おまけ7 残されたモノ~残念王子が描く夢 12
動じる事なく…涼しい顔で様々な困難を遣り過ごす大賢者統合人格が、アルバシェル自身の真っさらの意識に代わり器の活動司る。
意識の奥底で少しずつアルバシェルは見聞を広げ、知識が意識を満たすのを待つ。
着実に情報を取り込み…認識出来る範囲は拡大する。
衝撃で失っていた記憶が少しずつ甦り…抜け落ちた部分が繋がっていく。
そして…周囲から消えた…今まで常に側に居てくれたリュマーノを…思い出す。
『何故…失っていたのだろう?』
消えた大切な部分を取り戻し疑問が生まれる。
いつの間にか魔石を持たず導き出せるようになっていた…魔力。
其の力を使い…教えられた訳でも無いのに自分の中にある情報から方法を引き出し、街に…国に…世界に…リュマーノの存在を問う。
『…リュウが居ない。僕の中にも…此の世界のどこにも…感じない』
そして全ての記憶の欠片が戻り、最終的な現状の理解に及ぶ。
賢者の石とアルバシェルが繋がった時に起こった事…。
リュマーノはアルバシェルを守る盾となるために…賢者の石に命を捧げ…消えた。
大切な者を失う瞬間…アルバシェルは意識を失っていた。
リュマーノが消える前…既に膨大な魔力の渦に飲み込まれていたからだ。
其れなのに…まるで魔力で其の場面を描いた絵画でも確認したかの様に、鮮明で詳細な記憶が脳裏浮かぶ。
しかも…視点異なるアルバシェル自身も入る映像として頭の中に存在するのだ。
「…???」
謎の現象ではあったが、他の場面も…状況思い描くと確認出来る。
其れは大賢者の持つ記憶の記録であった。
賢者の石と…自身の間で循環する…暴力的な魔力の渦が、其の時既に回路を開き…繋がりかけていたのだ。
それにより賢者の石の中に存在する統合されたモノによって…全ての状況を記した…記憶の記録が作成され、アルバシェルの意識の中に…流れ込んできた。
視点の違いは…其の時まだ完全に賢者の石を内包していなかった為、ズレが生じた…ようだ。
アルバシェルが自身の目で見たかのように、思う場の状況が克明に脳裏に浮かぶ…其の謎の現象は、無意識の…記録の検索によって解明された。
だが…更に確認する為、共にその場に在ったリオラリオを思い描き…アルバシェルは後悔する。
其処には…全てを呪うかの様な瞳を持ち、静かに…激しく…燃えるように憎悪に染まっていくリオラリオが存在した。
そしてアルバシェルに怨嗟の視線を向ける瞬間をも映し出す。
目にしたくないと言うのに、其の光景から逃れる事は出来なかった。
『僕が触れてしまったから起こった事…? …僕のせい…』
思い出した記憶が剣となり、心の奥底まで深々と刺し貫く。
温かい気持ちを作り出していた何かが一気に霧散し…足元が崩れていくような感覚に陥り…沈む。
アルバシェルとして自身を表在させる意義が、其の瞬間…消えた。
大切な者を失った原因が自身であることを把握し、訪れる絶望…。
『いらない…自分…いらない』
自分自身を責め苛む後悔は、アルバシェルの意識を…周囲との繋がり薄い深層まで沈める。それは統合人格がアルバシェルの代わりに身体を動かし、無為に暮らす日々が伸びる原因となった。
結局…王宮や神殿に留まることは出来ず、大賢者統合人格によってある程度生活出来る状態に調整された後…利用される時以外は市井に出て生活することになる。
街外れの森との境界付近で石拾いをし…魔石を売りさばきながら、過去の大賢者達が集い…魔石や陣の研究を日がな一日続ける日々。
統合人格の元となる大賢者達の平均年齢からくる、妥当な隠居生活とでも言える暮らしをしていた。
祖父のような内なる大賢者達との穏やかな日々は、アルバシェルの心の傷を癒し…成長を促す。
「これは2度目よ! いい加減シャッキリ起きてくれないかしら!」
街外れ…樹海と隣り合わせる様な場で生活するアルバシェルを、お忍びでリオラリオが訪れる。
リュマーノの消失に正面から向き合い…、自身の望むものを得るため…神殿で確固たる地位を築き邁進するリオラリオ。
目標を達成するため得た立場は、気ままに…表立ち動くこと叶わぬぐらいにはなっていた。
大賢者統合人格が動かすアルバシェルは、訪問者をにこやかに出迎える。
嵐の様に不意に訪れたリオラリオは、挨拶もなく訪れ入り込む。
そして器の奥底に留まるアルバシェル自身に向け、シッカリと目を見て…強い口調で…思い届ける為に告げる。
「こっちは貴方が必要だから起こしたのよ、遊び暮らすのもいい加減にして!!」
内に籠って縮こまり…意識の表層へ現れぬアルバシェル。
リオラリオは、頭から冷水を浴びせるようピシャリ…と一方的に冷ややかに告げる。
「貴方は既に、自分で取るべき行動を考えて動けるぐらいの分別持つ精神年齢に達しているでしょ!! こんな状態になってから、もう…50~60の年は過ぎたんじゃない? いくら得る情報の少ない深層に潜ってるとは言え、もう意識だって十分成年って言える年齢に成長しているはずよ!」
燃え滾るような勢いで…激しく強気に、上から目線で挑むリオラリオ。
大賢者統合人格の操る器の奥底、内に潜むアルバシェルの意識が…恐怖で奥へ奥へと後ずさっていく様子が見えるようだった。
「貴方は大賢者でなければ、ただの爺よ! 最低限の役目ぐらい果たしなさい!」
リオラリオの…此の怒り狂うような猛烈さは、目的に対して逆効果のように感じるのだが…何処までも偽らぬ気持ちを表している…とも言えた。
「貴方が、貴方の中で助言者になったであろうはずのリュマーノを見つけられないのも知っている。だからと言って私は完全に消失してしまったとは思わないし…決して諦めない」
リオラリオが強い決意を表明する。
「リュマーノが繋がり…行き着いたであろう先が、必ず有るの!」
疑問と興味を示す表情が一瞬アルバシェルに浮かぶ。
リオラリオが宣言する様に熱く語る言葉に、意識の深層に居るアルバシェルも関心を示し…体へ伝わり反映されたようだ。
一見…裏付けの無い…根拠乏しき言葉の様に聞こえる、楽観的内容。
だが、其れが先き見に基づく未来の選択肢として存在する事象であると…導き出される記憶の中で知っているアルバシェルは、其の強い思いに…引きずられ始める。
「…恨むつもりはないわ。私は、貴方のせいとも…せいでないとも言わない」
畳み掛ける様に、リオラリオが心情を吐露する。
其処には正直な…偏りの無いリオラリオの気持ちが表されていた。
「此所から先…リュウに守られた貴方自身で、自分自身の進む道を選択して」
いつの間にかアルバシェルの顔が、少しオドオドした表情になっている。
深層に潜っていたアルバシェルが統合人格と意識入れ代わり、表に顔を出し…小さく呟く。
「…僕は…私は…どうやって…償えば良い?」
リオラリオは、自身の挑戦への結果に満足し…微笑む。
「償いは要らない。だから強制ではなく…ちょっとだけ私に協力しなさい」
リオラリオの前向きな思いが、アルバシェルを完全に表に引きずり出した。
「私は敵ではなく味方よ! 唯一の親族にして仲間だとでも思ってちょうだい」
アルバシェルの運命を…リオラリオが激しく翻弄してきたと言う事実はおくびにも出さず、自身の希望による関係性を勝手に宣言する。
上から見下ろすような視点から…手を取るような位置へ近付き、アルバシェルの心に向き合う。
全てを薙ぎ倒す様なリオラリオの勢いに…アルバシェルは怯え、若干恐怖を感じる。其れが…頼もしさ…にもなるのだと、徐々に理解する。
アルバシェルの瞳に宿る生気が増していた。
そして…最後の一押しとなる願いを、リオラリオがアルバシェルに伝える。
「私はリュマーノの横に辿り着ける未来への選択肢が有ると確信しているし、どんな困難が待ち受けようと実行するつもりよ」
そして再度計画への協力を仰ぐ。
「だから、貴方の助けが必要なの」
「…わかった。出来るだけ協力する…」
意識下で逡巡していたアルバシェルが、リオラリオの手により活動を再開する。
「かつて王宮で貴方を守って来たリュマーノは、今此処に居ない。貴方自身が雑輩からの攻撃を受けて立ち…対処するしかないの。だから、しっかりと学んで!」
リオラリオは引き続き強気にアルバシェルに指示する。
そして不適な笑みを浮かべ命令を下す。
「しっかりと私の役に立ちなさい!」
「はいっ、姉上」
否応の無い返事をさせられはしたが、決して悪くない気分だった。
其処から4の年程、アルバシェルは王宮の寂れた別宮にひっそりと潜む。
其処で大賢者の情報礎石から学び、更に内に有る記憶の記録で補えない知識や…現在の情勢を自身で文書やリオラリオから学ぶ。
そして…大賢者として肉体年齢は死する時まで20の年程であるが、心が10の年程に達するかと思われる頃…リオラリオの協力者として姿を現し表立つに至る。
今代の国王も…過去の王達同様、アルバシェルを賢者の石を内包する王族として…其の一族に加える事を認め…既にアルバシェルは継承権2位を受けている状態。
王が王位を継承した時点で、儀式の1つとして受け継いできた実の無い内容。
ただし…器として其の地位を受けるのと、人としての枠組みの中…其の地位に就くのでは…雲泥の差が有る。
特に皇太子の敵意は、今まで受けた中で…最も禍々しく…強くネジ曲がった純粋な悪意孕むのを感じた。
今代の皇太子は、当代の王の唯一の王子である。
幼き頃からあらゆる者に傅かれ、揺るぎ無い頂点に立つ者として育てられていた。
其の様な中、突然…人として現れたアルバシェル。
形骸化した立場の者と…周囲から説明を受けてはいるが、皇太子にとって今まで存在しなかった同じ王子と言う立場であった。
自身に次ぐ地位として示された継承権2位、皇太子の心の中に消えぬ憤りを生む。
「アイツはお父様の子じゃ無いぞ!! お父様の義兄弟となった者と聞いた」
納得のいかぬ表情で、世話をする侍従に素朴な疑問を投げ掛ける皇太子。
「其れは…あの御方を、代々王の子として王家に組み入れて来たからでございます。現国王様も手続きを完了させていますが、今までの習慣上…義兄弟として扱ってしまわれるようです」
「ならば私にとっても奴は叔父だ! 兄弟などと虫酸が走る」
心底からの嫌悪を示す皇太子。
「あの御方は、賢者の石の器としての存在です。ただの入れ物を気にされる必要はありません。過去の国王様達も其の様に認識し受け入れておられました」
アルバシェが持つ体内魔石は、サルトゥスの王権を示す賢者の石。
「何故、アイツが賢者の石を所持しているのだ!!」
賢者の石の話で、まだ幼き皇太子の憤りが溢れ出す。
「あの御方は器としての大賢者でございます」
「だが、現在所持してるのは奴だ!」
憤懣やる方無い…と言った様子の皇太子。
「だから、国王となられる皇太子様は…其のモノを配下に置けば良いだけなのです」
「でも、今までとは違うじゃないか! 奴は普通に暮らしているぞ!!」
納得せず、更に昂っていく。
「我が物と言うのなら、今すぐ手足切り落とし縛り付け箱に詰めて持って参れ!」
我が儘で片付けるにしては、余りにも苛烈で残忍な気質。
今までも実際に同じ事を要求して実行させた事も…多々ある。
流石に地位有るアルバシェルに対し実行は出来ないと判断したが、周囲の者は巻き添え受ける事に恐怖する。
幼き暴君に対し…不満を持つもの者達は、影で皇太子とアルバシェルを比較する。
「皇太子などと言っても能力が秀でてる訳でもないし、それならば大賢者様が最高位を得た方が国が安定するのでは?」
「同じ王子だしなぁ」
「賢者の石が王の証なら、今の皇太子様は手に入らないじゃないか」
王家の諸事情知らぬ民にとって、継承権2位は1位に次ぐ権利を持つ次席である。
其れは王宮の中でも同様であり、皇太子の暗い思いを深める。
『賢者の石が在るべき姿に戻る事こそ、我が国に必要な重大事…』
其の思いだけは、皇太子フォルフィリオの中で真っ直ぐ歪まず伸びて行く。
「継ぐべき者の手に無いのなら…有って無きに等しきモノ…価値なし」
信念に近い…暗い思いが、妖しい花をフォルフィリオの心に咲かせる。
そしてムルタシア闇神殿で、破滅的状況引き起こす出来事へ突き進んだのだった。




