おまけ8 ピオの優雅で憂鬱な休日 6
手合わせを受諾するピオの言葉と共に、ディアスティスの後ろに隠れていた厄介事持ち込んだ張本人であるミーティが…ヒョコリと顔を出す。
視線逸らしたまま、へろへろっと申し訳なさそうに笑う顔を…ピオは静かに無表情に眺める。
「ミーティ…君。こちらで将軍補佐としてのお役目を実行されていたのですね…」
先程まで…猛り狂う様に雑言吐き出してた…と言うのに、まるで今…初めて目の前でミーティを見つけたかのように…ピオは穏やかに丁寧に声を掛けた。
「私は貴方同様…丁度明日、我が君より申し付けられた休み…なんですよ。だから休みに入る前に…お会い出来て…本当に良かったです」
意味が読めない…ピオの休み宣言。
ミーティは恐る恐る…話に耳を傾ける。
「ミーティ君が業務上提出すべき書類なんですが、相当溜まっていましたよね…。本来なら付きっきりでお世話して差し上げたい所…なのですが、明日は所用がありまして…申し訳ありませんがお手伝い出来ないんです」
其の言葉に一瞬ミーティの表情が明るくなる。
ピオも休み…と言うことは、余計な手出しや…論う様な嫌味を聞かなくて済む…と言うことだ。
「…ですが仕事熱心な貴方のことですから、溜まっている書類や…今日の治癒薬の報告書なども此の後…夜通し仕上げてしまうのでは…と憂慮しております。若しくは明日…貴重なお休みを返上してまでも…当然のように仕上げてしまうのでは…と考えてしまいます…」
「あっ…」
心から憂える…と言った表情浮かべるピオ。
ミーティにとって圧力…となる言葉を、百も承知で白々しく告げる。
しかもミーティが口を挟もうとしても其の隙を与えない。
「ですが…義理がたーい…職務に忠実なミーティ君ですから、期限である明後日には必ーず…全て…揃えて…提出して頂けるだろう事を頼もしくも感じ…期待もしてしまうのです」
嫌味な事この上ない。
ニンマリと笑むピオとは逆に、ミーティの顔色がみるみる蒼白になっていく。
「もし必要なら…私の執務室の資料は、ご自由にお使い下さい。可愛い弟子なのに、その様な配慮しか出来ない不甲斐き師匠である私をお許し下さい…」
再び心から申し訳無さそうな表情を浮かべるピオ。
だが次の瞬間、魔物を仕留める時の様な愉し気な表情浮かべ…釘を刺す。
「あぁ…明日の鍛錬は勿論休みになりますよ。其の分、明後日は力を入れますので…ご安心下さい。朝時1つに書類を提出して頂き…心置きなく臨みましょう…」
にこり…と、一見爽やかだが…奥底に深い闇含む笑顔を浮かべる。
そしてピオは、ミーティの七変化する顔色を、面白そうに観察するのだった。
ミーティもディアスティス同様脳筋体質であり、書類仕事は天敵。
其の上…提出期限の日に朝から鍛錬…と宣告受け、勇気出し猶予求めようとした。
「…ぢょっ一寸、待って…」
切実な表情のミーティが口を開く。
其の瞬間、物言いのための "待った" をバサリと一刀両断したのは…強力な味方だと思っていたディアスティスだった。
「さぁ、コイツが1回で了承するなど大変珍しい事! すぐ始めねば勿体ない!」
意気揚々と声を掛ける。
「室内故に魔力放つ攻撃はなし、纏うのは良しとしよう。そして武器無しの方が楽しかろうし、防御結界の展開は安全のため良しとするが…戦い其のものを膠着させるような大々的なのは無しだ。手合わせの意味が無くなってしまうからな…。目眩ましの罠を築く様な…魔力による対策も、手合わせ…と言う目的の趣旨に合わないから無しで!」
ミーティの異議申し立ての機会は、脳内が戦いに傾いてしまったディアスティスによって遮られ…終了した。
「それでは良いな!!」
ディアスティスが好むのは肉弾戦。
それ故に魔力使用を抑えた体術偏重の…普通に考えたらピオにとって随分と不利な条件が組まれてしまった。
だが、抗わぬピオ。
ピオとの話合い途中で言葉握り潰されたミーティも、ガクリと項垂れつつも…黙る。
2人とも…ディアスティスへの抵抗は無駄である事を身をもって理解しているので、溜め息をつくだけで従う。
此の深夜…と言える時間帯。
ピオにとっては力仕事をこなし、帰ってきたばかり…と言う状況。
体力…気力共にカツカツであった。
其の挙げ句、突然捕まえられ…更なる力仕事割り振られた状態。
「ふふっ…僕は、貴殿方の様に暑苦しい価値観は持っていないんですがねぇ」
ピオは自虐的な笑みをもらしながら、小さく呟き…攻撃の口火を切った。
謂われなき挑みに応じはしたが…腹の中に溜まる鬱屈した思いは消えず、最初から集中的に…気晴らしの的であるかの様にミーティに攻撃仕掛けるピオ。
「憤り収まらぬ分は、其の身で購って頂きましょう」
ピオは無感情に言い捨てた。
言葉通り…集中的にミーティへ向けて仕掛けるが、意外にも攻撃が通りにくい。
其れはピオの予想を越え…ディアスティスとミーティの連携が、有効に機能する。
荒野に出て魔物相手に鍛練し手に入れた技術。
脳筋同盟に理論はなく、肉体に直接叩き込んだ…らしい。
ミーティが最近良く行方をくらましていたのは、其のための様だ。
2人ともしっかりと魔力身に纏い、身体能力向上させ…連携する。
華麗な魔力体術で前に出て拳を打ち込むミーティ、其の背後から動きを連動させたディアスティスが…魔力で攻撃の重さ増した両拳で脳天貫くような一撃を下す。
侮れない攻撃である。
だが其れに負けぬほど、ピオによる対処も見事であった。
ピオも2人と同様に魔力纏い…加速した腕に防御結界立ち上げ、相手の攻撃を弾き返す。そして体術で速さ増した足を使い、攻撃地点よりスルリと抜け出す。
計算された動きで回避と次の攻撃へ向けての足掛かりを作り出し、俊敏でしなやか…と言う基本性能に魔力体術を足し…自身の能力使いこなす。
更に局所的に防御結界築き…拳や蹴りの強度高め、速度と重さも倍増させ…攻撃の威力高め…その上で緻密に操り最適な場所に打ち込む。
しっかりと互角以上の戦いを見せるピオ。
「やはり…お前の攻撃の厭らしさは最高だぞ! 相手として不足なし!!」
戦いながらディアスティスが称賛する。
「お誉めに預かり光栄です」
ありがた迷惑な評価と微妙な賛辞ではあるが、一応素直に受け取るピオ。
だが、対峙する2人の…野性的で感覚優位の動きが…時と共に連携を強める。
本能的な行動は、ピオの頭脳を掻き乱し…機敏な反応を鈍らせる。
しかも考え無しの者達であっても、やはり2対1…徐々にピオの対応が後手になり苦境を強いられていく。
攻めてくるミーティとディアスティスは、基本…連携する以外は力に重きを置く…策なき戦いである。
基礎体力が2人よりも少ないピオの…技術力と策による戦い方は、時の経過で苦しさが増す。
だからこそ早めの決着を求めるべきなのだが、以前より腕を上げているミーティと…ちゃんと連携している2人の動きは隙を見せない。
しかも久々の過剰労働後の戦いは、ピオの冷静で小狡い理論的な思考を奪う。
『くっ…立て直さないと』
劣勢覆すため、ピオは一旦距離を置く措置を講じる。
此の2人が生半可な相手でない事は十分に理解している。
ディアスティは勿論だが、日々確実に前進し…水準も随分と上がりそれなりの強さに達しつつあるミーティ。
油断ならない存在に成長し、甘はくなかった。
拮抗する戦いの結果として放たれた魔力攻撃。
夢中になって戦うミーティは周囲を気にする余裕は無いし…対戦条件など頭から消えている。
ディアスティスは端から周囲など目になど入れぬ、自身のみが其の場に存在するかのような戦い方。
「…まったく…脳筋が組み合わさると…戦力としては上々ですが…始末に負えません…扱いに…困ります」
ミーティの捨て身での全力による魔力攻撃など、完全な防御結界で弾けば圧勝出来るのは明白…だった。
だが、ピオは受け止めた。
「おいっ、ミーティ! 魔力攻撃は無しじゃあ無かったのか? 戦う場の条件も考慮しろ!」
まるでニュールのようにピオが声を掛ける。
実戦でのピオならば決して気に掛けなかったであろうし…とことんまで卑怯で汚い手を使ってでも手に入れていたであろう勝利。
今のピオは、対戦者や周囲の状況や安否を気にかけてしまった。
「まさか…土壇場で…周囲を考慮してしまう我が身の思慮深さを自画自賛してしまい…ます。ぬるい環境にいると…甘くなって…しまうのかもしれませんね…」
攻撃を受けつつ相殺し被害を最小限に食い止めたピオ。
「手加減してしまう…とは、私も随分と焼きが回ったもんです…。まぁニュール様の所有する此の場を守る…と言うのは、本望…ですが」
それ故に自身への損傷を防ぎきれなかった…。
「物理…だけでなく…魔力も。大分腕をあげましたね…相変わらず考えなし…ですが…」
皮肉っぽい余裕の笑顔で言葉紡ぐが、顔色が見る見る蒼くなる。
破壊された足元の床から飛び散った鋭い形状の岩が腹に刺さり、足元には…今まで自身が他者に作ってきたのと同じ…生暖かき鮮やかなる泉が作り上げられていた。
霞む視界の中、目の前で目にした顔は自分が心底望んでいる御方のモノだった。
重い腕を伸ばし目の前の者の肩を掴み…最初に出た言葉に自分で驚く。
「…もっと…」
「あぁ、もう少し治療は必要だな…」
その懇願する言葉に答えるように、目の前の者が唇を重ね…濃厚な口付けを与える。
其処で願う者が自身である事に気付き…ピオは驚くが、まるで飢えた者であるかのように…与えられたモノに貪り食らいつき…昂りを抑えられない。
自分の中に濃い生命力が分け与えられ…巡るのを感じ、更に自身を満たすことを心底願う。
高貴なる輝き持つ生命力…を自分の中に更に導き入れる事が出来るのなら、全てを投げ出せるような気がした。
今まで得てきた悦楽が子供だましかと思える、魂そのものが揺さぶられ…快楽の渦に沈められるような…肉体では得られな恍惚感…我忘の境地に到達する感覚。
其の唇の温もりが離れそうになり必死でしがみつく。
「もっと…僕に…ニュール様お願いです!」
泣き出したくなるような、切ない思いがピオの中で沸き上がる。
度々ミーティが治療受け繰り広げていた、見る度に嫌悪感催していた光景。
ピオは、自身が同じ文言を口にする状況に陥るとは思いもしなかった。
「傷は癒えた…後は十分に休めば回復するはずだ。部屋に運んでやれ…」
そして優しい笑顔浮かべるモノが額に触れた瞬間、ピオの意識は再び落ちる。




