おまけ9 大賢者の報酬~受けとる前に必ず御確認を 4
「共に…って、貴方も…行くのか?」
突然提案された…第3都市トレスへ向けての旅。
相当に驚いたが、何よりリーシェライル自身の同行予定? に一番吃驚する。
未だ自身の耳が疑わしく、思わずニュールは再度確認してしまったのだ。
「当たり前じゃないか。だって僕は自由なんだよ! 塔に縛られている訳でもないのにズット此処に居る必要って無いでしょ?」
ニュールの問いに…リーシェライルは会心の美しき笑み浮かべ答え、フレイリアルも嬉しそうにはしゃぎ…話に加わってくる。
「そうなんだよ!! リーシェも一緒に行く初めての旅なの! 本当はエリミアから出ちゃいたいんだけどなぁ」
「其れは目標完遂するまでお預けだけど、こんな風に普通に出掛けようとした事は無いから…僕はとても楽しみなんだ」
色々と…先々の計画持つ様だが、取り合えず直近の計画も相当に期待する2人。
「私も、王国内を旅する…って初めて! 王都をユックリ見て回わったのも、選任の儀が行われるはずだった…ニュールと歩いたアノ日が初めてだったんだよ」
旅について語りながら…フレイリアルは楽しそうに笑顔でニュールに向き合う。
そしてニュールは…今目の前に在る面影の中に、出会った頃の…ボロボロのマント羽織る…年齢より相当に幼く見えた姿思い浮かべ…感慨深い気持ちで目を細める。
「リーシェから依頼された石拾いで荒地には良く行ってたけど、其れ以外での王宮からの外出は一切許されなかったんだよね…」
そして若干顔をしかめ、フレイリアルが言葉続ける。
「隠れて街に寄ろうかと思ったけど、王宮の者に見つかると怒られそうだし…コレを見られたら何されるか分からないから…1人では難しくって。まぁ…仕方ないんだけどね」
コレ…と示した自分の髪をクルクルと弄び、あっけらかんと気軽に語る。
フレイリアルやリーシェライルの…笑み浮かべながら話す内容が、今までの制限された…縛られた生活を物語る。
「だから今回スッゴク楽しみなんだ! まぁ…此の国の街は、まだチョット怖いんだけどね…」
エリミアでの禁忌の色合い背負い、自身の周囲…王宮内でも肩身の狭い思いをしてきたフレイリアル。
初めての王都散策でも、一般の民から詰め寄られ…未だ街への忌避感残るよう。
根深く蔓延る、此の国の者達と異なる色合いを忌む慣習。
勝手で偏狭な思い込み。
真面目に意識変えようと取り組んだとしても、完全に改めるには数世代必要かもしれない。
其れでも…周りに居るモノ達を信じ、今に囚われず…先を語るフレイリアルの瞳は力強かった。
リーシェライルもまた…独善的な環境に押し込められ、力最大限引き出すための…生け贄として捧げられた存在。
長きに渡り塔に縛られ…人としての尊厳を軽視されてきた。
状況は異なれど…本人の意思と関係なく、望まぬ思い押し付けられてきたモノ達。
大賢者として…都合良く崇め奉られ閉じ込められてきたモノが、同じように勝手に…忌むべき王女として蔑まれてきたモノの思いを受け止める。
過去の痛々しい2人の境遇を再度認識し、思わずニュールの表情が…曇る。
「怖がる事なんて無いよ、フレイは十分強くなってるんだから…」
いつの間にかリーシェライルはフレイリアルの背後に立ち、愛しそうに抱き締めながら勇気づける。
「其れでも僕は君の側に居るし、必ず守るから…安心して…」
優しく励まし…そして深い愛情を示す。
其の思いに答えるように、2人の魔力が合わさり…煌めき輝く環を描く。
とても美しい思いの繋がり…ではあるのだが、フレイリアルはニュールの真横に居たため…2人してニュールの至近に…在る。
横に居るニュールの部外者感が半端なく、微妙な表情…になってしまう。
何だかニュールは無性に腹立たしくもあり、久々に保護者的…お父さんな気分…を味わう。
「エッヘン、オッホン! おいっ、いい加減にしてくれ。慰める気持ちには同意するが…周囲の目を気にする常識は持つべきだっ…と思うぞっ」
何とも言えない間抜けた咳ばらいをしつつ、ニュールは力無き制止の言葉を掛ける事しか出来なかった。
"ニュールへの報償" と言う意味合いも… "旅仲間への勧誘" と言う状況も、全て消し飛んでしまったが…頑なに拒否していたニュールの気勢も殺がれる。
此の時点でニュールの抵抗は、ほぼ無効化されてしまった…のかもしれない。
「そうだ! プラーデラへ戻る日を考えたら、直ぐに出発した方が良いよね」
「アタシは文句なく付いてくぞっ!」
モーイは昨晩…フレイリアルと旅について話し合ってはいたが、現実感高まり…今まで遠慮して黙っていた口を開き…嬉しそうに会話に加わる。
「ありがとう! 勿論、モーイが一緒じゃなきゃ始まらないよぉ」
2人で手を合わせ跳び跳ねながら語る。
女子の盛り上がりは激しく、思わず遠ざかりたい気分になる。
「でもエリミアでの移動とかって…誰か詳しいのか? どんな経路で行くんだ」
「私は詳しくないよ!」
胸を張り…詳しくないと断言するフレイリアル。
王女であり…実際に行かずとも学んだ事ぐらいあるはずなのだが…。
「大丈夫だよ。実際には行ったことないけれど、僕はある程度把握してるよ」
聞いていたリーシェライルが笑顔で助け船を出す。
「今は各都市の商業組合に転移陣が築かれてるから、其処へ向かえば問題ないよ。トレスも1区トレスエンの商業区画に組合が有るし…各代官公邸にも設置されてるんだ。まぁ…其れ使っちゃうと仕事っぽいけどね…」
「そうだね…水の機構改修で色んな公邸の陣を使ったから、新鮮味ないもんね」
「じゃあ砂蜥蜴でも使って行くのか?」
モーイは以外と砂蜥蜴を気に入っているようで、少々期待する。
「今回は短期間で移動したいから転移陣を使う予定! へへっー実は商業組合へ既に申し込んであるんだ!」
「行ったことあるなら、直接飛べるだろ? それに陣を使ったって事は…国内旅行してたって言うんじゃないのか」
沈黙を保っていたニュールが突っ込みを入れる。
初めての旅行…と憐れ誘った癖に、国内での陣の使用歴がある…と言う矛盾。
今更ではあるのだが…此の無理矢理なお誘いから抜け出す最後の機会…とばかり、受け身に甘んじてきたニュールは…少し攻めに転じてみた。
「3都は初めてだよ。でも…他の所でも、用件…仕事だけ済ませて帰ってたんだ。隠蔽魔力使ってる事も多かったし…」
「そうだね…機構の改修で色々行ってた頃は、大事変から間もなくて国内が不安定だったからね。それに塔の内部も怪しかったし、旅…と言う感じでは無かったよね…」
2人が真面目に過ごしてきた様子がうかがえる。
「僕は…仮とは言え、個人として器持ち外に出るのは…本当に初めてなんだ。自身の器持つ時には叶わなかった夢…だしね…」
「……」
哀愁漂う笑顔を浮かべ、言葉の砲撃放つリーシェライル。
気軽に疑いの言葉口にしてしまったニュールは、心のド真ん中に究極の申し訳なさを叩き込まれ…撃沈された。
結局策略に陥れられ…良心の呵責背負わされ、見事に口を塞がれたニュール。
思惑と違う方向へ流れる現状を…黙って見つめるしかなかった。
「フレイは転移陣の予約に挑戦してみたんだよね」
「うん! 勿論やったよ」
「ありがとう助かったよ! 一応3区…トレストウェの公邸には、僕の方から滞在する旨…伝えておいたよ。フレイが組んでくれた滞在予定を送ったら、1区にある商業組合まで迎えを寄越してくれるって…既に返事が来たよ」
「ありがとう! リーシェも私も最高~に完璧だね! 旅行の予定立てるのって、凄く楽しい!」
「僕もフレイが喜ぶ姿を見られるのが嬉しいから、協力した甲斐があるな」
フレイリアルの歓喜と賛辞に素直に顔を綻ばせるリーシェライル。
喜ぶ姿が、陽光の如く金に輝く。
止められそうもない所まで…話は進み、ニュールが異議を唱える余地は…消滅していた。
「今、昼時近く…だよね。…1つ時後の昼時1つ手前…だと難しいかも。だから、2つ時後に18層から出発…なら大丈夫かな?」
モーイを見てフレイリアルが尋ねる。
「アタシは1つ時後でも大丈夫だぞ!」
「本当? それじゃ昼時1つに集合で、1つ半までに出発しちゃう?? 此れなら少し余裕もあるし完璧な予定じゃない!」
安直な計画を…フレイリアルは自画自賛する。
「僕も其れで構わないよ…特に支度があるわけでもないしね…」
ニュールを見ながら、相変わらずフレイリアルにデロ甘なリーシェライルが微笑み答える。
「思い立ったが吉日! それじゃあ後で!!」
「アタシも行くよ。用意する程では無いけど、女子には用意が必要だからな!」
くるりと扉へ向き、2人は連れ立って楽しそうに青の間から退出する。
予定はすっかり纏まりフレイリアルとモーイは旅の準備をするために…行動を始めたのだ。
「おいっ、ちょ…ちょっと!」
ニュールの…2人を引き止めるように伸ばした腕は空を掻き、発した言葉は見事…其の場に取り残された。
青の間に捨て置かれたニュールは思う。
『オレ…何一つ了承した覚えは無い…気がするのだが、どう記憶を確認してみても…可否を答えた痕跡は無かったはず…だぞ? それとも誤解を与えるような動きでもしたのだろうか? 記録違いだろうか?』
思わず自身の言動を、大賢者の記憶の記録を参照してまで省みてしまうニュール。
茫然自失感漂わせ、自身の今までの言動見直しているニュールの背後に…同じように其の場に残るリーシェライルが立っていた。
「ニュール…もう断りようのない状態になっちゃってるんだからさ、いい加減諦めて素直に楽しもうよ!」
そう言いながらニュールの肩に手を置き…銀と淡い青紫の色合いもつ頃同様…美麗で魅惑的な笑みを、華やぐ金の面の中に作り出す。
穏やかで柔らかなのに致死毒を持つ様な…美しい極上の微笑みは、戸惑うニュールの気持ちを引き締め…尻を叩く。
「此の場で待ち合わせまで僕と語らう? 其れとも部屋に戻って準備する?」
笑顔で小首傾げるリーシェライルの問い掛けに、可否の否は無い。
「…此の地に残る者への伝達事項などもありますので、部屋に戻り準備します」
ニュールは自ら了承し、受け入れる事になった。
確実に厄介事の臭いのする報酬を…。
滞在するのに向かう先は第三都トレスの第三区トレストウェだが、青の塔18層にある転移陣からの移動先は第一区のトレスエン。
其処の商業区画に設置された陣へ転移した。
自分達しか居ない場所から…多くの人々が集まる場所への転移。
辿り着いた陣の周囲…目に映る人々から、明らかに通常では感じられない…敵意に近い刺さる様な不満や非難の視線が送られてくる。
辺り見回し、最初に疑問を呈したのはニュール。
「これって…無許可で入り込んだ感じになってないか?」
「大丈夫だってば! チャント申し込みしておいたんだから、割り込みにはなっても無許可じゃないもん!」
「いやっ、もし申請してるなら割り込みにはならんが…割り込みならマズイ…」
今回…陣の予約をしたのは、フレイリアルである。
自信ありげにニュールに説明するが、言ってる事が最初から…何だか怪しい。
「ナンカ凄い嫌な感じの注目浴びてるぞ?!」
モーイも周囲からの異様な視線と物々しい雰囲気に気付き、問い掛けてくる。
「でも…申請したん…だよ??」
強気に断言した割には、フレイリアル自身も少し不安になる。
取り仕切るモノがモノだけに、すんなりとした物事の進みを期待するのは…難しいのかもしれない。
「はぁぁぁぁぁ…」
嫌な予感と共に、警告音が鳴り響く。
ニュールは溜め息漏らしながら、かつての旅した頃の突拍子もない気分を…新たに味わい直すのだった。




