おまけ5 守護者契約 17
「自分で直接…王の面前へ赴くことにするよ」
ニュールはリーシェライルに告げるとプラーデラから呼び寄せた5人を集める。
「先触れもせず赴くことになるが、これからエリミア国王を訪ねる。不意の訪問であり、歓迎はしてもらえないと思うが…我が国が嵌められて被るであろう不利益を取り除くために必要な訪問である」
ピオを含む此の5人はニュール直属の者であり、表の地位も持つが…ピオが管理する組織 "零" に所属して裏の活動もこなす者達である。
2名はピオが直接勧誘活動で連れてきた者であり、2名は送られてきた者をニュールが懐柔し引き込み…信奉者…信者にしてしまった者達だ。
プラーデラではある意味ニュールは国王様以上に教祖様…であり、ほぼ神様…的な崇められ方をしている。
確実に100年も経てば国教になっているんじゃないかと思われる。
もっとも…教義はピオ辺りの監修となり、怪しい事この上ない。
そもそもプラーデラでのニュールの祀り上げは、全てピオが裏で糸を引いているのだ。
「何でニュールを神様みたいにしてるの?」
ピオはミーティにズバリ尋ねられたことがある。
「私にとって正しく神であり、素晴らしき御方。我が君を語れば自ずと信奉者が集まってしまうのは当然の成り行きです」
淀みなくスラスラと心からの言葉持ち…踊りだすように熱く語る。
まさしく信者であり…狂信者…とも言える。
「でも貴方も御同類ですよね…」
「…確かに否定出来ないかもなぁ…」
ピオの問いかけに、自身の中に類似した思いがある事に気付くミーティ。
「そうでしょ? 全てを許容する幅を持ち、慈悲深き心で導き…生物として悪しき行いには冷酷な裁きを加える…力持つのに無駄に行使せず、制裁加える時には容赦なく行う者…って神様的定義に当て嵌まるんです」
目を輝かせながらニュール語りをするピオの言葉を、思わずミーティは完全に受け入れてしまう。
ピオの布教は、知らぬ者には崇高な姿を熱く語り、知る者には気付きを与える言葉で導く。
ニュールにとって…目も当てられてない惨状が身近な場所で起こっていたのを知るのは、ピオによる国内への布教がほぼ完了した頃となるのだった。
私怨による一方的制裁に走らぬために…国王との対面の場としてニュールが選択したのは王宮最奥。
基本的には国王とその直系の家族のみが滞在できる空間。
国王の私的空間含む区域であるため、他に滞在を許されるのは継承位10位までの者のみである場所。
もともと腐って倒れそうな幹持つ此の場所に、手を差し伸べ導いた "保護した者" が属することを…ニュールは憂えていた。
そんな中…下卑た目を持つ色好みな虫の如き存在まで確認し、その下世話な者の思考の中に…大切なモノが一瞬でも取り入れられたと考えただけで腹が立たしさが止まらない。
その悍ましき発言や腐った思考を持つ者どもを近くで目にしてしまえば、リーシェライル同様…激しい嫌悪と凄まじき怒り持ち…後先考えず…自らの手で両の目をえぐり出し…頭を叩き潰してしまいそうである。
ニュールもリーシェライル同様、立派な過保護…なのであった。
だからこそ冷静に対応出来る場が必要であり…余計な者を排し、国王と単独で話をしたかった。
行方知れずとなっていた宰相を伴い…プラーデラの使節団が突如全員でエリミアの王城に現れたのは夕時4つ。
そろそろ夕餉も終わり、私室で寛ぐような時。
現れたのは、城の外縁部…賢者の塔から王城最奥まで繋がる1本の大廊下の始まる、天井高く丸い屋根もつ…光届く踊り場だ。
此のぐらいの時は天窓より月の光が降り注ぐ。
そんな中、5人と1人が忽然と現れた。
その存在を実際に目にした者は、捜索されているプラーデラの使節団と…その中に…今まで見かけた事のなかった男が含まれているのを確認する。
先頭に立つ其の男は40代後半ぐらい、強い意思を感じさせる炎宿る橙の瞳と…柔らかな黄土の色持つ髪持つ者である。一見優し気な風貌にも感じられるが、近寄り難い威厳と重厚な風格が滲み出ている…一歩また一歩と…進んでいく。
手配されている者達であり、即刻呼び止め確保すべき存在なのに…手が出せない。
先を歩く其の者は…むしろ跪いて頭垂れ見送りたくなるような存在感持ち、見かけた者達は通り過ぎるのを固まって見守るのが精一杯だった。
流石に通り過ぎた後は動き出し、報告を上げる。
勿論…自身や周囲の者全てが、無条件で跪きたくなる気持ちになった…等とは口が裂けても言えない。その為、対応が遅れたことは伏せておく。
それから伝令が飛び交い、行く手を阻むべく続々と兵が集められる。
故に…集められた兵が其の者達を迎えたのは、城の最奥へ向かう入り口のある大廊下突き当りにある踊り場…ニュール達が目指していた目的地手前だった。
「プラーデラの者達よ、此の様な賊の如き所業…誇り高き伝統あるエリミア辺境王国に対する、国としての対応と思って宜しいのか!」
国王直属の近衛隊が招集され、エリミア側で持てる最大限の警戒感を持ち王宮最奥への扉を守る。
だが、本来なら国王直属の近衛と共に賢者の塔からも戦闘職が派遣される事態であるが、そちらは現われない。
それでも、この場に所狭しと現れた兵達は威厳持ち立ち塞がる。
プラーデラの者達の中から先頭を進んできたモノが一歩前に出て、その言葉に柔らかな態度で礼儀正しく答える。
「まず先触れ無き突然の来訪を陳謝する。我が国が謂われ無き事に巻き込まれているようなので、エリミア辺境王国国王に直接問いたい。国として…国王への謁見を正式に申し入れる」
謝罪付きの低姿勢…とは言え、突然な無礼な訪問と申し入れにエリミア側の兵を統べる者がいきり立つ。
「何を言うか! 此の様な無礼な所業、国としてであろうと受けて立つ謂れは無いわ!!」
ニュールが無意識で放つ威圧を跳ね除け、怒りぶつけてくる胆力は立派である。
「それは国としての見解か?」
「国も何も、此の様に他国へ立ち入り、攻撃仕掛けてくるような無頼の輩に国としての見解など必要はない!!!」
「立ち入りはしたが、攻撃はまだ仕掛けてない…。先ほどの塔への攻撃を我らの仕業と断じるならば…それは貴方の仕業ではないのか?」
「ふざけた事を申すな! そもそも由緒正しき我が国に卑賎なる国が対等に扱われようなどとは不届き千万!! 引っ捕らえよ!!!」
抜き身の剣を掲げ…有無を言わさず動き出そうとする阿呆な者を目にし、この上の者がアノ助兵衛な虫ならば仕方があるまい…とニュールは溜息をつきつつ納得する。
背後で動き出しそうになったピオ達を、片手を上げ静止し…刹那…意識的にニュールはその者へ睨みを効かせ…殺意なき威圧を開放する。
目の前で大言壮語放っていた者は目を見開き動き固まり…ダラダラと冷汗を流す。その者に指図受けた兵達も震えたまま俯き固まり…意識失う者さえいそうである。
威圧感放ったまま一歩進み近づくと…其の無頼漢は更に呼吸荒くし、更に一歩ニュールが近付くと…その場にくずおれ…臭気放つ水溜りを作り出した。
呆然とした…心身失った状態になり…指揮官として使い物にならない様子だ。
そんな中、ニュールの背後でピオが騒ぐ。
「うっわぁー汚ねー失禁ってあり? 殺意は入ってなかったのにコレ? 殺意まで入った威圧なら、一瞬で絶命したんじゃね? 僕なら恥辱にまみれて死んじゃいそうだなぁ」
もし正気なら自尊心がズタズタになりそうな、小意地悪な言葉を向けている。
ちょっと気の毒に思いつつも其の者を無視し、先へ進む。
そして、今まで展開していた、防御結界を脱ぎ捨て…魔力の高まりを内に閉ざし…威圧も消し…武器を捨て…扇状に広がるエリミアの近衛兵の中心へ入り込む。
だが、誰一人として近付かず道を開ける。
もし…此処で先走るものが現れニュールに向け刃を行使したのなら、その場は阿鼻叫喚広がる鮮烈な赤き大海が築き上げられただろう。
だが既にニュールの威圧と指揮官の失態で、其処に集まる兵の士気は残っていなかった。逃げ出さないだけ上出来である。
「思うところは無い。ただ、何者がこの状況を導いたのか確認させて頂きたい」
その最奥の扉の内に在る者へ向けて言葉紡ぐ。
「プラーデラ王国国王ニュールニア・バタル・ヴェスティアとしてエリミア辺境王国国王イズハージェス・バタル・リトス殿に "対等なる時" を求める」
対等なる時…古来からある国王が国王に1対1で話し合いを求める名誉をかけた申し出の一つであった。
名誉ある武力伴わぬ決闘のような…話し合いによる利益・利点の奪い合いを指す。
「其方が真実大賢者であることが分かる言い回しだな」
この言い回しによる申し出は…最近あまり使われない。…と言うか、近年…話し合いによる戦いと言う概念自体が珍しい。
エリミアの国王がニュールの申し出に答えた。
「その申し出に応じよう」
招き入れられた王宮内の応接の間、国王に対峙しながら対面に座すニュール。
「久しい…と言うべきなのか…」
最初に口を開いたのはエリミア辺境王国国王イズハージェスだった。
ニュールが以前謁見した時とは異なる、生気溢れる瞳で興味深げに此方を眺めている。
「そうですね…この立場では初めましてになりますが、お久しぶりです」
久方ぶりの親族の対面のような雰囲気漂わせ朗らかに双方応じる。そしてエリミア国王がいきなりズバリと指摘する。
「我が娘の守護者は降りたのだな…」
「務め上げる事が出来なかった事は申し訳ない」
「いやっ、十分に面倒は見てもらったと思うし感謝しているぞ」
揚げ足取るための指摘かと思って構えるが、驚くほど真っ当な…父親らしき姿を見せられ驚きを隠せないニュール。
だが次の言葉で心揺り戻される。
「使えぬ手駒を使えるよう導いてくれた事は王国の益である。多大な国益もたらしてくれた礼を…其方の得た…貴国に与えるのはやぶさかでない」
ニュールの表情が無意識に固まる。
言葉の端々に、長く上位に留まって来た者特有の傲慢さが入っている。
対等に…国と国として対する申し入れをしたのに、力量の再検証もせず…あからさまに見下し侮る…愚かさ。
往古の機構を維持してきた国…と自負する割に、その状態を維持するのに貢献してきた賢者の塔を支配下に置けるものとしか考えていない。
何に対しても対等な関係築けず、上か下かを決めたがる傲岸不遜な態度。自身の足下にも及ばない、程遠い存在として捉える烏滸がましさ。
心の奥で湧き上がる怒りがニュールの無意識で滲み出る、威圧感…重厚感に冷たい鋭さを加味する。
「ふうっ…。敢えて、与える…と言う益がこの国に存在するとは思えないのだが」
深々と椅子にもたれ掛かり大きく溜め息をつくと、珍しく尊大に…相手を小馬鹿にするように…片肘つきながら言葉返す。
ニュールの言葉の温度感が激しく低下している。
「その程度のもの…力で手に入れる事が可能である。欲しくも無いがな…」
ニュールの言葉は、暗に武力対応なら簡単に攻め滅ぼせる…と言う意味を含んでいた。場の空気が完全に凍り譲歩の余地は無い。
最早話し合いは無用と判断したニュール。
「我が国が問うのは1つ。敵か味方か…、中間で利益得るだけに奔走するものは敵とみなす。仕掛けるならば喜んで立ち向かおう…」
そして席を立つ。
「最後に1つ。貴国が共に歩もうとしている国の頂点は人ならざる者。人との間には思考の隔たりあるから気を付けることだ…」
其の心からの助言を生かす者であったのなら、違う結果が見えたのかもしれない。




