おまけ7 残されたモノ~残念王子が描く夢 2
世界の終末…と嘆き悲しまれるような災厄降り注ぐ最中、天からの啓示が現実になって訪れた…とされる大事変。
大賢者の1人であり…サルトゥスの王位継承権2位を持つ王子であるアルバシェルは、他の大賢者や巫女同様…存在に干渉する特殊な領域にて選択を求められる。
次元座標の下位空間…事象の境界で、彼方から影響をもたらすモノとの…約束の時を迎えていた。
「君は何を望むの?」
その特別な場へ…様々な方向から働きかける多面的な複数の定まらぬ意思により、アルバシェルへ投げ掛けられた問い。
其処で思い浮かんだ願いは、ただ一つだった。
「あの子と…フレイと…穏やかに過ごせる…繋がる先…幸せな未来が欲しい」
大賢者と言う稀有な運命に導かれてしまったモノであるが故…一層凡百でありふれた日常の光景を夢見るのか、此の場で願うには…ちょっと…いやっ相当…不甲斐ない発言。
だが本人は意外と切実なようで、夢見る青空色の瞳を無邪気に輝かせ懇願する…と言った風情漂わせ願った。
力みなぎる爽やかな美丈夫が、乙女の如く頬を染め…暗緑色の滑らかな髪の内から端正に整った顔立ち覗かせ…モジモジと切望する姿は…非常に情けない。
「却下…かな」
心からの…切ない思い込められた望みに対し返された言葉は、一顧だにされない…無慈悲な結論だった。様々な危機を乗り越え…其れなりに苦労して至った特別な空間での願いだというのに、アルバシェルのちょっと残念な子感の強い発言。
思う相手との幸せな未来を求める…夢見る男子心は、聞き入れる側に手厳しく一蹴された。
そして、ある意味聞き入れる側も切ない気分になる此の場にそぐわぬ願いであり…少しげんなりした表情で…淡々と正論が返ってくる。
「それは君だけの意思で叶えるのは難しい、相手の心を要求する願いだよね。此処で願うべきことではないし、自分で手に入れるべく行動してみることじゃない? 君は待つだけのヒトじゃあないと思うんだ…もう少し良く考えてみよう」
夢見がちな漠然とした未来求める願いは、呆気なく切り捨てられた。
だが彼方より力及ぶ…情け容赦なき意思ある存在から 「甘い戯れ言」 と誹られる代わりに伝えられた言葉には、予想外にも教え諭す柔かな響きが含まれる。
もっとも…我が道を突き進むアルバシェルは、人の話を耳に入れても聞いてはいない。口走ったかと思えるような…小さな…だが本音が込められた願いを拒絶され、動揺しているのか…目が泳ぎ…見るからに思考が空転している。
願いを問うてきた高次の存在について、享楽的な面に支配された…理不尽な思考持つ神に等しき存在…と一方的に断定していたアルバシェル。
無慈悲に思うがまま…所持した傍若無人な力を行使する絶対者…であると思っていた存在なのに、明確な意思持つ他者へ…同意無き強制を行うのは不可能であると断言され戸惑う。
『全知全能であるような…希望叶えると豪語する存在。全ての流れを根本から変えてしまうような…世界に及ぶ法則の変化さえ作り出すと言う存在なのに、縛りがあるのか…』
当たり前だろ…と思わず突っ込みを入れたくなるような身勝手なアルバシェルの驚き。
自身が願った独善的な内容は棚にあげつつ、至って真面目に…理解及ばぬ存在の不可思議へと考えを巡らせる。目の前に在る…と言うのに、頭の中で分析し相手を放置してしまう。
対峙する相手を無視する…自由気ままな不躾さは、ある意味分かりやすい。
しかも出された課題…新たなる願いを考える以前に、其の願い叶えると断言する存在の謎に…興味持ち…巡る思考から抜けられぬアルバシェル。
「…うーん、少しだけ此方側に思考を戻してくれるかい?」
アルバシェルの明後日の方向に走り抜けてしまいそうな…思い込みの強い…駄々洩れな思考を察知し、少し困ったような空気感漂わせ…目の前の状況に立ち戻るよう声を掛けた。
そして願い聞き届けようとするモノは、苦笑いしながらアルバシェルの頭の中に巡る考察に対し…少しだけ答える。
「私は…我々は…全能でも万能でもないけれど、少しだけ干渉する力がある。だから差し出した献身…に対価を与えているんだ。其れは君達に対する此方側なりの善意…と思ってもらえると有難い…」
そして、哀れむ…と言うより愛おしむようにアルバシェルを見つめ言葉付け足す。
「残念だけど…願い叶える事が出来るか出来ないかは別なんだ。だけど、願う内容の…面白さで、叶う度合いも変わるんだよ。この世界に紡がれる物語を…此方で操ってしまったら詰まらないし、強制出来る程の力は…多分ないよ。色々と干渉はしてきたけどね…」
人の様に感じられる人で無い存在が、思考を露わにし語る。
「流れに反するモノが抗う姿や…諦め恭順していく過程…願い聞き届けられ感激に打ち震える姿や…予想外の事態に悶絶し絶句する過程…全てが愛おしく…意思を…事象を…存在を…揺さぶり活性化させるのだから…」
若干…嗜虐傾向が強いと感じられる…面白さを至上とする…無慈悲なるモノが、慈悲深き態度で自身が取る尺度の説明を行う。其の思い入れを語る人間味溢れる饒舌さ…と言うか魔物感あふれる姿を見せられ、思わずアルバシェルは…深く考えず…残念な要求を再度持ち出す決意をする。
ささやかな願いを却下されたアルバシェルだったが、言葉替え…1つの願いに必死にしがみ付き…終いには…ごねる様に願う。
「選んでもらうための機会…とか、相思相愛が生み出されるための状況…とか…切っ掛けだけでも欲しいと言うか…」
「……」
なんとも無様で…可愛らしいアルバシェルの願いに、思わず絶句してしまう。
何処までも現実的な行動で迫り…肉弾戦に持ち込もうとするような…強硬な部類に属する人物に見えるアルバシェルであるのに、頬を染め…恥ずかし気に…純粋無垢な心で遠回しに願う。
其の姿は、豪放磊落な美丈夫感が一気に霞む不甲斐なさ。
願いを聞き入れる立場の存在が、困ったような笑顔を浮かべつつ溜め息をつき…何とか言葉を返す。
「…面白いからいつでも応援はしているよ、他に思い付く願い事は無いかな?」
呆れるように…だが愛し気に目を細めながら優しく見守り、新たなる願いを促す。
無限意識下集合記録の持つ人格…願い聞き入れるために待つ境界の管理者の姿が、いつのまにか姉の婚約者であり…アルバシェルの助言者でもある…リュマーノの顔になっていた。
「…えっ? リュウ?」
今までアルバシェルは、問いかけてきてたモノの姿形を思い浮かべていなかった。だが、会話の口調等から心象が繋がると、一気にリュマーノにしか見えなくなっていた。
賢者の石を内包する時、導いてくれた案内人であり…助言者となり…遠くに繋がる…存在だけは感じていたモノ。
「やっぱり留まっていてくれたんだね!!」
思わず子供の時のままの口調で…満面の笑みを浮かべ…熱っぽく縋るように問い掛けるアルバシェルに対し、目の前のリュウの姿をしたモノは眉を下げ…困惑の表情浮かべつつ対応する。
「此の姿形は…君の記憶や思いを反映しただけのものだよ。表れる姿に実が無い事は知っているよね…」
「……スマン」
直前の自身の対応に羞恥を覚え、アルバシェルは謝罪する。
「…君は、…平凡であっても…落ち着いて安らげる様な時間を持つことを希望する…と言うことで良いのかな」
哀れみの様な感情持ち…慈しむような表情を浮かべるリュマーノの姿をしたモノ。其の提案の中に、人と同じような思いが入っているように見えた。
「君自身の上に…安寧を感じられる未来が訪れる事を約束しよう。望む者との未来が描かれるかは君次第だけどね…」
大切なモノを見るような表情を浮かべ、更に言葉を継ぐ。
「思いは…届いたからって同じものが帰ってくるとは限らないけど、届けないと繋がる可能性は限りなく低いのだから…頑張ってみると良いのじゃないかな」
良い大人…と言える年月を経ているアルバシェルが前を向けるよう、背中に優しく軽くポンッと…圧力を加える様子は…まるでリュマーノそのものであるように感じられた。
こんな抽象的で甘い…具体性の欠片も無い願い。
其れが願いとして採用され、気づいた時には約束の場から排除されていた。
最後に、望みの場所に辿り着けるという伝言のような思考を残して…。
彼方にある…人の力だけでは存在できない場所から、普段の執務室へとアルバシェルは戻された。
何事も無かったかのように…。
境界で約束を担ったモノは最後に希望する所に行けると伝えてきたのに、アルバシェルにとっての望む場所とは掛け離れていた。
執務室は、気にはなっていたが…決して望んだ場所ではない。
「おいっ、行きたい場所に辿り着くはずじゃないのか? 何故に此処なんだ!」
虚空に居るであろう…此処へ連れて来たモノに向け、一方的に叫び抗議する。
アルバシェルが行きたかったのは、何処までもフレイリアルの近くであるのは明らかであった。
もっとも…一方的に勝手に愛しむフレイリアル自身が望んでいるかは定かでは無いし、大賢者であるフレイリアルの内に存在するモノがアルバシェルを断固拒否する事は確実である。
そんな事はお構い無しに心から願っていた…挙げ句の結果であった。
「アノ投げやりに纏めた感じのモノが私の願いになるのか? 思いっきり適当に流してないか? 努力次第の平安や幸せって…願いとして聞き入れられなくても自分で何とかなるかもしれないやつじゃないか?! 苦労に対する見返りと言うのなら、もう少し善処してくれても良いじゃないか!!!」
…だが今更だった。
叫びは何処へも届かず其の場に虚しく消える。
後から考えてみれば…自分で願った内容も確かに相当悔やまれるものであり、彼方の存在から哀れみを向けられても仕方のない内容である…と自覚した。
稚拙で中途半端な…甘々な願いであったが、更に其の一部だけを取り出した様な…不本意な内容を一世一代の願いとされてしまった事や…願い夢見た場所ではなく此の日常の場所へと辿り着いた事、諸々全ての処遇に納得がいかないアルバシェル。
「私の願いが、他人の心の在り方に働きかける繊細な願いであるのは認めるし、直ぐに叶うようなモノはではないのも理解する…だが余りな対応じゃあないか。せめて行きたい場所ぐらい叶えてくれてもよいものを…」
ひとしきり…ぶつぶつと繰り返し愚痴のような言葉紡ぐと、実際に手にする感覚を一番大切にするアルバシェルは切り替える。
怪しげな神様もどきに願いを聞いてもらうより、自分の手で願う夢を手に入れるのが一番であると思い直す。
「不確かな存在に願うより…願い叶えるのは自分自身である方が、潔く爽快だ!」
自分自身に言い聞かせるように断言し、今が自身の願い満ちる時では無い事も理解する。そして…願い叶えるために問題となる事を思い描き、片付けるべく動き出すのだった。




