おまけ7 残されたモノ~残念王子が描く夢 14
サルトゥス王国での王位継承は、10位までを王位引き継ぐに相応しき上位継承権と定めている。
上位継承権持つ者には、その為の教育を受ける権利や王宮に住まう権利など…様々な優遇を受ける特別待遇が与えられる。
其れ以下は単純な順位であり、順位は有っても権利は生じぬ下位継承権とされる。
勿論、繰り上がりもあれば繰り下げもある
権利なしの下位継承権持つ者達は、執政官のような役目を各土地で担う事が多い。
故に…継承権を持っていても継承の可能性無き者達は、国の業務に携わるより地域の執務こなすことが多く…其の為の教育を受ける。
継承権持ちを筆頭として家名を持ち家系を築き…権利を次世代に引き継ぐ。
そして其処に属する継承権を持たぬ者達を率い、各地を管理してきた。
今までは…大きな継承順位の変動もなく、家名と継承順位がそのまま連動しているかの様な状態であった。
だが当代の王位継承争いに参加出来るのは、今代の…現在継承権を所持している者のみである。
だが上位継承者や、下位でも上の方の継承者達が…処分されてしまった。
次代になれば失った継承者の持つ継承権も復活し、次世代に引き継がれるが…今代を失った家門は…1世代を外野として過ごすしかなくなった。
王国を手に入れる利益より、国王の直近で集う旨味の方が大きい。
闇石を扱うための賢者の石に適した能力や…高位魔石の内包者を多く生み出す王家は、絶対的な権力を持つ上に…面倒事伴うため…手を出すものも無かった。
ある意味安定していた制度だったのだ。
だが…此の王位簒奪に伴う粛清により均衡を崩し、人目につかぬ場所で蠢く魔物の如き者達が…活動を始める。
だからこそ…此の制度のまま安寧を得ることができる…統率執れる力持つ摂政が、今…此の国を安定させるために必要不可欠であった。
「…新国王として公的に継承される御方の指導なら、私でなくとも可能なはず…」
アルバシェルの請願を…何処までも固辞する姿勢崩さぬイレーディオ。
「いえっ、二心無く地位に就ける方。尚且つ、国統べるための教育を施す知識持ち…教え…導く力のある者。更に執政も行え、多方面に渡り目を配り…適切な采配下せる者は貴殿だけです」
其の頑なな態度を懐柔すべく、アルバシェルは手放しで褒めちぎり持ち上げる。
しかも偽りなき心からの思いを言葉にし、イレーディオを説得する。
決してアルバシェルに好意的とは言えないイレーディオであったし、アルバシェルも内心…高圧的で横柄な態度に辟易とする気持ちになる事が度々あった。
それでも…イレーディオの国統べる者としての万能とも言える能力は目を見張るものがあり、王宮特有の世界を忌み嫌わなければ…確実に国王の右腕…宰相をこなすであろう実力の持ち主である…とアルバシェルは確信する。
本人に…ほんの少しの野心と…自身の潔癖さへの妥協が有るならば、国王そのものにもなり得る人材だった。
だが…イレーディオの清廉潔白さは王宮には馴染むはずもなく、疎ましく思う者に嵌められ…一寸した濡れ衣を被せられる。厄介者を追い出すかの様に、中央から程遠いムルタシア闇神殿へ向かうよう言い渡された。
結局…抗わず、自ら進んで早々に王宮を去ったのだ。
謹厳実直であり…他者にも誠実さを求める厳しさ持つが、見た目に反し情に厚く…律儀で良心的なイレーディオ。健全な王を…頂点に立つべき者として育てて行く上で、有用な強みとなる気質を持っている。
「…貴殿を後ろ盾とすれば、担ぐべき御方が王位を公的に継承するにあたり…均衡を崩すことなく…国乱れる事無く営まれて行くことでしょう」
イレーディオは神殿に所属はしているが、大家門の三男坊である。
継承位こそ失ってしまった家門ではあるが、王家の血筋に属する家であり…摂政として相応しき地位も持つ。
他者を抑える権力が無ければ、この機会を好機に変えるべく…先走る者が現れるであろう。何処までも腐ってしまった世界ならば、実力主義の…弱肉強食の世界で生き残った者が統べるのも有りだ。
だが…今の此の状態で根本から崩れ落ちてしまうのなら、内乱に近き状態が起きる可能性が高い。
戦など起これば、全てに影響を及ぼす。
此の国の中に存在する…あらゆる者にとって、望ましくない未来が…眼前に繰り広げられる事になるだろう。
国乱れるような結果は…最後まで安定を望んだリオラリオの目指した先とは、違う気がした。
強い力が必要だった。
「私は浮ついた表面だけの言葉で納得するつもりはありません。そして、多少の利害で動くつもりもありませんし、信義にもとる行動を取るつもりもありません」
イレーディオは真正面からアルバシェルを見つめ述べる。
「私を動かそうと思うのなら、殿下の正しさを証明して下さい。私は、自分が正しいと思える事に対してのみ行動します」
キッチリと自分の信念を掲げる。
「畏れ多くも…殿下自身を胡散臭いと思い容認したくないと考えるのは、王族として…真剣に取り組むべき国事に向き合って来なかったようにお見受けしたからです」
イレーディオは、 "自分自身が持つ信念に対する懸命な思い" …をアルバシェル自身にも求める。
「私は殿下が…背負うべき義務を放棄し…逃げているようにしか見えません。たとえ…殿下の来歴が周囲を納得させにくいものであったとしても、その場所に存在して能力有るのならば…責任と義務が生じるのです」
「私が此の国に留まり…率いてしまえば、変化を…変革を求めてしまいます」
アルバシェルは自身の危うさ…性急さを伝える。
「良き変化ならば望むべきもの」
イレーディオの許容するような声掛けに、軽く頭を振り…否定しながら俯き…アルバシェルは静かに答える。
「私は、今…国を構成する決まりごとに何の魅力も利点も感じないのです。何か一つに負荷をかけ集約する機構に未来を感じないし、頂点に1人を立たせ責を負う世界に魅力を感じないのです。それ故に…すべてを壊し作りなおしたい衝動に駆られる」
少し俯き…膝に置いた手を握りしめ…真剣にアルバシェルは訴える。
「このまま自分の手で動かし始めてしまえば…未来あるのに…無に帰す道を選びたくなる日が来るかもしれない」
自身の中にある自身への不安を理解してもらう為、真剣に考えを伝える。
イレーディオは、アルバシェルの其の真剣な表情と向き合い答えを返す。
「私は…殿下が…奔放であり…周囲に迷惑を掛けている部分は相当腹立たしいですが、世の中に流布しているような…凡愚で怠惰で不見識な劣るモノ…であるとは思いません」
此の…持ち上げてるのか貶しているのか今一つ判じかねるイレーディオの言葉に、アルバシェルは微妙な表情を浮かべて固まる。
だが…評価の良し悪しは別として此の言葉は、真面目にイレーディオに対峙したアルバシェルへの取り繕うことの無い…心のままの評価であった。
其の場に共にあるタリクは、 "真剣" …を絵に描いた様な表情でアルバシェルの背後に控えている。
所が其の表情は次第に…吹き出したいのを我慢している様なものに変化し、肩まで震わせているのが明らかに分かる。
タリクの目に映るイレーディオは…面白い事をしている…と言う訳でもなく、至って真面目に話を続けているようであった。
「今回の対応と…周辺からの聴取により、殿下の…軽薄で…発想が飛躍している…と思われる部分も少々腹に据えかねます」
元々のアルバシェルの印象が悪い上に…今回の考えなしの度を越した無配慮な行動は、イレーディオの憤りを更に強くしてしまったのかもしれない。
「今回の突然の訪問に関しましては、猛省しております」
しっかりした体躯の青年が肩をすくめ…子供の様にしょげる姿は、哀れを誘う以上に…相当に滑稽であった。
「ぷふっぅ…」
タリクの取り繕う真面目にしか見えなかった口許から…笑いが噴き出る。
イレーディオはタリクに睨みを利かせるが、むしろ…視線上に居るアルバシェルの方が其の睨みに牽制され…背後を確認したいのに出来なくなった。
その状況に更にタリクは笑い出し、言葉を発する。
「あはははっふふっ! イレーディオ様、あまりアルバシェル様を虐めないで下さい。思わず笑っちゃいますから」
本気で腹を抱えて笑っていた。
「十分反省している様なのでお許しください…」
笑いは収めたが、にやけ顔は消せないタリク。
イレーディオは若干不満そうにタリクを一瞬見やるが、視線背ける。
間に挟まれたアルバシェルのみが挙動不審となり、戸惑っている。
「アルバシェル様、貴方がイレーディオ様に要請した内容は…リオラリオ様が粗方此の地を去る前に申し入れされていた事なのです」
アルバシェルが…思い付き…万難排し…会いに来た人物は、既に選ばれし者だったのだ。
骨折り損…と言うわけでは無いが、徒労感は否めない。
「だけど、アルバシェル様が申し入れる事で完成する依頼なのです」
タリクが説明する。
此の地を去るにあたってリオラリオは、アルバシェルに対し…課題と言う名の制裁をたっぷりと残した。
其れが膨大な日常業務と後継問題だった。
リオラリオも無条件に此の国の存続を願った訳ではない。
「潰れるなら其れまでの事。面倒を見るものが全てを負うべき問題では無いの…」
呼び出したタリクに向かい告げた言葉。
此の国を…見限る訳では無いが、厳しく見つめる視線。
「本当は直接赴いてイレーディオと話そうと思っていたのだけど、時間的な余裕も…魔力的な余裕も無さそうだから…」
精力的に働き…使える限りの魔力を扱い…巫女の能力である先き見を行い、遡った肉体の時間は…これ以上の魔力行使を難しくしているようであった。
「一応話を通して、説得もしてみて。だけど最後の判断はイレーディオのものだし、アルバシェルが答えを見つけるかどうかで結果が変わるようにしてみて…」
「承りました」
「…勿論、貴方自身の思惑や気持ちを加味してくれると更に面白そうね」
リオラリオがタリクに向けた言葉。
「私…自身の気持ちですか?」
「決して貴方はアルバシェルの影では無いの。だから、望む道を選択して良いの」
「……」
其の時のタリクは、無言でリオラリオの言葉を受け取るだけだった。
其処にある様々な思いを取り出して並べる事など無いと思っていた。




