おまけ7 残されたモノ~残念王子が描く夢 4
リオラリオがアルバシェルを連れてきたのは、先々代のその前の…更に前王が存命だった…と言う頃。リオラリオ自身が王宮に組み込まれてから考えれると、其の時…既に数十の年は経過していた。
そしてリオがリオラリオとして…リュウがリュマーノとして、此の地で再開してから…10の年近くが過ぎる。
「動きなさい。貴方の存在が必要なの…」
何も分からぬ…と言った表情で目を覚ました幼いアルバシェルへ…無表情に用件を伝えるリオラリオ。
時が止めてあったため…恐ろしく長い年月が経過した状態であっても、直前に寝て起きるような状態であり…動けないことはないようだ。
リオラリオの簡素な言葉は伝わり…立ち上がり其処から出ようとするが、ぎこちない動きで…どう脱出すべきか戸惑い隠せぬアルバシェル。
幼子が少し深めの石の棺のような場所から出るのに苦労するのは、致し方ない事である。手を貸してやれば手間取らずに済むのだが、横にいたリオラリオは…まるで自身が人形になったかのように虚ろな目で前を向いたまま…微動だにせず無表情に見つめるだけだった。
其の様子に気付き…アルバシェルが言葉を発する。
「お待たせ…して…すみません…」
「……」
まだ3か4の年であろう幼子であるのに、やけに丁寧な口調である。
しかも…頼るでもなく、謝罪を口にする。
リオラリオは其の言葉を受けても無言のまま、手を差し伸べる事無かった。更に…壇上にあった其の場所から離れ、入り口付近まで進み…ただ待つ。
寝そべっていた石櫃から脱出した後も…段差の大きな石段から降りきるのに時間は掛けたが、結局アルバシェルは…手助け求める事もなく1人で完遂しリオラリオの前に立つ。そして…佇み待つリオラリオの表情を読み取り…取るべき行動判断し、無言で付き従うのだった。
リオラリオにとってのアルバシェルは、自分達の計画の為に連れてきた…惜しくもない存在…であり、むしろ疎ましい存在…とも言えた。
幼子であるアルバシェルに何の罪も無いことも…保護すべき存在であることも、疑いようのない事実。
それでも…リオラリオにとって、アルバシェルが許容し難い存在であるのは変えようのない事柄なのであった。
勿論…リオラリオ自身の願い叶えるための…条件に適合する者であったからこそ連れてきたのだが、生贄としてのみの存在として認識するよう…リオラリオは強制的にアルバシェルから意識を逸らす。
そして、躊躇なく…都合の良い生きた献上品として…王の御前に参上させた。
「我が血に繋がりし者であり、王家の一員として貢献すべき使命負う者よ…」
王命が下される。
調べにより貴き血であることは証明され…利用価値ある者として王家に組み込まれるが、それはリオラリオが望んだ通りの展開だった。
暗緑色の輝き持つサルトゥス王家が所持する賢者の石、其の力ある魔石を取り込ませる器としての価値をちらつかせたアルバシェルを献上し…国王の決断を誘う。
計画に利用するために用意した、リオラリオの筋書き。
リオラリオが最終的に目指した計画は、アルバシェルに取り込ませた魔石を引きはがし…繋がりを破壊しすることで、無理矢理に彼方へ通じる穴を開くこと。
リオとして…リュウとして…世界の境目を越える扉作り、望む世界へ飛ぶ計画。
賢者の石を取り込み大賢者となる過程は、通常…その魔石との親和性高きものが助言者を得て案内人となってもらい…達成される。
魔石との親和性持つだけでは、賢者の石を取り込み…大賢者となる事は叶わぬ。
助言者無き挑戦者が進む道は3つ…。
適合する度合いによって辿る道が異なる。
1つ目は…取り込みを開始する以前に、賢者の石に弾かれる。
此の場合…人も魔石も残るが、弾かれた者の安否は其の者次第である。意識失い…其の後…後遺症なく戻る者も有れば、二度と…戻れぬ者も居る。
2つ目は…賢者の石の中に魔力として取り込まれ、肉体ごと消失する道。
魔石のみ残る。
そして…3つ目。
最後の1つは、取り込みは完了し…人が残る。
純粋な集合知の媒体である賢者の石の意識が、緩衝する役割持つ助言者を持たぬ者の意識を破壊し尽くし…賢者の石の器としてのみの存在となる。
アルバシェルは賢者の石との親和性高き者、3つ目の道を辿るはずであった。
だがリュマーノがアルバシェルを守り…賢者の石と共に消える事を選んだことにより、違う道が現れる。
リュマーノは自ら進んで巻き込まれ…助言者となり、アルバシェルを大賢者へと導く。
「ごめんね…。僕にとって、此の選択が…リオにとっての最善になる…と言う結論なんだ…」
身を挺してアルバシェルを庇い…賢者の石へ立ち向かうリュマーノが、リオラリオに向け最後に述べた言葉だった。
「…有り得ない!! …何で…何で其の子を守るの?! 私と一緒に行くんじゃなかったの?? 私には分からないよ!!」
倒れたアルバシェルの中へ…輝き伴い納まる…賢者の石とリュマーノ、その前で悲痛な叫びをあげ泣き崩れるリオラリオ。
リュマーノはアルバシェルを守り…消失した。
それはリオラリオにとって、作り出した望み叶える機会を失うことになった。
…夢にまで見た思い描く先へ至るための手段を、信頼するリュウが潰した。願いを…諦めざるを得なくする、裏切りに等しい行為…。
しかも、その過程でリュウまで消えてしまった。
「…それでも…私に…リュウの選択を恨む資格は…ない…」
ただ…ただ…涙を流し、起きた出来事に対し…茫然としながら独り言ちる。
「だ…けど…私の側から消えたことはヤッパリ恨んじゃうよ…」
同じ目標に向かい…支えとなってくれた…者。
リュマーノが隣から消えたことで、リオラリオにとって…存在する世界よりも存在する場所が…何よりも大切だったと…初めて気付く。
「だからこそ…願いは諦めない! だけど…この…納得のいかない気持ちは…!!」
リオラリオの中に、悲しさと悔しさと苛立ちが嵐のように吹き荒れる。そしてアルバシェルに対する、憎しみ…とも…嫉妬…とも…何とも言えない激しい感情が押し寄せる。
「…此のっ…呪わしい存在をっ…消し去りたいっ!!」
衝動に従わせようとする暗い欲望を、ギリギリと歯を食いしばり抑える。
リュマーノが内に助言者として含まれるアルバシェルを、排除する事は出来ない。それでも…目にしたくなくて、目の前から消えて欲しいと切に願う。
『第一に大切なのは…私が…此れを殺してしまわないようにする事。速やかに…片付けねば…』
リュマーノが消失する原因となったアルバシェルを、リオラリオ自身の悪意から守るため…選択した措置だった。
湧き上がる破壊的な衝動をこらえ…意識奪うに留め…時の結界を構築し、再び完全にアルバシェルの時の進みを止める。
其処から長い間…賢者の石を内包する肉体を…器として扱い、アルバシェルの存在を石棺に封印し…渦巻く負の感情を忘れようとした。
時が流れ…封印された状態の賢者の石で行う闇石の浄化は、簡易的な処置しか行えず…限界を迎えていた。
時の結界解除と…本格的な闇石の浄化と魔力の取り出しが必要となる。
闇石の完全処理には、賢者数名の命と引き換えに賢者の石で行う必要があった。
それはリオラリオが神殿に所属する頃から同様である。
"闇石の浄化作業は、大賢者ならば単独で可能である。その場合…悶絶するような重度の苦痛に襲われるが、命の代償無く浄化可能である。人的被害を最小限で納めるには、最良の手法と言える。"
サルトゥス王都神殿最奥に保存されていた…リオラリオが現れるより前の…サルトゥスに大賢者が存在した頃…遥か昔の記録。神殿に付属する研究機関所属の賢者達が、長年に渡り解読に取り組んできて得た内容だった。
それは、神殿に所属する賢者を保護し…人的資源を確保するための画期的な方策。
「今の賢者の石の在り方として、大変都合が良いではありませんか…」
「1人のモノの苦痛より、大勢の賢者の人命が優先です。命取られる訳でもないのですから…」
「此れで闇石の力を心置きなく利用…活用できますな」
「高い継承位持ち…神殿で最高位に就く尊き御立場に就くのですから、下々の者に恵み与え施すのは当然の義務でしょう」
複数の賢者を救うための1人の犠牲。
賢者の石とともに封じられているアルバシェルを開放し…適切に活用すべきである…と、周囲から要請される。
当然である…と声高に主張され、犠牲払うべき尊き存在…として求められる状況。
意に沿わなくとも…リオラリオ自身も神殿と王家に属する存在であり、国の決定に抗うことは出来ない。
王都神殿…時の神殿・時の巫女として、大賢者となってムルタシア神殿の祭主に据えられたアルバシェルを…闇石を処理させるために起こす。
様々な思い抱えリオラリオは胸に痛みを感じるが、其れが何処から生じるモノなのかは分からなかった。
目覚めの混乱から立ち直ったアルバシェルの身体に現れた意識は、本人でもなく…助言者となって消えたリュマーノでもなく…大賢者統合人格であった。
「必要であるならば応じましょう…」
既に大賢者となり…幼い姿ではない上に、本人自身の意識も無い状態。
それでも…内包した賢者の石により生じる宿命を…取り込んだモノの責任として、内なるモノ全ての同意の下…受け入れ履行する。
「たとえ貴方が起点となる出来事であっても、あなた自身の責任で無いことを…頭では理解しているの…」
闇石の処理を行い、苦痛に表情歪めるアルバシェルを見て呟く。
自身の明確な意思などなく、運命に翻弄される様子を…リオラリオ自身に重ねる。
リオラリオと同様…王宮と神殿に組み込まれ、損な役回り押し付けられるモノとなったアルバシェル。
成す術もなく流され…受け入れるしかないアルバシェルの姿は、リオラリオにとって…哀れで滑稽な自分自身の姿に見えた。
「敵…ではない…のね…」
少しだけ寛容さ持ち…アルバシェルに柔軟な視線向けられるようになったリオラリオは、自身の中で確認するように…言葉噛み締め呟く。
リュマーノが消えてから…長く…其々の思いの中で嘆き悲しみ、同じように時を持たぬモノとして孤独な歳月を過ごしてきた。
運命共同体であり…仲間…の様なモノ…であることを実感できるようになってきたリオラリオの心に、共感…と言う名の思い生み出される。
其処から少しずつ許しへと繋がり、家族的な思い巡り始めるのだった。




