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おまけ10 切っ掛けは些細なこと 4

キミアリエは今回の旅を計画する時点で、目的地までの道程を…終始商人見習いの身分で…子供姿で行動すると決めていた。


気負わず気楽な…一番厄介ごとの少ない、過ごしやすい年代の身体。

侮られはするが…気遣われる事も多く、物怖じしなければ何処にでも直ぐ馴染む。


普段の大人姿から子供に変化しての差異や…優雅な暮らしと市井の生活様式で生じそうな落差による不都合、キミアリエは微塵も感じさせず活動する。

相変わらず完璧で見事な化けっぷり。


「最終目的地はインゼル…だよね。それじゃあ…船旅? プラーデラ経由で行ってヴェステに入るか、長めの船旅にするなら此処からリャーフ経由でサルトゥスに入る選択もあり? 結構な日数になりそうだけどね。商会の陣を乗り継いで向かえば、陣だけで最短で行けるけど…」


「そうなんです! 色々な経路が有るんです。だから僕…希望する旅を叶える為、最大限我儘を言ってみました」


サージャの問いに対し…本当の子供のように、得意満面キミアリエは戦果を語る。美しいが故に…少し小生意気そうに感じる面持ちさえ愛くるしく見える程の、気合い入った喜びの表情作り出す。


本人が語る…我儘。

見た目と違い…実際は大人であり、しかも決定権持つ位高きモノ。

我を通すことなど容易いはず。

もっとも…立場有るからこそ完全な自由と縁遠く、我が儘と称する願いの中…真の憧れに近き思いが込められたのかもしれない。


「だから船旅の許可もらっちゃいました! プラーデラ経由で移動します」


まるで本物の子供がであるかの様な浮かれっぷり。


「陣は乗り継ぎがあっても、あっと言う間すぎて詰まらなくって…。今回は船内での宿泊も有るんです!!」


「うんっ、僕も船旅の方が好きだな。楽しいんだよねぇ」


和やかなオトモダチ的会話に花が咲く。


7の歳を過ぎたかさえ疑わしいぐらいの…幼い風貌持つキミアリエと、親しげに語るサージャ。

双方楽しそうに過ごす光景は、商会の受付近く…忙しさで殺伐としてた現場の空気を和ませる。


「本当は…ゆったりとお茶をしながら、君とジックリ話したいんだけどなぁ」


だが其の完璧な御子様に、真剣にお茶の誘いをかけるサージャの姿は…微妙な視線を周囲から集める。


終始柔らかな雰囲気で穏やかに言葉返すサージャではあるが、其の姿は筋骨隆々とした戦闘職も真っ青な体躯。

何処から見ても貴族家の者…と言った上品さ持つ表情と合わさると、半端ない違和感と怪しさで満たされる。

悪目立ちする事、この上ない。

そうかと言って…受け付け前で偶然出会い軽く話す状況なのに、いきなり隠蔽魔術や魔道具使うのはかえって目に付くだろう。


そもそも…此の大男がナルキサ商会の商会長である事は、周知の事実。

そんな大物と…一切身構えず普通に会話出来る子供が共に在れば、耳目集まるのも致し方ない。


「所で御付きは陽炎かい?」


キミアリエ以上に接する機会あるカリマの所在を、一応確認するサージャ。


「今回は別です」


「そりゃそうか。君が旅するんじゃ色々と処理が大変だもんね」


「まぁ周囲の調整をお願いしちゃいましたから仕様がないですよ」


「少しは労ってあげなよ」


サージャとカリマは…任務名しか知らぬ、公の…仕事上の関係しか持たぬ仲。

それでも世間話程度はするし、主人への愚痴を聞く機会も…無きにしも非らず。


「そうですね。僕の旅が終わったら、その分休暇でも取ってもらいますかねぇ」


「いいなぁ…僕も労ってほしくなっちゃうなぁ~」


サージャはニコニコしながら、進言聞き入れるキミアリエを…温かく見守る。

何とも気の抜ける…漏れ聞こえたとしても世間話以外の何ものでもない会話が、緩く続いていく。

だが姿や立場装うキミアリエには、微妙な不自然さ…若干の違和感が否めない。

其れでも、大概の者が気付かぬ程度に収まっている。

寧ろ…いたいけな少年の見た目持つキミアリエとの会話で、相好崩す…サージャの…怪しいオッサン度が半端なく上昇している。

違和感の限界を、軽く突破してしまいそうで危うい。


「君と一緒にインゼルへ、船旅付きで行きたいねぇ」


「サージャさんと行けば、途中…美味しい食事処を紹介してもらえそうですね」


「うんうん、可愛いねぇ。いくらでも奢ってあげるよ」


サージャが本物の不審者に見えてくる。

キミアリエの笑顔が、若干…険しくなったと感じたのは気のせい…ではないのかもしれない。


今回キミアリエが目的地として設定したインゼル共和国、タラッサ連合国と似た体制を持つ国家であった。

元々国力弱き国であったが、1の年前の大事変から復興させる為…一番近いヴェステより支援と言う名の支配を受け入れ…最近は半ば属国化している。


他の隣国であるエリミアやサルトゥスは、樹海を挟むため…集団で直線的に陸路を使うのは難しい。

しかもインゼル側の転移陣は、ヴェステの管理下にある。

実質…他国からインゼルへの交渉権…インゼルから他国への交渉権、双方奪われたに等しい状態。

一切の手出し無用…と言う無言の圧力が、インゼルを縛り…孤立させている。


勿論…此処ザルビネからも、キミアリエの目的地であるインゼルへ直接転移陣繋ぐなら…許可が必要。

ナルキサ商会の者としてインゼルへ行くのなら、ヴェステから入るのが無難であろう。

まぁ大賢者として…なら、どうとでも行きようがある。


「リャーフへの航路は仕事で使ってるけど、プラーデラの航路は初めてなんです」


「そっかぁ。汽水湖だから船の乗り心地も…獲れる魚も…景色も、全て異なるから…キット楽しめるよ」


「そうなんですね!」


過程を楽しむキミアリエの表情から、ワクワク感が溢れ出す。


「良い旅になるといいね」


そして…爽やかに挨拶交わし、ひと時の邂逅は終了となる…予定であった。


だが純然たる商会長であるサージャは、使えるモノは何でも誰でも使う。

サージャならば…どんな重鎮であっても…例えリーシェライルであっても、機会と必要性があれば働かせるかもしれない。


「あっ…そうだ、プラーデラ経由なら王都の支部にも立ち寄ってくれるかい? 荷運びの経験は、各地回ることで其々違う勉強になると思うからさ」


サージャは気兼ねなく…都合良く、現状的確に把握し…仕事を振る。

今回も、絶対に断れないと知っているから依頼する。


「喜んでお受けします」


ニッコリ微笑み、キミアリエは勿論良い返事をする。


「あぁ、王都で王城にも寄ってみるかい? ニュールやミーティ…モーイにも会えると思うよ。懐かしいでしょ?」


「そうですね、懐かしいの…かもしれませんねぇ」


確かに久々になるのだが、キミアリエにとっては…裏切った者達。

何ともバツが悪い。


「向こうに着いて、機会が合ったらで良いかな…って思います」


サージャは優しい目でキミアリエを見守る。


「君も…あの子達といっしょだねぇ」


そう言いながらサージャは子供姿のキミアリエを抱え、頭を力強くワシャワシャと撫でる。


キミアリエの真の姿は、サージャ自身よりも遥かに年長の…十分過ぎる程の大人。

其の事実を理解した上で、本当に子供であるかの様に目を細め慈しむ。


「ニュールは意外と無茶や無謀の中に自分を追い立てちゃうんだけど、自分では全く気付かないんだ…」


何故かニュールについて、語り始めるサージャ。


「お姫様の事を無鉄砲…と心配するけど、自分が似た者であるとの自覚は皆無なんだから困っちゃうよね」


「良い歳なのに大人げないんですね」


…つい思ったままを、辛辣に言葉返してしまうキミアリエ。


「ふふっ、そうだね。生きてきた年数的には、ひよっこも同然だよね。だから、長い目で見守ってあげてね」


万人に向けて発揮する、サージャの気遣い。

其れなのにキミアリエは、何故か釈然としないものを感じる。


「そうですねぇ、僕は長老級の落ち着きを持ってる自信がありますからねっ」


自信満々…明るく言葉返すキミアリエの中に、小さな虚無が生まれる。

温かさと心地良さを伴う、未だ頭の上に置かれているサージャの掌。

ジワリと重さ増し、キミアリエの心にズシリとのし掛かる。


「面白いことを常に求める君に似合う、愉快な子達だよね」


「確かに、僕好みの奇想天外さ持つ方々でしたよ」


「そう言えば、1の年程前…コンキーヤまで旅した道中の話。まだ直接聞いてなかったけど…」


その時入り口から…今回のキミアリエのお付きの者が現れ、2人の3メル程手前で止まり…窺うように視線を送ってきた。


「えぇ、すみません。既に時が至ってしまったようです。荷物はもう用意されてるんですよね?」


「うんっ、まとめてあるよ。頼まれていた物なんだけど、特に急がなくても良いって話にはなってたから…機会をみて直接持ってこうかと思ってたんだ。陣で送っても良いのだけど、量が少ないから…価格的に釣り合わないし、負担を掛けちゃうから迷ってたんだ…。だから丁度助かったよ」


そして一瞬…視線さ迷い勘案したようだが、意を決したのか言葉続けるサージャ。


「後ね…意見が欲しくって…プラーデラの王宮へも赴こうかと思ってたんだ」


そう言ってサージャは、懐から取り出した物をキミアリエの前に差し出す。

キミアリエは差し出された手の舌に無意識に手を広げ、サージャから受け取る。


「…天…地…輝石?…魔輝石!」


サージャが手にしていたのは、握り締めた手の中に隠れてしまうぐらい小振りの…魔輝石だった。


「うん、そうなんだ。大事変の後…天輝も地輝も1の年近く見当たらなかっただろ? だけど最近ヴェステとエリミアの間の砂漠で発見されたんだ」


大賢者達による、世界の外側との理による誓約。

過剰な干渉による…理不尽な運命を絶ち切るため、選び取った…閉じられた世界。


「まぁ、魔輝石自体珍しいんけど、凄い…ってものでも無いと思うんだよね。だから、在っても良いものなのか…確認したくて」


困り顔で懸念を述べる。


「だから、此れが大事変の前のものか…後のものか…確認した方が良いのかなって思ってね…」


大事変の後…大賢者達から受けた報告。

原因や詳細は告げられなかったが…理不尽な理の歪みが是正された事で、魔力の在り方が…今までのように無尽蔵に湧いてくるものではなく限り在るものに変わった事等…重要事項についての警告を受ける。


そして其の影響を精査する集まりとして、各国…国や機関を越えた話し合いの場が持たれた。

其の代表者の中に、サージャの姿もあった。


各国巡る商会は情報収集力に優れている上、基本的国交開かぬエリミアと…唯一の輸出入を請け負う商会として…其の場に引き入れられていた。

商会としてはタラッサ連合国・コンキーヤ王国が拠点であるが、エリミアの継承権無しの王族であり…コンキーヤの末端王族でもあるサージャ。

国を代表する者の1人として参加していても、大きな違和感はない。


もっとも…その様な場に加わらずとも、サージャが情報を得る事は容易い。

商人にとって情報は要、当然…大賢者以外では数少ない…正確に事情把握する者に名を連ねている。


「プラーデラに連絡した時、丁度話題に上ったのでね…。事情は把握しているから、気になって聞いてみたんだ」


何だかサージャの言葉が、何だか言い訳じみて聞こえた。


「あぁ、気にしないで下さい。僕はあまり詳しくないし…興味ありませんので!」


キミアリエは、冷静に朗らかに対処する。

ふと周囲に目を向けると、先程来たお付きの者が…少し慌てた様子で立っている。


「此れ以上留まると荷物だけ先に行ってしまいそうなので、そろそろ出発させて頂きます」


「随分と引き留めちゃって悪かったね、今度こそ本当にお茶しよう」


笑顔で挨拶をしてキミアリエは歩き出す。

だが…其の場から離れたキミアリエに浮かぶ表情が、心持たぬ…人形の如きものになっていた事に気付くものは…誰も居なかった。

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