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23.巻き込まれ失われ

ニュールが打ち上げた攻撃魔力は酒場の天井を破壊し、瓦礫の山を作った。


無差別…既に自分が鬼畜であることは自覚していたが、目に映る光景を自分が作っていることに唾棄し、ニュールは自身の意識を捨て今ある現実から目を背けた。


「ははっ! 流石、衰亡の賢者だね。最っ高だよ!!」


ヴェステでは賢者は忌むべき者…その名を使った俗称は、あの事件の後から囁かれ始めた。

《二》はニュールが作り出した凄惨な光景に気分最高潮なようだ。


「次は僕が最高の惨殺を見せてあげるよ~」


苛虐の悦に浸り嬉しそうにその場を立ち去った。


《一》は無言で、自分達に敵意を向けてきた革命の使徒とその関係者にのみ容赦なく対処していた。

ニュールも機械のように同様の対処をしていく。

目的をある程度達した《二》が戻り声をかけてくる。


「こういう素材を処理して飾っておくと、命令通りの効果がでるんじゃないかな~」


指令は "相手のやる気を削ぐぐらいの凄惨な状態を晒す" だった。


捕まえてきたのは女だった。酒場の踊り子らしい。

少しトウは立っている雰囲気だが、魅惑的な肢体が官能的で派手な衣装に彩られ十分目を引いた。

その衣装に覆われてない背中には大きな傷があった…だが古傷のようだ。

両腕を縛られ捉えられた女は意識を取り戻すと、逃れようと全力で暴れ振り乱す髪の中から《二》を睨み付ける。


その艶やかにうねる漆黒の髪の中から垣間見えた顔を見て、ニュールは震えた。


地に足が着かないようなザワつきと力が抜けるような安堵、そして自分が歩いてきた道への取り返しの着かない悔悟の情が湧き上がった。


「リ…ビエラ…」


ニュールの心は呟きと共に時間を止めた。




ニュールがまだ年齢通りの見た目の頃。


16才で成人となるが、正式に配属の任命を受けたのは17に近い時だった。

砂漠砦で訓練を終了したニュールは、ヴェステ東側の国境砦に配属されていた。石持ちとはいえ儀式で得た魔石ではなく、雑魚の魔物魔石を持っていたニュールは比較的穏やかな場所に…使えない認定を受けて…国境砦に配属となった。


その砦のある街は、華やぎとは縁遠い様な場所だった。

酒場二つと雑貨屋一つ、下宿兼ボロ宿が有るだけの小さな街。砦の人間を入れ、街の大人子供…チビガキ達も合わせて300人に足りない様な街。


「よお、ニュール今日は休みかい?リビエラ姉さんが探していたぞ」


「うっぜー面倒、ナイショにしといて…」


休み前で夜通し年相応に楽しみ仲間と騒いでいたニュールは、残った酒で痛い頭を机の上に置きボソボソと呟いていた。


ここは皆、暖かかった…。


子供の頃、ニュールは石持ちとばれて砦に連れて来られた。色々仕込まれたし雑用係もこなしていたが、そこに仲間は存在せず楽しい場所では無かった。


ここには子供の頃取り上げられた、人との繋がりがあった。

五月蝿いけど懐かしい場所。


リビエラは豊かにうねる黒髪と黄金の色した瞳を持つ踊り子兼、酒場手伝いをしている女だった。

たぶん20代半ば過ぎと思われるが、詳しく確認すると確実に鉄拳が飛んできそうなのでニュールは周囲から探るのも辞めていた。


「ニュール見つけたよ!!」


リビエラが頭の上から飛ばしてきた大声がニュールの頭の中でガンガンと鐘を鳴らす。


「…かんべんしてくれ…」


「次の休みには小窓の修理するって言って金借りてったじゃないか! お前の次の週はどれだけ先なんだい!!」


「わかったよ~」


ニュールは早くもお手上げと、素直に言うことを聞くことにした。

以前、金を借りた時。ちゃんと返したにもかかわらず文句…説教をされたことがあった。


「利子も付けやしないのに偉そうに! 金は返せば良いってもんじゃ無いんだよ!」


そう、リビエラが言った。


「じゃあ、この若い体で払わせてもらいます~」


…椅子に座ったまま、からかい口調でしなだれた仕草をしリビエラを上目遣いに見てやった。


するとリビエラは真剣な目で人の腕をつかみ結構な馬鹿力で椅子からニュールを引き上げた。そして引きずられる様に、リビエラの3階の部屋へ連れていかれた。

若き青少年だったニュールは自分が引き起こした結果にドキドキしながら部屋の扉を潜る。

踊り子をやっているだけあって、しなやかで均整の取れた体と肉感的な胸と細腰がニュールを煽る…そして踊るときに魅せるような艶やかな色気。

もう、ニュールは顔を真っ赤にして立ち尽くすしか無かった。


頬に掛かる左手の指と甘い吐息に何かを期待したニュールは次の瞬間崩れ落ちた…鳩尾への強烈な右手の一撃によって。


『青少年の希望を打ち砕く魔物め!』


腹を抱え疼く痛みのなかでニュールは舌打ちした。


「蹴りあげなかっただけ、優しさを感じろ~」


男前な捨てぜりふまでもらってしまった。

その後ニュールは宿の修繕にコキツカワレタ…倒れるまで。


そして兄弟の様な親子のような情でニュールとリビエラは繋がっていった。



その日は砦の巡回で国境付近を見回る日だった。

国境は何事もなく平和だった。

夕方、砦に戻り街に夕飯を食べに行こうかと同僚のトトと話しながら砂蜥蜴(サンドリザード)で移動していると、砦から殺気が飛んでくる。その殺気と共に矢と攻撃魔力も飛んできた。


「既に砦が占拠されている?」


咄嗟に砂蜥蜴を放ち何もない国境付近の荒野に寝転び、魔石を取り出して結界を張り敵の攻撃を回避する。


「一体いつから…昼前に出たのに堂々日中に襲撃か?」


ニュールと一緒に居たトトが憎々しげに砦に立つ敵を睨む。


「砦が落ちてるって事は街中も…」


二人は顔を見合せお互いに頷き、先へ進むことを決意する。盗賊の類いなら襲撃した街の人々の中から有用な者は捕らえられ、売りさばかれるだろう。…敵国の進攻ならば皆殺しもあり得る。

だいぶ時間は経っているようだし残された時間は少ないかもしれない。


ニュールもトトも所謂、雑魚魔石持ちである。雑魚魔石の持ち主は扱える魔力量も少なく多種を同時に操作することは出来ない。二人は手持ちの魔石を見せ合い、役割分担する事にした。


「おっ前、しけた魔石しか持ってないな」


「お前とほぼ同じ内容だぞ…」


「質より量さ!」


小さな事で偉ぶっておどけるトト。

ニュールとトトはこんな状況だけどお互いに笑ってしまった。

その後、トトが申し出てくれた。


「オレの持ってる魔石は長距離攻撃も少し行ける魔石だからこっちで陽動するよ」


「分かった」


「街の皆を頼むよ」


トトと会ったのはこれが最後だった。



トトの陽動で砦に居る敵の気を引き、何とか街の壁の隙間から入り込む。国境ではあるが辺境の街であり、国としては敵の侵攻からの時間稼ぎ程度の砦として扱われているようだった。

街は既に各家屋に火が放たれていた。その黄色い光のなか浮かび上がる隣国の鎧。


そして足元に広がったかつて街の人々だったモノ。

既に踏み荒らされ形崩れる状態に吐き気と共に怒りがこみ上げる。


「クソッ!」


ニュールは一言呟くと手にした魔石の魔力で隠蔽をかけながら、更に慎重に建物の影に隠れながら見知った顔を求めて這うように移動した。

世話になってる宿近くに辿り着く。

そこには兵に脅され食事を用意させられてる宿の主人と、その手伝いをさせられ兵に給仕するリビエラを見つけた。

兵の下卑た視線がリビエラをねめつける。聞くに耐えない言葉を浴びせられ腕を掴まれているリビエラを見てニュールは切れた。

手持ちの魔石を無理に扱い其処に見えた敵兵を次々と攻撃魔力で撃ち抜いていく。


そこには町の入り口で敵兵が作り上げたのと同じ状態が出来上がっていた…。


ニュールは自分のやらかした事に愕然とする。

怒りに任せて魔石を使い人を傷つけてしまった。


リビエラは自分の周りの敵兵を攻撃してきた方向を見つめ、ニュールの姿を確認し躊躇うことなく駆け寄ってきた。そして両手でニュールを優しく包み込み抱き締め語りかける。


「ニュール大丈夫かい? あんまり無茶するんじゃないよ!」


甘い香りが、遠く昔に母に抱き締めてもらった事を思い起こし少し恥ずかしくなる。


「姉さんこそ…一体この街に何があったんだ」



隣国の辺境の兵団によるヴェステ東側の国境砦への攻撃、軍事的示威行動…。

普段は砦前当たりで適当に殺り合う程度だったが、今回は少し派手になってしまった様だ。一度優勢を悟り動き出した敵軍は留まる所を知らず街を踏み荒し破壊した。

荒くれものの辺境部隊は殺戮そのものに意義を感じてしまい、歯止めを失ってしまったようだ。


そして街の惨状が出来上がった。


ニュールの攻撃魔力を認識した敵軍は、当然のようにその街の生き残り3名に攻撃を仕掛けてきた。

それは、効率重視の攻撃魔力三射だけだった。

兵の生き残りの仕業であることは、部隊を束ねるものが指示してあった最低限の探索でわかっていた。

高を括っていた事もあるが一般人を含む3名を片付けるには実際十分な攻撃だったであろう。


その攻撃は宿の親父の頭を撃ち抜き、ニュール達にも同様の攻撃が襲いかかった。

偶々リビエラが目を向けた方向に攻撃魔力の光を認めた。


心配し抱きついていたリビエラが急にニュールを押し倒す。

かなりの勢いの衝撃で倒れ込むがコンナ状況なのについ、ドキドキしてしまった。少し起き上がるとリビエラは切なそうな表情をしてニュールの顔をみる。そして振り絞るように呟いた。


「お前の事…男としても気に入ってたよ…」


そして再びニュールに近づき優しく口付けた…ニュールはその甘い感触に驚きながら目を開き空を見上げた。


夕暮れに橙色に染まりつつある砂の混ざったような空色、そして鉄錆の匂い…。

ズルリと力抜けニュールを抱き締め口付けていた体が傾く…甘く易しい唇から漏れる吐息がか細くなり、黒く艶やかな髪からニュールの頬へと滴る紅き印がその思いだけをを残す。

敵から放たれた二射は、ニュールをかばったリビエラの頭部と腹部に到達した。生命を感じるリビエラの暖かさがニュールの上に広がっていった。


「………」


空虚になったニュールの中から魔力の奔流が立ち登り、鮮烈な光の柱を生み出し辺り一面を包み込んだ。

夕暮とは言え、陽光の輝き十分残る時間帯であった…にも関わらず砂漠にある近隣の街や砦からでも十分確認できるぐらい強く禍々しき輝きが確認された。


一番近距離の砦より国境砦に部隊が赴く。そこには、あるはずのもモノが何も残っていなかった…敵兵も街も住民も砦も。

存在が確認されたのは、姿形の変貌したニュールと動かぬリビエラだけだった。

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