おまけ7 残されたモノ~残念王子が描く夢 8
最初は小殿司も、侵入者が何者であるか…正体に気付かなかった。
それでも…確実に無頼の者ではないと言うことは、所作や整えられた風体から容易に判断できる。
しかも其の不明の者は、神職に付く者が着る装束に近いものを…着用していた。
閉門管理を取り仕切る小殿司は、何処か…何か…記憶に引っ掛かりを感じる。
場の責任者…とも言えそうな立場だが、妙な危機感の既視感が脳裏に浮かび…目の前の不審者と呼べそうな者を直接糾弾するような事はしなかった。
なるべく冷静に…1歩下がって対応し、記憶に残る知識と照合する。
神殿の扉近く…突如現れた、不可解な人物。
『結界発動の迅速さ。難なく魔石の気配無しに魔力行使する姿…内包魔石を使用しているのか? 並々ならぬ魔力操作技術を持つと思われる…』
神殿そのものが…国の主要機関の一部であり、防御結界陣を多用する中…外部の者には魔力行使が難しい場所である。
…かと言って、神殿の結界形成に関わるような内部の者でもない。
其れにも関わらず、制限を無視し転移陣を使ったかのように…忽然と現れた者。
『逆光と赤き陽光で詳細な判別は出来ぬが、濃色の…縫い取り…』
沈む日の中にあり…色合い見定めるのには不都合な時間帯ではあったが、神職が着る服に施された縫い取りは判別がつく程の濃色。
其れは、上位神職であることを示す。
神職の装束に施される縫い取りは、階級によって変わる。
出仕は縫い取りなし…禰宜は灰や薄黄色…小殿司が濃黄色や橙…そして大殿司が赤や青であった。
暫しの考察は小殿司に一瞬の閃きを生み、整合性のある推論を導く。
『大殿司様と同等以上の能力を持っていらっしゃる様子。王国の八つある大神殿の方々のみだが…王都神殿での会合に集われた方々の中には居なかった存在…あの御衣裳を纏う事が可能で…それ以上の存在…!!』
思考の中で其の者に対する言葉が変化する。
自分で思い付いた考えに青ざめつつも、内心の焦りを気取られぬよう冷静に対応し…憤り挑みかかりそうになっている禰宜を制止した。
夕日の赤さ薄れ、少し暗いが若干残る明るさで…色合いや容貌を確認する。
目の前に立つ者と直接言葉交わすため…近付き向き合った其の瞬間、視界の中に映し出される姿や色合いをハッキリと認め…小殿司は自身の判断の正しさを実感する。
昼日中の様な青空色の瞳持ち、黒に近いが深い緑を感じられる艶やかな髪色。
そして…纏う衣装の縫い取りは黒に近く見えるが、髪と同色の深緑と高価な金糸銀糸を潤沢に使った繊細で優美な技巧施された衣装である。
まさしく祭主の装束であり、容貌がもつ色合いも聞いていた通りだった。
『継承権2位を持つ、アルバシェル・サニ・ルヴィリエ殿下…闇神殿祭主様!』
小殿司は心の中で叫びつつ、思いっきり態度の大きな不審者でしかなかったアルバシェルの前に跪き…高位継承権持つ王家の者に対する恭順の態度を示す。
急に妖しい者への対応を制止され戸惑っていた禰宜も、小殿司の態度と言葉遣いに予想外の高位の人物である事を察し…驚愕の表情浮かべつつ同様に跪く。
突然目の前に現れた…高位の王位継承権持つ、神殿の最高位に就くモノ。
だが小殿司は、其の者の申し出全てを受け入れてしまうような…安易な言葉は返さなかった。一見…タリクの様な筋の通った毅然とした態度かと思われたが、事なきを得る為の…縦割り官僚的思考によるもの。
絵に描いたような高位の者の圧力より、直属の上司から不手際を攻め立てられる叱責の方が…何倍も恐怖の実感籠るようだ。
小殿司は、まず自分より上位の者に確認を取りたいだけであった。
責任から逃れたい…責任を押し付けたい衝動に駆られ、アルバシェルに正式な手順を取ってもらえるよう申し入れてみる。
組織に属する者として、勝手な判断は立場を危うくする事をよく知っている。
「王宮を通して頂くか…時の神殿・大殿司様へ、直接お申し入れ頂けると幸いなのですが…」
少しだけ心強く持ち…頑張って主張してみたが、アルバシェルが聞き入れる様子は全く無い。
「王宮の者でもあるが、私は神殿の者でもある…」
アルバシェルは静かな口調で穏やかに語り始め、最初に現れた時とは別人のように高圧的な態度は消えていた。
「神の導きによりて…私が仕えし神殿に戻ると言うのに、何者の許可が必要だと言うのか?」
だが…冷静に柔らかに主張する其の声には、絶対者の持つ…有無を言わさぬ…抗いようのない強制力が働く。
「ムルタシアの闇神殿の祭主として命ずる。我々が敬愛すべき神々がおわす神殿へ向かうための道を今すぐ開くのだ」
「御意に…」
小殿司は、其の言葉に服従示し…指示通りに受け入れるより選択肢は無かった。
そしてアルバシェルの希望は通り、時の神殿の扉は開かれ…転移陣へと導かれるのだった。
アルバシェルは、王都・時の神殿にある転移陣によりムルタシアの闇の神殿へ移動する。
結局…手っ取り早く目的を遂げるため、自らの身分を明かし神殿周囲を管理していた小殿司に…神々の威を借りてまで命じ、転移陣まで案内させ飛んだ。
もっともアルバシェルには、信心の欠片も存在しない。
此の世界に存在する神々の祝福は、彼方の意思による…面白半分の悪戯な干渉であり…其の不平等を排除するために約束の地へ赴いた大賢者達にとっては…恨みこそすれ感謝の思いは湧かない存在である。
「それでも…まぁ此処に無事辿り着けた事には感謝すべきかな。あながち大反対…と言う訳でもないのか…」
誰も居ない転移の間でひとり呟く。
アルバシェルが感謝の意を示し…其の意向を気にしていたのは、神々に対して…ではなく、人に対して…特にタリクに対してである。
もし…タリクが本気でアルバシェルの行動を阻止しようとするならば、既に取り押さえられていたであろう。アルバシェルの行動を把握し…次の一手を先んじるのは、タリクにとって容易な事である。
それをアルバシェル自身も知っているため…厄介なのである。
タリクに止められない行動は問題ない…と判断する。
安直な…子供のような行動規準が出来ていた。
「少しゴタゴタはしたが、かえって丁度良い時間に辿り着けたぞ!」
無意識の達成感に、呟く声が大きくなってしまう。
既に夕時終わり…転移の間の扉は閉ざされ人が出入り出来ない時間帯。
人目を忍び出入りするには都合が良い。
もっとも此処まで来れば…忍ばなくても別に問題は無いのだが、その方が妨害されずに着実に目的の人物に辿り着けるであろう…とアルバシェルは考えた。
一応…神殿にとって重要な転移の間、扉外には警備の者が常駐している様な場所。
だがアルバシェルにとって、通常警備の此の場所から脱出し…神殿内を移動するのは容易な事である。
此の神殿でも…全て合わせれば10の年分は暮らしたことになり、扉から死角になる場所や…移動中隠れられる場所は熟知している。
勿論…必要な場所では手持ち魔石使い、隠蔽魔力立ち上げ駆使し…十分に警戒しながら転移の間を抜け出す。内包魔石使わず手持ち魔石使うのも…偽装の1つ、他の者の気配に紛れ込むためだ。
なるべく魔力なしで問題なく目的地へ辿り着ける経路を選び、人の出入りが少なく…隠れられる場所の多い回廊庭園へ繋がる階段へと向かう。
『出足は上々と言った所だな』
久々の立ち回りと…忍んでいく愉快さに、アルバシェルの気分は盛り上がる。
回廊庭園から地上階へと降り立ち、少し余裕漂わせつつ…目的の部屋を目指す。
ごく簡単な…遊び心入る任務、と言った気分だった。
そして目的の者が居る場所へ辿り着く。
「後は此の部屋の者を説得するだけ! 食らいついて離さぬ覚悟も持った」
周囲に誰も居ないことを確認し、扉の前に立ち呟く。
「挑戦するのみ!!」
そう断言し…息を整え扉を大きく叩き、いつものように楽観的に前向きに…名乗りと共にドンッと…相手の許諾を待たず侵入する。
「失礼つかまつる! アルバシェル・サニ・ルヴェリエだ。大殿司殿はいらっしゃるか? 火急の要件あり事前連絡なしに参ったが、是非とも話を聞いて頂きたい!!」
その声掛けと行動…そして突然に表れた無作法な者に対し、憮然とした表情浮かべ…扉の先にある執務机に構えてた厳つい顔の人物。
それが王宮で思いつき一直線に目指した場所に在る者。
摂政務めるのに最良であるとアルバシェルが思いついた、完璧に役目こなし良き方向へ導くであろう能力の持ち主であり、信用に足り…頼れると感じ…全てを任せられそうな人物。
其れがムルタシア闇神殿を取り仕切る、大殿司イレーディオだった。
逆に…イレーディオにとってのアルバシェルは、以前からずっと…全く信用出来ない人物であった。
一時期真面目に職責まっとうし始め…認識改めようかと思っていたが、未だ微妙に納得がいかない部分を残す。
いい加減で…胡散臭く…自分勝手に見える部分が目につき、無責任の代表格と思えてならない…何となく腹立たしいモノの筆頭。
そんな人物が突然に表れ、身勝手に…相手の状況顧見ず…自身の要求を押し付ける。
イレーディオを頑な偏屈ジジイ気分にさせるのに、アルバシェルの行動は十分過ぎた。初っ端から…悪印象の上塗りをブチかましてしまったアルバシェルは、相手の機嫌損ね…交渉ごとに先立って負の方向へ駒を進めてしまった。
「殿下…お久しぶりでございます。ですが突然の訪問…身支度なども整わず私的用件こなす中でして…ご来訪に少々戸惑っております」
ムルタシア神殿…闇神殿大殿司イレーディオは、急な来訪に…少し困った様な笑顔を浮かべながら…丁寧な態度で折り目正しく言葉を並べる。
しかも此の訪問が、他人様の都合を無視した…自分勝手な訪れであり迷惑であることを…言葉を柔らかく変えつつ…だが隠すことなく伝える。
非常事態とは言え慎重に検討してきた王位の継承問題。
今更ではあるが…正統で正常な次代国王を生み出し…傀儡の王から正式に公式に譲位行うことは、アルバシェル的にも…国的にも喫緊の問題である。
王位引き継ぐべき正統なる継承者は、正式な摂政を必要とする年齢であり…その為に無理を通し有耶無耶なまま此処まで来たのだ。
アルバシェルにとっても…国家としても、是が非とも聞き入れてもらいたい…達成したい "お願い" だった。
だが…善意や使命であったとしても、一方的で強すぎる思い入れは…強制する印象を生み…人を不快にする。願い強く…行動の抑制が効かなかったようだが、非常に…一方的な来訪であったのは…否めない。
「相変わらず殿下らしい行動…ですな」
そう言いながらイレーディオは再び笑みを浮かべるが、其の言葉と表情には好意の欠片さえ含まず…無意識の拒絶する思いが込められるのだった。




