おまけ9 大賢者の報酬~受けとる前に必ず御確認を 3
皆…其々に過ごす青の間…天空の間とも呼ばれる1室。
エリミア王国、賢者の塔・中央塔である青の塔22層…最上層に位置する空間。
元々4方に開かれた窓を持ち、天と一体化しそうな…魔力満ち足り解放感溢れた清々しき場ではある。
最近、此の空間は…新たなる仕掛けを得ていた。
フレイリアル達が…自身の空間系能力と空間系魔力内包魔石を組み合わせる実験を行い、空間拡張効果を保有するようになったのだ。
そのため実際以上の広さ持つ、其々が其々に干渉せずに済むような…快適さ増した超空間が出来上がる。
ニュール達の滞在に用意された貴賓室は、下階層にあり誰でも出入り可能である。
つまり…余計なモノも入り込みやすい。
各自で防御結界と隠蔽魔力を展開すれば済むことなのだが、ゆるりと寛ぐには面倒なもの。
故に、話し合いの後も此処に留まる。
勿論…安全面からも居心地の面からも完璧な場所と言えるのだが、たとえ此の場所であっても防ぎきれないモノはある。
王都での "挨拶回り計画" が、敢え無く破れたニュール。
結局…青の間に居座り、帰国までの余剰時間を "飽きるまで寛ぐ計画" に変更し…クリールと微睡ながらユッタリのんびり過ごす。
青の間…同じ時と空間の中…ニュールとクリールの対角、モーイと共に楽しそうにお喋りしていたフレイリアル。
突如…静穏の魔力も…拡張された空間も…障害となる要素全てを物ともせぬ大声で、反対の隅でダラッとしているニュールへ向け話し掛ける。
「ねぇニュール! 今回も色々と大変なこと押し付けちゃったみたいだからねっ、私達ニュールにお礼をしようと思うんだけ…」
「断る! 遠慮させてもらう」
フレイリアルからの申し出を最後まで聞きもせず、即断即決…ニュールは謹んでお断りを入れた。
明らかに面倒そうな提案は、聞かぬが勝ち。
クリールの喉のモフモフに潜り込ませた手の感触を…目を瞑りダラリとした姿勢で楽しみ続け、素知らぬ顔でフレイリアルを放置するニュール。
とても…大賢者である上に国王も務めるモノ…の姿ではなく、 "駄目な" が頭に乗っかったタダのオッサンそのもの。
「ねぇ! そんな隅っこでクリールと日向ぼっこばかりしてたら、気付いたらお爺さんになっちゃってるてば!」
「いやっ…既にオヤジではある。だが有難迷惑にも大賢者だから歳は取らん」
必死に提案聞いてもらおうとするフレイリアルの言葉を、サラリと躱す。
少々大人げない気もするが、万難排すべく…意固地な対応を取るニュール。
年齢以上の…偏屈爺さん的頑固さ発揮し、へそ曲がり感を全面に押し出し…果敢に立ち向かう。
ニュール的には…面倒事を極力避けたいだけ。
此の緩やかな流れの中、フカフカの場所でフワフワのクリールと共に過ごす時は…人生で得られる僥倖。
此のホワホワした気分は、久々に感じる至福の時である。
肌寒い季節の朝に包まれる…温もりのある布団と一緒で、簡単には手放したくない心持ち。
「礼なら十分だ。今…此の時を過ごす余裕持てた事に感謝してる」
「ねぇえぇぇ、チョォーットだけ聞いてよぉぉぉ」
いつの間にか横に座り、守護者契約は切れてるのに…頬膨らませつつ甘えまくる。
フレイリアルが強制的に与えたがっている…厄介な臭いのするお礼を受け入れるより、面倒な娘もどきあしらい無駄に時を費やす方が…余程心暖まる安全な御褒美の気がする。
『コイツの申し出は、いつでもヤバイ事に繋がる気がするからな…』
かつての経験が身に染みる。
無意識に導かれた…本能が与える警告、其れを無視する程…冒険に焦がれる質でもない。
危険も冒険も、したくもないのに十分味わった。
駄々こねるフレイリアルの言葉を引き続き聞き流し、自身の内に流れる時を感じながら…ひたすら遣り過ごす。
ニュールの決意は固い。
「悪い事じゃないんだよ? 損する訳でもないしぃ聞くだけでも聞いてみてよ」
詐欺師紛いの定番文言を並べつつ、フレイリアルはひたすら纏いつく。
外部への情報漏洩など…重大な干渉阻止する準備はしてあっても、内部での口出し完全に遮る様な魔力展開は…流石にしてないようだ。
そもそも魔力扱いに長けたモノには意味がない。
フレイリアルは、曲がりなりにも大賢者…魔力扱いに優れた存在。
増してや自身で広げた魔力や結界など、如何様にも対応出来る。
「本当にチョット一緒にぃぃ…って、耳塞いでないで聞こうよ!!」
ニュールが遂に耳を塞ぐ。
辟易とした気分になるぐらい…フレイリアルは諦めが悪い。
そして此の空間には、フレイリアルの努力を無下にするモノを許さぬモノが居る。
強力で強烈な…フレイリアルの親衛隊の様な存在。
フレイリアルの願いを断り続けるニュールに痺れを切らし、とうとう静観していた大御所…リーシェライルが動き出す。
「…そう言えばニュールって、御褒美が欲しい…って思ってた…よね?」
「???」
今回の案件処理する中、疲れきったニュールの心に思い描かれた…何らかの報酬を得られるなら…と言う細やかな願い。
確かに思い描いた希望であった。
『何故把握されている?? 口には出さなかったはずだが…』
務めて表情変えないよう心掛けてはみたが、一瞬ギクリとした表情になってしまったニュール。
リーシェライルの含みのある柔らかな微笑みが…物凄く怖い。
「ニュールの気持ちなら、手に取るように分かるんだよ。たとえ言葉にしなくてもね…」
更なる楽し気な呟きが…ニュールの周囲の温度を奪い、背中にゾクゾクした感覚が湧き起こる。
ニュールとも…フレイリアル達とも別の隅。
本来は大賢者が遣るべき仕事を、当然のように処理していたリーシェライル。
そんな中でも耳ざとく状況を把握し、フレイリアルへと救いの手を差し伸べる。
しかもニュールが決して口にしてない、思考…によって。
「ニュール…、僕は随分と長い間…大賢者をやってきたんだよ」
諭すような雰囲気で、優美な笑顔を向けてくるリーシェライル。
「其の上…今や助言者にもなっちゃってる身なんだよ? 明確な言葉になるほどの思い探るのは、意外と簡単なんだ。特に…僕へ意識が向かってる思考の場合はね、容易く繋がっちゃうんだよ。勿論普段は見聞きしても口にはしないけどね…」
寒々しさ伴う氷の結晶の如き笑み浮かべ、此方を見つめる。
「だから…安直な考えは慎んだ方が良いんだよ…」
ニッコリと朗らかな表情と言葉の中に、長ーい釘を潜ませ…背中からキッチリ打ち込む。
「それに…そんな邪険にするように断られちゃうと…フレイも僕も寂しいなぁ」
追い討ちをかけるように…言葉継ぎ足していくリーシェライル。
奥底から伸びる謎の力に掴まれ…底無し沼に沈みゆく人のように、逃げようの無いリーシェライルの言葉に絡めとられるニュールなのであった。
執務の手を休めたリーシェライルが、本格的にニュールに対峙し…フレイリアルに加勢する。
「僕らは、共感し合える本当の仲間だと…思い繋がる存在だと思ってたんだ。なのに一方的に拒絶されちゃうのって…結構…堪える…な」
端麗な容貌に浮かぶ笑みは悲しげに曇り…ニュールをじっと見つめる。
その金の瞳から一筋の煌めきが零れ落ちる。
「うっ……」
ニュールの口から呻き声が漏れる。
以前…此の同じ場所。
リーシェライルが本来の姿である…銀糸の髪持ち、薄青紫の灰簾魔石の瞳に光宿していた頃…。
ニュールは其の中身が老獪な化け物的存在であると悟りつつ、儚き微笑み浮かべながら悲嘆に暮れる美しきモノの流涙する可憐な姿を目にし…動揺した事があった。
そんな記憶の欠片が甦る。
現在は器が違う上に…酷薄で怜悧狡猾なモノであると判明しているのに、以前同様…言葉に詰まる。
此の絶妙な哀愁漂わせたリーシェライルの口撃? は、活殺握る冷ややかな手を…ニュールの首もとに直接添えたかの如く効果的に働きかける。
「スマン…」
ニュールの口から次に出たのは、誘導され…口を衝いて出た謝罪の言葉。
密かな心理的攻防が続く。
「良いんだ…謝ってくれるのは、僕の事を少しは友人…と思ってくれてるって事だよね。少し嬉しいな…」
悲しみ隠していた笑みが、言葉通り…はにかむ様な喜び漏れ出る笑みに変わる。
器の麗しき見た目だけではない…心奪う様な艶麗な笑みであり、リーシェライルは標的の思いを飲み込み喰らい…魅了する。
其の横で冷静に…無言…無表情…にて、ブルグドレフはリーシェライルが処理する大賢者の執務補佐を…気配消し黙々と続けていた。
そもそも…余計な事に手を回すフレイリアルだが、遣るべき事は山ほど有る。
処理している執務は全てフレイリアルが請け負うべき仕事なのだが、決して指摘しない。
リーシェライルは、只々フレイリアルを甘やかしたいが為に行動する。
ブルグドレフは、フレイリアルとリーシェライルと言う面倒事呼び込む厄介なモノ達を御する為…唯々諾々と受け入れ…余計な思考を排除し処理を続ける。
そんな中…一瞬ブルグドレフが顔を上げ、ニュールを見やり…若干気の毒そうな表情を浮かべた。
フレイリアルの願いを拒否したが故…リーシェライルの関心を向けられてしまったニュールに対しての、憐れみの情…共感…とでも言える思い。
だが直ぐさま視線逸らし、シラッとした表情で再度自身の仕事に集中する。
巻き込まれを回避するためならば、たとえ他者を見捨てる事になったとしても… "危うきには近寄らず" が最善なのである。
此の恐るべきモノ達と…1の年程過ごし身に付けた、貴重な教訓…なのだ。
ブルグドレフが見て見ぬふりをする中、リーシェライルの十八番である…美しい顔を最大限利用した心理攻撃は続く。
動揺するニュールの中から魔物感溢れる冷徹さを剥ぎ取り、奥に隠れるお人好しなニュールを追い詰める。
「ねぇニュール、僕もねぇ…フレイの案に賛成したんだ。…だって僕ら…ニュールには色々とお世話になっちゃってるからね。これでも少しは友に感謝の気持ちを示したいと思ってるんだ…」
其の絡めとる巧みな攻めから逃げ切る手段も場所も思い付かず、ニュールは撫でていたクリールに助けを求めるように視線送る。
だが所詮…獣、其の上に魔物。
言葉も空気も読める癖に…いやっ…正確な状況読めるからこそ、弱肉強食を完全に理解し…フレイリアルの所へと見て見ぬふりして逃げ去る。
クリールに見捨てられた形になるニュールは、ただ空しく…去っていくクリールを目で追うしか出来なかった。
もっとも…ニュール自身、クリールをごまかしの手段として考えたのだから御相子…なのかもしれない。
癒しの温もりも…都合の良いごまかしも…、全てを失ったニュールは対峙するより他無い。
「第三都市トレスへの1泊旅行を贈りたいと思ってね。フレイも行きたいみたいだし、君と…モーイを護衛として付ける感じで僕らと共に行って欲しいんだけどなぁ…」
先程ユックリしろと説き伏せていたモノに対し…舌先乾かぬ内に真逆の提案持ち掛ける図太さに唖然とし、若干呆れつつ…聞き流す様に聞いていたニュール。
一瞬の沈思の後、間抜けた声で答える。
「…はぁ…あぁ…ええっ?? えっ?」
反応遅れたのは、ニュールが聞き捨てならぬ内容に気を取られたからである。
今耳にした申し出の中に、リーシェライル自身が旅へ参加すると思われる言葉含んでいる事に気付く。
ニュールは、驚きと戸惑い隠し切れぬ状態に陥るのだった。




