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おまけ8 ピオの優雅で憂鬱な休日 3

「私の見た目が…もう少しだけ整い…もう少しだけ筋量あったのなら、世界を此の手に納めていたかもしれないですねぇ…」


嘆くでもなく口癖のように呟く言葉。

ミーティの訓練を受け持つ最中…強力な魔力攻撃を加えつつ…冗談に聞こえぬ冗談で、宰相ピオが気軽にミーティに視線送り…うそぶく。


「謀反でも起こすつもりか? それに何で容姿や筋肉が関係あるんだ?」


以前よりもシッカリと防御魔力を纏い…魔力体術で何とか攻撃受け流し、ミーティは真剣に問う。

簡単に言葉に踊らされ…若干気色ばんだ分、ミーティの集中力は分散される。

其の分…更に余裕が出来たピオは、戦ってると言うのに…両手を軽く上げ…残念そうな表情で答えを返す。


「ミーティ君の分際でボクのこと威嚇しちゃいますぅ?」


ピオは影の《14》から《五》に上がった時、ボク呼びは終わりにした。

従うだけでなく従える立場になったピオ自身の配慮…っと言った所であったのだが、気持ちの昂ぶりと言葉は連動し…時々…分別は粉微塵となり消え去る。

そして隠しようのない刺々しき本性が現れた。


最近…見る機会の減った…悪辣さを前面に出した愉しそうな笑みを浮かべ、ピオは饒舌にミーティに語り掛ける。

勿論、攻撃の手は休めずに…。


「貴方は素晴らしーい筋肉をシッカリ鍛練されているようですが、御頭は鍛え足りてませんねぇ。主君よりの依頼は肉体の鍛錬であり、ソッチの能力向上までは依頼されてませんからぁ。ボ~クは面倒は見たくないですよっ! あーんまり面倒だと手ーが滑って殺っちゃいそーデス!」


ミーティの攻撃を…優雅に踊るように躱すピオ、その動きに合わせ紡ぎだされる言葉にも…愉楽に満ちた心が乗せられる。

ミーティの言動と其の戦いにより、静かに昂ぶりが溢れ出し…少しずつタガが外れた状態に近付いていくピオ。

小馬鹿にするような表情加えながら、攻撃の手数を増やし…圧を強めていく。


其れに負けじと新たな攻撃を用意するミーティも程々成長してはいるようだが、…まだまだ及びそうもない。

ミーティの反撃など何処吹く風…とばかりに、涼しい顔で受け止め…ピオは言葉続ける。


「宝を持ち腐れている君には、全ーく理解出来ないかもしれませんねぇ。だけど…持つべきものを持っていたのなら、女性でも…男性でも…場所でもモノでも…何でも手に入るかもしれないのです。持たざる者にしか理解はできないでしょーがね。凡庸で…餓えている…ボクの…小ーさな小ぃーさな強がりだと思って下さ~い」


そう言いながらピオは魔力纏い…反応速度を上昇させ、ミーティからの攻撃を回避し距離を詰めていく。

ミーティが纏った防御魔力の隙間から魔力纏う手を突っ込み、詰めの一手で体幹に響くような強烈な衝撃伴う突きを背中に食らわせた。

透かさず首根っこを押さえ、魔力纏った手刀で10か所以上を一瞬で切りつける。

そして呆気なく勝敗は決したのだ。


最後に…振り下ろした一刀は、天誅と言う名の甚振りに…ピオの熱い思いを乗せてミーティに捧げたもの。

治癒すれば影響の少ない場所見繕い…手刃差し込み、優しく丁寧にジックリと痛み増すように…ゆっくりゆっくり…えぐる様に回転させる。


「ぐがぁあああああぁあああぁぁ!」


その瞬間ピオは…昂ぶりの頂点に達したかのような恍惚とした表情浮かべ、最高の笑みを浮かべた。押さえつけられたミーティは体をバタつかせ、喉が避けそうなぐらいの苦悶の叫び声をあげる。


「良ーい泣きっぷりですねぇ…もぉっと欲しいんじゃぁないですかぁあ…?」


ピオの口の端が、更なる喜悦を求めるかの如く歪む。

身に纏う防御魔力を掻い潜られた時点で、ミーティには反撃も更なる防御も…何一つ対処しようが無かった。


日課である…鍛練と言う名の狂ったシゴキをミーティに施し、大人げなく圧勝して少しスッキリとした面持ちのピオ。

魔力解き…手刀として使った手から、ミーティの生命の源が滴る。

其れを魔物のように一舐めし、面白そうに様子を眺め…ピオはミーティに告げる。


「本当は…満足いくまで存分に楽しませてあげたいのですが、今日はまだお仕事も残ってますので…動けるぐらいにしておきました。貴方も鍛練を初めて結構経つんですから、此れ位でヘバッてもらったら困ります」


そして狂気宿る瞳そのままに言葉続ける。


「僕が手を抜いているみたいに主君に思われちゃうじゃないですか! 其れは貴方を百ぺん殺しても許せない罪です」


「………」


ぐったりと転がり、既に声を出す事も出来ない失神寸前の瀕死のミーティ。

其の真上から…爽やかに微笑みつつ、つま先で突きながら警告発するピオ。


「…もし…此のぐらいで我が君より治療を受けようものなら、明後日の鍛練後には、確実に此の世界から旅立てるようお手伝いします。私が慈悲深くも用意してあげた治癒薬でも服用して回復しなさい…」


心優しき上司? とも言えるピオから、慈悲深く差し出された御手製の治癒薬。

ニュールの血液を少量…魔石を少量…魔物の血液…薬草を丁寧に混ぜ合わせ魔力通し…作り上げるピオは作り出す。

目指すのは、ニュールの治療に匹敵するであろう効果持つ…普遍万能治癒薬と言われる第六精髄(セスタ・エッセンチア)の完成品。

強制…と言う名の協力をミーティに求め、製薬方面でもピオは日夜努力する。

ただし…今のところ未完成品である。


「あぁ、勿論今すぐ飲んでくださいね」


ピオはミーティに念を押し飲ませる。


決して…逃してもらえないのに、博打のように当たり外れのある不確かな試験薬。

毎回鍛錬後…ミーティに服用させるが、未完成なだけあり…色々と副作用が出る。

臨床試験など行われてない…研究したての薬であり、本来動物等で試す予定のモノを…ミーティを被験者として試しているのだから…致し方の無い事。

致命的な副作用が出てない事だけが幸いである。


当たりならば…ニュールの治療を受けるかの如き超回復を見せるし、程々ならば…魔石部屋に入った程度の回復効果は得られる。

外れならば…1日中寝込み若干の効果を得る…と言った感じで飲んでも飲まなくても変わらない。


引き起こされる副作用は、ニュールの血液による可能性が高い。

つまり…ニュールの治療を受けた状態と同じように…昂ぶりが生じる。

軽いものなら不眠を引き起こす程度であり、重いものだと…抑えきれぬ様々な衝動を得てしまう。


「此れって何か違う薬として売れるんじゃね? 傷の回復はいまいちだったけど、凄く元気だぜ」


何回目かの臨床試験の被験者となった後、指示された報告書を記述するミーティが嬉しそうに思いつきを語る。

だがピオは冷静に現実的な意見を述べる。


「同様の効果再現できないので難しいです」


ピオはミーティの提案を速攻で却下する。

それでも…自分の感覚に自信を持つミーティ。


「活力剤とか精力剤として絶対に儲かると思うぞ! だってオレって飲んでから…まるっと1の日、元気に立ち働いてるもん。…て言うか眠ってない…しぃぃ…?」


自分で問題点に気づき慌てる。


「何時もの落ち着きのなさが…一層せわしなくなってます。とても使える代物ではありませんね…」


薬の出来に対する苦言か…ミーティに対する苦言か…、判別しかねるピオの言葉。

だが、その時の薬ではそれ以上の害は無いようだった。


創薬初期から既に1の年近く経過しているが、効果の出たものを再現しようとしても叶わず。

同じ配分・条件整え配合しても、2度目に作ったモノが同じになるとは限らない。何らかの…未知の条件…が異なるようで、違うものが出来上がる。


「報告書については…飲み心地などよりも、効果発現時の感覚…及びその後の状態を事細かにお願いします。時系列などもシッカリと記入し、出来たら過去の服用薬との比較なども別項目で立ち上げ記入して下さい。それと貴方の生活状況…食事…睡眠…その他…女性男性との私的交渉事など、体調に変化もたらす様な要因となりえる内容は全て報告して下さい。ほぼ毎日飲んでいるのですから其方も毎日お願いします」


私生活盗み見るかの如き報告まで要求されてしまった。


「ええぇぇぇぇぇぇ、それって…そんなの書いてたら…次の日の仕事に差し支えそうだぞ?」


報告内容よりも毎日報告の方が気になるミーティ。

もっとも、ピオからの詳細な指示を把握しきれていない可能性の方が高い。


「ならば毎回休みの翌日に提出で構いません。毎日飲まなくて済むよう、鍛錬も頑張ってください」


「…勘弁して下さい」


事細かに指示を受け…期限まで指定され、涙目になるミーティ。

思わず素直に謝ってしまった。

その時は、つついた藪から…魔物蛇が飛び出してきた様な感覚だ。


「いつまでも中途半端な物を作っていたくはありませんからね…」


既にピオの意識はミーティのことから離れ、効果に大きな差が生じる謎の原因を未だに見いだせない治癒薬の問題点へと思い馳せる。

不明の条件を発見すべく、ピオは与えられた休みを研究にも費やす。


今回も業務終了後に取り組む予定ではある。

本来なら明日も行いたい所だが、ピオにしては珍しく…約束を入れてある。

趣味は…創薬、遊びは…甚振り、仕事とは言い切れないが…実用性も兼ねた野暮用がピオを手ぐすね引いて待っているのだ。


「明日は幸いなことに貴方も休息日でしょ? ニュール様の取り決めですから従いますが…呉々も周囲に、そして私や主君に…迷惑をかけないで下さい。勿論本日の昼時以降の業務も、シッカリお願いします。薬の感想もいつもの様式で詳細に文書にして提出して下さい。期限はいつも通り、明後日までで良さそうですね…」


震える手で薬を飲み干したミーティの様子と傷の回復状況を見て、キッパリと言い切った。

今回のは当たり…に部類する治癒薬だったようだ。


必要な指示を申し渡すと、戦いのさなか浮かべていた残虐な表情の名残は消失し…穏やかな春の日差しを思わせる…万人を魅了する暖かで理智的な笑顔を浮かべる。


「それでは失礼致します」


そして軽やかに修練場を後にするのだった。


夢中になると止まらない者が集まる、ニュールを筆頭とした其の周囲。

憂慮した者達が提案した、定期的な休息日…。


明日が休息日であるが故、返って無茶…は勿論の事…無茶振りも蔓延る温床となるの…かもしれない。

その決め事が、万人とって厳密な意味での休みとなるかは…後に分かるであろう。

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