。


無難にお行儀良く…流儀に従い過ごすキミアリエの船旅は、揉め事1つ無く順調。

強いて問題を上げるなら…既に船旅も半ばに差し掛かると言うのに、キミアリエが甲板に出る度…何処からともなく船長が現れ近付いてくる。

そして日課の様に誉め倒す。


「ほんっとに坊主は偉い! 商会背負う気構え持つ奴ぁ、そうそう居ないぜ!」


初っぱなの挨拶で随分気に入られたのは確かな様、会うたびに絶賛しながら…背中をバスバス叩いてくる。

出航時から切れる事無い酒が、日を追う毎に気分を押し上げていくのも原因か。

屈強な男でも跳ね飛ばされそうな勢いの張り手が、今日も背中に炸裂する。

だが苦笑い浮かべながらも、キミアリエは何だかんだと受け入れる。


「商人見習いで此処までキッチリ働く奴ぁ、そうそう居ないぜ。船乗り見習いなら、蹴り倒しながら…有無を言わさず倒れるまで働かすがなっ」


「ははっ、誉められるのって凄く嬉しいです」


若干船長の酔っぱらい的繰り返し伴う行動と称賛に辟易としてはいるが、決して表に出さない。

意外とキミアリエは、忍耐力持つ我慢強いモノ…なのかもしれない。


キミアリエの子供姿は7の歳前後の設定、一般的に考えれば…選任の儀で職業選択したばかりの年齢に見えるだろう。

船長が言ったように、商人見習い…と思うのが妥当な所。

だが、正確に言えばキミアリエは商会長見習い。


高貴な者…其の中でも王族や高位の貴族の中には商会を持ち活動する者も多く、子弟が商会長見習いとして弟子入りする事も多い。

子供姿のキミアリエは、両親共に末端王族の子息であるサージャの親戚設定…まぁ世代を越えるが確かに遠縁には違いない。

故に、身分に見合う見習い職…商会長見習いとして商会に入る。


高位職の見習いへ就労する場合…通常より遅めの10の歳程に達してからの就労が普通なので、キミアリエの見た目年齢で考えれば時期尚早。

しかも商人長見習いであっても…隊商に同行するような者は、ほんの一握りの優秀な者である。

本来なら相当に違和感ある状況なのだが、キミアリエは其の見た目年齢を利用し…ただの商人見習いっぽく過ごす。

だが巧みに周囲に采配振るうキミアリエは、子供姿への侮りを打ち消し…実力で場に溶け込む。


「じゃあ僕のこと船長さんは認めてくれるんですね?」


キミアリエは嬉しそうに尋ねる。


「あぁ、勿論さ。小僧とは思えん貢献度、文句のある奴ぁ居ねえさ、なっ!」


「「「おうっ!」」」


船長の声掛けに、船員達も笑顔で同意する。

其の忌憚無き言葉をキミアリエは遠慮無く受け取り、楽しそうに無邪気に喜ぶ。

そして、チャッカリと対価を要求する。


「其れなら…お願いしたら、お安く仕事を引き受けてくれますか?」


「あぁ。坊主が依頼するなら喜んで引き受けるぞ」


「やったぁ~! 商会長に評価してもらえるぅ」


そう言って嬉しそうにするキミアリエは、何処からどうみても子供そのもの。

船長が贔屓する子供…と言う好意的評価も入ってるが、気難しい船乗り達と対等に渡り合い…其の親玉の船長と口約束とはいえ次に繋げたのは上出来だ。

もっとも…実際のキミアリエは、商会の最高経営責任者なのだから…商会の利益を追求するのは当然。

勿論、今はただの見習いの立場での行動…ではある。


「そうだな! 坊主は1人で仕切って商船にも乗ってるんだし、いっぱい褒めてもらえ。そんで褒美に商会長にしてもらえぇ」


目じり下げながらガハガハと冗談のつもりで船長は言うのだが、既に商会長以上の存在。

残念ながらご褒美にはならなそうだ。


「そう言えば…お前さん魔石使いなんだろ? 昨日聞いたよ!」


乗船したのは3の日程前、昨日聞いたと言う報告連絡系統の緩さにキミアリエは思わず驚く。

だが日常茶飯事の水性魔物の討伐に…たとえ荷主の子供が参加してたとしても…、船乗達は大して気になる事でも無いよう。

何かあったとしても、自己責任の世界なのだ。


「討伐もこなせるんなんて、全くもって本当に1人前の男だな! 既に商会長より大物じゃないかぁ!」


ある意味正解を口にする船長。


キミアリエは乗船直後…船長への挨拶前、討伐に参加していた。

珍しく桟橋近くまで来て船を周回する中型の魚型魔物の群れ。進路妨害になるため船員が蹴散らしていたのだが、しつこく付き纏い苦戦すつ。

何となくモヤっとした気持ちが燻っていたので、ほんの少しだけ…魔石で水の攻撃魔術操りキミアリエも参加したのだ。


「船長さんに褒められると、爺ちゃんを思い出して勇気が湧いてきます」


「お前さんみたいに優秀な坊主に、ウチの子もあやかりたいもんだ!」


未だ内包者の少ないプラーデラ出身の者は、魔石を持つ者へ…畏怖の念を抱く。

大概は恐れ…敬遠する事が多いのだが、此の船長は違ったよう。

しかも…豪胆な船の上の猛者達に動じず…戦いまでこなすと聞いた事で、真に対等なものとしてキミアリエを扱い始める。

いつものように褒めちぎった後、世間話まで始めた。


「そう言えば新しくプラーデラの国王になった御方も、強力な魔石使いなんだ」


「はぁ…そうなんですねぇ…」


若干素っ気ない態度になってしまうキミアリエ、次々と語り掛けられる面倒さが極まったのか…話題が気に入らぬのか…今までに見せた事のない表情をしていた。

しかし…船長は気にせず語り続ける。


「実はな、此の船は…其の国王様に救われた船なんだよ」


鼻をピクピクさせながら内緒話…と言った体で、声を潜め話し始める船長。


「此の船はな、…攻撃された事があるんだ」


何者に攻撃されたのかは語らない。


1の年程前の…世界を襲う大事変で有耶無耶になってしまったが、それより数の月前に起こった此の辺り一帯への攻撃は隠しようのない惨事として刻まれる。

其れが城からの攻撃であり…プラーデラの前国王によって引き起こされた事件である事は、公然の秘密だった。


プラーデラに暮らす者は、良き王であった前王がみるみる正気を失い…私怨や執着で国を動かし…自ら奈落の底に落ちた結果引き起きた出来事の1つであると知る。

小さく貧しい国であったからこそ…王宮と民の距離は近く、魔力の乏しさから来る様々な障害を…国民と一丸となって乗り越えようとしていた。

故に…前王が血迷ってからの行動をも多くが知り、見守っていたのだ。


「…火の玉が飛んできて周りの奴らの船は燃えちまったんだけど、もう終わりだ…って時に結界ってやつで守ってくれたんだ…」


王殺しによって突然樹立した新たな体制ではあるが、詳細知らずとも人々は理解し…新国王を受け入れた。


「オレはプラーデラで過ごす事が多いから、あんま魔力にゃ馴染みは無いんだが…たまげちまう力だよな…」


「確かに、大きな魔力扱えるなら…無敵ですよね」


キミアリエも、適当に話を合わせる。


「其の通り! いつも来る魔物の5倍ぐらいの大きさのヤツも、国王様は楽勝で討伐してたぞ。あぁ、大事変…って災厄からも王都ごと守ってくれたらしいからな!」


前国王を忍ぶ様な表情は、一瞬で消え去っていた。

民にとっては恙無き日々が送れるのなら、上に立つものが誰であろうと変わらないのであろう。


「まぁ、オレっちは無事に生きてられりゃ幸いさ!」


船長は前国王によって引き起こされた災禍も、自然に起きた仕方無き事であるかのようにサラリと流す。


「だがなっ、それより何より一番凄いのが此れなんだ!」


いきなり毒々しい紫色した蛇の入った瓶をドデンッと取り出し、自慢げに…妙な勢いで崇め奉る様に船長が掲げる。

チョット怪しげな商売で儲けようとする、胡散臭い人のよう。


「まぁ…坊主にはまだまだ早いかも知れんが、男には力示すべき時があるのさ…」


其の訝しげな言動の後、大きく何度も1人頷き…真剣な目でキミアリエを見る。

そして大切そうに瓶を撫で擦りながら、今までの口調と全く違う…心酔する…心からの思い入れ持つ感じで…何やら語り始めるのだった。

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