25.巻き込まれ進んでいく
高出力の魔力を孕んだ光が《四》が持つ金剛魔石の上に広がり、最高強度の防御結界と攻撃魔力の両方を形成し展開させた。
ニュールはそれが展開し終わる前の攻撃を狙った。今導き出せる限界の力を注ぎ込み作った、鋭利に突き刺す攻撃魔力を投げつける。
だが、既に完成の域まで組み上げられた優美な輝きを放つ高貴なる金剛魔石による防御結界は、その攻撃を霧散さえさせずその場で消し去った。
ニュールは万策尽きた状態だったが、最後の足掻きで反射結界を形成し備えた。
ニュールの勝利を信じ結界の中で耐えているモモハルムアとフィーデスの安全を守るためにも…。
「ヤバイ! 忘れてたっス!!」
高出力の魔力を手にしたまま《四》が叫ぶ。
「《三》は連れて帰らなきゃいけないんだった! 危な~い、うっかり殺っちゃうトコでした~」
テヘペロって感じで可愛らしく、ありがた迷惑な事を言い始める。
『可愛らしい仕草をしたってお前もオレの元年齢と4つぐらいしか違わないんだから十分大人だぞ! …おかしいから!』
命の危険があるこんな状況下、心の中のツッコミを止められないくらい何だかイラッと感じるお年頃なニュールだった。
「まぁ肉片に近くても息が有れば良いみたいなので…ん~大丈夫かな? 殺さず連れて帰りますよ…」
「…絶っ対、嫌だ! 捕まるつもりも戻るつもりも無い!!」
ニュールの中に無茶苦茶だけど、死んでも生き残って逃げ出すと言う覚悟が出来た。
《四》は言葉通り練り上げた魔力で金剛魔石による鉄壁の防御結界を見せつけた。更にその手に、拡げれば城さえ破壊できそうな攻撃魔力を乗せ微笑んでいた。
『肉片も残りそうに無いんだけど…』
ニュールの素直な感想だった。
それでも、生き延びるための最大限の努力をしてやろうと隙を見ていた。
すると、何か鋭い物体がモモハルムアとフィーデスの居る方向から《四》を刺突すべく飛んできた。
物理攻撃さえ弾く金剛魔石の結界が有るため《四》はその攻撃を鼻で笑い、避けもしなかった。
その飛来物は短剣だった。
フィーデスが投擲した小振りだが飾り少なく実用的な短剣。ただ、その刃先は虹色に光を拡散させ至上の輝きを放っていた。
そして、その短剣は《四》に達すると結界に弾き返され……返されなかった。
その短剣は結界を通り抜け《四》が魔力を展開していた右腕の付け根に深く突き刺さる。
「!!!」
驚愕の表情で自身に達したその煌めく短剣を確認し、《四》は投げられた方向を睨み付けた。
「金剛石です」
モモハルムアが結界の中から凛然と言い放ち、言葉を続ける。
「私の家に王家より下賜された金剛石の短剣です」
金剛魔石は金剛石の鉱床より産出される。
ただの金剛石も魔力を微妙に帯びている物もあるため、管理は厳重であり一般には流通させない。ただし王家が装飾品として利用したり、褒美として下賜される事が希にあった。
魔力を含んでいなくとも性質を同じくし、物理的には差が無いものだった。
故に最高強度の魔力防壁であっても防ぐことができなかったようだ。
《四》は歯噛みした。
しかし直ぐに対応した。怒りに追加して痛みまでもが加わった状態のため先程よりは完成度は低いが、同様の防御・攻撃の魔力を作り上げた。痛みに顔をしかめながら嫌悪の情を込めて冷たく吐き捨てるように言う。
「もう次は無い」
そして間髪いれず憎々しげに攻撃を放った。
…そう、次は無かった。
その場に作り上げられていた膨大な魔力が方向付けられ、周りに充満していた揺らぐような魔力までも飲み込み流れていく…その場にいたもの全員が膨大な魔力の動きに顔をしかめる。
だが、その場で一番苦悶の表情を浮かべる事になったのは《四》だった。
《四》の展開していた魔力は全て消え去り、それだけでなく胸から腹にかけてを掻きむしり苦しそうに転げ回り、そして動かなくなった。
皆がその結末に唖然とした。
警戒しつつニュールは《四》へ近づく。
あそこまでの優位な展開からわざわざ自ら転がり不意討ち…と言うことも無いと思ったが油断は出来ない。
ニュールは武器を携え、横たわる《四》の近くに行き状態を確認する。
意識は無く呼吸は荒い。手元の魔石や予備の魔石を取り上げ、念のため自身の持つベルトやモモハルムアから提供してもらったリボン等で手足を縛り上げた。
モモハルムアとフィーデスも近くに来ていた。
そしてモモハルムアはニュール自身が忘れていた肩の貫通した傷を心配し、その場で出来る範囲で手当てしてくれる。
ニュールはモモハルムア達が投げた剣を《四》から外し、一応余計なものを拭き取り返してやった。
《四》の傷は深かったが、剣を外しても命に関わる様なものでもなかった。
モモハルムアは、その剣を丁寧に両手で受けとるとニュールに微笑み主張した。
「私たち十分お役に立てたでしょ?」
「あぁ、十二分に助かった。ありがとうな!」
ニュールも警戒感無く笑顔で返す。
「………どっ、どういたっしまして…」
何だか真っ赤になってるし返しがおかしい。疑問に思いつつも気にせず訪ねる。
「金剛魔石と金剛石の関係なんて良く知ってたな!」
素直な感想と称賛の気持ちを送ると、モモハルムアの視線が色々な所へ向かい定まらなくなる。挙動不審な視線はやがて定まり、その蕩けるような甘い眼差しを最後にニュールの元へ戻し熱を帯びたまま答える。
「役に立つためなら何だってしてみせます!!」
力強さが増す。
背後に控えていたフィーデスが、1万回ぐらい連続で焼き殺す呪いをニュールに発動させる一歩手前ぐらいの表情で睨み付けてくる。
何となくニュールでも察したが認識は甘いし逃げ腰なだけだ。
『だって10歳の子からその目を向けられてもどうもしないよ! それにオレ、中身26歳でも外見47歳のバリバリのオッサンだから!!』
心のなかで言い訳を叫ぶが、こんな時ばかり47歳の外見の方に縋るのであった。
一応、決着が付いた状況であった。次の行動に早く移るべきなのは山々だが、懸念が勝る。
やはり先程、境界壁を破壊したと《四》が言った時に起こった状態がずっと続いているようだ。
『《四》が二度目の魔力を練り上げた時、一度目よりも大量に…普通じゃ扱いきれないような量の魔力が外から流れ込んだような…』
ニュールは無言で考察しながら、以前誰かに言われた様な気がするある事を思い出した…。
「ニュール、魔力は回路が開いた量しか通れない。それを越えれば回路が焼ききれてしまうから注意するんだぞ…」
はっきりとした言葉で聞いているが誰から聞いたかは全く思い出せない、何だか黄緑色の靄に沈んでしまう。
とりあえず確認するためポケットにあった雑魚魔石を《四》の体にくっ付けた。
体内魔石がある者なら体に魔石を着ければ魔力の流れがそれだけで出来るので、そのつけた魔石に触れれば流れているか流れているかいないかは解る。
「無い…」
ニュールが呟くとモモハルムア達が近づいて来た。事情を話すとフィーデスがニュール同様の確認をとってくれた。
「?! …驚きです。今まであの魔力を扱ってたと思えない状態だ」
フィーデスも《四》の状態に対しやはり同様の結論を出した。
当然あるはずの、体内魔石と《四》自身が持つはずの回路が消えていた。
どうやら、外に待ち構える膨大な魔力自体が人や魔物以上に未知で危険な状況を生み出し、新たな脅威となって人々の前に現れたようだった。




