21.過去のしがらみに巻き込まれ
控えの間に残るのは茫然自失となった襲撃者達とフレイリアル達だけだった。
襲撃者達の戦意は、鮮やかな色合いの中に沈む動かぬ仲間の骸を前にして既に失われていた。
だが同様に此方側の気持ちも相当くじけていた。
その状況を目の前にして平常心で居られたのはニュールのみだった。
ニュールはフレイリアル達に現状が何も変わっていないことを思い起こさせるため口を開く。
「大賢者様を助けないと国がヤバいんだろ?」
その言葉に、目の前の光景に怯えていたフレイリアルが正気を取り戻す。
「私が助けにいく」
覚悟を決めた声だった。
モモハルムアもその会話に現状を思い起こし、自身を奮い立たせる。
「私もお手伝いさせていただきます」
フィーデスはそのモモハルムアの意思に何処までも付き従う覚悟であった。
4人は控えの間から大廊下へ向かい、そこから賢者の塔へ赴く事にした。控えの間に居た他の人々はベランダを経て庭に脱出し、守っていた兵に導かれ影響の少ないと思われる別室へ向かっていく。
その中に潜む、もう一人の影も状況を確認しその場から抜け出した。最終的に受けてる指示は賢者の塔の奪取と大賢者の確保への協力だが、見所がもう1つあると思った。
「あれって噂の方ですよねぇ~有名人発見しちゃいました。う~ん悩みどころだけど、面白そうなのはどっちかな~」
一人呟く。
「まず、近場からで両方見てみるのも良いかもしれないかな…」
そいつは廊下へ出てフレイリアル達を追うことにしたようだった。
フレイリアル達は大廊下を大分進み、後100メル程で賢者の東塔と繋がる所まで来た。
「ちぃーす、ニュールさん? お久しぶりっすね」
王城内の一角。全く気配の無かった背後の暗がりから人が現れる。
「あれっ? 《三》ってお呼びした方が良いっすか?」
ニュールは、隙があれば襲いくるであろう男の気配を感じ、眉間にシワを寄せた。
「《三》聞いてます? 昔っから変わらずオッサンだから耳遠くなっちゃいました?」
相変わらず腹立つ言葉で煽り、魔物じみた狂気を浮かべた瞳を人懐こそうにこちらに向けてくる。
「あれから随分経ったじゃないっすか、今はオレ《四》になっちゃって下が出来ちゃってウザくって時々本気で殺っちゃおうかなって思うんすよね」
昔仲間が近況報告をしてくるように語るが、その間も殺意ある攻撃がしっかり放たれている。
「《三》も、だから《一》と《二》消しちゃったんすか? でもそれなら下をミンナ殺ってくれた方が有り難かったっすよ~」
仕事の悩みを相談するように気軽に危ないことを言う。
だが、その言葉と浮かべる笑みの中に今まで感じ無かった毒が混ざる。
ニュールはその憎悪と言う毒の中で蠢く殺意を背中に感じた…その刹那、全体に結界を張り他の者達の盾となるような位置へと足下に魔力展開し瞬息で移動した。
狂喜を孕む笑みを浮かべた《四》から、本気の一撃が襲い来る。
「…ズルいっすよね。こんな綺麗なお嬢さんたち守っちゃって自分だけ英雄気取りってないんじゃないぃ?」
気配の無い場所から鋭い攻撃の魔力を飛ばしてくる。
フレイリアルとモモハルムア、フィーデスの3人を背後に抱えたまま、このレベルの奴から脱出するのは難しい。
漠然と先行きの手詰まり感に暗くなっていると、守ることを主体として展開していた結界の中で異を唱える者が現れた。
「私は守られるためについて来たのではありません」
モモハルムアは袖口から黒曜魔石を取り出し握りしめ、ニュールの展開する結界と同等の強度で結界を築いた。そして、そこにもう一人加わる者が居た。
「我々を侮るな! 自分達のためだけでなく、救うための力にだってなれる。そのために日々鍛錬してきたんだ」
フィーデスの手に握られた紅玉魔石から出る高出力の攻撃魔力が敵を牽制する。
「さすが、ドーデモ良い魔石で適当に攻撃してきちゃう《三》とは違って由緒正しいっすね」
相変わらず余裕で会話を交わすが、攻撃の頻度は落ちている。
モモハルムアはその中で、戸惑い立ち止まっているフレイリアルに問いかける。
「フレイリアル様、貴女が成し遂げたかった事は何ですか?」
「私はリーシェを助けたいです」
強い思いが明確な目的となり、取るべき行動をみいだした。フレイリアルはモモハルムアの顔を見て強く頷いた。
次の瞬間、敵対者とフレイリアル達の間にモモハルムアが大きな結界を張った。それと同時に、フレイリアルは走り出した。
一瞬、置いてきぼりになりそうだったニュールだが寸前で意図を理解し、モモハルムアの結界を強化し連携に参加した。
「理解が早くて助かりますわ」
モモハルムアは結界を張ったまま、花がこぼれるようにニュールに微笑みかけた。
『ヤバイ、負けている…』
ニュールはモモハルムアにたじたじであった。
相手の攻撃を受けつつ共に結界を張るニュールだったが、モモハルムアの微笑みは結界内からの殺気も生み出してしまったことに気づくのは全てが終わってからである。
フレイリアルは皆が支えてくれる守りの中、賢者の塔へ全速力で走った。
「リーシェを助ける」
ただ突き動かされるように、それだけを思い走った。
王城と賢者の塔をつなぐ渡り廊下を渡り、賢者の東塔に入ろうとした。
『中央塔に渡り、リーシェの無事を確認する。困ってるなら助ける』
フレイリアルは自分の行動の先を予定し動こうとした。
その時、後ろから声がかかる。
「この先は立ち入り禁止で~すよ~」
後ろを振り返るが、誰も居ない。しかし、前に進もうとしても何かがあって進めない。
「…結界?」
「ちゃらりらりん正解です!! ちゃんと隠蔽すると解りにくいでしょ~どう?」
フレイの呟きに、ふざけた答えが返ってくる。
見えないが邪魔をする者がいて、行く先を遮っているのは事実だ。
『折角、守ってもらい先に進んだ道なのに…』
拳でその何も無いのに有る壁を力一杯叩く。
「それじゃ~無理だよ~手が爆発したって無~理だよっ」
この隠れた敵対者は鬱陶しい、面白がって煽るようにからかってくる。
その時、暮れた夕の空に一際明るく輝く光の柱が立ち昇る。その後衝撃と音が遅れて到達する。
「おっ、始まったかな~やっほ~綺麗だよねぇ!」
その後に、狂おしいほどの魔力の奔流が中央塔がある方向で地面から沸きだし渦巻く。
感じるその魔力は生々しく、とぐろを巻く巨大な蛇の魔物のようだった。今、この場にいるフレイの中にさえ、ほとばしる魔力の欠片が流れ込んでくるのを感じる。
では、賢者の塔の中でこの魔力が流れ込んだら…大賢者は魔力の調整弁…。
とりとめなく思考が乱れる中、導きだされた答えは1つだった。
『リーシェが危ない!!!』
フレイはその結論に辿り着き、先に進むことしか頭に浮かばなくなった。
目の前に張られた結界に自らの拳をあて叩く。
「叩いて壊れるモンでもないから~ボクだって面白そうな場面見たかったのに、《四》に言われて我慢して君の相手してるんだから君も我慢してよ!」
隠れた敵対者が勝手なことを言う。
フレイリアルに怒りが湧いてきた。
「皆が協力してくれて開かれた道を閉ざそうとする貴方が悪いんじゃない!」
怒りのまま相手を責める。
「ボクだって仕事だししょうがないよ~ちゃんとしないと怒られちゃうんだよね~」
相変わらず遊んでいるようにふざける相手に怒りが極限に達した。
「貴方に私を止める権利はない!」
フレイリアルはそう言い捨てると結界を押し退けるように手をかざす。
隠れた敵対者は小馬鹿にしながら言う。
「だからそれじゃ無理なんだっ……?んっ?」
結界は消えた。
そしてフレイは走り始めた。
「…だから、この先に進まれちゃうとボクが怒られちゃうんだよ!」
一瞬戸惑った敵対者だったが、そのまま逃がしては怒られると…慌ててフレイを止めるための攻撃を仕掛けた。
一応加減して狙ったその攻撃は走り続けるフレイの足元に到達すると…消えた。
そして、そこからグニャリと変質した魔力が流れ出ていく。
「??!」
その敵対者は何かに気付き手に握る魔石を咄嗟に投げ捨てた。投げ捨てた魔石は空中で砂となり風に吹かれて消えた。
『何だっこりゃ?? あっぶね~なっ!!』
あの先まで繋がってしまったら飲み込まれてしまいそうであったと思うと寒気がした。
『たとえ、あの子を逃がしたことが失点になっても、コレ報告したらお釣りがくんじゃね?』
衝撃の事実に敵対者は動揺しつつも面白いことを見つけた愉悦に隠せない笑みが漏れるのであった。
「でも自分では二度と関わりたくないなぁ」
素直な感想をつぶやいてしまった。