おまけ9 大賢者の報酬~受けとる前に必ず御確認を 11
「ワシは君の事が相当に気に入ったよ。まぁ実際には5の年後として…嫌っ…モモが待てんとゴネるであろうから、3の年後を想定した方が良いかの…」
調子に乗ったアナジェンテが、モモハルムアとの婚姻について妙に具体的な提案をしてくる。
少しネジが緩んだ爺…と言う認識がニュールの中に出来上がり、目上の者に対している事忘れてしまう。
「おいっ! モモの年齢を考えろ?」
思わず一喝する。
一瞬…顔を上げニュールを見つめ、驚くような…何かに思い至ったかのような表情を浮かべるアナジェンテ。
やっと此の奇異な状況に気付いてくれたのかとニュールは少しホッとした。
「おぉぉ…そうかそうか。親しげにモモ…と呼んで気遣ってくれるとはなぁ、何より…何より…爺冥利に尽きる…ぞ」
「気にすべきは、そこじゃないだろ! 3の年経過したって子供だって事だ!!」
ニュールが指摘した問題点と…全く違う部分で気付きを得て、顔をほころばせ感涙するアナジェンテに対し…思わず突っ込みを入れてしまう。
しかし…アナジェンテは、正々堂々反論する。
「だが14の歳にもなれば、我が家系的には適齢。むしろ成年超えても1人過ごしたのなら、出戻りや…問題ありと勘違いされるわ! 今すぐの方が、まだ良い」
「……」
相互理解に至る以前に…常識の違いを実感し、言葉を失うニュール。
『話が通じない…』
アナジェンテ自身も外部から入った…以前はニュールと同じ常識を持った者であると言うのに、エリミアでの思考にドップリ浸かってしまったよう。
話通じぬ相手への説明で、ニュールの徒労感が半端ない。
しかも…アナジェンテが吐き出す戯れ言の端々から、迫り来る厄難の気配。
ニュールの意思飲み込み…丸め込もうとする巧妙に押し寄せる圧力を、ひしひしと感じるのであった。
にこやかにニュールを見守るアナジェンテ、言葉の刃煌めかせつつ…さり気無く弄ぶ。
悪意の欠片も持たぬのに…悪い顔で嬉々としてニュールを翻弄するアナジェンテ、其の姿は意外な程にシックリくる。
ヴェステ軍で上位の役職に食い込むには、程好く立ち回り…表裏飲み込める悪どさが…必須。
ただの良い人には難しい地位、其処で程々に昇ったアナジェンテ。
しかもエリミアの上位王族に見初められたとは言え、国跨ぐ決断下し…移った先でも新たなる名を馳せる。
只者では無いのは確か。
「モモは正直な子でな…プラーデラに行ったときの様子を、毎回事細かに語ってくれるんじゃが…」
口の端に浮かべるアナジェンテの笑みは、しなやかに静かに忍び寄る肉食魔物が狩猟をするときに見せる表情に近い。
祖父と孫…とても良く似ている。
アナジェンテの紫水晶魔石色の瞳が、モモハルムアの真摯な表情を彷彿とさせる。
「…口付けによる魔力譲渡と、魔物由来因子の注ぎ入れによる一時的魔物化。潜在的能力の活性化が促されている…とでも考えるのが妥当かのぉ」
研究者並みの考察で、ズバリとニュールとモモハルムアの間の出来事を語る。
「まぁ機序はともかく、結果は確実。そして遣っちゃった事も確か…かのぉ、年端もいかぬ子に…な…」
「遣っちゃった言うな!」
思わずピシリと言葉を返してしまったニュール。
訳知り顔のニンマリした笑み浮かべるアナジェンテは、ニュールを見つめ…遠回しに責任追及してくる。
ニュールは流砂に足を捕らえられたように、少しずつ飲み込まれていく。
「別にガチガチに縛り捕らえる訳ではないぞ…」
チョット視線逸らしながら、ニュールに言い訳をするのだった。
その時、先程…此の部屋に案内してくれた侍女が…扉を叩く音と共に気配無く現れ…告げる。
「先代様。準備が整いました」
「あぁ、分かった」
侍女に答えるとアナジェンテは勢い良く立ち上がり、ニュールに再び向かい合う。
「さぁ、お楽しみの時間だ!」
珍妙な勢いで、ニュールを煽り立てる様に話し掛ける。
「不相応な責任を負わせるつもりは無いが…相応の思いは向けてやってくれ。ワシとしては、ちょっとだけ孫娘の喜ぶ姿と…艶やかで美しい姿を…老い先短い此の目に焼き付けたいだけなんだ」
言い訳のような訳のわからぬ声を掛け、出会った時と同様…アナジェンテが握手を求める。
「孫の喜びはワシの喜び、君にとっても幸いとなる事を願っとる。待っとるよ!」
そう言い残し、ヒラヒラと手を振りながら颯爽と退室する。
1人取り残されたニュールは、何だか魔物に化かされた様な気分になるのだった。
慌ただしさが落ち着いたのは、昨晩深夜。
フレイリアルとモーイの思い付きを、モモハルムアに連絡したのは早朝。
とても付け焼刃に用意されたとは思えぬ程、周到に用意された晩餐と美しく飾り付けされた部屋が用意されていた。
通されたニュールは、愕然とする。
モモハルムアとの2の月ぶりの再開は、ニュールにとって晴天の霹靂…と言えるような衝撃的なものになった。
アナジェンテから解放され客室に案内された後、夕食への招待を受けたと知る。
しかも正式な晩餐…と言われ、衣装宛がわれた。
やけに格式張った雰囲気の物であり、仰々しい。
他のモノ達も…其れなりの衣装纏うのだが、ニュールのは格別に煌びやかであった。
普段のプラーデラで…人前での国王公式業務こなす場合も、極力動きやすい簡素なものを選ぶニュールが絶対に着ることのない長衣。
薄い朱色の布に、銀糸で細かく全体に縫い取りが入った豪奢なもの。
その上に光沢ある白銀のローブを羽織るが、其の淵にも紫水晶魔石色の糸で精巧な縫い取りが施されていた。
着るだけで国王の風格纏えるような衣装だと言うのに、ニュールは不服なようである。
「飯食うのにコレって鬱陶しくないか」
思わず不平漏らすニュールを、皆がなだめる様に口を開く。
「お呼ばれなんだから諦めよう!」
「皆…似たり寄ったりだぞ」
「たまには良いんじゃない?」
一方的な説得に、納得はせぬが…頷かざるを得ない。
「あぁ…其れもそうだな…」
ニュールは大人げないボヤキを心にしまい、腕を引かれ…背中押されつつ…仲間に従い広間へ運ばれた。
豪奢な晩餐が用意された食卓の先…一段高くなった場所に、華やかに飾り付けられた一角。
其処に用意された椅子に、1人座る人影が遠く入り口からでも確認出来る。
少し近付くと、まず衣装の様子がハッキリと見て取れた。
其の女性が纏うのは、エリミアのものにしては珍しい薄物の衣装であり…少し動くと体に纏わり付き体の線を露わにする様な夜会服。
女性らしさ引き立てる衣装だ。
布は…限りなく白にに近いが…若干、朱の色味が入るもの。
全体に、濃い朱と銀の飾り縫いが広がり満遍なく全体を覆う。
衣装自体が相当に美しいのだが、其れを纏う者は…一層に端麗で艶やか…見目麗しき顔に優美な化粧まで施されていた。
導かれ…最接近したニュールは、その女性の美しさに息を飲む。
精巧な陶器で出来た人形の様な華麗さ持つ艶やかな者。
完璧な姿形持つ者の正体がモモハルムアであると、近くに至るまでニュールは全く気付かなかった。
誰もが其の様子を静かに見守る中、空気読めない感最強のフレイリアルが…場違いな雰囲気で声を掛ける。
「いやーモモってば最高に美人だね! ニュールってば言葉失っちゃってるよぉ」
要らぬ茶々を入れて出会いの瞬間ぶち壊しつつ、気にせず続ける。
「此処の所ニュールってば色々忙しかったんでしょ? だからモモと話してたら、会えない…って悲しんでる姿が気の毒だったんだよね。だから色々と頑張ったんだ、凄いでしょ!」
どや顔で自身の努力であると自慢する。
「それに一応モモの希望…だけど、此の状況ってニュールみたいな冴えない風体のオッサンにとっては勿体無いぐらいの御褒美じゃない? ありがたく思ってよね!!」
"お前こそ近所のオヤジそのものだ!" と言いたくなるぐらいの気遣いの無さ。
モモハルムアを思ってのフレイリアルの意見や行動ではあるのだが、相変わらずの配慮なき言葉は…ニュールだけでなくフレイリアル自身の残念さを強調する。
此の微妙な状態に気付かぬフレイリアルを救うべく、仲間が立ち上がる。
「アタシ達も色々迷惑かけちゃったからな。プラーデラではモモに色々と世話になってるし…幸せになって欲しいんだ。一時はアタシも目指した場所だし、最後まで気持ち貫いた者に…其の場所に立ち続けて欲しかったんだ」
モーイは純粋に…今までのニュールへの感謝と、自身が断ち切った気持ちへの思い入れを…モモハルムアに託す。
そして、モモハルムアの幸せ願う。
「僕は君が鎖に繋がれた姿を想像して楽しくなっちゃったから協力したんだけど…純粋に何か褒美を与えたい気持ちも有ったんだよ。勿論、フレイの望みを叶えるのが一番重要だけどね」
リーシェライルは美麗で秀逸な微笑み浮かべながら、悪巧みのネタばらしの時間をトコトン楽しむ様な表情をしている。
其処へ止めを指すように、モモハルムア自身が声を掛ける。
「私も皆様に此の様な場を与えて頂き、ニュール様と "婚約" に至る事に幸せを感じてます」
其処にはニュールへ贈られる報酬、 "婚約式" が用意されていた。
モモハルムアから不意打ちの決定打を、ニュールは食らうのだった。
だが其れだけに留まらなかった。
捕まえた獲物を逃さぬ様な強い表情浮かべるモモハルムアと、その手伝い…とばかりに知らぬうちに其の場に現れたアナジェンテが周囲を固めるべく…息を合わせた連携技を繰り広げる。
「モモよ、最高に美しいぞ! 美の女神も嫉妬しそうな優美さじゃ」
相好を崩したアナジェンテが、モモハルムアを絶賛する。
「お褒め頂き、光栄です」
「それに…お前の見る目は確かじゃな…」
「ありがとうございます。これもお爺様のご指導のおかげです」
まるで結婚式の新郎の父の如く、既に目を潤ませ…泣き出しそうなアナジェンテ。
横から無造作に、サッとハンカチ差し出す者が現れる。
其の者は、若干の呆れと…労り…が混ざったような愛情深き視線をアナジェンテに向けつつ…モモハルムアに祝いの言葉を送る機会を待っていた。




