おまけ8 ピオの優雅で憂鬱な休日 8
この微妙な修羅場もどきの状況。
敏感に察知した…周囲でお茶を嗜む紳士淑女方が、興味津々に耳をそばだてる。
横目で覗き見…観察しつつ、素知らぬ顔で更なる展開を…予定調和な結末を…無言の期待込めて待ち望む。
知らぬ間に…面白おかしく眺める要らぬ輩の注目が集まっていく。
凡庸…と自称するピオに襲い来る災難は、留まるところを知らぬようである。
もっとも…女人に手こずり振り回される事の多い…常に空回るミーティが此の状況知ったなら、災難…なんて言ったら恨まれそうな上…羨ましさでピオを呪いそう。
周囲からの視線もおおよそ似たような、驚きと羨望と嫉妬が混ざるものであった。
だがピオが招いた状況は、未だ終わりを迎えず…更に拡大していく。
2人のお嬢様がピオを待ち受けた円卓の側近く、其処から2メル程の場所にある…白い幹に薄黄緑の葉が生い茂った木が作る心地よい木陰。
其処から鈴を転がしたような可愛らしい声が、ピリリッとした空気感の中へ届く。
「…其の約束の2つ時後に…私とも約束が入ってたよね…」
責めるわけでもなく…少しだけ悲しそうな声で、事実を告げる。
待ち合わせ場所に現れた…ピオと約束をしていたお嬢様方は、2人だけでは無かったようだ。
此の驚くべき状況に…縁もゆかりもない周囲の野次馬的者どもから、小さな驚きの声が漏れ出す。
まるで驚嘆すべき見せ物であるかのように…不躾な視線が強まる。
新たにピオに声を掛けてきた者は、木に寄りかかり…片足をパタパタと蹴り出すように軽く動かす。
ピオよりは大分年下のように見える。
色白ではあるが…髪の短さからか少し少年っぽい雰囲気を持ち、美人と言うよりは…可愛らしい感じである。
愛嬌のある感じではなく…むしろ不愛想と言った方が良いように見えるが、銀の髪の間から覗く少し薄い氷のような青の瞳に若干の不満を宿し…少し頬を膨らませて怒っている姿は小動物が威嚇しているようで愛くるしい。
だが何より特筆すべき点は、軽く動かす足とともに揺れる胸に目が行ってしまう事である。
少年っぽい線の細さとは裏腹に、肉感的な胸部が存在を主張し…全ての印象を白紙に戻す。
それぐらい狂暴な存在感を放ち、見ている者の瞳が催眠でも掛けられているように…其の動きとともに揺れる。
一度目にしたら…目を離せぬ、危険物をお持ちのお嬢様だった。
若干フレイリアルと印象が被るが、可愛らしさの方向性は違う感じか…。
この場で主張する3者ともに、ピオと約束していた者達。
最初から予定がかち合っていた訳ではないのだが、過密な時の割り当てによる約束であったことは否めない。
そして…まだ終わりを迎えた訳ではなかった。
「朝一番で私とのお約束も有るのです。ですから2つ時後…だけでなく…2つ時毎でしてよ…」
その場に更に…ゆるりと歩み寄り…合流し話しかけてきたのは、艶やかな美しさ持つ奥ゆかしきお嬢様。
此の入り乱れ錯綜する状況を、密かに…いやっ既に堂々と…眺めている外野の方々の表情が…更なる期待で煌めく。
そんな周囲の無粋な視線など何処吹く風…と全く気にせず、お嬢様はピオだけを…熱く見つめる。
其の一途な視線送るお嬢様は、明らかにお忍びで出てきている様な…高貴な雰囲気漂わせた…やんごとなき深窓の令嬢…と言った雰囲気を持つ。
所作全般に気品溢れ…馴れ馴れしく視線送る事が罪…であるかのように感じられる、高潔な優雅さを身に纏う。
それなのに…細身だが出るところは出て…締まるところは締まると言う理想的な体に…ピッチリとした隣国ヴェステの衣服を纏い、余すところなく披露する潔さをも持つ。
涼やかな薄い紫水晶魔石色した真っ直ぐな髪を軽く手で払い…淑やかで優艶な面持ちで語りかける姿は神々しささえ持つと言うのに、紺の瞳の中に煌めく星に宿る力は…何処か禍々しく妖しげである。
優雅に振る舞う一挙手一投足に魅了魔力が込められているようであり、見ることが烏滸がましいと言うのに…目が離せない。
どこぞの美をつかさどる禍つ神でも降臨したかのように、その足元に…自ら進み出るように生きる屍となった者達が…骨抜きにされ…累々と転がる。
その屍の中に1人生きたまま立ち尽くす様な気分で、他人事のように冥福願う祈り捧げるピオである。
全て見目麗しきお嬢様方からの、紛うことなき…ピオへの思い籠る問い詰めと待ち合わせによって出来上がった光景。
「あらまぁ大変ねぇ…」
そして今まで無言を通してきた…最初から在り…ゆるりと待つお嬢様、周囲の者達同様に…目の前で他人事の様に展開される喜劇を…楽し気な笑み浮かべ…頬杖突きつつ観覧する。
だが此のお嬢様こそ、此の時此の場…本来の約束に則り…正当な時を守り待ち合わせた相手であった。
其の好奇心旺盛なお嬢様は、ピオとは若干異なる明るい薄茶の髪を持ち…橄欖魔石色した瞳に期待に満ち溢れた小意地悪な光宿し…じっと様子を窺っていた。
ちょっとピオと似た雰囲気を持つ者である。
大人しく座って入れば…深窓の御令嬢にも見える可憐な容姿であるが、傭兵派遣組合の受付嬢の制服を纏い座る姿に隙は無い。
短めの制服から惜しげもなく晒されている手足は、程良い筋肉を持ち…お嬢様自身も相当な武力持つのが一見して分かる。
だが決して女性としての姿を損ねる様なものではなく、逆に健康的な色香を放つ。
皆一様に美しい…と言える程の容姿持つ者達であるが、其の者たちの視線がピオに集中する。
狂い始めた予定は…どんどんと連鎖し、ピオの想定から外れ…予想だにしない状況を呼び起こす。
確かに此処にいらっしゃるのは…全て本日、ピオが休みに合わせてお誘いし…約束を取り付けていた方々ではあった。
だが何故か…直近でお会いする予定のお嬢様との待ち合わせ場所に…一同会す。
小洒落た雰囲気の流行の食事処の…庭園にある…1つの小さな円卓へ…ピオ目掛け、待っていました…とばかりに寄り集まったのだ。
流石のピオも…此の状況を理解出来ず一瞬固まり…冷たい汗を背中に感じたじろぐが、動揺押し殺し…余裕持つ紳士の仮面をギリギリ被り対応する。
「美しきお嬢様方と時を同じく御会い出来る僥倖に感謝申し上げます」
仰々しくも恭しくお辞儀をし…何時もの雰囲気で、悪戯っぽい表情浮かべ挨拶述べる。
ピオは滅多に遭遇することの無い、災難とも…僥倖とも…言える状況に見舞われているようだ。
昨夕から昼前までの出来事で、元々の予定を大幅に修正せざるを得なかったピオ。
昼前に目覚め…私室から…ディアスティスから脱出し、後からとは言え午前に会う予定だった者には急遽…謝罪と断りの伝言を入れはした。
それでも連絡をせず…その日の約束を破った事は事実であり、其の結果思わぬ自体に遭遇する事となる。
『謝罪とお断りの連絡はさせて頂いたはずですが…届かなかったのでしょうか…』
心の中に疑問が浮かぶ。
午後一番で会う約束の者との待ち合わせ現場で起こった…緊急事態…ではあるが、それでもピオは…まだこの時点でかちあわせた事に感謝する。
何故ならば…1日通しで集まったのなら、此の場に6人が集まり…囲まれ…ピオは更なる苦境に立たされた事であろう。
今日のピオの予定は…ほぼ2つ時毎に約束を取り付けてあり、1日に6人の御相手と…早朝から…お茶にお食事…会話に…諸事全般…短い時を有効利用して…其々のお嬢様方を満足行くまで楽しませ…ピオも其々のお嬢様方と存分に楽しみつつ…色々と…聞かせて頂く予定だった。
気だるげで物臭そうで非力な感じ持つ…ピオの冴えない見た目に反する、緻密かつ精力的な行動力。
白日のもとに曝された無謀な計画。
休む間を惜しみ…お嬢様方との逢瀬を完遂する予定だったピオであるが、今まで…何の問題もなくこなしてきた。
好事魔多し…とは言うが、ピオの場合…好事で魔が差す…と言った所か。
昨日の手合わせ後…ディアスティスの下、詳細な記憶は持たぬが…寝所にて色々な事起こり…現在の結果へ至る…と言った感じである。
だが…間違った判断を変えられるとしても、避けようのない決断なら取り返しようもない…。
お嬢様方との待ち合わせは、勿論…周到に重ならないように今まで計画して来た。
しかも…経歴や行動範囲…その他諸々加味し、接触の有無も十分確認してあった。
今までも急遽仕事で約束を変更した事もあったのに、今日に限って…出現した世にも珍しき偶然。
偶然ではなく必然であったのかもしれない。
遅刻及びお断りする原因となった…昨晩の鍛練による意識不明状態からの回復…及び、訳のわからぬ状態での起床と対応。
そして今の状況、既に気持ち的には満腹お疲れ状態…と言った所だ。
『意識戻しつつあった時の…我が君より与えられし…力満たす祝福が懐かしい…』
ちょっと現実逃避ぎみになり、既に投げやりな面倒くさい感が漂うピオ。
何故其処4人が集結しているのか、原因究明への思いが少しずつ消えていく。
其の上…美しいお嬢様方の集いに注目していた周囲の者達から、おまけの様な存在感しか持たぬのに主人公の如く其の場にあるピオへの…驚きの声や…不満の囁きが…少しずつ入り込み邪魔をする。
「何であんなヒョロイ普通の兄ちゃんが相手? 美男でもないし逞しくもないぞ」
「あの美しい御令嬢方の召使か?」
「良い物を身に纏ってはいそうだから、金だよ金!」
「でも、裕福そうなお嬢様も混ざってるぞ」
その場に憶測と類推が飛び交う。
「もっと素敵な殿方が現れると期待したのに…」
「見た目じゃなくて中身よ…」
「あんだけの人数相手にするような御方には見えませぬが?」
「凄いのは別の中身かも…」
「キャアァ…まぁぁ嫌ぁだぁわ…ハシタナイ」
勝手にネタにされ盛り上がる。
実際…現在のピオは、地位も金も十分に手にはしているので間違えでは無い。
「女子会じゃなかったんだぁ…」
「現れたのはアレか?」
「執事でも見目は肝心じゃないかしら?」
「技術や臨機応変な賢さも大切だよ…」
関係ないのに、若干擁護するような言動する者まで現れる。
ちなみに…ピオの基本のお嬢様扱い…中身示す行動は、見た目が至って普通な分…とことん優しく紳士的に振る舞い対応する…全面的に尽くす型で攻め入る。
痒くなりそうなぐらいの美しく甘やかな言動で、優雅にもてなし…お嬢様方の心の隙間へ入り込む。
更に…可愛らしい小意地悪を時々仕掛けつつ…至れり尽くせりの世話を焼き、時に突き放し…離れがたき味わいを与え…虜にする。
そしてピオが内に隠し持つ…本物の死を司る危険さが…外見の普通さ持つ凡庸さを、只者で無い存在へと変える。
外野の値踏みが激しくなり…鬱陶しさが増したので、ピオは然りげ無く静穏の魔力を魔石より導き出し…自身と連れ達の範囲に立ち上げた。
神妙な顔をして立ち尽くすピオに対し、魅了魔力放っていた美しいお嬢様が声を掛ける。
「ふふっ…安心して下さい、他のお嬢様方と直接…お会いしたのはさっきですわ。知ってはいましたけどね…」
普段と変わらぬ静かな笑みと言葉、それなのに何処か冷気を感じる。
ピオが柔らかな女性の笑みを怖い…と思ったのは、初めてだった。




